中村敬斗の加入が噂されるLOSCリールとは
ブライトンでは三笘薫、レアル・ソシエダでは久保建英など過去に比べて各欧州クラブの核を日本人が担うことが増え、フットボールへの情熱が高まってきている日本国内。
昨季フランスリーグアンでは伊東純也がスタッド・ランスの快進撃に貢献したり、南野拓実がモナコへ、オナイウ阿道はトゥールーズで、川島永嗣と鈴木唯人はストラスブールというように5人の日本人がリーグアンを湧かせてくれました。
鈴木唯人と川島永嗣はストラスブールの退団が決まってしまいましたが、来季リーグアンに新たな日本人として加入が近づいているのが、現在オーストリア1部LASKに所属する中村敬斗です。
オーストリアで実績を積んでいる彼ですが、ここに来てリバプールと共に強い関心を寄せているのがLOSCリールです。
約2年前のリーグチャンピオンであり、リールから巣立った選手たちが各クラブで活躍していることを踏まえると欧州内ではもちろん、日本国内でも割と知名度の高いクラブなのではないかと感じます。
ここからはいつも通り、リールというクラブを街から歴史、昨季の振り返りなどを添えてどのようなクラブなのかご紹介いたします。
北部の教養高き都市
パリから見てちょうど真北の位置でベルギーと国境を接しているのがリールという都市です。国内では10番目に人口が多い都市ながら、パリ、リヨン、マルセイユに次ぐ第4の都市圏として認知される場合が多いです。
18世紀からは多くの国に占領されたり包囲された過去もありましたが、産業革命以降は繊維産業と機械工業を中心に一大工業都市として発展しました。
古くから商人が集う都市ではありましたが、20世紀以降は学生が多く集うようになり、多くの大学がリール市内にあります。
このリールから生まれた人物として、かつて大統領を務め、死後に名前が空港の名前に使われている、シャルル・ド・ゴールが生まれたのがこの都市です。
教養高き都市として個人的におすすめするリールの観光スポットが、やはりテアトル広場(Place du Théâtre Lille)です。
フランダース駅から旧市街に向けて歩いていると目に印象強く映ってくるのがこの広場にある大きな建物。写真の一番高い建物は商工会議所であり、76mの高さ以上に見た目のインパクトがあります。
同じ広場にはオペラ座や旧証券取引所があり、どれも豪華な造りでリールの教養の高さを肌で感じさせるような雰囲気があります。
また、リールはヨーロッパ最大級の蚤の市が開催される都市でもありますのでお買い物にはピッタリな場所です。高価そうなものが意外と安く買える場合もあるので興味があればぜひ。
リールという都市に関しては以下の動画をどうぞ
アザールを生んだフランス屈指の名門LOSCリールの歴史
その北部の都市リールをホームタウンとしているのが、[Lille Olympique Sporting Club]ことLOSCリールです。
1941年にオランピック・リロワのサッカー部門とイリス・クラブ・リロワが合併して前身のクラブが誕生しました。1944年にさらにSCフィブと合併してリール・オランピック・スポルティング・クラブという名前で発足しました。
第二次世界大戦後の1945年あたりから全盛期を迎え、クープ・ドゥ・フランスでは1945年から3連覇、45/46と53/54にリーグ優勝を遂げました。その後財政難や2部降格を味わう低迷期を迎えますが、1994年からベルナール・ルコント会長が立て直し再びリーグアンで戦えるチームに仕上げました。
そして2002年からミシェル・セイドゥ会長とクロード・ピュエル監督のもとヨーロッパのコンペティションに参加するぐらいの強さを取り戻し、リーグアンの強豪クラブとしてその名をヨーロッパ中に広めました。
そして大きな転換を迎えたのが2008年。リュディ・ガルシアを新監督に迎え、「若手育成のチーム」という印象を変えたい会長のもとでジェルヴィーニョやフローラン・ヴァルモンなどの名選手を獲得し攻撃的なフットボールを展開しました。
同年にトップチームに引き上げられ、2年後の10/11シーズンに得点王のムサ・ソウと共に攻撃陣を牽引して優勝に貢献したのがエデン・アザールでした。自身も17G15Aという驚異的な記録で年間最優秀選手賞を獲得し、2012年からチェルシーに活躍の舞台を移しました。
その後もリーグでほぼ安定した順位に位置しながら、ニコラ・ぺぺやヴィクトル・オシムヘン、ラファエル・レオンなどの若手がチームに貢献し多額の移籍金を残していきました。
そして再び名声を集めたのが20/21シーズン。PSGでも再タッグを組んだことで話題となったガルティエ監督とルイス・カンポスSDのもとで若手主体で堅守速攻のチームを作り上げ、PSGの連覇をとめて10年ぶりのリーグタイトルを勝ち取りました。
クラブのアイコンにはあの動物!?
