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あの空へ…

 国道16号線直上を…薄く長い納屋のような商店を挟んで併走する相模鉄道線と共に上星川駅直近で横過する不思議な構造物があることに気が付いたのはまだ8歳くらいのことだった。
 高架の上はすっぽり覆われた巨大な細長い直方体風でどうやら鉄道の高架線らしいことを予測したが、すぐにそれであると知るきっかけは判らない。
 それにつけても異様な構造物だった…それは今でも変わらないけど。そうしてそのご立派な高架線が貨物列車しか走らない特殊な線路であることを知るのもそう時間はかからなかった。

 私自身は運動が苦手で、自転車に乗れるようになるのも遅くて小学校4年生の事である。乗れるようになると現金なもので家から30㎞離れた八王子へ国道16号線を遡って往復したことがあった。さて国道16号線から高架線に沿って南東側に道路が丁字路で交差していてその先がトンネルになっている。この向こうには貨物だけを取扱う横浜羽沢駅があるそうな…自転車で行ってみたのは小学5年生の頃だったか。国道16号線からの道は高架線と共に一つ目のトンネルを潜ると高架線は二つ目のトンネルを潜るが道路の方には二つ目のトンネルはない。この先を行くには丘を越えなければならないがどう越えたかは覚えていない。そして高架線の二つ目のトンネルは長くて、再び高架線に近づいた所では掘割の中の線路を覆う屋根があってなんだか異様だった。この所で自転車に跨ったままフェンス前で舫っていた(比喩!)記憶があるのだが、その先の貨物駅の中心、大きな掘割を跨ぐ幅の狭い歩道橋の所まで行ったかどうかが定かではない。上星川駅前から丘を越えて駅へ行くには労力がいるので屋根を見た所で力尽きていたのかもしれない。
 帰路はさっぱり分からない。

 貨物線に覆いがあるのは住宅地を通過するために騒音対策で施工されたものだ。しかしこれは異例の事で、横浜市政始まって以来の大騒動となった東海道新貨物線建設反対運動の結果の妥協の賜物である。つい昨今の事であるが諸事情があって夜9時頃貨物駅を跨ぐ歩道橋を渡って上菅田町の方へ歩いていったことがあったが、丁度その頃が大井ふ頭にある東京貨物ターミナル駅を出て大阪方面に向かうコンテナ列車が通過するピークである。大体10分おきに通過して行く列車を六道の辻と呼ばれる所へ向かう途中に見るとその走行音はけたたましく、なんだが華々しくビートのキツい曲のイントロに似ているような気がする。
 まあ反対運動はある意味妥当であったようだ。

 貨物線には貨物列車しか走らない。そして貨物線は上星川駅直近と横浜線大口駅の200m程北側を通り横浜羽沢駅付近には他に駅がない。そのため旅客線化が早期から望まれていた。しばらく後に横浜駅を停まらない東海道線の通勤快速が通るようになったが駅は造られなかった。そうしているうちに1980年代中頃に相模鉄道鶴ヶ峰駅付近から横浜線小机駅を経て東京急行電鉄東横線へ直通する路線が企図されるようになったのである。
 紆余曲折の結果の結論が、相模鉄道西谷駅から横浜羽沢駅を経て東海道新貨物線、さらに新横浜駅、日吉駅を経て東京急行電鉄東横線と連絡するいわゆる相直線の開設となった。

なんど見ても不思議で
横浜動物園前発横浜駅西口行きのバスを降りるきっかけとなったのはこの方
場所は違うがこういったフェンスの前に自転車を止めていたのだろう…もっと遊ぼうね
題名のイメージです

 追記…近い将来発行する予定の孤塁雑誌の草稿です。あとある謎を隠しました。

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