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【15分で読める#03】 wind and tub

とある若い夫婦


「ゴミをポイ捨てする人なんてさ、死ねばいいのに!」

隣で妻が恐ろしいことを言いはじめた。
たしかに自分としても道端にゴミが捨ててあると哀しくなるし、捨てられたゴミは結局のところ誰かが拾わないといけないのだからゴミのポイ捨てというのは環境に対しても人に対しても良くないと思う。そう思うが、さすがに死ねは言い過ぎだろう。せめてちょっとした罰くらいでどうかと、妻にそう言ったら彼女は不満を顔全体で表現しながらこう言った。

「罰?罰って何よ?たとえば片足切られるとか?」

いやいや、さっきから発想が怖い。妻を宥めつつ、自分ももう少し考えてみる。罰は厳しければ厳しいほど良いのだろうかと。

たとえば妻の言うように、ゴミのポイ捨てで死刑になるとしよう。もし自分がなんらかの事情でポイ捨ての罪を犯してしまったのなら、その時は死刑を恐れるというよりは、開き直ってもっといけない事をしてしまうかもしれない。そう考えると、厳しくすべきなのはルールや罰なのではなく、何か別のものなのだろう。
ただその一方で、妻の気持ちもよく分かる。イチゴ農家をしている自分たちに話を絞れば、ゴミ自体もさることながらそのゴミに集まってくる鳥獣の類による被害もあるわけで、特にカラスや野良猫はハウスに穴を開けてしまうことだってある。
近隣に24時間営業の店舗が出来てからは、便利な反面こうしたポイ捨ての被害も見過ごせなくなってきた。最近の農作業はいつもゴミ拾いから始まるほどだ。そしてこれがかなり骨が折れる。落ちているのが小さなゴミならまだしも、袋に何やら色々と詰められたものが丸っと捨ててあると、そのゴミを拾うのもいささか躊躇われる。ポイ捨て問題は自分達にとって、とても深刻なものなのだ。

ここまで考えてふと妻の方を見ると、彼女はしゃがみこんで遠くの草むらを見ていた。

「おいで!ミケタロー」

そんな声を草むらに掛けているのでそちらに視線を移すと、そこには三毛猫がいた。子猫だ。首輪をしていないので野良猫だろうか。というか、ミケタローと言っていなかったか?

三毛猫はそのほとんどがメスだと、妻に教えるべきだろうか。



とある若い男


あぁっ!むしゃくしゃする。どうしておればっかりこんな目に遭わないといけないんだよ。
特にバイト先の店長がムカつく。あいつ、ほとんどの仕事をおれがやってるのを知っているくせに、他のクズ達には何も言いやがらねぇ。それでもほんとに店長かよ。他の奴らの倍は働いているんだから、同じ給料じゃ割にあわねぇよ。まったく。

おれはとある駐車場の縁石に座り、サンドイッチを乱暴に齧った。怒りに任せて咀嚼する。そしてすぐ吐き出した。

「ウェッ!なんだよこれ!タマネギ入ってんじゃねぇかよ!」

口の中にあの嫌な辛みと匂いが充満してくる。急いで缶コーヒーで口をゆすぐが、まだ舌先に感覚が残っている気がする。マジでやってらんねぇ。
コーヒーの空き缶を蹴り飛ばしたい衝動に駆られるが、周囲の目もあるためすんでのところで我慢した。残りのサンドイッチはもう食べる気がしない。空き缶とともにレジ袋に詰めて、縁石の近くに置きっぱなしにした。

ゴミなんてみんな捨てている。おれだけじゃない。

イライラから一刻も離れたくて、おれはその場を後にした。



とあるカラス夫婦


わたしたちはとある建物の近くの電線に停まっていた。ここで下を伺っていれば、人間が食べ物をたくさん持ってきてくれるからだ。

人間とは本当に不思議な生き物で、食べ物を持っていても大多数がそれをすぐには食べようとしない。もちろん多くは家に持ち帰っているようだが、中にはカゴに食べ物を入れたまま延々と話し合っているものもいる。
そして数は少ないが、建物の周囲で食事をはじめる人間もいて、わたしたちの狙いはまさしくこのタイプの人間だ。というのも、信じ難いことに彼らには地面が見えていないようなのだ。それは、食べ物が地面に落ちるとそのままにして去っていくことから瞭然であったし、わたしはいまだかつて彼らが地面に落ちている食べ物を食べているところを見たことがなかった。

