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抽選会 11

世話になったスタッフに礼を言って外に出ると、日が沈む前の一時だけに吹き渡る爽やかな風が青々とした稲穂を揺らしていた。田んぼの中に造成されただだっ広い駐車場には私の車だけがぽつんと停まっている。遅れてやって来た疲労と不思議な充実感に包まれながらとぼとぼと歩いていると、背後でドアの開く音がした。私は振り返らずに歩き続け、車に乗り込んだ。シートベルトをしてミラーに視線をやると、スタッフ用の駐車場から駆け足でこちらへ近付いてくる二人組が見えた。追い付いた二人組は不躾に窓から中を窺った。私は窓を開けた。

「この度はご愁傷様です」と男の方が言った。
「恐れ入ります」そう言って閉めようとしたとき、男が言った。
「すいません、出てきていただいて」
「今ですか」
「はい」
「ここでですか」
「はい」
配慮も悪気も何もない、一本調子のその言い方はさすがに癇に障った。
「葬儀場でですか」私は苛立ちを込めて言った。
「申し訳ありませんが」男は私の気持ちなど全く察することなく言った。「これに記入していただいてですね」

若い女の方がボードに挟んだ書類を出した。ちらりと見やったが、抽選権の相続という表題だけが読み取れた。後に続く長々しい文章は相変わらず要領を得ない、まともに理解しようとするとこちらの頭がどうかなってしまいそうな内容に決まっている。

「いや、でももうこちらの家は引き払うつもりでいますので」

男も女も、私が突然外国語でも喋りだしたかのようにぽかんとしている。何度見ても腹が立つ顔だが、分からないものに対してはそういう態度を取るのが彼らの常套なのだろう。

「ええ、だからもう私がこちらに住んでいる理由もありませんので。相続ですか? 知りませんが何かあるんだとしたら放棄します、それは」
「それはできないんですよ」男が真顔で言った。
「できないって」私は鼻で笑った。「できないって言ったって、こっちだってできないですもん。聞いてました? 私もうこちらの家は整理して畳むつもりなんです。分かります? で、ここから離れるんです。遠くに引っ越すんです」
「でもそれはできないと思います」

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