今昔巳鼠珏女夜魅師物語

 
 とある町のホストクラブで働く男があった。
 ある日の仕事終わり、ホストが道を歩いていると、太ったドブネズミがひょろひょろのヘビの身に鋭い牙を突き立てようとする場面に出くわした。
 ホストはヘビをかわいそうに思い、ドブネズミを尖った革靴で蹴り飛ばした。蹴った感触は水風船のようなぶよぶよとしたものだった。金切り声を上げてドブネズミは遥か向こうの路地へ飛んでいき、その隙にヘビはドブネズミが飛んでいった路地とは反対の路地へと消えて行った。
 ホストはそれを見て機嫌良く家路に着いた。
 次の日の夜、フリーの客がそのホストを指名した。スイカのような大きな胸をした肉感的な女で、身に付けている貴金属はどれも高そうに見えた。
 これはホストに蹴られたドブネズミが仕返しで女に化けて店にきたのであった。
 初回フリーだったので、そのホストが担当となった。
 二回目以降、女は売掛でホストを指名をするようになった。本来売掛には信用が必要だが、ドブネズミの持つ不思議な力に魅入られホストはすっかり騙されてしまっていた。
 女が毎夜、大量に飲み食いし、閉店まで通うこと20日ほど。
 その後、ピタリと女は顔を見せなくなった。
 女のダウンタイム期間とホストは思ったが、日々送っているメンテナンスに何の反応もなかった。
 未収のまま締め日が近づいたが女からの返事はなく、ついに飛びだとホストは確信した。
 その頃にはホストも正常な判断能力を取り戻しており、事の重大さに青ざめていた。
 ホストの思った通り、担切からの掛飛で間違いなかった。女は多額の飲食代をホストになすりつけるのが目的であった。
 ホストが多額の掛け払いを強いられ絶望していると、あのとき助けたヘビが体入でヘルプに化け、接客中のホストの元にやってきた。
 あの女の場所を知っています。
 先に向かって話をつけておきます。店が終わった後、タクシーでここに来てください、というメモと場所を書いたコースターをホストにさりげなく渡し、ヘビは店を後にした。
 
 ヘビがドブネズミのいるところに着いたとき、未だ女の姿だった。辺りに人影はなく、ポツンとベンチに座って酒瓶を傾けていた。
 ヘルプの姿からヘビに戻り、細工を施した後、ドブネズミの視界に入るようにチラチラと地面を這った。
 ドブネズミはヘビを捕まえて酒の肴にしようとベンチから離れたが、酔いと慣れない女の身体で、ヘビを捕らえることが出来なかった。
 ヘビは挑発するようにドブネズミの周りを一周回った後、すいすいと縫うように池のそばに生えた木に登っていき、木の枝に巻きついて、チロチロと舌を出した。
 ドブネズミは頭にきて、木に登ろうとした。
 しかし、酔いのせいでなかなか登りきれず苦しさばかり増すので、ドブネズミの姿を現して、ヘビに襲いかかった。すんでのところでヘビは身を捩り、ドブネズミの牙を避けた。と同時にドブネズミの体が木の枝ごと真っ逆さまに池へと落ちていった。
 枝は予めヘビが傷つけていた。
 ドブネズミはバタバタと水面を暴れ回ったがしばらくして、静かになった。
 
 ホストがその公園に着くと、果たして池のそばにはあの女が身につけていた衣服と貴金属類が地にあり、ヘルプはそのそばに立っていた。
 視線の先には池に浮かんだ一匹の大きなドブネズミがあった。
 ホストが何かを言う前に、ヘルプのヘビは、これを売って女の売掛を精算して下さい、と囁き、消えていった。
 ホストはその通りにし、掛け払いを精算した。
 


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