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33.薬師太郎の青春(その1)

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第1話「彼方の記憶」松本編

【今回の登場人物】
  薬師太郎  山が大好きな青年 高校大学と山ばかり行っている
  谷川まさみ 太郎の同級生 喫茶山稜のオーナーの親戚の娘
  蓼科明子  太郎の同級生 蓼科総合病院院長の娘
  蓼科明男  明子の弟 高校生

青春時代の輝きは
その人の人生にとって
大切な宝物かもしれません
良くも悪くも

         33.薬師太郎の青春(その1)

 あまり勉強もせず、親のすねをかじっては山に登っていたのが薬師太郎だった。北アルプスを擁する高校だけに山岳部としての活動は盛んだったが、薬師は個人的にも山に登っていた。
 その薬師が山以外のものに惹かれた。
 二年の時の同級生、蓼科明子に一目惚れしたのだ。
 蓼科明子は地元の病院の、病院長の娘だった。薬師にとっては高嶺の花だったが、薬師は猛然とアタックした。この頃の薬師は高校生とはいえ、山男として女性陣から人気があった。
 谷川まさみもその一人であったのだ。
 そして薬師太郎は見事に蓼科明子のハートを射止めた。
 まさみと明子は友人だったが、太郎を明子にとられた悔しさがあった。
 なのに太郎と明子の二人はまさみがいるからと、彼女のバイト先である「喫茶山稜」でよくデートをした。
 高校生が喫茶店に行くのは世間の目が厳しい時代だったが、まさみがいるからと理由をつけておかまいなしに喫茶山稜に来ていた。
 まさみは薬師のハートを射ることはできなかったが、明子との友人関係を大切にした。
 明子はお嬢様だった。父には北海道や九州などに旅行に連れて行ってもらい、夏休みは軽井沢で過ごすことが多かった。
 そのお嬢様が山男に恋をしたのだ。
 太郎と明子の普段のデート先はこの「山稜」と、松本城だった。
 太郎は何度も松本城天守から槍ヶ岳の穂先を明子に見せた。
 実は天守に登らずとも、堀の前の広場からも槍の穂先が見えることに明子は気づいていたが、太郎が天守で見せる嬉しそうな表情にそんなことは言わなかった。

 太郎は「あきちゃん、あの穂先に登ろう!」と、明子を誘った。
 太郎は明子のことをあきちゃんと呼んでいたのだ。
 明子は登山未経験だったが、槍ヶ岳に登る前に常念岳登山などで太郎に鍛えられた。
 明子にとっても北アルプスの山々の清々しさは心地よかった。
 そして、上高地から徳沢、横尾経由で槍ヶ岳に登った。
 受験勉強に追われる前に、高校の思い出として。
 ただ、松本市街は雲がかかり、松本城を山頂から見ることはできなかった。
 その明子には明男という名の弟がいた。
 明男は太郎と明子に連れられて、恋生岳に登ってから山の魅力を知った。
 そして女鳥羽高校に入学、すぐに山岳部に入った。
 三人は太郎と明子が受験に追われる前の半年、休みとなるとどこかしこの山に登っていた。
 仲のいい3人であり、もちろん、喫茶山稜は彼らの憩いの場にもなっていた。そこにまさみも加わっていた。
 翌年、太郎も明子も都内の大学に進むことになった。明子は山ばっかり行っていた割には集中して勉強ができたのか医学部に合格し、親と同じ道を歩むことになった。
 逆に太郎は遊び過ぎたため、それなりの大学に入学した。
 太郎には時間があったが、明子はやはり勉強が忙しかった。それでもなんとか時間を作って、御茶ノ水駅前にある喫茶穂高岳や、うかいやスポーツなどに行って遊んだりもしていた。
 一緒に松本に帰ってきたときには、大学生として堂々と喫茶山稜に顔を出した。
 ただ、勉強に追われる明子は、山への関心が少しずつ失っていくことを感じていた。
 そして二人が大学2年の夏、運命の時がきた。
 

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