三社祭恋花吹雪(さんじゃまつりこいのはなふぶき)





三社祭恋花吹雪(さんじゃまつりこいのはなふぶき) 一幕五場
 ――シェイクスピア「ロミオとジュリエット」より――

           ウィリアム・シェイクスピア 原作    
                二木ひとみ 翻案・脚色  

登場人物

已之助   浅草・紋太家一家親分の一人息子 十六歳
おゆり   浅草・歌舞屋一家親分のひとり娘 十三歳
浅草寺 貫主
浅草寺 侍僧
歌舞屋内儀 お百合の母
丁坊    歌舞屋身内の若者 十六歳
久寿丸   紋太家若頭
両家の若衆
樹(松竹梅)
鳴物
影歌


口上

(序詞役 登場)

皆々様方にはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。本日はわざわざのお運び誠に、誠に有難う存じます。

さて本日御目にかけまするは、かのえげれす国は沙翁が作を本歌に取り本朝に移しましての上演。

古今東西ところを問わず世世限りなく咲きて散るは恋の花、去年の桜の咲き急ぎ散り急ぐがごと乱れ咲く。。

時は明治 所は東京浅草 浅草寺がご門前。

浅草界隈を真二つに分けて力を競う二人の親分衆と言えば幼子でも知らぬはなし、その名も紋太家と歌舞屋と申します。

祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあるといえど繰り広げるは修羅の巷。

御法の声も届かじと。

恨みに恨みを以て報いれば恨み尽きずの御言葉げにも。

御寺の鐘の鳴りわたるありがたさ、届かば仏となる身なれど、例えば水の中にいて渇を叫ぶが如くなるありさま。

さて、それへ、何のめぐりあわせか因縁か、それぞれ家に目の中に入れても痛くはない一粒種がございます。かたや歌舞屋の箱入りおゆり 花も恥じらう十三歳、かたや紋太家の跡取り息子已之助取って十六歳と相成ります。

出会い頭に咲くは恋 泥の中から頭を上ぐる 蓮華の一輪凛として。はつ夏の空に輝く日輪を 恋うてかひたすら天に向く。

さていかなることと相成りますやら、皆様どうかごゆるりと、ご覧くださりませ。 

(退場)

第一幕 

第一場 浅草 浅草寺門前の公道

(舞台裏から賑やかな「わっせい、わっせい」の声。祭囃子。喧騒。祭りのあらゆる音。

その中に上手側から「若、若あ!どこですう!」の声。

下手側からも、女の声「おゆり、おゆりや!どこだえ、おゆりー!」。

上手からバスケットボールを抱えた学生服の巳之助、下手から振り袖姿のおゆり、それぞれ全速力で走りこんでくる。追って来る者たちに気を取られて、舞台中央で鉢合わせ。

二人見つめあう、フリーズ。周りの音、全てフェイドアウト。遠くで浅草寺の寺鐘が鳴りだす。
と、上手より紋太家の若頭久寿丸と若衆、下手より歌舞屋内儀・丁坊・若衆登場.。)

久寿丸        これはこれは、歌舞屋の姐さんじゃあござんせんか。
歌舞屋若衆1    何だと、誰に向かって口を利いてんだ?
内儀         およしよ、三下にかまうんじゃない。
久寿丸        (むっとして)うちの若がお通りなんでね、道を空けてもらいやしょうか。
歌舞屋若衆1    この野郎!
(言いざま巳之助に打ち掛かる。久寿丸素早く割って入り、手練れの早業で若衆1の手を捩じ上げる。若衆1、得物を取り落とす。久寿丸相手を軽く押しやると、若衆よろめいて、おゆりに倒れ掛かる。)

おゆり        きゃあーーーーーーー!
内儀         (ハッとして)野郎どもやっちまいな!

