「フルーツビースト討伐〜ピーチッグ黄・白編〜」

「でも私たちだけというのも……」
「そうなんだよね……」
 5月も最早終わりに差し掛かっている頃。2人のドールが何やら相談をしながら、LDKへと姿を現した。リラと、ヤクノジである。余程困っているように見えたのか、先に中に居たドールが声を掛けた。
「__あら、お2人とも。どないしはったんです?」
「あ、イヌイさん! 実は、私とヤクノジさんで魔法の練習を秋エリアの公園でしようって話になったんですけど……」
「練習ね、ええやないの」
「でもほら、今公園にはあれがいるでしょう?」
「あれ……ああ、フルーツビースト、やったっけ?」
 どうやら2人は討伐に行くか否かを話し合っていたようだ。力ならおそらく申し分なさそうだが、それでも迷っているようで、リラが話を続ける。
「そうです! 1匹くらいなら私たちだけでもどうにかできるかと思ったんですけど」
「え、えらい自信やねぇ……」
「公園にいるのは2匹らしいので、さすがに難しいなって……」
「ほーん……なるほどなあ」
「イヌイちゃん、協力してもらうことはできる……かな?」
「ええ、かまへんえ。ほしたら……あと1人2人くらいほしいってとこやね」
 そう言ってイヌイは辺りを見回す。と、更にその場に居た者の姿が視界に映った。
「ん? どしたの?」
 目の前の大福を夢中になって食べていたせいか、3人の話は耳に入ってなかったようだ。そんな彼女の名は、なたりしあ。1期生のドールであり、この頃はよく見かけるようになった。彼女の存在に気付くと、以前からの知り合いであるリラが気さくに話し掛ける。
「あ、なたりしあさん!」
「え、何々?」
「一緒にフルーツビースト討伐に来てくれませんか!」
「いいよ〜!」
 特に詳細も聞かずに了承するところを見て、念の為にとイヌイが割って入った。
「えらいあっさりお返事くれはったけど……えーっと、1期生はん、こういうのん……」
「ん〜…多分、七不思議以来かな?」
「わあ、懐かしいですね!」
 と、一瞬にして2人の思い出話に花が咲いてしまった。討伐の意味を理解しているのか否か、僅かな不安を消すためにと、今一度頭を捻る。
「あー……こう、討伐やらは慣れた子ぉが居らはったら心強いのやけど……」
「……。やっぱり私じゃ力不足だったかな……?」
「いえ、いえ、ちゃいますよ。一応、ね。あたくしの言い方悪かったわ、かんにん」
 そこに、また1人のドールがやって来た。彼女は今日も今日とて茶色の上着を纏い、何食わぬ顔で行動をしている。
「あ、シャロンちゃん」
「やあ、みんな揃ってご飯? おやつ?」
「あら、まあ、ちょうどええ子ぉが来たわ」
「へ?」
「シャロンさんなら心強いですね!」
 いまいち状況の掴めていないシャロンに、ここまでのことを軽く話してやる。”こういったこと”に慣れた彼女は、直ぐに理解したようだ。
「なるほど、もちろんボクでよければ!」
 これだけ居ればきっと申し分ないだろうと、5人の名前を書き込み、討伐へ向かう申請を送る。
「……で、公園にいるフルーツビースト? ってどんなのだっけ」
「じゃあ、向かいながらおさらいしようか」
 特別急ぐわけでもないので、今の状況や今回の対象などのことをなたりしあに説明しながら、一同は秋エリアへと向かっていった。

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「はぇぁ〜…いっぱい歩いたぁ」
 公園の付近に到着した辺りで、なたりしあはそう言いつつ背中を曲げる。
「ワンズの森を通るわけにはいかないので、どうしても遠回りになっちゃいますよね」
「みんなブルークラスの歩行魔法が使えれば、川を直接渡るのも簡単だったかもしれないけど……お散歩ってことにしようよ」
「ま、しゃーないね。ほんで? 例のピーチッグ? 言うんは……」
 討伐対象を探して、一同は公園内を見回す。と、公園の中心で蠢く物体を見てシャロンが声をあげる。
「あ、あれじゃないかい?」
 彼女が指差す先には、犬の見た目をした、体高2米ほどの何かが2体。周囲を警戒しながら巡回するように対を為して歩く、薄桃色の身体をしたものと山吹色の身体をしたもの。見るに、あれが通達されていた『ピーチッグ』で間違いはなさそうだ。
「で、でっかいわんちゃん!!」
 遠目に見てもわかる大きさに、なたりしあの視線が釘付けになる。更に近くで確認しようと思ったのか、公園に足を踏み入れ、数歩。突如として彼女の姿が皆の視界から消えた。
「おわあああ!?」
「な、なたりしあさん!?」
「今助けるよ!」
 慌てて駆け寄ったヤクノジとリラが救助を行う。どうやら、簡易的な落とし穴が仕掛けられていたらしい。
「落とし穴!? ほ、他にもあるかもしれないね……」
 見渡せば、シャロンの言った通り、他にも仕掛けられてありそうな不自然な地面がここからでも確認できた。不用意に動けば、落下するだろう。
「これ、落ちたらめんどいなぁ」
「気を付けて進もうか」

