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好色心を誘う高萩

コラム『あまのじゃく』1956/9/20 発行
文化新聞  No. 2392


ご乱脈が過ぎると痛い目に‥

    主幹 吉 田 金  八 

 タバコ屋にお使いに行った男が『何のタバコにしますか?』と聞かれて「新生」「いこい」とも言えず、家へ帰って相談してくると言い、家へ帰っても親父は「新生」にしろ、兄貴は「いこい」が良いと言い争って決まらず、またタバコ屋に戻って『どっちでも良いから売ってくれ』と言い、タバコ屋が当惑している姿が、ちょうど高萩村の現在の姿である。
 もちろん、町村合併についての相手の選択は、タバコをどう選ぶかというのと少々違っている。嫁取り、婿取りに類する位住民にとって重大問題である。
 しかし合併せねばならないと決意した以上、甲にするか乙にするかの相手が決められないのでは、あまりにも意気地がなさ過ぎる。しかも高萩が日高にするか飯能にするかということは、東吾野村の吾野か飯能かというのとは、ちょっと事情が違う。
 東長野の場合、4尺5寸が着丈の人間に4尺5寸と4尺の2枚の着物が与えられる様な便、不便があるが、高萩の場合は4尺5寸と4尺3寸があてがわれるに等しく、飯能となっても日高となっても、一部の地域が致命的不自由になるというほどには受け取れない。もっとも、これは外部から見ての話で、着物を選ぶ娘などというものは着丈はぴったりでも、柄の色目との欲を際限なく言い出しかねない。 高萩は平地の真ん中で、どこと組んでも山村のように極端な不釣り合いがないだけに、反って我儘を言うのかもしれない。
 美貌の女があれこれと見合いの数を重ねて、売れ残りになってしまうのに、身の程を知った娘が親の勧める縁談に素直に応じて、家庭生活に早く入って、幸福な人生を送るような場合が世の中には多い。 高萩も人目を引くほどの美貌ではなく、美と貌物で飛び回ったのは、案外好色の男の目に留まり、飯能・日高のサヤ当ての騒動を巻き起こした。見方によれば、『高萩も利口だわぃ。人絹物を本絹相場で日高に売込めたわぃ』と見物を感心させたのも束に間で、いざ売買の瞬間にまたしても目移りがしたため、『お母さんのお見立てに従う』とは言っているものの、場合によればよき買い手を逃がしかねまい始末とは相成った。惚れた女でもあまり男付き合いが乱脈では、男の方で逃げ腰にならざるを得ない。そこへどう勘違いしたのか、狭山市がどっちも行きづらいだろうから、いっそこっちに来たらと、上野駅前のポン引きの様に寄り添ってきた。この狭山市の出現は、高萩の売り込み上手の作戦か、狭山市の気紛れか、そのいずれかは知らないが、今後高萩の出方では、その純潔性が疑われて街中の男の鼻づまりにもなりかねまいと心配させられる。
 昔から『女賢しうして馬売り損なう』の話があるが、高萩はまさに好例である。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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