有希と由紀、そしてさとみ

有希と由紀、そしてさとみ


エロ描写はありませんがグロ描写はあります。
苦手な方はご注意してください。

私は『有希』という名前の少女を知らなかった。
遠い存在の、いや本来ならいつでも会える程度の地方アイドルの1人とは認識していたし、憧れてはいた。
でも何故か彼女と会う機会は全くと言って良いほどなかった。
彼女はメアドはもちろんのこと公開SNSをやっていたわけでもなく事務所的にも個人的な手紙のやり取りさえ禁止されていたらしくて何十通、ファンレターを出しても返事をもらえることはなかった。
どうでもいいことだけど私の名前は『楓山由紀』という。
まあよく『かえでやまゆき』とか呼ばれるが戸籍上は「あきやまゆき」と読む、まあ初見ではまともによんではくれないが『ゆきりん』とか言われることもある。
はっきり言って意味不明だ。
だから私は『有希に対してファンレターを出すときは必ず『あきやまゆき』とカナをつけるようにしている。
さすがに間違っても『ぷんさんようき』とか読まれたら絶対に嫌だ。

あたし、「有希」は愛知県を基盤としたローカルアイドルをやっている。
ファンなんてそれこそ2桁行くか行かないかくらいではっきり言って人気は全くない。
そんなあたしにもそんな中でもたったひとりだけ熱心なファンがいてくれるのはとてもありがたい事だと思うんだ。
ただ事務所の人はその人から何度も送ってくれるおそらくは事務所経由のあたし宛の手紙を直接、見せてくれない。
名前は姓名共にイニシャル化されてあたしはその人の本名さえ知らない。
それどころか男か女かさえわからない有様だった。
もちろんマネージャーに聞いても事務所の事務員に聞いても教えてくれる人はいなかった。
それでもあたしのお仕事、活動の支えになってくれていたのは確信を持って言えるんだ。
いくらテキストファイル形式の文章でもあたしに対する熱い思いだけは伝わってくる。
さあ今日は水着撮影の日だ。今日も頑張るからね!Y.A.

今日は夕べ早くに眠りについたのにまだ寝足りないというかはっきり言って睡眠不足な気がして仕方がない。
兄貴はさっさとケッタにまたがって家を出て高校に行き、父も母もとうの昔に仕事場に向かう電車の中にいる頃だろう。
キッチンのテーブルの上には冷えて固くなったトーストした6枚切りの食パンがメラニンの皿の上に乗せてあった。
そしてちょっと微妙にぬるくなったミルクがマグカップに注がれていた。
私はその固くなった食パンをかじりながらマグカップのミルクを少し口に含み噛み砕きながら柔らかくしていくと喉に流し込んだ。
それを繰り返しながらテレビのスイッチを入れるとたまたま朝のワイドショーの中でニュースをやっていた。
その内容は近所の公園で小田井署の刑事とその娘が男達に拳銃で撃たれて娘の方は胸からの大量出血で即死、刑事も両肩を撃ち抜かれて重体とのことだった。
『犯人達はそのまま逃走、指名手配中とのことで外出の際には十分お気をつけください』
アナウンサーは神妙な顔つきで言っていたが正直言ってこれから中学校に通わなきゃいけない私はどうすりゃあいいのよ、って気分になっていた。
とは言っても私の出席日数は完全に不足していてこれ以上は休めない状態だ。
私は恐る恐る、玄関のドアを開けると素早く閉めて鍵を二重にかけた。
そして今更ながらに持ち物チェックをする。
「かばんよし、体操着よし、セミオートライフルよし」
そう声に出して言ってからセルフツッコミを入れる。
「なんでやねん!学校行くのに武装銃器はいらんやろ」
まあ悲しいことにそれが私の日課だ。
しかし私はそこで自分が重大なミスを犯したことに気がついた。
何と財布を自分の部屋の中に忘れてきてしまったのだ。
流石にこれは困ったものだ。
今、私が通っている中学では給食がない。
いや、先週まではあったのだけどうちの小田井町では夕食センターが老朽化して建て直している為にこの先3ヶ月は各自お弁当持参、又は学校内のコンビニでお弁当なりパン、おにぎりを買う必要がある。
しかしもう家の中に戻っている時間はなかった。
つまり私は今日一日を家に帰るまではなにもお食べずに過ごさなければならない。
しかしなにも食べずに教室にいるのも辛いので私は裏庭の誰も来ない花壇の煉瓦にぼんやりと座り込むことにした。
こんな時に友人が居ないのは良いことなのか、悪いことなのか私にはよくわからなかった。
そんな事を考えているうちに私は強い睡魔に覆われていた。

