フルーツビースト討伐〜グレイプフルラット編〜

「……そんで、あのお面貸してほしゅうて……」
「ああ、うん。そっか、それなら……」
 ある日の午後、寮の広間にて、真剣な面持で相談をする2体のドールが居た。
 4月頭に出現した『フルーツビースト(仮称)』により、此処箱庭全体は甚大な被害を負っているそうだ。既に何体かは対処が済んでいるらしいが、未だ手付かずの物は多い。そのうちの1体……否、複数体に手を下そうと、交渉を持ちかけていた。
「でも、確かそれって1人でやったら駄目だったよね?僕も協力して良いかな」
「ええ、もちろん。元より、お誘いしよ思てたンよ」
「ありがと。僕も困ってたからさ」
 会話が外に聞こえたのだろう。どこからと他の数人が様子を伺いにやってくる。
「ヤクノジさん、イヌイさん。珍しいですね」
「もしかして、フルーツビーストのお話ですかー?」
「あ、リブルくんにヒマノくん。そうそう、僕たちでどうにかしようかなって」
「そこらに居る、鼠みたいなンをね」
「あぁ、それでしたら僕にもやらせてください。あいつら良い加減邪魔だったので……」
「ぼくも同行しますよー。といいますか、そこの奴らを早く倒したいです。ぼくのパンを勝手に食べていいのはドールだけなのでー」
 これから数人招集しようと、初めに持ちかけたイヌイは考えていたが、その手間は省けたようだ。できるのならばもう1人くらい追加したいものと、誰に声を掛けるべきか考える。
「……ん? レオくんだ」
 不図、とあるドールが入ろうと扉を開く音にヤクノジが気付いた。視線を向ければ、ひと月程前に此処へ入寮した、イエロークラスのレオである。声を掛けられれば、無愛想に返事を1つする。
「……なんだ」
「今、フルーツビーストを倒そうって話をしてたんですよー」
「そうか」
「そこにも居る、グレイプフルラットっていうのなんだけど……どう?」
「……いいぞ」
 素っ気のない相槌に、あまり乗り気ではないものかと思われたが、意外にもあっさり了承した。扨、動員はそこらに、先ずは寮の、交流所。目の前に居座るあれらを……と思ったが、その前にやるべきことがある。我が物顔で蔓延る侵入者に憤りを感じつつ、一度外へ出ることになった。
 
「……はい。こんでできとるはずやね」
「ありがとう。……じゃあ、どうやって倒すか作戦を練ろう」
「ノートとペンはありますので、好きに使っていいですよー」
「おおきに。……まず、あの子らがどこに居るかやね」
 イヌイは借りたノートを広げ、状況を整理するため、ガーデンの地図を大雑把に書き込む。
「センセーからの情報だと、寮、食堂、部室棟、図書室、飼育小屋……ですね」
「多いな」
「結構バラつきもあるし……どうしようか?」
 ガーデン内に存在する鼠を一掃しようと企てる一同だが、如何せん量が多い上に、5箇所で散り散りになっている。どうしたものかと思案していると、ヒマノが手をあげた。
「あのー、1箇所に集めて一気に倒しちゃうのはいかがですか?」
「なるほどな。丁度居るンも5人やし、各々でどっか追い出します?」
「追い出すなら、グラウンドがいいだろうな。あそこなら暴れても問題ない」
「あぁ、確かにあそこなら集めやすいね。逃げられる可能性も高いけど……」
「じゃあ、先にルートや囲いを作っておきませんか?」
「囲い、な」
 皆の意見を聞きながら、地図の書き込みを増やす。最終位置はグラウンド。そこへ向かって皆で誘導しようということになった。加えて、破壊される可能性は高いが、少し足止めできれば十分なので、そこまでの道と囲いは木材で作ることに。神殿作成の際にセンセーから貰えたらしいので、後ほどの申請をイヌイが担当する。
「……こんなところかな?」
「では、早速行きましょうかー」
 