そんな訳で、わたしたちにとってのこの場所は、苦労せずに食べ物を手に入れられる格好の場所だった。そして今日も美味しそうな匂いを漂わせる袋が下の方に落ちているのがここから見える。

まずは、あえて袋から遠くに降り立ち、様子を伺う。風に乗ってパンの香りがした。香りの中には、人間がよく口にしている謎の褐色液体のなんとも言えない嫌な香りも混ざっている。
周囲の人間たちをそれとなく見ると、その香りがする袋に興味を持っている者はいないようだ。上で待機している妻に信号を送る。妻も地面に降り立ち、ふたりで袋をつついて、迅速に近くの草むらまで持っていった。

やっぱりだ。
中からは柔らかなパンが出てきた。パンの間には何か魚の香りがするものが挟まっているようだ。これは家で待っている子どもたちもよろこぶだろう。
わたしたちはそれぞれパンを咥えられるだけ咥えて、家に向かって飛び立った。



とある三毛猫


ぼくは猫である。名前はけっこう沢山ある。
たとえば、おいしそうな匂いのするおじさんにはミケコ、あまい匂いのするおばあちゃんにはチビコ、ぼくと似た匂いの子どもたちにはミケニャンだなんて呼ばれている。別に呼びたいように呼んでくれればいいけど、実はぼくはオスだ。ぼくのことをオスと認識してミケタローと呼んでくれているのは、いちごの匂いがする女の人ひとりだけな気がする。

ちなみにぼくは今、家族を探しているところだ。ぼくにはお母さんと兄弟たちがいたはずなんだけど、どうやらみんな迷子になっちゃったらしい。あれだけちょっと待ってよ!って言ったのに、どんどん先に行っちゃうんだから困ったもんだ。それにしても一体どこにいったんだろう。だんだん匂いも辿れなくなってきちゃったし、何よりもここ最近はなにも食べてないから少し疲れてきちゃったんだよな。

……ん?
なんかいい匂いがする気がする。
こっちの方だ!

草むらの中をゴソゴソ行くと、そこにはなにやら美味しそうな匂いのする白いフカフカするものがあった。魚の匂いも少しする気がする。やったぁ!食べ物だ!ぼくはすごくうれしくなって、大した確認もせずにその白いフカフカにかぶりついてしまった。

そして、食べ終わってすぐにどんどん気持ち悪くなった。
食べている時に、不思議な辛みと匂いがするものが入っていることに気付いたけど、多分あれが悪かったんだと思う。なんだか目はチカチカするし、頭はグラグラして、真っ直ぐ歩けなくなった。

あぁ…お母さん……。
薄れゆく意識の中で、お母さんの温もりをぼくは思い出していた。



とある母親


「ねぇ!お母さーん!ネコがいるー!」

スーパーの駐車場脇の草むらから、息子が大きな声で叫んでくる。野良猫だろうか。でもまぁ猫くらいいるだろうと思って、早くこっちへおいで!と息子に声をかけたが一向にその場を動こうとしない。まったく、息子にはこういうところがある。一度これと決めたら、周りが見えなくなってしまうのだろう。
この前だって、息子の通う小学校の担任から電話がかかって来た。何かと思ったら、授業中に将来の夢について発表する場面があり、息子は大きな声で「ヒーローになりたい!」と、そう言ってクラスメイトに笑われたらしい。担任としてはその事を息子が気に病んでいないかどうか確かめたかったのだろうが、きっと息子は微塵も気にしていない。さっきも言ったが、一度これと決めたら周りがどうであれ突き進む。息子はそういう子なのだ。
仕方ない。息子がじーっと見つめる草むらの方に歩いて行くことにした。

歩いて行ったら、たしかに猫がいる。子猫で三毛猫だ。首輪はしていない。そしてわたしは少しギョッとした。だって、子猫はピクリとも動いていなかったのだ。
え!?死んでる?そう思って一歩退くが、よーく見るとお腹の辺りは動いている。どうやら生きてはいるようだ。なにがあったのだろう。近くを見ると、誰かが捨てたのだろうゴミが散乱していて、子猫の脇にはサンドイッチが落ちていた。