あたしはちょっとした小さな写真撮影スタジオでビギ二を着た撮影をする仕事が入っていた。
まだ季節は3月に入ったばかりで肌寒い、というわけでスタジオのブルーバックを背景に撮影をして後で合成をする事にしたんだ。
あたしはあまりヒラヒラしたものは好きじゃないのでタイトな濃いブルーのセパレートタイプと事務所が指定してきたハイレグタイプの薄い肌色の上下一体式の2種類で撮影することになったんだ。
でもどうやら事務所としてはヒラヒラの純白なドレスが似合う清純派のアイドルとして育てたいらしい。
しかし今私についているプロヂューサはあたしをセクシー系アイドルとして売り込みたいようだ。
まあ末長く大事に育てたいか、今すぐ結果の出る派手な売り込みをしたいか?意見が分かれるところだね。
水着に話しは戻るけれど、ただ後者、ハイレグの上下一体式は肌の露出が少ない分、男性の視線はどうしても下の毛が股の間からはみ出してしまう縮毛に集中してしまう可能性があってはしたないので仕方がなくシャワー室でお手入れをすることにさせられた。
自分がやると大事なところに傷をつけて血まみれになって撮影が出来なくなるので女性の撮影スタッフにお願いをすることにした。
「なんかさっきから腹の虫が鳴いているみたいだけどちゃんとお昼食べてきたの?」
彼女に言われてしまった。
「うんまあ、そう言われたら今日はまだ食べていないかもしれない」
あたしは曖昧に答えた。記憶がはっきりとないのだ。
「じゃあこれあげるから水着を着ながら食べちゃいなさい」と渡されたのは一本の小倉マーガリンロールパンだった。
そんな器用なことできるかよ、なんて思っていたが案外両方との同時進行でできてしまった。
数十分で撮影は終わり、ブルーバックに背景を合成したものを見せてもらったがなかなか自分としては綺麗に写っていた。
セパレートのビギ二の方はハワイの砂浜を背景に合成したもの、ワンピースタイプのハイレグ水着は沖縄の海を巧みに合成して本当に透きとおった海水の中に立っているかのように見えた。
ただ一つだけ不満というか恥ずかしいと思ったのは下の毛を丁寧に剃りすぎたせいか、あまり言いにくいんだけどいわゆる『ワレメちゃん』と呼ばれるものが水着の上からでもはっきりと意識させられちゃうという事なんだ。
「あの、すみませんけどここ、モザイクとかボカシを入れられませんか?」
あたしは聞いてみたがあっさりと却下されてしまった。
「誰もそんなところ見ないから気にしなくていいのよ」
撮影スタッフの女性はあたしの背中を思いっきり強く叩いて言った。
「男子たちの視線はあなたのふくよかで形の整った大きなバストに釘付けよ」
笑いながら言うがあたし自身は胸の大きさはあまり意識したことがない、よく言われるようにブラジャーとかにその乳房を収めるのに苦労したなんてことはないし、男性の視線も意識したことがない。
ただ単に自分が鈍いだけなのかもしれないけど。
あたしはセーラー服に着替えると撮影スタッフ一同が驚いた表情を浮かべた。
「君って隣の公立中学生だったのか?」
いやそこまで露骨に驚かれても。とはいえあたしは事務所の契約上では高校2年生ということになっている。
「今日はありがとうございました」っと言ってその場を離れようとした時、男性スタッフのひとりが私に声をかけてくれた。
「昨日の女子大生射殺事件の犯人、まだ捕まっていないらしいから気をつけてね、何なら僕が駅まで送ろうか?」
彼は言ってくれたがそれは遠慮した。彼に悪意はないだろうし本当に善意で言ってくれたんだろうけどそこまで干渉されたくはなかった。
あたしは地下鉄の改札を通ってホームに降りるとベンチに腰を下ろした途端に深い睡魔に襲われていた。