リールはLOSCとも呼ばれることがありますが、愛称は"Les Dogues"と言います。「猛犬たち」という意味であり、犬がモチーフとなっているクラブはなかなかいないのではないでしょうか。2018年から簡素化されたクラブのロゴは以前より大胆に犬が目立つようになりました。
リールに集う人々の愛称は"Lillois"(リロワ)といいます。こちらもまたフランス特有のチャント[Qui ne saute pas n’est pas un〜(キヌ ソートゥパ ネパザン〜)]に続けて口ずさんでみてください。
リロワが集うスタジアムの名前は2012年に改修されたスタッド・ピエール・モーロワです。名前はリール出身でリール市長やフランス大統領を務めたピエール・モーロワにちなんでつけられましたが、未だリロワの間では不評であり、旧称のグラン・スタッド・リール・メトロポールという名前が使われることがあります。
50,186人を収容するスタジアムは外観からも豪華さを窺うことができ、過去にこのスタジアムで日本×ブラジルの親善試合が行われました。
クラブOBとしては先程挙げた選手たちの他に最近ではマイク・メニャンやスヴェン・ボトマン、少し遡るとステファン・リヒトシュタイナーやエリック・アヴィダル、ヨアン・キャバイェなどが挙げられます。
歴代監督としては日本でも馴染み深いヴァヒド・ハリルホジッチやマルセロ・ビエルサ、フレデリック・アントネッティらがいます。
クラブの会長は以前の記事でもお伝えした通り、オリヴィエ・レタン氏が2020年から務めています。過去にはスタッド・ランスのGMやPSGのSD、レンヌの会長を歴任しました。今回中村敬斗とリールに関する日本メディアの記事にて、事情通でない方が彼のことを「レタン監督」と表記していたことには思わず腰を抜かしました😅
そしてリールの最大のライバルが同じ北部の街ランスをホームタウンとするRCランス。この[Derby du Nord]はフランス国内でも最高峰の盛り上がりを見せるダービーであり、個人的には一番好きなダービーです。リールは商人や学生が集う都市に対して、ランスは炭鉱業で栄えた労働者の都市なので都市間の妬みなどからもこのダービーの対立性が生まれています。
戦術家フォンセカが蘇らせたリールの魅力的なフットボール
前述の通り約2年前にリーグ優勝したリールでしたが、翌シーズンはかなり苦労しました。優勝監督のガルティエが去り、グルネベルク監督のもとではチームがまとまりきれず前年度チャンピオンとは思えないほど自信の無さが窺えたシーズンでした。
ライバルのRCランスにはシーズンダブルを喰らい、10位という残酷な結果に終わりました。名誉挽回を図るべく、招聘されたのが日本では某アナウンサーの影響でその名が知れ渡ったポルトガル国籍のパウロ・フォンセカでした。
ボトマンやゼキ・チェリク、ゼカ、ブラク・ユルマズなどの優勝に貢献したものたちが去った中、中盤以降を中心に補強を進め、カベラやエンジェル・ゴメス、ディアキテやイスマイリーなどの新戦力がリールに加わりました。
今季の主なフォーメーションとメンバーはこちら。4-2-3-1は基本的に変わらなかったものの、さすが戦術家フォンセカがここに様々な手を加えました。
入りは4バックながら、ビルドアップ時にはRSBのディアキテが低い位置をとり、後ろは可変3バックのような形になります。中盤もディフェンスラインとさほど距離を取らずに、狙いとして楔のボールが入った瞬間に前線を中心に縦にスピーディーな攻撃を展開します。例として昨季17節スタッド・ランス戦を基に戦術的に見ていきましょう。
可変型3バックの右で引き出したスペースにトップ下のカベラ
同じ4−2−3−1の布陣ながら中盤以降はマンツーとなる裏のスペースをリールは有効活用しました。可変型3バックの右を務めるディアキテに対してLWGのファン・ベルヘンが出てきたことによってできた背後のスペースに降りてきたのはトップ下のカベラ。ここに降りてきてボールを引き出し、仮にスタッド・ランスの中盤が寄せてきた際は逆にリールの中盤が1人フリーとなり、中盤の優位性が生まれました。ここで密かに重要なのはRWGのジェグロヴァがLSBのデ・スメトをピン留めしていることであり、これによってカベラに寄せる選手がいなかったということになります。