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「ひどい目にあったよ……」
 無事2人に救助されたなたりしあは、既に疲れたといった様子で座り込んでいる。
「だ、大丈夫だったかい?」
「このまま突っ込んでも良くないねえ……」
「せやね。なんか考えましょか」
 向こうの決めた敷地内に入らなければ特に手を出してくることはないようで、公園のすぐ側に集まった5人はそれを観察しつつ、どうすべきか話し合うことに。
「うーん……なんだかどちらも似たような見た目なんだね」
「ん〜…?? 2匹とも同じような動きをしてる……?」
「せやねぇ……ほな、まとめて叩いてしもたほうがええンとちゃいます?」
「まとめて……同時にって、ことですね?」
「なるほど、片方ずつ潰して強くなったり、もう片方を復活させたりを防ぐってことか」
「み、みんなすごいね……」
「頼りになるメンバーだよね、本当に」
 すらすらと進む話に、1人は圧倒される。何故斯様に進められるのか、いつから斯様な会議に慣れたのか……
「じゃあ同時に叩くにしても、二手に別れた方がいいかな」
「待ってください、何か別の子もいませんか……?」
 リラの言葉を聞き、4人はじっと目を凝らす。言われてみれば、中央の、背が高い草の辺りが揺れている。他に何かが居るような気がしないでもないが、如何せんここから見ただけでは判別がつかない。
「んん……良く見えないな……とりあえず、先にフルーツビースト2匹をなんとかしようか」
 同時に討伐を達成するには、必然的に二手に分かれることになる。話し合いの結果、山吹色、もといピーチッグ黄を、シャロン、イヌイが。薄桃色、もといピーチッグ白を、ヤクノジ、リラ、なたりしあが担当することに決まった。

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「ほな、ちょっと気張りましょか」
「ああ、頼りにしてるよイヌイさん」
 こと戦闘となれば、成り行き上同じ戦場に立つことが多いのがイヌイとシャロンだ。
 こちらに向かってやや威嚇をしてくるピーチッグを前にしても、どこか場慣れした雰囲気で2人の肩の力も程よく抜けている。

 まずはとピーチッグ黄を引き寄せるためにイヌイが変装にてピーチッグ黄に化けて見せる。
 自分と同じ姿の者が現れたと混乱したピーチッグ黄は、持ち場を離れてイヌイの元へと走ってきた。
「ワンッ」
 さらには変声魔法によるひと鳴き。ピーチッグ黄は思わずその場で一瞬怯む。その怯みを見逃さないシャロンではなかった。
「止まれッ」
 ピーチッグ黄の影を踏みつけながらシャロンが使ったのは縫合魔術。影と地面を縫い付けて生物を動けなくする魔術だ。
「あら、そういやそんなんもあったなぁ……そないして使うのやね」
「ボクもちゃんと使ったのはこれが初めてだから……ちゃんと使えてよかったよ」
 どこかホッとしたようにそう言って、シャロンはもう一方の3人の方へと視線を向けた。

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「お2人ともよろしくお願いしますね」
「頑張ろうね、リラちゃん、なたりしあちゃん!」
「私、頑張るよ!よろしくね!」
 これから戦うというのに、どこか和やかな雰囲気の3人が笑い合う。それも束の間、リラは肩を回したりと準備運動を始め、ヤクノジは荒事の際によく用いる鬼の面を装着する。
 なたりしあはイヌイとシャロンの様子にも目を配りながら、意気込みを露わにした。
「とはいえ、直接攻撃するのは難しそうなんだよね……」
 1体を狙うとしても、無策に飛び出していくのは危険行為だ。
「発光で目くらましとか……?」
 ヤクノジとリラが揃って首を傾げ、なたりしあも困ったように眉を寄せた。
「あんまりわんちゃんを苦しめるのも嫌だし……どうにかならないかなあ……」
 ピーチッグを過剰に苦しめない、自分たちが出来る最良の方法を探して3人はもう一度作戦会議となった。
「苦しめないためにはどうすれば……」
 どうにか少ない手数で討伐できないものかと、それとなく辺りを見回すリラ。つられて周りに目をやったなたりしあの視界に、とあるものが映る。
「あっ」
「どうしたの?」
「ちょっと、可哀想なんですけど……あの穴とかに、落とせないかな……」
 なたりしあが指さした先には、公園の至る所に掘られていた落とし穴の1つがあった。
「なるほど……穴に落として動きを止めたところを狙うんですね」
「それなら、一撃でも大丈夫かも……じゃあ、落とすのは僕がやるよ」
「なら、最後のトドメは私が」
「えっと、えっと……じゃあ……」