「ちょっと、ゆきりん、何でこんなところで寝ていたのよ」
私は両肩を激しく揺すられて強引に起こされた。
「あれ?ここってどこ?」
私は思わず呟いてしまった。
「あーもう、ゆきりんったら寝ぼけちゃって、ここは校舎の裏庭の花壇、わかる!」
いや女に大きな声で怒鳴らなくても聞こえているし。
「ゆきりん、言っとくけどもう下校時間だから、今日は2時間も欠席扱いよ、わかる?」
うーん、私って昼の休憩からそんなにも寝ていたっけ?
まだぼんやりとした頭を整理しながら私は立ち上がって彼女の顔を見つめた。
「ところで君って誰?」思わずそう言ってしまう。
「あのね、自分の友人も忘れちゃったの?わたしは安曇さとみ、もういいから帰るよ」
ストレートの腰まで伸ばした艶のある黒髪にバッチリと大きな碧い瞳、私にこんな美人の友人なんていたっけ?
私は彼女に促されるままに教室に荷物とカバンを取りに行って鍵をかけて職員室に行った。
もちろん担任の先生達にこってりと絞られたのは言うまでもない。
「うーん、誰だか知らないけどお説教に突き合わせちゃってごめんね」
私がそう言うと彼女はすごく怒った顔をして私の頭の上から鉄拳を下した。
「もう忘れたの?わたしは安曇さとみ!何度言わせたら気が済むのよ」
彼女は言うが思い出せないのはどうしようもない。
私と彼女のふたりは駐輪場に向かうと各自、自分の自転車を探し出して鍵を解錠すると校門に向かって自転車を引きずりながら歩き始めていた。
校内では乗車して走るのは厳禁、先生に見つかろうものなら退学ものだ。いや、マジな話で。
校門を出るとふたりは自転車にまたがってペダルをこいで走り出した。
広い通りをしばらく走って押しボタン式の信号がある小さな交差点を左折するとそんなに大きくない公園が右側に見える。
「あれ?ここって確か?」
私がそう言った時『さとみ』とか言っていた娘の乗った自転車が突然に前のめりになって倒れた。
続いて私の自転車も前のめりになって倒れる。私はヘルメットをつけていなかったせいもあって地面に頭部を激しく叩きつけられて意識を失った。
ただ私はその前に腹部からおびただしい出血をしている彼女、さとみを見たような気がした。

あたしは確か地下鉄駅のホームのベンチに腰掛けていたはず。なのに何で自転車から放り投げられたような状態で頭から血を流しているのだろうか?
さっきの妙な爆発音はもしかして銃声?
自転車のハンドルに取り付けられていた後方確認用のミラーには頭蓋骨が砕けたように変形したあたしの頭部がうつっていた。
自慢の黒髪が大量の出血でべっとりと真っ赤に濡れている。
目の前には倒れた自転車から放り投げられてもがいている女の子がいた。誰かは知らないけどすぐに病院に運んで処置をしてもらわないと命がなくなるかもしれない。
「チッ、こんなになってまで生きていやがるとは化け物かよ」
そう言った男は私の半分砕けた頭に拳銃を突きつけていた。
そして目前の少女の頭にも別の男の拳銃が突きつけられていた。
「あなた達、昨日ここの公園で刑事親娘を射殺した犯人なの?」
あたしの問いに意外な答えが返ってきた。
「警察発表にはなっちゃいねーが、そいつならそん時たまたまそこにいたメスガキに殺されているよ、そいつの投げた投石で頭をかち割られるって間抜けな死に様だったらしいがな」
なにを訳がわからないことを言っているのかこいつ、と思っていた。
たかが投石で人が死ぬわけないじゃない。あたしみたいに銃弾で頭かち割られたならまだしも納得だけど。
「まあいい、手配書のメスガキとは少々見た目が違うようだけど黒髪ショートカットから黒髪ロングヘアに化けるくらいだ、しかも頭蓋骨に銃弾喰らっても死なないとなると奴だって事だ、もし違ったとしても運が悪かったと思って諦めな」
目の前では腹から大量に出血している見知らぬ少女がオーバーキルといわんばかりに頭部に弾丸を打ち込まれてから続けて体全体に弾丸を数発撃ち込まれていた。
「さて、貴様には白状してもらわないとな、何故俺たちの仲間を殺した?」
そんなこと言われてもわかるわけがないじゃない?
そう思った次の瞬間あたしの口は勝手にひらいて言った。
「そんなこと言われてもなぁ、銃口向けられたら自分の身を守るために反撃するのは当たり前だしぃ」
「テメーら下層民にそんな権利はねえんだ、黙って殺されやがれ」
流石にあたしは死を覚悟して目を閉じた。
と同時にその男の悲鳴が聞こえてきた。
「わたしの親友になんてことをしてくれるのかしら」
聞き覚えのある声、しかし思い出せない。
顔を上げれば見知らぬ美少女が男の拳銃を持った腕を後ろに捻り上げて完全に肩の骨がはずれたような音を出していた。
「あらあら、そんな物騒なものを落として暴発されちゃ困るわね」
彼女はそう言うと男の手から拳銃を奪い取ってそれを握りつぶした、と言うか変形させた。
その美少女の髪は毛根から毛先まで七色のレインボー色に変化する腰まで伸ばしたストレートのロングヘアを自分の左手でかきあげて微笑んでいた。
しかしよく見ると彼女の着ているセーラー服はそこらじゅう穴だらけで真っ赤な血に染まっていた。
あたしってもしかして悪い夢でも見ているのかな?
そう疑問を感じながらあたしの意識は遠のいていくのを感じていた。
そりゃあそうだ、あたしは最初の一撃でとうの昔に死んでいるはずだもん。

