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【交換小説】#もらいもの 1

コンビニに行った帰り、またあの人に会った。「あ、どうも」と互いに軽く会釈をして、そのまま通り過ぎようとしたが、二歩ほど行ったところで「あ」とその人は言った。

「これ、せっかくなんで」

手渡されたのは紙袋だった。「えっ」と私はためらったが、いつものようにその人は、それ以上のやり取りの隙も与えず行ってしまった。部屋に戻って袋を開けると、中にはちょっといいシャンプーが入っていた。

駅から徒歩二十分、壁の薄い築四十年の単身者用アパートでは、隣との付き合いなど普通はない。だがその人は、入居の挨拶にとわざわざ菓子折りを持って来た。やけに丁寧な人だと思ったが、その日を皮切りに、どういうわけか顔を合わせるたびその人は私に何かをくれるようになった。

しかも、そのくれるものというのが変わっていた。シャンプーだけならシャンプー会社勤務だろうかという想像の余地もあろうが、この間くれたのは革靴だ。しかもちゃんとした新品で、サイズもぴったり合っていた。もっと言うなら、初日に持ってきた菓子折りはマカロンの詰め合わせだ。

これは一体何なのか。何か慈善的な目的でもあるのか。確かに、四十代も半ばを過ぎて家族も持たず、派遣で工場に勤めている私の生活は、いつ路上に放り出されてもおかしくないほど心許ないものではある。しかし、仮に恵んでやるならば、まずは石鹸と服とおにぎりだろう。ちょっといいシャンプーと革靴とマカロンでは順序が違う。

それに第一、あの人もここに住んではいるようだし、こんなところに住んでいるということは、生活のレベルも知れている。年格好も私と変わらず、特に洗練されているという印象もなく、やはり品物との釣り合いが取れない。

そんなことを考えながらシャワーを浴びていて、そう言えばしばらく前からシャンプーなど使っていなかったことを私は思い出した。ボディソープ一つで全身済ませていたのだ。そこで私は早速そのシャンプーに手を伸ばした。

「あ、いい匂い……」

むさくるしい風呂場は南フランスの花の香りに包まれた。

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