(両家の若衆わが意を得たりとばかりに一斉に「応!」と気勢を上げる。客席内からも、そこかしこから「応!」の声。両家一触即発の睨み合い。丁坊満身の気合で抜き身を振りかぶる。
そこへお提唱の喚鐘。その第一声で全員フリーズ。
静まり返った中を、下手客席奥より貫主、侍僧を伴って喚鐘とともに登場。貫主、貞坊の抜き身を背後から抜き取る。
舞台中央で客席に向かい正眼に構える。八相に振りかぶって一閃。
一同崩れ落ちる。)

貫主         三社祭の当日というに何たることか。歌舞屋さん紋太家さん、おまえがたに言って聞かせることがある。ついてきなされ。

(貫主上手に退場、全員従うがおゆりだけが残る。巳之助、去り際に振り返って、退場。)

第二場 歌舞屋屋敷奥 お百合の部屋の外の中庭


(障子窓、舞台上に出て来る。おゆり裏に隠れる。樹【松・竹・梅】一列になって下手より登場。おゆりの部屋の窓の下に並ぶ。窓が開く。)

おゆり        アア、巳之助さん、巳之助さん、あんたは何で巳之助さんなの。
おとっつあんと縁を切り、紋太家って名前を捨てっちまって!そしたら、そしたら、あたしも歌舞屋の名を捨てちまうから!

(巳之助上手よりバスケットボールを抱えて登場。おゆりを見つけ窓辺に寄ろうとするが、松竹梅にディフェンスされ近づけない。激しい攻防。)

おゆり        名前って何さ?腕でも顔でもない、あんたのどこでもない。だからなくったって、粋なあんたは変りゃあしない。
アア巳之助さん、紋太家なんて名前は捨てっちまって!その代わりに、このあたしを受け取って!

(巳之助、フェイントをかけて松竹梅を出し抜きおゆりの前に飛び出す。)

巳之助        受け取るよ、おいらの名前はもう紋太巳之助じゃあねえ!

おゆり        だれだえ、暗がりで聞いていたのは?
ア、あんたは、巳之助さん!
どうしてここがわかったの?

已之助        逢いてえ気持ちが手引きしてくれた。
おゆり        良かった。暗くって。
           でなきゃあ、真っ赤な顔が丸見えだもの。
あたしのさっきの独り言、みんな聞かれてしまったんだもの。
でももういっそ構やしない。
ねえ、已之助さん、あたしを好いておくれかえ? 
已之助        何にかけてだって誓う。
おゆり        ううん、誓ったって、破るかもしれないもの。
ほんとにほんとに好いてくれるなら、夫婦の契を交わしておくれかえ?
已之助        今すぐにだって構わねえ!
(二人声を合わせて)
お百合・巳之助    和尚様あーーーーー!
貫主         (上手袖から出てきながら)ハイハイ。呼んだ?
巳之助        和尚様。
おゆりとおいらは夫婦約束をしたんです。
今すぐおいらたちを夫婦にしてください。
貫主         ア?何じゃと?それは・・・目出度い!

(貫主、侍僧を伴って登場。二人に数珠を渡す。鉦引、ウェディングマーチのメロディー。
巳之助おゆりの窓によじ登り中へ。
貫主と侍僧、上手に帰りかけ、つい窓の方を覗き込む。侍僧振り返ると、貫主と目が合う。)
貫主         ( 一喝して)喝!のぞいちゃ駄目っ! 

(僧侶たち上手より退場。
舞台裏よりコケコッコー、コケコッコー、コケコッコーと鳴き声。
下手より丁坊、酔って朝帰り。抜き身を下げている。鼻歌まじり)
丁坊         酔ってない~酔ってない~、全然酔ってない~!
(と、巳之助が残していったバスケットボールに躓き、拾い上げる。見覚えが・・・?)
丁坊         何だこりゃ、あぶねえじゃねえか。
           あれ・・・?どっかで見たような・・・?
(そこへ巳之助窓から顔を出す)
丁坊         紋太家だ!出あえ!出あええ!
(丁坊已之助に斬りつける、已之助もみ合ううちに、返り討ち。下手客席奥へ逃げ去る。)
丁坊         や、やられた・・・
(下手より内儀、寝間着姿で登場、丁坊を抱き起す。若衆も登場)
内儀         丁坊、丁坊!しっかりおし、しっかり!        
死んだ!ああ!
死んだ!
仇討ちだ!
歌舞屋の血には、紋太家の血を!

