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抽選会 8

私はそれを拾い上げた。職員たちが気付いている様子はない。今更これのせいで会が長引くのは嫌だった。このまま黙って握りつぶそうと思った。だがふと閃いた。叩きつけてやろう。右往左往している職員たちに、あなたたちのせいでこんなことになったのだと知らしめてやろう。私は隣にいた年配の男性職員に葉書を差し出した。

「これ、落ちてましたけど。この方、明らかに番号が当たったショックで様子がおかしくなられましたよ」

男性職員は黙って葉書を取った。結局この抽選で何を決めているのか、と続けて尋ねたい気持ちはあったが、状況が状況ということもあり向こうの出方を窺った。

老婆の介抱もそこそこに、職員たちが葉書を取り囲んだ。何か反応があるかと思ったが、集団は特に顔色を変えることもなく、むしろ却って落ち着きを取り戻したようにも見える。「……うん」「あそこに……」「いい、いい……」「椅子繋げて……」などという、小声でぼそぼそと相談し合う声が断片的に耳に入った。しばらく続きそうだった。私は退屈しのぎに入口の方へ視線を転じた。開けっ放しのドアの向かいには離れの事務所があり、その建物の壁を背にしてパイプ椅子が並んでいる。その一番端に、先程連れて行かれたおばさんが思い詰めた表情で座っているのが見えた。

その時、若い男の職員が視界の中に飛び込んできた。男は一定の間隔を置いて並べられているそれらの椅子の元へ駆け寄ると、急いで繋げ始めた。隣を見ると、大柄な別の職員が倒れた老婆を抱え上げようとしているところだった。耳を突くハウリングの音が響いた。壇上では、再び戻ったポロシャツの女が袖に控える職員の指示に何やらしきりに頷いている。そしてマイクに向かって呟いた。

「では――始めます」

監視から解かれた束の間の解放感のために、場内のざわついた空気は容易には収まらない。女はヒステリックに声を荒らげ、何度も同じ言葉を繰り返した。老婆は仕留められた獲物のように軽々と担がれて、何事もなかったかのようにその場から運び出されようとしていた。

「どういうことですか?」持ち場へ引き上げようとしている職員の一人に私は尋ねた。「え、続けるんですか?」

老婆は一度、二度と大きな痙攣を起こし、傍目にも普通の状態でないことが明らかだった。だが職員のみならず、その場にいる誰一人としてその様子に注意を払っている者はいなかった。

「あの方どうするんですか? 病院連れて行きますよね?」

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