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天使で悪魔!

「るるとの距離感ぜろセンチ、天魔るるです! 今日もやってくぞ!」

 画面には元気な女の子の姿が映っていて、楽しそうな声が響いている。

「るる、またコメント来てるよ!」

 すぐ近くには、可愛らしいコウモリがフワフワと飛んでいる。彼?は、天使のような羽を持っており、色も白く、普通のコウモリではない様子。

 そんな1人と1匹が、あなたが暮らしているこの世界にやって来るまでには、こんな経緯がある。

★☆★

天界と魔界は、深海の底と宇宙空間くらいに遠い。……と言うと、やっぱりちょっと大袈裟かもしれない。しかし、その2つの世界の物理的な距離はまだしも、行き来のしにくさ、心理的な距離感は、海の底と宇宙くらいの差がある。

天使と悪魔は、古くから対極にいる存在。その2つの種族は、見た目も、信仰するものも、価値観も大きく違っている。現在は大分落ち着いているようだが、過去には何度も大きな戦いを交えたこともある。

そんな、憎しみ合って当然というような2種族において愛を育んだ男女。それが、るるの両親。海と空のような遠い距離感を越えて結ばれた両親の間に生まれたのが『天魔るる』だ。

「また大変な思いさせちゃったかしら」
「ううん、別に気にしてないよー」

太陽と曇の白さが眩しい天界。家に帰ってきたるるに心配の声を掛ける母親に、なんでもないと返す。それは本音だが、決して楽しい気持ちではないのも確か。異例の存在である天使と悪魔のハーフのるるを快く受け入れてくれる者は、天界にも魔界にもそうそういなかった。
そんな環境で過ごす娘のことを、両親は心配こそすれど「ごめんね」と謝るようなことはしない。

「なんだそのコウモリ……みたいなものは」
「んー、なんか最近よく会うんだけど、懐かれちゃった。天界にコウモリって珍しくない?」
「確かに……魔界ならまだしも」

 父親が、家の中に当然のように入ってきた存在に、どこか懐かしそうな視線を送る。

「るるとはいっぱいお話が出来るので、楽しくて……! お邪魔します!」

 独り歩いている際によく出会った、天使の羽を持つコウモリ。何度か話しているうちに、すっかり親しくなってしまった。

「さっき言った話、早く話そうよ!」
「キミを使い魔にする話?」
「そ、それもそうだけど……!」
「噓嘘。ちゃんと言うって。準備させて。ちょっとだけ緊張するからさー」

るるの部屋で、そんな会話をする。
小さな体ゆえ、色々な場所に飛び回れることを活かして情報通になったこのコウモリとは、今まで色んなことを話したが、中でも「人間界は、天界や魔界の天使や悪魔とは比べ物にならないくらい人口が多い」「そんな多くの人間たちと話が出来る『配信』という物がある」という話を聞いた時、るるの中に天啓を感じた。

その後に続いた「配信は、距離なんて関係なく誰かと繋がることができる」という説明を聞いた時には、もう自分のやりたいことは決まってしまった。「距離」が生む壁の多さと高さは、誰よりも知っていた。それを気にしなくてもよい手段があるなんて夢のようだった。

ただ、その配信を行うには、人間界に降り立たなければ――つまり、この両親の元から離れなければならない。もちろん、また会おうと思えば会えるが、ずっと親子で生活し、愛情を間近で受けてきたため、寂しさが浮かぶ。

るるの姓である『天魔』は、母親の姓でも父親の姓でもない。るる自身が自らの意思で新しい人生を送って欲しいと、両親の出自を意味する「天」と「魔」の一文字ずつを取って、天魔と新しい姓を授けられた。名前は、生まれてからも決めかねていたが「ベイビー」「可愛い子猫ちゃん」という意味で「Lulu」と呼びかけていたものが、そのまま名前となった。

「天使と悪魔」でなく、るるは「天使で悪魔」。

その見た目で特徴的な丸い輪は、天使である母親からの遺伝を大きく受けている。瀟洒(しょうしゃ)な印象を与える服装は、悪魔である父親の影響を大きく受けたのだろう。

魔界でも天界でもない世界……人間界への興味はもう止まらない。だが、大好きな両親の元から離れるのは、勇気がいる。それでも。

「パパ、ママ。人間界に降りてみようかなって思うんだけど」

 両親の近くに行き、いつもより少し真剣な表情でそう告げる。すると、両親は少しだけ驚いた様子で、

「人間界? どうしてまた」

 そう問う父親だが、るるの口からどんな答えが返って来ようと、自由にさせるつもりだった。もちろん、母親もその考えは同じ。

「んー、人間界に『配信』っていう、色んな人と話す方法があるみたいだから。それを使って、色んな人にるるのこと見てもらって、好きになってもらいたいなって」

 あらためて自分の考えを口にするのは少し恥ずかしいが、大好きな両親の元を一旦離れるからにはきちんと伝えなくては……と思い、自分なりの言葉を口にする。「天界や魔界より、るるのこと見てもらえそうだし」という言葉も浮かんだが、それは自分の考えとはやや違うと思い、飲み込んだ。

「それで、るるのこと好きになってくれた人のことを、好きになれたらなーって。そうしたら『好き』がいっぱいになるじゃん? あ、あとこの子も一緒に来るみたい。使い魔としてね」
「一緒に頑張るので……よろしくお願いします!」

結局「愛する」という言葉をサラッと言える勇気はなく「好き」という言葉に変わってしまった。しかし、その言葉は自分の胸の中にストンと落ちて、言いたいことが言えたと、すっきりとした気持ちになる。

パタパタと肩に寄って来た「使い魔」を指先でつついてから、るるは両親にぺこりと頭を下げると、

「いってらっしゃい」

 両親は声を揃えて、優しい口調でそう言ってくれた。ちょっと近くまで外出する時と同じような調子で。

生まれた時から――生まれる前から、両親の愛情をたっぷり受けて育ったるる。
両親はそんな娘のことを、他者から愛され、同時に他者を愛することも出来るように育って欲しいと思っていた。しかし、それをわざわざ教える前に、自らそうしたいという考えに至ってくれたようだ。

両親から見れば、自分たちが娘に懸けた思いは既に十分に叶っているように感じたが、ここから更に愛を追及してくれるというのだから、この上無く自慢の娘だ。天界で一番の、魔界で一番の、可愛い娘。

★☆★

 場面は戻り、現在。るると視聴者たちとの会話が始まったようだ。

「さっきまで二次元の方に行っててさっ。まぁ、ここもそんなに変わらないけど。うーんどっちかっていうと二次元の方が居心地いいかな」

 ちなみにるるは、二次元と三次元の行き来も可能。これは、天界と魔界が人間たちにとって創作物の題材とされ続け、その影響力を受けたことで、創作物の象徴である二次元に行けるような力が発生したことが関係しているらしい。詳細は、いつか別の機会に彼女自身の口から語ってもらおう。

 天魔るるが、あなたにとって、人間界で一番の存在になりますように。
 
おわらない(つづく)

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原案:天魔るる(https://twitter.com/Lulu_Tenma)
執筆:一限はやめ(https://twitter.com/ichigenhayame)先生


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