 グラウンドへ移動した一同は、早速用意してもらった木材を組み合わせ、簡易的な囲いを作っていく。何も頑丈にする必要はないので、本当に簡易的に。でなければ、組み立てるだけでも3日は要するだろう。
 入り口は広く、道は狭く。終着点は全ての鼠が入っても問題ないくらいの大きさに。害獣駆逐へのレールが築かれる。そうして作業を終える頃には、すっかり日も落ちきっていた。
「これで十分だろ、行くぞ」
「このでかいのを何日も放置するわけにもいきませんからね……」
「ほな、またグラウンドで会いましょ」
 それぞれはそれぞれの成功を祈念し、振り分けられた現場へと足を運ぶのであった。

____________

「うーん、あの大きさで想像以上に素早いんですよねえ…やっぱり罠にかけるべきですかー」
 そんなぼく、ヒマノ・リードバックは、寮の入り口の前にいた。
 ぼくの武器の都合上、仕留めるのなら外に1回出したい。
 その為に外へつながる扉は開けておいた。
 朝のうちから仕掛けておいた子を使って、キッチンの方で餌を求めて動き回っている大きなネズミ…グレイプフルラットの様子を確認する。
 …うーん、我が物顔で動き回っていて不快不快。
 …それならばれないように、と。
 ぼくは時折目を切り替えながら隙を見て外への扉の前にお皿と、餌となる食べ物...パンを置いた。
 その後、入り口の前で変装魔法を使い自分を小石…目立たないものに姿を変え、息をひそめた。
 …1匹が食べ物の気配を察知して近づいてくる。
 …もう少し…もう少し…今だ!
 ぼくはグレイプフルラットの1匹が餌にかじりついたのを確認すると、もはや慣れてしまった中型の鳥の姿…鷹に獣化し、そのかぎ爪で捕まえて外に出た。
 そのまま、勢いをつけて叩きつけ...怯んだ隙に獣化を解除。
 …背中に入れていた銃の縮小を解除し、構える...逃げようとしているが、もう遅い。
 …ぼくは照準を合わせ、引き金を引いた。
 魔力でできた弾丸はその大きな体へ命中し…断末魔の鳴き声をあげ…動かなくなった。
 …これで1匹。
 あとは2匹…正直やれないことはないんだけど、折角作った囲いがあるんだし、まとめてから倒した方が楽そうだなあ…。
 そう思ったぼくは亡骸をグラウンドに運んだあと、寮に戻り餌となるパンを鷹に獣化した体で持ちながら囲いへと誘導した。
 なんでこの子達、こんなに単純なんだろう。
 やけに簡単に誘導されたなあ…餌しか見えてないのかな?
 それはさておき…これでこちらは大丈夫、かな?
 最近使えるようになった念話を使ってイヌイさんへ連絡する。
『こちらヒマノー。寮の奴らはなんとかしましたー。グラウンドで待機しますねー。』

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「とりあえず、被害状況は...思ったより酷い。放置したせいだな。もう少し早く募ればよかった」
 久方ぶりに足を踏み入れた食堂は、荒れ切っていた。センセーから与えられた被害状況の説明よりも心なしか酷くなっているように思う。これも早く行動を起こさなかった自分のせいかと独り言ちて、リブルは行動を開始した。
「で、肝心の獲物たちは...嗚呼、いた。自分たちの開けた穴を巣穴にでもするつもりなんですかねぇ...でも幸い此処なら幾らでも水があるし僕の土俵だ。倒してやるよ」
 リブルの担当となった場所である食堂には、当たり前だが水道が通っている。夜ならば魔法も魔術も関係なく使うことが出来るというのもあり、リブルは早々に戦闘の用意を進める。

「...ムカついた影響ですごいことしちゃったなぁ...討伐終えたら掃除しないと」
 リブルが行ったのは、水道から水を出し食堂の床一面を濡らした後に放散魔術で凍らせるというもの。それだとただグレイプフルラットたちが少々動きにくい環境にするというだけだが、追い立てるため逃げる道筋だけは残してある。これであれば、逃げていく先を誘導しつつ狙うことも十分可能だ。

「持ってきた竹刀もこの大きさだと今は取り回しが悪いな。”縮め”」
 グレイプフルラットが開けたうえで居座っている壁の穴に向けて縮小魔法で半分ほどに縮めた竹刀を振り、中から追い出そうと試みる。
 案の定、いきなりの攻撃に驚いたようでネズミ達はその見た目にたがわぬ素早さで穴の外から飛び出した。