私が目を覚ました時は近所の病院のベッドの上だった。
ベッドの横には泣き崩れる母親と心配気に私を見つめる父と兄が立っていた。
しばらくの間自分の身に何が起こったのか全く記憶になかった。
私ともうひとり誰かが公園の中を自転車で通り抜けようとした時、2人の自転車が立て続けに前のめりになって倒れて、そのあとが思い出せないでいる。
「いいか、気を確かにして聞いてくれ」
父は言いにくそうに語り出したがその後すぐに沈黙してしまった。
その後を兄が引き継ぐ。
「由紀とお前の親友、安曇さとみは昨日の刑事親娘の銃撃殺傷事件の犯人達に襲われたんだ」
そう言うと兄は顔を私の視線から背けた。
しかし私の記憶には安曇さとみなんて名前は存在しない。
そもそも親友どころか友と呼べる存在さえいないのだが。
「彼女、さとみさんはお前を庇って死んだよ」
兄は苦しそうに言ったが私の中には何の感情も起きなかった。
ただ一言、「かわいそうだったね、その人」、それを言うのが精一杯だった。
今の私には遠くの世界の見知らぬ誰かが銃で撃たれて命を失った。
そんな程度の出来事だったのかもしれない。
アニメで例えて言うならば今出てきたばかりのモブキャラが惨殺されているのを画面の外から眺めている、そんな感じだろうか?
「お前、それ本気で言っているのか⁈」
突然、兄は私のセーラー服、襟を掴んで叫んだ。
でも仕方がないよね本当に何の感情も湧いてこないんだから。
「クソ!」
と言って兄は病室から出て行ってしまった。
父も母もそんな彼を追うようにして出て行った。
いつもこうだ、私は自分の感情をうまく表現出来ない、それ以前に自分自身に感情というものがあるのかどうかさえ自信がなくなる時もある。
病室から私以外の人が誰もいなくなってしまった。
孤独は今に始まった事ではないがいまさらそれを考えても仕方がないことだ。
病室内のテレビのスイッチを入れようとリモコンに手を伸ばした時、私はまたしても強い睡魔に襲われてしまった。