「なたりしあさんは、いつ行けば良いのかの合図をお願いできますか? 向こうとも合わせないといけないので」
「! うん! 任せて!!」
 よく通るなたりしあの声は合図役に適している。リラの頼みに応えて頷くなたりしあと、その隣でヤクノジが小さく呪文を詠唱した。その次の瞬間には氷柱が浮いており、その氷柱を樹氷魔術で更に増やしながらリラに声をかける。
「リラちゃん、頼める?」
 その氷柱をリラに渡せば、リラはしっかりと頷き返した。

 ピーチッグ白側もトドメの姿勢に入ったことを確認したイヌイとシャロンの2人は、動きを止めたままのピーチッグ黄に向き合う。
「これで刺すのが一番確実かな」
「ああ、あんさんはそれがありましたもんね。ほなお任せします」
 シャロンは縮小させたままの槍を手にして、狙いをつけるように軽く構えた。今この場から動けば縫合魔術は解除されるだろう。
「それ、あたくしが代わりましょか?」
 シャロンが持つ槍の威力を今までのマギアビーストとの戦いで知っているイヌイは自らサポートに回る。
「代わる……ああ、なるほど。それが確実だね」
 軽い足取りでイヌイがシャロンの踏んでいる影へ入る。彼が頷いたのを合図にシャロンは影から離れ、時を待った。

「よし。力比べだ」
 隙を作るため、鬼の面を着けたままのヤクノジがピーチッグ白に向かって走り、懐へ潜り込む。そして両腕でしっかりと抱きつくようにピーチッグの腹を掴んだ。侵入者を除去しようと、巨大な獣は前足で身体の下を探る。しかし、その足がヤクノジを捕らえるより先に、支えを1本失くしてしまったピーチッグの身が持ち上がった。
「ごめんね、勝たせて欲しい」
 流石に方向転換は難しいと感じたのか、少し距離はあるが前方にある色の変わった地面に向かってヤクノジは振りかぶり、思い切り獣を放り投げる。投げ出された獣は着地することに専念したせいか地面の状態までは確認できなかったようだ。足をついた瞬間、その身は自らが掘った穴に嵌ってしまった。

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 改めて同時に駆け出していくリラとシャロンに、揃って咆哮するピーチッグ2体。
 此方の動きを邪魔されないように、ピーチッグに余計な動きをさせないように、サポートに回ったドール達がそれぞれの力で牽制する。

「今だよ!」

 なたりしあの合図の声が空まで通る。
 次の瞬間。

「はい!」
 勢いよく飛び上がったリラが、その勢いで氷柱を叩き込む。ヤクノジが魔法で出現させた氷柱は折れることなく白のピーチッグを深く貫き。
「やああっ!」
 縮小を解除させたシャロンの槍が、静かに迷いなく黄色のピーチッグを無効化する。
 獣2体を倒したというのにも関わらず、辺りに不釣り合いな桃の澄んだ甘い香りが立ち込めていった。