(内儀・若衆、丁坊を抱え上げて下手より退場。鳴り物、ドンドンドンドン・・・
上手方、僧たち登場して黙劇、座って朝の勤行。
窓から一部始終を見ていたおゆり、窓から飛び出して舞台上手に走る。松竹梅、おゆりと客席の間をおゆりと逆方向に移動する。)


第三場 浅草寺内 貫主の居室

(おゆり、上手前まで来て、ドンドンと戸を叩く。)
侍僧         どなたです?
おゆり        和尚様!お助けください!
(侍僧戸を開ける。おゆり、入るなり床にくずおれる。)               おゆり        アア和尚様已之助は、已之助は家のものを手にかけて逃げました。
あたしは、あたしは、このままでは親の決めた許婚に嫁がされてしまいます。どうしたらいいのでしょう?(泣き崩れる)
貫主         はて困ったのう・・・(突然)お、そうじゃ!
あれ、あれじゃ!あれは・・・
どこへ行ったかのう?
(あたりを探し始める。侍僧、おゆりもつられて探し始める。貫主懐から小瓶を取り出す)
ア、ここにあったわな。
よいかな、おゆりどの。この薬、これを今宵、床に就く際に飲み干すのじゃ、密かにな。さすればお前は三日三晩死人のように眠り込む。この浅草寺の、お前の家の墓所に葬られることになる故、お前の目の覚めるまでに、わしが巳之助を探し出し使いをやって、来るようにさせておく。よいかな、できるかな? 
おゆり        あい、巳之助のためならどんなことでも。(おゆり小瓶を受け取り下手へ。松竹梅、先ほどと逆方向に移動しそのまま退場)

第四場 おゆりの部屋

おゆり        ああ、ああは言ったけど、いざとなったら怖い。
この恐ろしい場を演じる役者はあたし一人。           
たった一人。(瓶を見る)
もしこの薬が効かなかったら? 
ううん、その時は舌を嚙み切ってでも。
もしこれが毒だったら?
和尚様があたしたちを内密に夫婦にしたのを悔いて、あたしを無き者にしようとしたなら?
ううん、あの方はいつも立派なお坊様だった。
でももし、巳之助さんが来る前に目が覚めたら?
それだわ、恐ろしいのは。
あたしは墓の中で息が詰まるかもしれない。
それに、墓場には夜毎、亡者たちが集まってくるというもの。
ああ、そうだわ、その中に、
葬られたばっかりの丁坊も、仇を討とうと
巳之助を探しているのでは?
ア!あそこに、その亡霊が!
待って、待っておくれ!
巳之助を殺さないで!
已之助さん!今行くよ、これを飲むのもあんたのため!
(飲み干し倒れる)
(影歌始め。ここよりテンポアップ)

第五場 浅草寺墓地 歌舞屋の墓所

(おゆり前場のまま。上手前、貫主座っている。侍僧、上手客席奥から急いでくる、途中から)
侍僧         貫主さま!駄目です!
巳之助様には、お会いできませんでした!
貫主         何!それは・・・いかん!
(貫主慌てて上手に退場、侍僧続く。
下手客席奥より巳之助、ゆっくりした足取りで、舞台中央に来る)

已之助        おゆり・・・
(瓶を取り出す)
万が一に備えて手に入れておいたこの毒。          
役に立つ時が来た。
(毒をあおる。倒れながらおゆりににじり寄り、その腕の中へ。息絶える。
僧侶たち下手から登場)
貫主         遅かったか・・・!
(おゆり、目覚めて)
おゆり        ああ、ありがたいお坊様。
           あの人はどこに?
貫主         お前の夫は、それ、そこに、           お前の腕の中に死んでおる・・・。
(上手窓外に人影多数。手に手に灯り。客席内からも天井を照らす。
『おーい』『おーい』『あっちだ!』『あそこだ!』の声。)
貫主         人が来る、おゆりどの、来なされ!
おゆり        行ってください。          
あたしは、ここにいます。
(僧侶たち退場)
おゆり        これは何?(瓶を拾い上げる)毒なのね。(素早くあおる)
なんてひどい、一滴も残してくれないなんて。         
毒が残っているかもしれない。(口づけする)   
あんたの唇、まだあったかい。(さらに人声、先ほどより近い)
ああ、ありがたい刀、この胸がお前の鞘!(刺す)
(上手下手より両家の若衆・内儀・久寿丸・僧侶たち登場)
貫主         結ばれて長く生きるが幸せとは限らぬ・・・。
若くして果てても、己が誠を見事生きたは、あっぱれじゃ。 
(侍僧に示し、衣を脱ぎ二人に掛けてやる。影歌チェンジ。桜吹雪舞い散る。)        

                ―幕―


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