今日はローカルバラエティ番組の早朝収録の日だ、名古屋の地下鉄は東京とは違って始発が遅いのでいつも夜遅くから家を出て小田井から放送局まで歩いている。
途中で激しい睡魔に襲われて眠りそうになるがそこは大丈夫だろう。いつも予定時間よりも1時間は遅れて到着している。
だからこそあたしはいつも3時間は余裕を見て出発したつもりだったがテレビ局のすぐ手前で安否確認?の電話を受けてしまっていた。
「すみません、今玄関ですのですぐに入ります」
いつもの軽いノリで言ったつもりだったけど受話スピーカーの向こうからは騒然とした雰囲気が伝わってきた。
「今回の仕事はキャンセルだわ、顧客がゴネちゃってね」
電話番号はマネージャーだったがその声はバイトで出入りしている女子高生だった。
「えー!そんなぁ、今日暇になっちゃうよ」
あたしがごねたように言うと電話は勝手に切られてしまった。
いやぁ本当に暇になっちゃったよ、時間潰しに放送局向かいの喫茶店に入るとするか?
あたしはすぐ近くの交差点、横断歩道を渡って向かいのビル3階にある喫茶店に入った。
窓際の席について向かいの放送局を見る、まあ今日の仕事は自分のキャンペーンとかじゃなくてただ単に街のお祭りに関する広報活動に過ぎなかったのだからあたしにとってはどうでも良いことなんだったけど。
「ねえ、この店でのお勧めは何?」
あたしは店員に訊いてみた。
店員はしばらく考え込んでいたが急にその場から離れようとしているのは感じ取れた。
音速を超えて急速に接近して来るフルメタルジャケットの弾丸、店の二重ガラスの窓を突き破ってあたしの脳幹を貫いていた。
騒ぎ出した他の店の客たち。
(何故あたしは意識があるの?動けるの?)
疑問を持ちながらもあたしはテーブルの上に大量の血をぶちまけながらうつ伏せになって倒れた。
『斜め後ろ53度、下方向30度、テレビ局の右隣ビルの屋上かな』あたしの右隣り、窓際から声が聞こえてきた。
あたしは気を取り直して起き上がって店の窓ガラスにうつる自分の姿を見て驚いた。
見覚えのある毛根から毛先まで七色に、レインボーに輝くストレートの長髪の美少女。
彼女の名前、あたしとの関係は一切思い出しようがなかった。
大体その美少女全然出血していないし傷がない。
それに少なくともあたしの容姿はこんなんじゃなかったはず。
悲鳴が店内に響き渡り客たちが逃げ回った。
2発目の弾丸があたしの背中から胸を貫いた。さっきとは別方向からの狙撃のようだ。
今度はあたしのふくよかな胸の谷間からピュー、ピューと血液が噴き出しているのが見える。
一体誰があたしを撃ったんだろうか?
今度は真後ろかな?
ああ、それにしても今日はなんて日なんだろうか?いや正しくは今日だけじゃないな、正しくは昨日からだ。
あたしは他人様に命を狙われるような事をした覚えなんてない。
あたしに対するやっかみ?いやいや、あたしはそんなに仕事はしていないし、人気だって超底辺だ。
それでこの店の従業員やお客さんに対して迷惑をかけちゃ遺憾でしょう。
それにしても普通やっかみ程度で人をライフルや拳銃で狙撃して来るような奴いないだろ。
「窓ガラス代とか清掃代とか誰が出すんだろ?」
あたしが呟くと窓ガラスに映った自分の姿、いやとても自分とは思えないんだけど、その美少女は微笑んで「小田井署署庁」と答えた。
「誰それ?」と言うのが正直な感想だけど。
「まさかもう撃って来ないでしょうね」
あたしは窓ガラスに写る自分自身?美少女に訊いた。
『ごめん、もっと窓際から離れて』
マネージャーからメールが届いた時窓越しにあたしのマネージャーが殴り飛ばされているところが見て確認された。
「女の子に手を出すなんて許し難い」
私は思わず席を立ち上がってしまった。その瞬間金属音がして私の右耳から左耳を貫いてなんて言ったらいいのか耳から大量の脳髄が噴き出すのはグロテクスというかエロティックというかアウトだろと思いながら銃弾で撃ち抜かれて小さな穴の開いた二重ガラスの窓に写る美少女があたしと同様に両耳から大量の血と脳髄を噴き出させながら何か言っているような気がしたが、自分の名前さえもう思い出せない、というか鼓膜がぶち抜かれているので音がほとんど聞こえない。
あたしはまたしても睡魔に襲われて意識を失った。

