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20. 気になる自分の話
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第1話「彼方の記憶」
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
徳沢明香 白駒池居宅の新人ケアマネジャー
滝谷七海 白駒地区地域包括支援センターの管理者
自分自身が話すこと以上に気になる、他人が話す自分のこと
20. 気になる自分の話
立山麻里と徳沢明香は、最初のインテークの振り返りを行っていた。
一日明けて明香はかなり冷静になっていた。
薬師太郎にもう一度チャレンジするのだから、ふてくされたり、腹を立てたりするより、次へのアプローチに役立てるために振り返りから始めようと気分転換を図っていた。
それは気分転換というよりも、彼女なりの自己防衛のための計算された行動とも言えた。いわゆる得策を選択したのだ。
麻里は明香のその変化に少し驚いた。
「徳沢明香も変わろうとしている。」
そう思うと、麻里は嬉しく思った。
もちろん徳沢の変化が計算された行動からくるものなどとは考えもしなかった。
しかしそれでもこの日の麻里は昨日の想井との会話で少し気分が楽になったのか、明香へのスーパーバイズがいつもよりは冴えていた。
初回訪問時は徳沢明香に包括の滝谷七海が同行していた。
明香は訪問時の状況を話し始めた。
「滝谷さんからは薬師さんの情報は得ていましたので、薬師さんがもの忘れや行方不明になることなどちょっと大変な認知症の状態であることはわかっていました。ですから自宅訪問時は、私は奥様の通子様と娘の淳子様と一緒にテーブルを囲んで、お二人から薬師太郎さんへの介護の大変さを聞いたり、介護サービスの説明をしたり、もちろん契約やケアプランの話をしました。しっかりと家族からの情報収集を行い、説明もしたつもりです。」
「そうね。その辺りの所は、徳沢さんは抜かりがないと思うわ。家族の話も聞いてくれているし、契約等の説明もしっかりと行っている。問題は薬師太郎さんとどうだったかという所ね。」
その麻里の言葉に、明香は少し考えこんだ。
「奥様と娘様にまず挨拶して、名刺をお渡しして、奥におられた薬師さんには自己紹介はしたと思いますけど、その後すぐに、家族と同じテーブルで話を始めたと思います。ですから… う~ん 薬師さんとはあまり話をしなかったですね。」
「それはどうして?」
「大変な思いをされているのはご家族様ですし、薬師さんは認知症だから聞いてもしょうがないと言う思いがあったと思います。」
淡々と語る明香の言葉に、麻里は頷き、一旦明香の気持ちを受け止めた。
「それじゃあその時の薬師さんの様子とかはあまりわからなかったのかな?」
「私は家族と向き合ってお話ししていたので、薬師さんには滝谷さんが関わってくれてました。滝谷さんに任せておけばという私の思いが、余計に薬師さんとの関りをしなかったところもあると思います。でも… 」
明香は少し考えこんだ。
麻里は明香の返答を待った。
「私がご家族とお話ししている間も、ちらちらと私の方を薬師さんが見ていたように思います。一度奥様に、何の話をしているんだって聞かれたと思います。」
この時の様子を麻里は七海からあらかじめ聞いていた。それは明香には話していない。
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七海によると、ソファの横のテーブルに山の写真が入ったアルバムや、各地の観光名所のカタログなどがあったので、それらを活用して太郎に話しかけたとのこと。
その一つひとつには笑顔で応じてくれたのだが、太郎の心はそこにあらずで、時々妻と娘、そして徳沢が話している内容が気になってか、通子たちに視線を送り、耳を傾けていたとのことだった。
そして、太郎の認知症による様々な行動のことを妻が徳沢に向かって訴えているとき、それが自分のことを言われているのだと感じたのか、「何の話をしてるんだ? 俺の事か? 」と怒った口調で声を掛けたとのこと。
その時は、娘の淳子が「大事な話をしてるからお父さんは黙ってて! 」ときつい返事をしたため、太郎はすぐに黙ってしまったが、その後もチラチラ三人を見ていたとのことだった。
七海が太郎の対応をしたものの、太郎の心は三人の会話が気になり不安と混乱とで一杯だったのではないかと七海から聞かされていた。
七海自身も明香のフォローが出来ず、責任の一端を感じていると話していたのだった。
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