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救われ難き人たち

コラム『あまのじゃく』1953/9/28 発行 
文化新聞  No. 898


心配な荒海に ”ダメ船長”

    主幹 吉 田 金 八

 飯能町もセメント工場招致と市制施行という小林町長の二大施行案が、執行部の見通しの甘さと優柔不断で先行き不明の状態となっている。
 一方は予定地として選定した双柳部落民の大反対を受け、また、市制の方は分村問題も解決の見通しだと言明して協議会の賛成を得ておきながら、「知事白紙委任説」も大沢知事が「おれはそんなことを言った覚えはない」と言い切ったことから、小林町長が市制施行を焦るあまり、町民を完全にペテンにかけた事の化けの皮が剥がされ、分村問題は放っておいて、市制を引かれたのではかなわん、と元加治地区が猛然と反対に乗り出すかと思ったら、「9月県会に間に合わねば機会がない」とばかり、ろくな説明も納得もさせずに押し切った市制案だけに、元加治地区にも精明にも同様「市制尚早。分村の解決した後に」という運動が台頭し、今更に町長や町議会を慌てさせている。
 この分でいくと、セメント会社も飯能を避けてしまうであろうし、市制の方もお流れになる公算が多い。この二つの施策はいずれも当面の町の状態が平和で、建設的であって、初めて可能な問題でなければならない。
 セメント会社招致にしてみれば、将来町の有力な税源となるのであろう。
 創設何か年かの税金を免除するのか、将来の税収を見返りに敷地買収に街が相当の補助金を出すとか、口だけの受け入れ態勢でなく、現実に町民の財布に響く協力の実を示さなければ、おそらく会社も手を出さぬし、地主も土地を手放さないであろう。
 仮に地主が坪1000円を主張し、会社が500円を譲らなければ、差額の500円を町費で支弁せねばセメント会社は出来ない。坪500円では10万坪で、万の金がなければ敷地がまとまらない。
 さなきだに困難な町の財政、畑や横丁の百万円もかったるがって容易に進行しない現状で、5千万円の金を出す道は、名栗町有林を売り叩かなければどうにもならないであろう。
 元加治の分村を名栗の山に絡ませれば、あんなにまで熱狂した町民の唯一最大の財源処分が、果たして小林町長のごとく、県知事の鶴の一声には動き得ても、自ら買って出た分村処理が1年半も経って何一つ下手な手すら打ち得ぬ無能さで、果たして町有林を売ってまでもセメントを呼ぶまでの世論統一がなしうるであろうか。
 記者は市制などの名目的なことは自然と機が熟するまで放っておいてしかるべきだと思うが、セメント会社を町に招致することは、どんなに障害があっても、豪まいは啓発し、感情は氷解することに努力して、なんとしても飯能に招致した方が、市街地のみならず近隣の農民地主としても断じて不利益ではないと信ずるものであるが、現在のあり方では県がいかなる説明を加え、学者が正しい資料を示してみても、容易に精明地区民が納得するのは難しい状態に追い込まれつつある。
 役に立たぬ役者に舞台を務めさせれば、結局は肝心のところでセリフをトチッたり、泣かんべき仕草をしようとするときに、聴衆を笑わせてしまったり、せっかくの舞台を台無しにしてしまう。
 セメントに関する限り、千載の好機に大根役者のために、あたら取り逃しはしないかと真に心配に耐えないものがある。
 愛町同盟から辞職勧告を受けたとき、「セメントが今決まるか、決まらぬかの大切な瀬戸際だ」と小林町長は逃げたが、決まったとて3年、5年もかかる難事業で、腕の悪い船長は交代させても、先の永い航海に備えるべきであったのに、出帆時刻に急かされて、駄船長で荒海に出発し、盲目航海で難破しようとして、今更船長の手腕を云々しても始まらぬことである。
 セメント問題で精明地区議員は、地区民と町議会との間に挟まれて非常にデリケートな感情に浮標している。
 舵のとり方では、精明に分村の空気が突発しないと誰が保証しうるか。記者の見るところでは、多分にその危険をはらんでいると思える。
 元加治分村処理を表看板で森利一先生を唯一の好敵手飯能町長にのし上がった小林先生が、分村処理の誠意をおろそかにして、「セメントだ市制だ」と、先物を買いすぎたために、元加治という膝下切断で間に合う手術を怠ったために、精明だ加治だ、南高麗だという風に、両手両足をも切断して旧町のみが孤立して、永遠に市制の望みを失うような事態に立ち至らんか、その責めは一体誰が負うべきであろうか。
 町民はその責任を負うべき人たちの顔をしっかりと今胸中に映じて舌打ちをしている事であろう。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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