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奥能登芸術祭2023 ひとり旅−2:自然(里山里海)と作品


前回の奥能登芸術祭の訪問は9月〜10月で、まだ暑さが残ってた時期でした。
今回は11月・・・もう初冬になり、能登の自然の豪快さと厳しさを感じました。

作品もこの奥能登の自然とマッチした屋外作品はとても印象に残りました。
奥能登の自然・・・里山里海と称させるように、そこには「自然だけではなく、その土地の人との関わり」がとても色濃いです。
 そこのところがうまくハマった作品と、う〜ん「この場所でなくてはならない・・というのが弱いなぁ」という作品もありましたね〜

「虎の涙」という焼酎があり、私も以前飲んだことがあるけど、焼酎はどうしても私には合わないので、それっきりになってました。
阪神タイガース38年ぶりに日本一!!という翌日の奥能登訪問となったため、ガイドさんも「虎の涙という焼酎は、奥能登唯一の本格麦焼酎の会社:日本発酵化成で作られているんですよ〜」と言われてました。醸造に使われる金属の樽がいくつかの屋外の展示作品に使用されているとのこと。前回から見ていた作品(大岩オスカール:植木鉢も、この焼酎の樽だったんだ〜と初めて知りました。
 アレクサンドル・ポノマリョフ:TENGAIもこの焼酎の樽が使われています。あちこちの芸術祭で名前を聞く方ですが、巨大な船の帆柱、または巨大なキリコ(奥能登の祭にはかかせないもの)の立つ風景をイメージした・・強風の日で、近づくと共鳴する音も聞こえました。

鉢ケ崎海岸も強風と荒れた波が次々と・・・ここは何度も何度も夏に息子たちと共に海水浴やキャンプに訪れた海・・・遠浅でキラッキラに輝く透明度の高い海・・・阪神間育ちの私にとっては、この透明度の高い遠浅の海って新鮮で、それはあれから何十年も経っても色褪せていないです。
この「奥能登芸術祭」で、この年齢になってからも、この鉢ケ崎海岸を訪れる機会があるというのは私にとってはとても嬉しいし、懐かしさに浸れます。
ラグジュアリー・ロジコ:「家のささやき」、先日の日曜美術館「アートシーン」でも紹介されてましたが、巨大さは想像以上でした。能登瓦と称される黒瓦を使って、その大きさから相当重量があると想像されるのに、実は簡単に軽い力で動かせます。重厚感と軽さの意外性が魅力的でした。

外浦に面しての作品は強風と荒波の中にあって存在感が素晴らしく、いつまでもじっと見ていて飽きません。近づけない鳥居も波の中にすっくと立って、しかも風を受けて凜としていて、しかも涼やかな音をずっとたてていて、魅力的でした。
「里山・里海」を象徴するような作品でした。

アナ・ラウラ・アラエズ:「太古の響き」・・・作家は知恵の木のイメージと書いてありましたが、どうだろ、なんか春先の山菜、ゼンマイのイメージだったなぁ。強風で結構揺れるんです、そのハラハラする感覚も印象的でした。

奥村浩之:「風と波」・・・タイトル、まんまやん!(くすっ笑)と思ったけど、白い巨大な石の彫刻だが、ロケーションが素晴らしい。暗い初冬の空、次々と崩れる大きな波濤、強風・・・もうどの方向から見ても、この作品がここにあることで強烈な印象、記憶に色濃く残ります。

ファイグ・アフメッド:「自身への扉」・・・今回の奥能登芸術祭2023でベスト3に入ると思った作品。これは引き潮の時、作品すぐそばまで行けて、まさしく「鳥居をくぐる:扉を通る」ことができるのですが、今回は満潮時でしかも風が強くて大波の中にそそり立つ姿でした。
でも、これはこれで、門をくぐらないで、門を見つめるという行為そのものがアートとも言える・・・雄々しくて凛々しくて決然と波に立ち向かいながら、その強風と波でキラキラと輝きながら、そしてシャラシャラという軽快な音を響かせながら立っている・・・ある意味「柳」のようかもしれない、風に身を任せながらも負けない・・・立ち向かいながらも軽い音を立てて・・・どこか「カラカラと明るく笑い飛ばしている」という姿がとても素敵でした。奥村さんの石の作品の剛とは別に、この「自身への扉」では、受け流す強さ、柔らかいしなやかさをも感じました。

里山・・・を強く意識させられた作品
マリア・フェルナンダ・カルドーゾ:「種のタイムカプセル」 私てきには今回の奥能登芸術祭2023ベスト2だなと思った作品。
珠洲に自生する植物の種を集めて、閉園した保育所内に展示・・・日比野克彦さんも「種は記憶を運ぶ船」という意味のことを言われていたけど・・・松ぼっくり、菱の種、椿の種、どんぐり・・・種を喜んで集めるのは子供達だったよなぁと・・・だから保育所内で「種」という展示は、誰もがかつて夢中になって拾った記憶を呼び起こさせる。同じ種でも一つ一つ実は形が違っていて、色合いも違う・・・それを丹念に丁寧に集めて作品として仕上げていく・・・・これは土地の人の協力なくしてはできない作品であるけれど、でも、出来上がった作品には人の姿はない・・・
他の作品でも「土地の人が協力した、集落の人たちの手仕事で出来上がった」ものは多いけど、でも「僕の前には道はない、僕の後ろに道ができる」という言葉が浮かぶ作品は、これだ!と感じた。

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