もしかして、これを食べたのか?猫にはタマネギを食べさせてはいけないと、何かのテレビか雑誌で見かけた気がする。慌ててサンドイッチの包装を拾い上げて原材料名を確認すると、しっかりと「タマネギ」と書いてあった。
うーん。確証は持てないけれど、状況的には一番あり得るような気がした。周囲に親猫の気配はない。捨て猫なのかもしれないが、箱のようなものも近くには無かった。

「ねぇ、お母さん。ネコさん助けてあげて」

ヒーローになりたいと願う息子にそう言われたら、見捨てるなんて選択肢はもうなかった。仕方ない。この近くに動物病院があったはずだ。とりあえずそこに連れて行ってから、今後のことは考えよう。そうしよう。スーパーの買い物はまぁまた明日にでもすればいいか。

そう思って、わたしは子猫をタオルで包んでスーパーの駐車場を出た。



とある母親の子ども


ミケオはけっこう危なかったらしいけど、なんとか助かった。お母さんはネコの注射やネコに付いた虫をやっつけるのにお金がたくさんかかったことを少し悲しんでいたけど、ぼくとしてはミケオが助かってうれしかった。

お医者さんが言うには、ミケオにはナントカチップも入ってないし、首輪もしてないから、野良ネコだろうってことだった。つまり、ひょっとしたら飼ってもいいってことなのかもしれない。
ずっとネコかイヌを飼いたいと思っていたからぼくはかなりワクワクしたんだけど、お母さんを見ると「飼うのはダメよ」と顔に書いてあった。お母さんのこの顔はもう、絶対ダメの時のだ。仕方ないけど諦めるしかないかなぁと思っていたら、お医者さんの次の言葉でお母さんの顔色がいきなり変わるのがわかった。

ぼくにはよくわからないけど、どうやらミケオはかなり珍しいネコらしい。
お医者さんのその言葉を聞いたら、お母さんがミケオを飼っていいと言い出したから本当にびっくりした。

とりあえずミケオのご飯が必要だろうってことになって、家の帰り道にある24時間空いているお店で買うことにした。
お店に置いてあったネコのご飯はちょうど最後の一個で、少し高かったけどお母さんはこれを買ってくれた。ぼくとしては、これからミケオと一緒に過ごせることが本当にうれしい。

これからよろしくね。ミケオ。



とある若い男


ったく、あの店長がマジでムカつく。おれが休みを取りたいっていう時は散々渋るくせに、自分は簡単に休みやがる。しかも、商品の発注もしておいてくれって、それはおれの仕事じゃねぇだろうが。発注用のメモ書きも字が汚くて読みづらいし、最悪だ。でもまぁ言われた通りにやっておかないとまた後で色々言われるだろうから、とりあえず発注システムにアクセスしてメモを片手に発注数を入力していく。

昔っから周囲の奴らとウマが合わなかった。
おれが散々奴らのことを考えて動いてやってるのに、周りの奴らはそれに気付こうとしなかった。そのうちに、おればかりが気を使うのがバカバカしくなって、そういう奴らはみんな低俗なんだと思うことにして関わるのをやめた。
このバイトだってそうだ。おれにばかり仕事を押し付けてきて、他の奴らは大したことを何もやっていない。

以前そのことを店長に面と向かって言ってやったら「そういう思考が、巡り巡って自分の首を絞めているんだ」なんて抜かしやがった。

おれはため息をつきながら発注数を間違えないように入力していく。最後の商品は猫のエサだった。数量は10…と。よし、これで全部だ。
発注完了を確認してシステムを閉じたところで、遠くからおれの名前を読んでいる声が聞こえた。また何か手伝わされるのだろう。そちらへ向かう準備をしながら、もう一度大きくため息をつく。

はぁ…まったく。

何でおればっかり。



とある店の店長


彼はとにかく頑固でプライドが高い。
能力はあるのに、周囲を見下したような言動が端々に見られるから周りに人が寄り付かない。彼は周りに助けてもらわなくても大体がひとりでできてしまうし、しかも正確で早い。それはもちろん素晴らしいことなのだが、そればかりではいつか彼自身が疲れてしまうだろう。周囲の人間にとっても、彼に任せておけばいいという風潮ができて良くない。
何度か周りと協力してやるように指示したが、なかなか分かってもらえない。自分でやった方が早いと思っている節もあるのかもしれない。まずは人を下に見る癖をなおす必要があるけれど、これまでの人生の中で培われた思考回路は一朝一夕に変化するものでもないだろう。