この現象は2022年W杯の日本×ドイツ戦にても同じような現象が生まれており、右のズーレに対して久保建英が寄せた裏にミュラーが引き出し、中盤が寄せてきたらキミッヒかギュンドアンのいずれかがフリーになるという現象。先制点につながるPK献上のシーンも中盤の優位性の誕生によって同様の事象が発生しました。
主に右サイドで優位性を保ちながら、時折楔をいれつつ前線は背後の意識を持ち続け、試合をうまくコントロールしました。しかし、一番フォンセカが優先していることは中盤の優位性であり、あくまでもカベラの起点作りは中盤を助けるためでした。
簡単にまとめると、リールは縦志向がかなり強いチームです。ガルティエの堅守速攻で優勝したチームも縦へのスピーディーなカウンターで勝ち星を積み重ねていました。フォンセカはその戦い方を尊重しつつも、前半戦とワールドカップブレイクを踏まえて自身のポゼッション型とうまく組み合わせたことによる戦術が出来上がりました。
中盤の優位性を大事にしつつ、楔が入ったら連動して縦の速攻を仕掛けるハイブリッドな戦い方によって1シーズンを通して1つも連敗がなかったことにつながりました。中盤が閉ざされたらDFの足元の技術や運ぶことを恐れず、楔を入れてゴールに向かって一直線に目指す戦い方はフランスらしさがいい意味で感じられずに非常に魅力的でした。
なぜリールは中村敬斗を望む?
この何とも答え難い質問に対しての私の答えは「Oui」です。まず理由としてあるのは、リールが現在左サイドの人材を求めているということ。
数年前から左サイドを支えてきたジョナタン・バンバは契約満了により今夏でチームを去りました。トップ下のカベラも左サイドの役割を担うことはできますが、今季はECLと並行して戦わなければならず、層を厚くすることが求められます。
そして、中村敬斗の得意なドリブル力すなわち個の能力はリーグアンにおいてとても必要とされる要素です。個の能力が強く求められるリーグであるからこそ、伊東純也の圧倒的なスピードや安定感あるクロス、酒井宏樹の対人能力に代表されるように持ち味を発揮しやすいのではないかと思います。
動画くらいでしか中村敬斗のプレーを見たことがないのですが、どちらかと言えば彼はアウトサイドからドリブルを仕掛けている場面が目立ちます。しかし、昨季バンバは少し内寄りのポジションにいて、大外はSBのイスマイリーが高い位置をとり、バンバ自身は楔を引き出しり背後を狙う動きを見せたり。
仮に加入したとしたら、フォンセカ監督から様々な要求を受け、いずれにせよ適応能力が求められてくるかとは思いますが、周囲の雑音に惑わされずに自分らしさを発揮してくれることを願います。
リールはバンバと共にキャプテンのフォンテも退団済みとなっています。実績豊富なユムティティが加入したとはいえ、誰がこのチームをうまくまとめるのか、まとまらずに空中分解の可能性も否定はできません。しかしその不安以上にリールには素晴らしいタレントが揃っており、中村敬斗が加入するとなれば自ずと日本国内での注目度も上がるでしょう。
ここまで綴ったにも関わらず、恥ずかしながら彼が本当に来てくれるかは保証できません。リバプールとの抗争で優位に立っているとはいえ、1回目のオファーは断られたことは確かなようです。
ただ、同じ日本人として、そして以前からリーグアンに参加することを個人的にかなり望んでいたので来てくれることに対してはこれ以上の喜びはまだ見つけられていません。もちろんリバプールが移籍先だったとしで嬉しいことではありますが、個の能力が試されるリーグアンで才能を遺憾無く発揮してほしいです。
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