「...よし。”つららよ!”」

「取り敢えずすぐ作れる5cmくらいで3本...”吹き飛べ!”」

 飛び出した先の凍った床に足を取られ、動きが鈍った所へリブルは樹氷魔術と浮遊魔法の合わせ技による超速の攻撃を撃ち放った。
「倒せたのは1匹か。あまり慣れない方法を使うもんじゃないなぁ」
『リブルです。食堂にいた個体3匹の内1体は撃破、2匹は予定通りグラウンドに追い立てました。囲いのある場所に戻ります』
 最後に念話魔法による全体への報告を行い、リブルは自分の行動が引き起こした食堂の惨状から眼をそらしてグラウンドへと赴いた。

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「……さぁて……と」
 己の根城と言っても過言ではない図書室に辿り着いたイヌイは、先ず、現状を確認する。一言で表すなら、最悪だろう。書物に対する直接的な被害は出ていないが、それを支える本棚が、鼠たちの手に……否、歯によってぼろぼろにされていた。耐久のなくなった本棚は所々崩れ、収めていた本を床に散乱させている。兎に角酷いものだったのだ。
「皆集めていっぺんに、て話やったけど……」
 イヌイはヤクノジから借りた鬼の面を取り出し、ゆっくりと装着する。
「1匹も逃す気あらへんのよなぁ」
 いつかの鬼が、再びガーデンの図書室へ。そんなことは全く気にせず、鼠たちは本棚や机を齧り続ける。——ふと、1匹の鼠が顔を上げた。その視界には、緩慢な歩みで近寄る死神の姿。己の危機を察した鼠たちは散り散りに逃げ出す。その瞬間をイヌイは見逃さず、1匹の逃げる方向に合わせて動けば、首を掴んで持ち上げた。
「どこ行くねんなぁ。なあ……?」 
 鬼の手に捕らえられた哀れな鼠は、何とか抜け出そうともがく。しかし、その努力も虚しく、そっと撫でられたかと思えば、まるで瓶の蓋でも開けるかのように、胴体から頭を捻じ取られてしまった。
 天を仰いだイヌイは深く息を吐き出せば、たった今奪った命を確認する。……と。
「うっ……、ゎ……」
 何の反射か、持っていた頭部を雑に床へと放った。これが何の反射だったのか、イヌイは一瞬理解することができなかった。
「……や、言うたあかんわな……いくら害やいうても……」
 多少の理性、善性は残っているのか、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。しかし、これ以上は近付きたくない様子だった。
「……やっぱ、あっち持ってってからにしましょかね……」
 そう言ってイヌイは着けていた面を外し、一度カウンターに置く。そして考える。なるべく遠くからでも危険だと思わせられて、且つ機敏性に優れた生き物。この際追い込むだけなので、力は考えないものとする……
「よし」
 悩んだ末に、イヌイは獣化魔術を行使する。選んだ獣は、ヒョウだ。魔術を成功させたイヌイは、そのまま鼠たちに向かって走る。それに驚いた鼠はどこか隠れる場所はないかと辺りを見回し、丁度よく空いていた穴の中へと逃げ込んだ。それが罠とも知らずに。ヒョウは穴の入り口へと立ち、大きな唸り声を1つあげる。怖がった小動物たちは咆哮に怯え、道筋の通りに走っていくのであった。
 当初の計画通りに行ったことを確認すると、イヌイは魔術を解除し、他の者へと念話魔法を飛ばす。
『えー、図書室のモンは送りました。……2匹。グラウンド向かいます』