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 2体のフルーツビーストが倒れて、公園に静寂が訪れる。全員で遺体を確認していると、どこからか何かの鳴き声が聞こえた。
「わん!」
 声に気付いたなたりしあが、草むらの中に入り込んで数十秒……再び顔を出した彼女の腕には、1匹の子犬が抱えられていた。
「さっきのわんちゃんたち……この子を守ってたのかな」
「だとしたら、ちょっと悪いことをしちゃった気分ですね……」
「でも……荒らされるのは良くないからね」
「どないします?」
「このままっていうのもなぁ……ガーデンにはコッペもいるし、飼育委員にお願いして一緒に飼うのはどうだろう?」
 ヤクノジの提案を聞き、反対する者は居らず。そう進めようとしたところで、なたりしあがおずおずと手をあげた。
「あの……」
「ん? どうかしたかい?」
「……ペットって、個人で飼うのは、だめだっけ」
 どうやら、自分で飼育をしたいらしい。腕に抱いた子犬を優しく撫でている。
「そんなことはないよ? 僕もモルモット飼っているし……」
「蛇や猫を飼っている子もいますね」
「もしかして、なたりしあちゃん自分で飼ってみたいのかい?」
「う…だ、だめかな……?」
「あかんことないやろけど……」
 腕を組んで、イヌイは考え込む。ここで賛成、肯定することは簡単だが、そこで終わらないのが今の話だ。
「それ、ちゃんと責任もって飼えるんです?」
「ちゃ、ちゃんとお世話するよ!」
「たぶんこの子、まだ子犬ですし……犬はドールくらい大きくなる子もいたはずですよ。そうなっても飼えますか?」
「うっ……きみ、大きくなっちゃうの?」
 そう言ってなたりしあは抱き直した子犬と向き合い、小さな声で訊ねる。
「わん!!」
「う〜……」
 がっくりと肩を落とすなたりしあを見て、一同からくすりと笑みが溢れる。
「ふふ……こればっかりは仕方がないね」
「そうだね……飼育委員にはボクから相談しておくよ」
「シャロンさん、お願いしますね。……じゃあ、ガーデンまでは、なたりしあさんにお願いしてもいいですか?」
「わ! えへへ、じゃあ、一緒に帰ろう!」
「わん!!」

______________

「それにしても、今回のフルーツビーストたちはなかなか手強かったね」
 手強かった、という割には体力を余らせていそうな雰囲気を出しているが、ヤクノジがそう言うのならば、そうなのだろう。露骨に疲労感を出しても、帰りが辛くなるだけなのだから。
「ふふ、次来る時はお弁当持ってゆっくり紅葉狩りしますか?」
「のんびりピクニックデート、したいね」
 公にした交際関係は止まるところを知らず。これがもしその光景を妬む者たちに囲まれていたならば、どうなっていただろう……少なくともこの箱庭には、そのような者は居ない。誰もが祝福している。
「わぁ〜……らぶらぶだぁ……んぇ!?」
 肩を寄せる2人に見惚れ、一度落ちたはずの落とし穴へ再び子犬と共に嵌ってしまう者が居るくらいには。
「なたりしあさん!?」
「だ、大丈夫?」
「……なんやさっき見たなぁこれ」
 落ちてしまった通称大福の妖精を救助すべく、身を寄せ合っていた2人が片手ずつを差し出す。
「ふたりのらぶらぶのせいだぁ!! こうなったら巻き込みだ〜!!」
 妖精ではなく、小悪魔だったようだ。差し出された手を両方とも掴んだなたりしあは、そのまま上がるのではなく、力強く引っ張り2人を穴へ引き摺り込んだ。
「うわ!?」
「わわ!?」
 穴の底に突っ伏した2人を、子犬が舐める。
「え、ちょっと3人とも大丈夫か、いぃぃ?!」
 落ちた者たちを心配して駆け寄ろうとしたシャロンが、少々情けない悲鳴と共に、また別の穴に落ちてしまう。
「どうしてだーい!?」
 寂れた公園に、シャロンの叫びが響き渡った。
「ほほほ……おもろいなぁ」
 和やかに見守っていたイヌイは救助に回ろうと、一歩——その時。ふと、地上の者に何か抗い難い衝動が襲い掛かる。それは、野山を駆ける兎を目にした肉食獣のような。それは、指一本で開く開かずの扉を前にした子供のような。血が、本能が、そうしろと囁き掛けてくる。それに従う必要もなければ、生まれるのは不利益ばかり。然し、断ることのできない何かが、その者の心に巣喰っていた。2、3歩、と、色の変わった地面から十分な距離をとる。そして
「……あ〜〜足が滑った〜〜!!」
 そんなことを態とらしく叫んだかと思えば、助走までつけて蹴りを入れるかのように飛び込んでいた。
「イヌイさん!? 何があったんだい!?」
 浮遊でもして上がらなければ、彼の様子など知る由もない。見ることができなければ、居ないも同然。あの瞬間、彼は1人だった。結局抗えなかったのだ。あの美術館の時のように。
「ははは……はぁ……あほくさ……」
 一通りの騒ぎが落ち着いた後、全員無事に穴から脱出し、来た時と同じ道を辿って寮に帰る。長らく箱庭に蔓延っていたフルーツビーストたちも、これが最後。束の間の平和が訪れたのであった。

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