ミュラー「菩提樹」(ドイツ詩を訳してみる 18)

Wilhelm Müller, Der Lindenbaum (1823)

市門の前の泉のほとりに
一本の菩提樹がある。
その木陰で 僕は
たくさんの甘い夢を見た。

その木肌に 僕は
たくさんの愛の言葉を刻んだ。
喜びにつけ 悲しみにつけ
その木は僕を惹きつけた。

今日も心ならず真夜中をさまよい
僕は菩提樹のそばを通った。
あたりは真っ暗だったが
僕はじっと目を閉じた。

すると僕に呼びかけるように
木の枝がざわめいた、
「ここへおいで、若者よ、
 ここにきみの安らぎがある」と。

冷たい風が真正面から
僕の顔に吹きつけた。
頭から帽子が吹き飛んだ。
僕は振り返らなかった。

あの場所から幾時間も
離れたところに来た今も
ずっとあの木のざわめきが聞こえる、
「あそこに安らぎがあるのに」と。

(西野茂雄・石井不二雄・赤井慧而・瀧崎安之助の訳を参考にした。)

Am Brunnen vor dem Thore
Da steht ein Lindenbaum:
Ich träumt’ in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.

Ich schnitt in seine Rinde
So manches liebe Wort;
Es zog in Freud und Leide
Zu ihm mich immer fort.

Ich mußt’ auch heute wandern
Vorbei in tiefer Nacht,
Da hab’ ich noch im Dunkel
Die Augen zugemacht.

Und seine Zweige rauschten,
Als riefen sie mir zu:
Komm her zu mir, Geselle,
Hier findst Du Deine Ruh’!

Die kalten Winde bliesen
Mir grad’ in’s Angesicht;
Der Hut flog mir vom Kopfe,
Ich wendete mich nicht.

Nun bin ich manche Stunde
Entfernt von jenem Ort,
Und immer hör’ ich’s rauschen:
Du fändest Ruhe dort!

フランツ・シューベルト(1797-1828)の歌曲であまりに有名なヴィルヘルム・ミュラー(1794-1827)の連作詩「冬の旅」から、「菩提樹」を訳してみました。これだけ有名なものをわざわざぼくが訳す必要もないのですが、有名だからこそ、そして何度も何度も聞いてきた作品なので、自分の翻訳で、ぼくのささやかなコレクションに入れておきたいという気持ちがあります。「冬の旅」はこれから時間をかけて全編揃えることになるでしょう。

フィッシャー゠ディースカウのとろけるような歌声でお聞きください。


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