先週はわたしが休みを取ることが多く、さらにはわたしの仕事を彼にしか任せられずに申し訳ないことをした。さすがに彼も疲れているようだったので、先週末から今日までは休みを取るように言った。返事をするその表情には、かなりの不満が溜まっているように見えた。
彼に関しては何とかしてやりたい気持ちもあるが、現時点で何をどうすればいいのかが分からない。わたしにとって、彼は大きな悩みのタネのひとつだった。
自然と出たため息とは裏腹に、店の入り口から配達員の明るい声が聞こえる。どうやら発注した商品が届いたようだった。

次々に運び込まれる商品の中で、ひとつだけ異質なものがあった。
中程度の段ボール10箱分。何なんだこれは?よく見ると猫のエサのようだ。段ボール1箱に36個入っているから、なんとその数は全部で360個だ。さすがにこんなに大量に発注するわけが…と思ったところで、ハッと思いつくことがあった。
間違いない。彼だ。

これは厄介なことになったな。
そう考えながら、新たな悩みのタネが増えるのを感じた。彼としてもこれはバイトでの初めての大きなミスだろう。いや、そもそもこれを彼に任せたのはわたしだ。これはわたしにとっても、彼と共に乗り越えるべき試練のひとつなのかもしれない。



とある若い夫婦


「ねぇ、最近ゴミ減ったよね?」

隣で作業をする妻が誰に言うでもなく聞いてきた。うーん。自分としては言われてみれば減ったような気がするなという程度だったが、ポイ捨て死刑論者の妻からするとかなり大きな変化なのだろう。妻の話によると、近くの小学校の子どもが下校中にゴミ拾いを始めたとか、それを見た大人たちが一緒にゴミを拾う活動を始めたとか、そういうムーブメントが起こっているらしい。たしかに、近くの店舗の若い男の人がゴミを拾っているのを自分もよく見かける気がした。
妻がやっぱり誰に言うでもなく話し始めた。

「わたしさ、ポイ捨てする人なんて死ねばいい!って言ってたけどさ、あれ取り消すよ。なんか捨てる人が悪くて、拾ってあげているわたしばっかり大変!なーんて思ってたけどさ、ひょっとしたらそうじゃないのかも。この前ね、ゴミを拾ってる男の子に『ゴミを拾って偉いねぇ』って言ったらさ、その男の子、すごく不思議そうな顔してたんだよね。その子にとったらさ、ゴミは拾うのが普通でそれ以上でもそれ以下でもないんだよ、きっと。たしかに誰かが捨てたゴミは巡り巡って誰かが拾わないといけない。でもゴミを拾った誰かが、ゴミを捨てた誰かを恨んだら、そしたらその恨みはまた巡り巡って誰かの恨みに繋がるのかも……なーんて思ったんだ。そうやって考えたら、その子がすっごく輝いて見えちゃってさぁ…」

妻はまだ何か言っている様だったが、その横顔はキラキラと輝いて見えた。妻の言うことがその通りならば、きっと彼女のこの素敵な気付きも、巡り巡って誰かの気付きにつながっていくのだろう。
どうせ巡っていくのなら、周りに伝わるのはあたたかなものの方がいいな。そう思った。そして、自分もイチゴ農家という仕事を通して、これからもどこかのだれかに小さなしあわせを届けていきたいなと、そうも思った。

うん。今年のイチゴも実りがよくて甘そうだ。

妻は「ねぇ聞いてるのぉ?」なんて言ってちょっと拗ねている。
自分は動かしていた手を止めて妻に微笑み、そして心の中で呟いた。


このしあわせが、誰かに届きますように。


ーーおしまいーー


あとがき

「風が吹けば桶屋が儲かる」
これを書きはじめた時はその程度の軽い気持ちだったのに、今となっては世界の色んなものがつながって、ほんの少しでも平和になって欲しいと思いを込めました。ぼくにできることはあまりにも少ないけれど、ウクライナの方々にまた平穏が訪れますように。

100円→今日のコーヒーを買う。 500円→1時間仕事を休んで何か書く。 1,000円→もの書きへの転職をマジで考える。