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「あっちゃー、すごいことになってるねえ。映写画のアルバムにまで影響出すわけにはいかないんだけどなあ」
 思いっきりパーティーでもしたのかと思うような散らかり具合の部室棟。その廊下を歩きながら僕は苦笑した。うん、討伐が終わっても掃除が必要だね。寧ろそっちが本番かもしれない。
 そして屋内。様々な備品が整頓されている部室棟の場合、大きなことは出来ない。場合によってはここにいるネズミを外へ追い立てるだけでも一苦労なんて可能性だってある。
 ネズミのおやつになりそうなチーズや果物なんかを片手に部室棟をうろついた。
 フルーツビーストが名前の動物と同じ習性、性質を持っているかは分からないけれど、それを頭に入れて見回れば何処に潜んでいるか気配はわかってくる。
 試しに物陰にちぎったチーズを放り込めば、動物が動く音。
「……うーん……」
 追い立てれば良し、仕留められれば尚良し。それなら。
 バチン、バチン、バチン。
 部室棟を歩き回りながら、爪より小さい樹氷を出しては指で弾く。弾いて飛んだ樹氷は、潜んでいたグレイプフルラットをあぶり出す。
 屋内であり、傷付けたくない品物が多いこの場所では大きな力はいらない。必要がない。
 バチン、バチン、バチン。
 グレイプフルラットの身体にも樹氷を当てる。
 当たらなくてもいい。彼らが逃げまどい、外へ出てくれればいいのだ。
 バチン、バチン、バチン。
 グレイプフルラットを2匹追い立て、さて3匹目。
「とはいえ、仕留められるなら仕留めた方がいいんだよね」
 今度は狙いをある程度定めて、追い立てようとしたグレイプフルラットに何度も小さな樹氷を当てていく。可哀そうな気がするけど、彼らが僕らに危害を加えなければこんなことにはならなかった。
 バチン、バチン、バチン。
 備品を壊さないように、グレイプフルラットに絶えず小さな樹氷を当てる。そしてその3匹目がからがら部室棟の外に出たその時に。
「ばいばい」
 手のひらに生み出した樹氷を掴み、勢いよく串刺しにした。

『ヤクノジだよ。えっと、2匹は外に出せたけど……1匹倒しちゃった。荒らされたところも含めて、あとで掃除しなきゃね』

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「……さて、来てみたはいいが……」
 囲いを作った際に余った板を片手に飼育小屋にやってきたはいいが、中でコッペが暴れているのか、わふわふどったんばったんと大きな音を立てている。
「まぁ、自分の寝床を荒らされたらそうなるだろうよ」
 そう言いながら扉を開けた先は、グレイプフルラットのせいなのか、金網に大きく穴が開いていた。
 入ってきたレオに目もくれず4匹は走り回っており、どうにもこうにもならない。
 まずはコッペをどうにかしなくては、と考えて、"リラの中にいた時”に読んだ本にあった指笛を吹いてみる。
 ピュイ、とその音に反応して、鼠を追い回していたコッペがこちらに駆け寄ってくる。
 しっかりしつけられているおかげか、こちらを見つめて反応を伺っているコッペに、用意してあった犬も食べられるクッキーを与えて力強く撫でる。
「はは、お利口さんだな。……お前も手伝ってくれるか?」
 そう問いかけると、わん!とひと吠え。その返事を聞いて、レオは告げる。
「俺が合図したら、鼠どもを小屋から追い出してくれ……できるな?」
 わん!!と一層大きな返答を聞き、レオは笑った。
 グレイプフルラットは小屋の中を好き放題に走り回っては、いろんなところを齧り、引っ掻き回している。
 レオは壁に手を付き、唱える。
「反射」
 すると飼育小屋の壁一面が内部を反射し、合わせ鏡の迷路のようになる。
 グレイプフルラットは一瞬で変わった世界に戸惑い、その場に留まる。
「行け!」
 途端に、待ってました!と言わんばかりに駆け出し、グレイプフルラットを追いかけ、的確に1匹また1匹と小屋から追い出していく。しかし、残りの1匹がなかなか出ない。
 そこで、レオは作戦を変更して、追い出しから排除に移る。
 指笛でコッペを再度呼ぶと、外に出たグレイプフルラットが戻ってこないように金網の穴の向こうで待つよう指示する。
 その際、こちらを向かないように背を向けて待機するように気を付ける。
 残った1匹は我関せずといった様子で、あちこち走り回っている。
 レオはグレイプフルラットの向かう方向に幻視魔法を使用し行く手を塞ぐ。避けて行き先を変える為にこちらに振り返ったところで、最大出力で発光魔法を使う。
 突然の強い光に視界を奪われその場から動かなくなったそれの首を掴み、そのまま握り潰す。
 バキリ、と何かが折れる音が聞こえた後、手の中のグレイプフルラットは動かなくなった。