気がつくと私は病院のベッドの上で寝かされていた。
父や母、そして兄が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んで何かを言っているようだったがなにを言っているのか全く聞こえなかった。
母は何やら紙に書いて私に見せてくれた。
『みんなが帰った後由紀は耳かきをしていて両耳の鼓膜をぶち抜いてベッドの上が血まみれで大変だったのよ』
さっぱり要領を得なかった。
なんで耳かきをしていたらそんな事になるのか理解が追いつかない。
そんなにも私は馬鹿だったのだろうか?
『テレビつけて 字幕付きで』
私はメモ用紙に書いて母に渡した。
母は一瞬不審そうな目で私を見たが父が何かを言ったのかわからないがその後すぐにテレビカードをテレビ横の箱にあるスロットに差し込んでリモコンを操作した。
画面には地元のテレビ局が映し出されていた。
『今朝、早朝からテレビ局がジャックされていましたが無事解放されました』
私が居眠り半分で耳かきを使って両耳の鼓膜をぶち破っている間に大変な事件が起きていたようだ。
『なおこの事件による怪我人は15人ほどいたものの死者は幸い出ることはなく舵萱名古屋市市長も一安心したとのことです。」
そこで続いて別のニュース画面に切り替わった。
『その放送局立てこもり事件と関係があるかは不明ですがこの放送局の広い道を隔てて向かい側にあるビル3階の喫茶店に3発の発砲事件が起きたといった事件が発生しました。』
画面に一瞬ではあったが血溜まりの中でテーブルにうつ伏せになって倒れ込んでいる私によく似た少女が映し出されていた。
が当然別の画面に切り替わった。放送事故だろうか?
『家出少女と思われるこの身元不明の少女は斜め右後方から弾丸を打ち込まれて脳幹を貫通したと思われます』
全くもって他人事のようなコメントにしか思えなかった。
『もうこの時点で即死ですね』
再び無感情なコメント。
「あたし、この時点でもまだ生きていたんだよね」
今、私の口がとんでもない事を言ったような気がした。
もうそろそろの時点で店のテーブルの上も床も血溜まりの池になっているはず。
「ねえ、あたしって本当にずっとこの病室にいたのかな?」
何か言った私に父と母が急に抱きついてきた。
「あたしその後、店内の誰かに後ろからも狙撃されて背中越しに心臓を撃ち抜かれてテーブルの上に大量に出血したっけ」
自分が喋っている声は全く聞こえないけど、あごが動いて吐く息が 喉を震わせていることだけはわかる。つまりはたぶん私は何か喋っていること。
『この後彼女は背中からも何者かに狙撃されて心臓を撃ち抜かれてテーブルに大量の出血をしているんですよね』
テレビのテロップは無情にも凄惨な殺戮現場を明細に表現していた。
いいのかな?こんな事テレビで放送しちゃって、現場映像こそはないもののあまりにも生々しい言葉のチョイスじゃないのか?
『それで犯人は見つかったのでしょうか?状況からして店内からの狙撃ですよね』
当たり前でしょ、と私は言いたかった。第一そっちの方向には窓はない、壁越しに狙撃ができる奴がいたらそいつはエスパーか超高性能赤外線スコープ使いだよ。
「あたし、この後、右の耳から弾丸が打ち込まれて、その弾丸が頭の中を突き抜けて左耳から飛び出してなんか店の中が大変なことになっていたな」
相変わらず何かを私が喋っていることはわかるんだけど自分の声さえ聞こえない状態が続いている。
『そうそうこの後すぐに彼女は向かいの放送局の3階の窓から狙撃を受けたんですよね、両耳から大量の脳髄を流しちゃって俺、笑っちゃいましたよ』
とんでもないテロップだと私は思った。いくらなんでも表現の自由とか言論の自由とかが通用するレベルじゃないでしょ。
突然、テレビの画面からふざけたアナウンサーとコメンテーターの姿が消えてさっきの喫茶店内での様子を外からドローンカメラで撮影したような事件現場一部始終をお収めた映像が映し出された。
青ざめた表情で画面に釘付けになっている父と母、そして兄と他の3人いた若い女性の入院患者たち。中には耐えきれずに嘔吐する女性患者、多分高校生くらいの娘が恐怖で震え始めていた。
何故ならテレビ画面は事件現場からこの病室を外からドローンカメラで盗撮している映像に切り替わっていた。
「みんな伏せて」
叫ぶ間も無く私の身体はドローンに搭載された自動小銃機によって蜂の巣にされていた。私はその時、確実に死を覚悟した。

「みんなこの部屋から外に出て」
あたしの声に反応するように病室にいたほぼ全員が廊下に出る出入口を目指して動き出そうとしていた。
しかしそこには既に自動小銃機を構えた若い女性看護師がふたり、立っていてその出入口を塞いでいた。
「ねえ、あなた達の目的は何?」
あたしは2人の看護師に聞いた。あたしの耳は既に聞こえるようになっているようだ。
返事はなかった。ただ、ドローンカメラでこの病室内を映し出しているテレビからは聞き覚えのない男性の声が聞こえた。
「お前らのような化け物を生かしておくと我々の活動に支障をきたすからな、目撃者ともども消えてもらうことにしたよ」
テレビの男は冷徹に言うと再びドローンの自動小銃機が火を噴き始めた。
そのほとんどの弾丸があたしの身体を突き抜けて砕けた骨と肉片に変えた。
「さてここにいる皆さまには申し訳ないが消えてもらおうとしよう」
テレビの男が言うが早いか、遅いか、その時既に窓の外のドローンは窓ガラスを突き破って撃ち落とされていた。
あたしが投げた硬式の野球ボールによって。
続けて私が投げたボールは出入口左側に立っていた看護師のみぞおちに命中してうずくまるようにして倒れた。
さらにわたしは残った右側の看護師に間を置かずに投げてうずくまらせた。
あたしははふたりが落とした自動小銃機を跡形もなく消した。

