見出し画像

2021年J1リーグ第4節横浜F・マリノス ホーム浦和戦に捧ぐ 王道スポーツ小説風

※本記事はフィクションです。
 試合を一冊の小説とみなして、その小説の一部を抜粋したものです。

『スイッチ』

スイッチが押されたのは、1分16秒だった。

マリノス陣の中に、浦和レッズのディフェンダーが全員入る。
右サイドから中央の小泉を経由して、左サイドでボールを受けるのは山中。浦和は整えて押し込むつもりだ。
山中は丁寧にボールを握ろうという意図を込めて、最後尾の槙野へのバックパスを選択した。
しかし、山中と槙野の呼吸は合わず、パスは槙野の右脇を抜けていく。槙野は戻りながらボールを処理する事になった。

少しの判断ミスで決定機に直結するシチュエーションに、急に連れてこられた槙野。
一つのミスでチーム全体の精神的なバランスが崩れる。この瞬間を見逃さず、彼は、前田大然はスイッチを押した。

彼は知っている。このプレスが、マリノスの選手達の矢印をより前へと向ける力になる事を。
スイッチによる数分間の混沌。それは、浦和の選手から論理的に前進する手段を奪った。前進しようにも、すぐにマリノスの選手達が近づくのだ。

浦和の選手達は、縦パスの制御を失う。パスの受け手は、マリノス守備陣にしっかりロックオンされた状態が続く。マリノスは試合の主導権を握る事に成功した。

打開しようと左サイドで、浦和FWの杉本が攻撃方向に背中を向けた状態でキープに入るも、その杉本へプレッシャーをかけ押し返すチアゴ。
気付けば杉本は、仲川のプレスバックの射程距離まで押し返された。

仲川を視界に入れた時、タイミングの悪い事に、杉本は少し体からボールを離してしまった。
奪われる。
とっさに足を伸ばして出したパスは味方には繋がらない。パスの行く先は、浦和にとっては最悪。
攻守において、絶妙なポジショニングを取るマリノスの扇原のもとに、パスは転がる。

既に扇原の視界と思考はかなりクリアだ。
迷う事無く、前方のマルコスへパスをつける。
この時マルコスは、半身でボールを受け、右目の視界の端に迫ってくる浦和の選手を感じていた。
と同時に自身の背中側、タッチライン側には誰の気配も感じない。
迫る浦和の選手をいなしてターン。時間が生まれた。
マルコスには大外にフリーの仲川が見える。

このパスで、テルなら何でも出来るだろ?

マルコス自身が作った時間は、仲川への丁寧なパスへと変換され、そのパスが仲川に余裕を持ったトラップの時間をもたらした。

パスを受けた仲川は顔を上げ、すぐに浦和ディフェンスラインの隙間を見つける。
もう知っている、決まっている。
そのスペースには、この流れのスイッチを押した彼が来る事を。

信じて振り抜いたラストパス。
浦和のGK西川が伸ばした手に少し当たるが、ボールは彼のもとへ。
そう、スイッチを押した前田大然のもとへ届く。
まるであのスイッチを押した瞬間から、約束されていたかの様に。

スイッチを押してから、わずか42秒。
鮮やかなゴール。前田大然、先制。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?