『俺だ。飼育小屋は1匹始末して、2匹そちらに向かった。軽く小屋の応急処置だけして向かう。』

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 各所で追い込んだ鼠は組んだ通りの道を辿り、終点へと走る。簡素な木枠は獣達にとって軟弱なはずだが、逃走を優先する者にそのようなことを気にする暇などない。5人が合流する頃には、どの鼠もグラウンドの檻へ追い詰められていた。
「上手くいったようで何よりです」
「後は残りを一掃ですかー」
 蠢く獲物達で揺れる檻を眺めながら、全員でそれを囲む。1匹も取り逃さぬよう一気に倒し切る。反撃の隙を与えず、一気に。と、不意に木枠の中__鼠達の体から光が発せられる。その奇妙な光に5人が躊躇いを見せた瞬間、突如、大きな破裂音のようなものと共に檻が砕け飛んだ。爆風により皆、反射的に顔を塞いで凌ぐ。
「な、何!?」
 次に顔を上げた者達の目に映ったのは、追い立てられ怯えた小さな鼠どもなどではなく。自分達……ドールと同等にまで膨らんだ1匹の大きな鼠であった。建物からそれぞれ追い出した時の、あの姿のまま。紫色の身体に、赤く丸い目が、多数。
「合体……したのか?」
「みたいですねー」
「…………。」
 後から考えてみればおかしな話なのだが、この時のドール達には差程驚きはなかった。寧ろ数が減って良いと言い出す者までいる。然し、その中で1人、険しい顔をするドールが居た。
「い……イヌイちゃん、どうかした?」
「__きっ__」
「き?」
「____っっっしょ!!!!」
 そんなイヌイの叫び声が、グラウンドに響く。
「……は?」
「ちっちゃい時は言わんようにしよ思てたけど、なんででかなんねんな!? いやこれ、あかんて……きっしょ……」
「長く同期やってたけどイヌイさんのそんな声量初めて聞いたな…新鮮だ」
 かなりの嫌悪感を示すイヌイだが、恐怖とはまた違うようで、只管に嫌がっている様子が見てとれる。
「なら、さっさと倒してしまえばいい」
 余程嫌そうに見えたのか、そう言うとレオは歩きだし、鼠との距離を詰めていく。辺りを見回していた鼠の顔がレオの方へ向けられた。
「……! 危ない!」
 次の瞬間、鼠の体当たりによって、レオの身体が宙に飛ばされるのが4人の目に映る。空中でグッと身を捻り、上手く着地をしてレオは事なきを得た。しかし、衝撃が残っているのか、腹の辺りを手で摩っている。安否確認と状況把握のため、全員がレオの居るところへ集まった。
「……おい、あんな強かったか、あいつ」
「よーけ集まった分、強なっとるのやろか……ぅゎ……」
「なるほど、同じ大きさじゃだめなんですねー。それなら踏み潰しちゃいましょー」
 そう言うと、ヒマノの身体が瞬時に象へと変貌する。所謂獣化魔術とやらだ。
「流石ヒマノ先輩…でもコイツらの素早さって小さい時と同じなんじゃ…」
 象、もといヒマノは前足を持ち上げるとそのまま鼠に向かって下ろした。が、鼠はするりとその足を避け、身体の下に入り込む。標的を見失ったヒマノは一瞬辺りを見渡し、2、3歩程の移動を。そうして発見してはまた前足で踏みつけようとする。足を下ろす。避ける。探す。下ろす。避ける。探す。何度か繰り返した後にこれは得策ではないとヒマノは離れたところで獣化を解いた。
「うーん、だめですね。素早いです」
「皆でやるしか無いみたいだね」
「ほんでもどないしてやりましょかね……」
「では、どなたか押さえてもらえませんかー? ぼくがこの銃で打ちますのでー」
 持っていたリュックサックから小さな何かを取り出すと、ヒマノは掛けていた縮小魔法を解く。現れたのは、拳銃のような形をした物体である。
「レオさんが飛ばされたのを見て押さえろと……? 怖いんですが」
「そう思うなら、何もしなければいい。俺がやる」
 敵意を向ける獣に向かいまた挑もうとするレオを、慌ててヤクノジが引き止める。
「ちょっと待って、1人は危ないからさ。僕もやるよ」
「……そうか」
「イヌイちゃんはどうする?」
「……遠くからでええねやったら……あ、これ返します。力要るやろ」
 ふと思い出したイヌイは、ヤクノジから借りた鬼の面を取り出す。鼠が動かないかと時折気にしつつ渡せば、ヤクノジはそのまま横流しするようにレオへと手渡した。
「主軸は任せるね」
 レオは何も言わずに頷けば、受け取った面を着ける。その様子を見て、おそらく若干の尻込みをしていたリブルが再び口を開いた。
「これ以上魔力使うの不安なんだけど、やれるだけやってみますよ。同じ風紀委員ですからね」
「助かるよ。……じゃあ、行こうか」
「応」
 その言葉を合図に、ヤクノジとレオが走り出す。鼠退治、第2弾の始まりであった。