「貴様は何者か?」
テレビの中の男は言った。
もう1機のドローンが存在したようだったがそいつは武装していない監視用だったようなので放置することにした。
「わたしが何者かなんてあんたには関係ないことでしょ」
冷淡なあたしの声。
「貴様は我々の仲間、風間志乃を殺害した犯人、葉類亜希なのか?」
テレビの男は聞いてきた。
「何の話をしているのかさっぱりわからないけど、将来刑事になる彼女の事を言っているのならそれは私たちの一部に過ぎない、ここからでもわたしはあなた達を消し去る事ができる、他に話す事がないなら今すぐにでも消えてもらうけど、いいのかな?」
あたしが言うとその男は続けた。
「貴様、いや貴様らは何者なんだ?」
続けて別の男が言った。
「貴様らは神か?悪魔か?、何者なんだ」
あたしは自分の左手、親指と人差し指を自分の顎に当てて笑うように言った。
「チンケな定義ねえ、それはあんたらが勝手に偶像化した象徴でしょ、あたしたちは私たちでありボク達でもありわれわれという共同体に過ぎない、もうくだらないあんた達の時間稼ぎに付き合う気なんてないわ、さようなら」
私がそう呟くとテレビの画面は真っ暗になってこの病室に静けさが訪れた。

「まだ由紀と有希に目覚めさせるのは少々早かったかな?」
誰かの声がした。
「まあ確かに、ではさとみはどうだ?」
また別の声が聞こえた。
「彼女は特殊だからね、第3世代であり第4世代でもある、そして第5世代でありながら始祖である一面を持っている」
「ああ、亜希であり『G』でもあり『観萌』でもある、そのくせ『冴子』でもあり『志乃』だもある、厄介だよね」
「黙れ、お前らは国会議員でもやってりゃいいんだよおおお」
そんな夢を見ながらボクは自分のベッドの上で目を覚ました。

ボクは『有希』という名前の少女を知らなかった。
遠い存在の、いや本来ならいつでも会える程度の地方アイドルの1人とは認識していたし、憧れてはいた。
でも何故か彼女と会う機会は全くと言って良いほどなかった。
メアドはもちろんのこと公開SNSをやっていたわけでもなく事務所的にも個人的な手紙のやり取りさえ禁止されていたらしくて何十通、ファンレターを出しても返事をもらえることはなかった。
どうでもいいことだけどボクの名前は『楓山由紀』という。
まあよく『かえでやまゆき』とか呼ばれるが戸籍上は「あきやまゆき」と読む、まあ初見ではまともによんではくれないが『ゆきりん』とか言われることもある。
はっきり言って意味不明だ。
だから私は『有希に対してファンレターを出すときは必ず『あきやまゆき』とカナをつけるようにしている。
さすがに間違っても『ぷんさんようき』とか読まれたら絶対に嫌だ。

あたし、「有希」は愛知県を基盤としたローカルアイドルをやっている。
ファンなんてそれこそ2桁行くか行かないかくらいではっきり言って人気は全くない。
そんなあたしにもそんな中でもたったひとりだけ熱心なファンがいてくれるのはとてもありがたい事だと思うんだ。
ただ事務所の人はその人から何度も送ってくれるおそらくは事務所経由のあたし宛の手紙を直接、見せてくれない。
名前は姓名共にイニシャル化されてあたしはその人の本名さえ知らない。
それどころか男か女かさえわからない有様だった。
もちろんマネージャーに聞いても事務所の事務員に聞いても教えてくれる人はいなかった。
それでもあたしのお仕事、活動の支えになってくれていたのは確信を持って言えるんだ。
いくらテキストファイル形式の文章でもあたしに対する熱い思いだけは伝わってくる。
さあ今日は水着撮影の日だ。今日も頑張るからね!Y.A.

終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?