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特殊地下壕と口野切通し―静浦口野逍遥

 御場隧道を抜けた先は旧静浦東小学校へ降りる階段があってその先でさらに二手に道は別れる。右手が三津、大瀬へ通じる旧県道で口野の集落に降りる坂道となり、左手は逆に登り勾配で口野切通しを経て伊豆長岡へ通じる旧県道になる。交差点の所で「↑ 静浦東小」という看板があるから、県道切り換え後も口野口からの小学校へのルートは旧道だった。
 旧小学校周辺の集落には民宿などがある他は特に面白いと言える施設もなく、唯一小学校跡地がサイクルベースなどのスポーツ施設に転用されている位で、他に観光の目玉はないようだ。そこで口野切通しの方を進む。トンネル抜けると民宿いそやの看板があってその先には
「全面通行止 この先落石のおそれあり」
と言う標識がある。この看板のある付近は元は採石場だったようで、トンネルの東側はかなり掘り崩されていた。
 道は左手の山裾にそってうねうねしているが、途中いかめしい感じの鉄筋コンクリートで出来た地下施設がある。どうも戦時中の防空倉庫らしい。ただそれが開けっぱなしと言うわけでなく閉じられた扉の前に鋼製の柵があって所々に警備会社のシールが貼られているから廃墟ではない。
 聞くところによると洋酒類の保管庫として現役らしい。
 口野口から距離400m、比高16mの道を行くと口野切通し前に出る。この前で切通しへの道とさらに奥へ登る道、また集落に降りる道に分かれるが全面通行止めとなっているのは切通しだけである。道路の平面線形を見るとトンネルからの道は切通し方向が本道(ほんみち)であるようで、先の全面通行止の標識は切通しが本道であることを意識しているかの様である。
 さて口野切通しは全面通行止めである。ところが全く通れないようになっているかというとそうではなく、歩行者が通れるようだ。日本の道路・陸運行政が自動車交通を主体に考えれらていることからこういう標識の設置になったのだろうけれど、おそらくは地元の意向を汲んでのことかもしれない。しかしここを歩行者が通った時、落石による事故があった場合通行者の責任ということになるだろう。要は自己責任と言うことか。
 切通しの交通規制がこういう曖昧な形をとったのは、既に口野トンネルがあり通行条件の良くない切通しを維持する必然性が…自動車主体に考えて…なくなったから、管理コストを抑えようという発想があるのかもしれない。さらに口野切通しは現在沼津市と伊豆の国市の境界線上にあるのでどちらが管理コストを多く負担するのか、という問題もあるだろう。
 国道経由と旧道経由での距離の差は300mでさらに国道は高低差が旧道に比べて小さいから口野放水路交差点から長塚口へ向かう歩行者にも国道経由のが有利なようだ。しかし国道トンネルの歩道は狭くまた自動車の騒音と排気ガスを身に受ける。口野切通しの史跡としての価値は良く判らないが観光で訪れる人の事を考えると現状でいいのだろうかと思う。

旧道の分かれ道
御場隧道を振り返る
厳重に管理されたる
特殊地下壕の現状
旧大久保山を振り返る
落石と落葉と雑草、そしてぬかるんだ路面
口野東部の集落と大平山



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