 ___________

「レオくん、それ直接的な物理攻撃にしか使えないから。うまく使って」
「わかった」
 倒すべき相手へと走り出した二人は、示し合わせたかのように二手に別れ、一瞬のうちに鼠を挟んで立つ。先に動いたのはヤクノジだ。
 追い込んだ時と同じ要領で小さな樹氷を作ると、鼠に向けて飛ばす。バチ、と頬へ当たれば、鼠は標的をヤクノジに定めて走った。が、それを許さないとばかりに、背を向けた瞬間を狙ってレオが上からの蹴りを入れる。ゲ、と小さく鳴くと今度はレオの方を向き牙を剥いた。だが、それも許されない。
 鼠が口を開くのに合わせ、ヤクノジが樹氷を生成した。気付かずに噛めば、尖った氷柱の先が顎に刺さり、痛みで悶えることになる。こちらを見ればあちらが、あちらを見ればこちらが。獲物を囲み追い詰める2人は正に虎と狼。2匹の肉食獣に狙われた鼠は為す術もなく体力を削られていった。
 突如、キィ、と鳴いた鼠は全身を回すように振り、2人を振り払う。舞った砂埃に2人が怯んだ隙をつき、大きな小動物はその場から逃げ出した。
「しまった……!」
 2人の猛攻から抜け出した鼠は、一心不乱に地面を駆ける。その駆けた先には、イヌイの姿が。
「——あ⁉︎」
 刹那の硬直と、驚嘆の声。最早庇うにも間に合わず、迅雷のような突進はイヌイの身体を吹き飛ばす——かと思われた。
 鈍く大きな音と共に飛ばされていたのは、鼠の方だ。見れば、右腕を黒い剛腕に変異させたイヌイが拳を握っている。推定2トン。その強烈な一撃が、打ち込まれていたのだ。
「っ……近付けんなて、言うたやろ⁉︎」
(言ってないよね?)
(言ってないな)
(言ってない)
(言ってないですねー)
 心なしかイヌイの目が潤んでいるように感じられる。……兎にも角にも、今の打撃で体力のほとんどを奪ったようだ。打ち付けられた鼠は満身創痍といった様子でふらりと立ち上がる。しかし、後ろから飛び掛かったレオが前足を1本掴むと、再び地面に倒れさせるように押さえつける。
「今だ、撃ち殺せ!」
「わっかりましたー」
 呼び掛けに応じてすかさずヒマノが駆け寄り、銃を構える。もがく鼠の脳天に銃口を当て、引き金を引いた。
「……さようなら。もう少し大人しくしていればここまで手荒にせずに済んだものをー」
 ——バン、という音と共に放たれた弾は、確実に鼠の頭を撃ち抜く。少しの痙攣の後、その巨大鼠は完全に動かなくなった。
「……死んだみたいだな」
「ですねー、討伐完了ですー」
 鼠……もとい、今回の討伐対象であるグレイプフルラットの死を確認しようと残りの3人が集まってくる。
「結局、することはなかったですね……ともあれ倒せてよかったです」
「そうだね。……さて、あとは……」
 ふと顔を上げたヤクノジは、辺りを見回す。その目に映っていたのは、校舎や寮、部室棟などから延びる木製の道。
「お片付けやね。朝までに終わるやろか」
「わかりませんけど、頑張りましょうか……」

 果たして撤去が間に合ったのかは、5人次第。こうして、一夜の鼠退治は幕を閉じた。

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