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「豪雨の予感」第7話(家族との別れ)

みおの父は仰向けになって動かなくなっていた。頭の上から下半身にかけて倒れてきたタンスが覆い被さっている。父の手だけがタンスの下からでてきている。地震の瞬間に頭をかばうつもりでいたのだろうか、倒れてきたタンスを退けて逃げようとしたのだろうか。筋肉質の腕が力をなくしだらりと垂れ下がっている。

みおの母は手を伸ばしてその手に触れた、父の手には違いないがいつもとは違っていた。血の気がなく冷たくなっていた。冬だからなのだと毛布で包んで、さすって温めてあげた、何度さすって温めても父の手のぬくもりが戻ることはなかった。みおの母は父の腕に抱きつき冷たくなったその手を握りしめて泣きわめいた。

その日の夕方、みおは母と三人が横たえられている場所に行った。何十人もの人たちが同じ方向を向いて横たえられていた。一人残らず白い布がかけられていた。

みおと母がいる前の三人にも白い布がかけられていた。その隙間からは見覚えのある服がみえた。みおはそれがだれなのかが分かった。昨日の夜笑いながら一緒に夕ごはんを食べていたあの三人は今こんな悲しく寒い場所に並べられている。

知らない男性が近づいてきてきた。シルバーの腕時計をしたたくましい腕から伸びる太い指で三人の顔にかぶさった布を順番にゆっくりと取ってくれた。取った布を胸元にそっとおいていってくれた。三人の顔は青白く、目を閉じていた。生気は感じられなかった。

「お父さん・・・」

「たけし・・・、おばあちゃん」

みおが呼びかけても反応はなかった、何度も呼びかけた、両手でお父さんの頬に触れた、横にいるたけしの瞼を優しく撫でた、おばあちゃんの髪をゆっくりとといた。胸が締め付けられて苦しくなった、三人との思い出が浮かんできてまた涙が溢れてきた。全身から力が抜け膝から床に崩れ落ちた。むせび泣きながら三人の名前を呼び続けた。言葉になっていなかった。母と二人で涙が出なくなるくらい泣き続けた。

第八話に続く
(このストーリーはフィクションです。一部実在する名称を使用しています)

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