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「屁理屈をこね、言いがかりをつけ、呪いの言葉を吐く光源氏」/繁田信一著『懲りない光源氏』試し読み(No.3)


『源氏物語』のセリフに注目した繁田信一著『懲りない光源氏ーセリフで読み直す『源氏物語』若紫巻・葵巻』の試し読み第3回です。
前回は、もっとも早い恋人の一人とされる六条御息所に対して、光源氏が言いがかりつけていましたね。
今回登場するのは、亡き母に瓜二つといわれた継母、藤壺中宮です。
禁断の恋で光源氏はどのようなことを言うのでしょうか。
早速、読んでいきましょう。


■試し読み start


呪いの言葉を吐く光源氏

光源氏という男性にとって、最も真剣で最も危険な恋は、藤壺中宮ふじつぼちゅうぐうに対するものでした。

光源氏の母親は、更衣こういという格の低い妃でありながら、桐壺帝きりつぼてい寵愛ちょうあいを一身に集めた桐壺更衣きりつぼのこういですが、彼女は、光源氏を産んで間もなく、若くして世を去ります。そして、その桐壺更衣に生き写しであるということで、桐壺更衣を忘れられない桐壺帝によって、新たに後宮こうきゅうに迎えられたのが、藤壺中宮でした。彼女は、光源氏には継母ままははにあたることになります。

幼くして母親を亡くした光源氏は、自然と、亡き母親にそっくりであると言われる藤壺中宮をしたうようになりますが、その思慕の情は、光源氏の生長にともなって、やがては恋慕へと変わっていきます。その恋慕は、継母に対する横恋慕よこれんぼという、何とも危険な想いでした。

しかも、この危険な恋慕は、結んではいけない実を結んでしまいます。すなわち、藤壺中宮への想いを募らせた光源氏は、ついには、その寝所に侵入して、藤壺中宮と関係を持ってしまうのです。しかも、この光源氏の暴挙は、少なくとも二度にも及び、かつ、この密通みっつうは、藤壺中宮に光源氏の息子を産ませたのです。

こうして光源氏と藤壺中宮との間に生まれた男児は、桐壺帝と藤壺中宮との間に生まれた皇子として育てられ、やがては皇太子(東宮)となり、ついには「冷泉帝れいぜいてい」と呼ばれる天皇になりますが、このことは、光源氏と藤壺中宮とに、たいへんな秘密を背負わせました。

それでも、光源氏はというと、藤壺中宮への想いを諦めることはなく、さらに彼女の寝所へと侵入します。それは、桐壺帝が退位して桐壺院きりつぼいんとなり、さらにはその桐壺院がほうじた後のことでした。しかし、藤壺中宮は、徹底して光源氏の恋慕を拒否します。母親となった彼女は、その息子の人生を守るべく、その出生の秘密を隠し通そうと、世間から光源氏との関係を疑われるようなことがないようにすることこそを、最も優先したのです。

すると、どうしても藤壺中宮への想いを断つことのできない光源氏は、こんな禍々まがまがしい言葉を口にします。

「『光源氏がまだ生きている』と、中宮さまがお聞きになるのが、ひどくずかしいので、このまま死んでしまいたいところですが、そうして死んだなら、私の霊は、往生おうじょうできずに、あなたにまとうことでしょう」

(「『世の中にあり』とこしされむも、いとづかしければ、やがてはべりなんも、またこのならぬつみとなりはべりぬべきこと」〔『源氏物語』賢木さかき〕)

これは、疑う余地もなく、のろいの言葉です。恋に迷った光源氏は、あろうことか、その恋の相手に向かって、のろいの言葉をきかけたのでした。


今回はここまでです。

継母に恋をした光源氏が発したのは、なんと呪いの言葉でした。
それにしても藤壺中宮はさぞ恐ろしかったことでしょう。

これまで、勝手な理屈→言いがかり→呪いの言葉、ときましたが、さて次は??
次回もお楽しみにしてください!!


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