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18.相手を理解するということ

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第1話「彼方の記憶」

【今回の登場人物】
  立山麻里  白駒池居宅の管理者
  想井遣造  居酒屋とまりぎの客
  山のおばば 山小屋のおばば
  滝谷七海  白駒地区地域包括支援センターの管理者
  石田信一  居酒屋とまりぎの客 想井の友人

相手の大変さを思っていたつもりが、
自分の大変さばかりを思っていたのかもしれない

18.相手を理解するということ
 
 想井は山のおばばの話を続けた。
 「目の表情に、その人の不安や疲労感や躍動感が見て取れるんやって。だからその人の思いになれるらしい。あのばあちゃんが、これだけ人を見ることが出来る人なだんて、思いもよらんかったんやけどね。」
 麻里は頷くと気を取り直して、想井を見つめた。
 「想井さんはそのおばばさんと親しいんですね。」
 「まぁ、いきさつは長くなるのでまたなんかの機会に話すけど、あのばあちゃんを山小屋までみんなで担いであげてるんや。」
 「え?! そうなんですか? 」
 麻里はびっくりした。
 「それはともかく、相手の事なんてそう簡単にわからへんやろうけど、なんていうのかな、登ってきた登山者は疲れてる、しんどかったやろなみたいなのはすぐにわかるやろうから、そこだけでも相手の思いにちょっと近づいているよね? そこでさらに疲れている人の思いを考えてみるんやね。」
 麻里は少し考えてから返事をした。
 「ああ… なんとなくわかる気がします。私の仕事に当てはめるなら、例えば認知症の人は色々なことがわからなくなって不安で一杯の状況とか… 介護を受けたいと相談に来られる時にはその介護者はかなり困ってしまっているとか、山を登ってきた人のしんどさと一緒かな。だからまずはそのしんどさを分かってあげるということかな? 」
 「そうやなぁ。それこそ僕には認知症のことはよく知らないけれど、色々なことがわからなくなるっているということは、凄く大変で不安なことやと思う。介護者にしてみても同じやろうから、まずはそのしんどさを受け止めてあげるということやろうね。」
 麻里は想井の顔をじっと見た。
 頭の中で麻里は整理し、熱い言葉を発した。
 「あ、私は、認知症の人は色々なことがわからなくなっている人、イコールそのために周囲を困らせてしまう人という発想になっていたように思います。わからないことがどれだけ不安で混乱してしまうことなのか、そこをよく考えなかったと思う。これまでもそのつらさをわかっていたつもりで、つい現実的なことを考えると、認知症の人のつらさをわかることよりも、私たちの大変さばかりを考えていたと思います。そのことを私自身がよくわかっていなかったから、若いスタッフに相手の視点なんかに立てないと言われても、どう返事していいかわからなかったのかも。」
 想井はうんうんと頷いた。
 「そやな~ 介護の現場で働くってこと自体大変やから、相手の大変さより、自分たちの大変さを思ってしまうことがあるんやろな~ 」
 「うん、そうだと思う。」
 想井が付け加えた。
 「まずは相手のしんどさを受け止めること。相手の目をやさしく見つめてあげれば、その人の思いがわかるかもしれへんね。」
 麻里はその想井の言葉に素直に頷いた。

  二人の会話が落ち着いたのとほぼ同時に、店の引き戸が開き、滝谷七海と石田信一が店に入ってきた。
 その二人の姿に一番驚いたのは麻里だった。
 「あれ、二人そろってご登場って、偶然会ったの? 」
 麻里は七海に声を掛けた。
 その麻里の言葉に七海は戸惑いながら苦笑いを浮かべ返答した。
 「たてちゃんも想井さんと一緒なのね。」
 「え? いやいや単に相談に乗ってもらってただけだって。」
 麻里はちょっとびっくりしたかのように、手を横に振った。
 七海と石田は想井たちの横に座った。
 想井は、にたっと笑うと、麻里に声を掛けた。
 「立山さん、実を言うと、滝谷さんは、石田と付きおうてるねん。石田は結婚相手からレッドカード突きつけられた男やけど、滝谷さんは結婚相手にレッドカードを突き付けた女性。なんか気が合ったんやろね。」
 「え!? 滝ちゃん、はや! 」
 想井のその言葉に麻里は驚き、酔いも醒めてしまった。

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