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自らの自由を縛る愚 (1)

コラム『あまのじゃく』1962/10/26 発行
文化新聞  No. 4294


合同労組の申立て、1,2審とも棄却

    主幹 吉 田 金 八
 民主主義の社会で言論の自由が最高度に許容されるのは、民主主義の社会を構成する民衆が理性と良識を備えて、あらゆる言説を味読、分析してバカバカしい意見と、なるほどと頷ける言説を選り分ける判断力を持っている自信があるからである。
 言い換えれば、文明社会が民主国家にして初めて言論報道の自由が成立する。仮に民衆が愚劣低級で、雷を天帝の怒りと恐れ、疫病も赤い紙を門口に貼れば免れると信じ、腐った水を飲んで病気が治ると思ったり、呪いで運命を決するような野蛮人であれば、現在のような言論報道の自由は誠に危険極まりない。
 こうした民衆は、不作や不景気が巡り来た時、不貞な人間が銀行を襲い、政府要人を暗殺すれば、民衆の天国が明日にも来るような言論で先導すればたちまち暴徒となって革命を起こしかねまい。
 また昨今のようにニセ札が各地に出て、今日も二枚、明日も三枚発見されるという真実の報道にも、日本中がニセ札で埋まったような錯覚を起こし、悪性インフレとそれにつながる経済混乱を起こすことも考えられる。
 だから、民衆が無知ならば民主政治は行われず、独裁政府が集会、結社、新聞、放送、出版等厳重な制限禁止を行って、現在のような国民のあらゆる自由は持つことが出来なくなる。
 今朝、某新聞の折り込みに共産党の宣伝のために『アカハタ』の号外が挟まれていたが、このキューバ問題を巡ってアメリカの態度を批判するアジビラにはアメリカ帝国主義は強盗行為だと断定し、戦争放火者と決めつけ、激しい論調で共産党の主張が述べられていた。
 これと反対に極右の国粋主義団体の『共産党は売国奴、国賊だ』というような文句も常に街頭で見せられる。
 戦前ならば当然禁止されるような意見、表現も自由に任せられており、国民にはその各々の極端な主張を適当に噛み砕き、ふるいを通して自分なりの判断を組み立てて行き、良き意見は即効はないとしても、徐々に共鳴者を増して社会の構成を変え、次第に進歩して行くのが民主主義社会の特徴のようである。
 私は言論報道の任を天職として従事しているが、自分の意見が時に社会から顧みられないことも多いけれど、時には大きな反響を呼び、言論の偉大さと民主主義社会の聡明さに感心している。
 本社は飯能地区一般合同労組と本社の一部従業員の問題で昨年以来地労委及び中労委で対決した。 合同労組に入っている従業員に対して「組合員に対して組合員なるがために不利益待遇をした」というのが合同労組の救済申し立ての理由だったが、この1年にわたる労働委員会法廷の争いは一、二審とも本社の正しきが認められて、合同労組の申し立ては棄却となり、本社の勝訴となった。
 これで済んだと思っていたら、先月末、合同労組では「文化新聞の報道で組合の組織運営がうまくいかなくなった。これは明らかに労働法で禁じられた支配介入の不当労働行為である」という申し立てを地労委に行い、今後この問題で論争することになりそうである。
 先様の主張する事実を見ると、色々並べているが、要約すれば「社会の公器性を無視して組合、合同労組、荒木書記長に対する理由なき誹謗、中傷を加えて組合の信用を失墜させ、事件の経過を知らぬ市内の各経営者は合同労組に対してあらぬ批判を加えたり、現に市原ポンプ産業の経営者は同工場の組合が合同労組に加入することに難色を示したり、非難をする始末であり、また市内の未組織労働者の中で労組を結成しようと考えている労働者が合同労組を誤解して、二の足を踏むようになったことは、組合に対する支配介入である」という事にあるようである。
 本紙が本年2月初旬、地労委が組合の提訴を『理由なし』として棄却の命令を発した後、連日本紙上でその経過を報道したことは、新聞とすれば当然の使命である。新聞は他人の事はよく書くが、自分のことは頬かむりが通例になっている。
 他産業の労働争議は事細かに報道するが、自分の社の争議は伏せてしまい、同業紙も誼しみで遠慮して、書いても二、三行でごまかす慣習があるが、本紙は自分の誇りも恥もいとわず、彼我両方の主張と事実を克明に伝えたことは、新聞の公器性を身をもって実践したとも言える。
 当然自分の事となれば、主観が介入することは已むを得ないし、客観的な表現であったものでも主観的に見られ勝である。 (続く)


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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