「願いの競技 ドロシー編」

 9月。クラス対抗PGPが開始され幾らか経ったとある日。自室で天井を見上げていたイヌイは静かに思考を巡らせていた。
 本当に、自分は進まねばならないのか。悩む前にとっとと断ってしまった方が良いのではないか。進むにしても、本当に彼が正解なのか。他を見ていないから、然う思うだけなのではないか。
 何の身にも為らない考えのみが、イヌイの脳を支配する。どれほど頭を回そうと、表に出さない限りは、只の考えに過ぎない。彼は行動に移すことが少し苦手なようだった。
 半刻程経っただろうか。不図イヌイは身体を起こし、制服に着替える。漸く、動く気になったのだ。然し決して前向きな理由ではない。着替えを終え、グラウンドに向かうイヌイはこう考えた。競える者達の全てと競技を行い、全員の為りを見ようと。ひょっとすれば、1度自分が定めた標的以上の者が見つかるかもしれないと。否、願わくば、見つからないでほしいと。……
 他の何も目に入れずグラウンドへと辿り着けば、其処には1人のドールが立っていた。橙の髪を三つ編みに結い、丸眼鏡を掛けブルークラスのドール。ドロシーである。グラウンドにばら撒かれた紅白夫々の玉と同色の高い籠を前に、何やら浮き足立っている様子だ。

「どうも、園芸委員さん。えらい落ち着かんね?」
「あ、イヌイさん…! はい、玉入れをするんですけど、ちょっとだけ…そわそわしちゃって…」

 ドロシーはクラス対抗PGPで行える競技の1つ、玉入れを為るらしい。然し、イヌイが軽く辺りを見回しても一般生徒ばかりで、競技相手らしき者は見当たらない。後ほど来るのだろうかと、イヌイは軽い疑問を投げ掛けてみる。

「へぇ、玉入れなぁ。……それ、どなたとするかって決まってはったりするんです?」
「いや、それは決まってなくて…あ! そうですよね、競技だからお相手がいないとダメですよね…!?」

 どうやら基本的なルールを把握しておらず、彼女は1人で玉入れを為る心算だったようだ。

「あら、まぁ……ほほほ。そらそうやよ。居らんのでしたら、あたくしがお相手しまひょか?」

 丁度いい、先ずは彼女と手合わせをしようと、イヌイは自ら申し出る。

「良いんですか!? 良かったあ…はい! 是非お願いします!」
「ええ、えぇ、勿論。ほら、やりましょやりましょ」
「そうですね…! 行きましょう…!」

 交流の少ないイヌイからの提案も笑顔で承諾し、少々緊張した様子で白い玉の散乱した場所へと向かうドロシー。彼女が位置に着いたのを確認して、イヌイも紅い玉の方へと着いた。
 扨、玉入れとは、地面に落ちている玉を長い棒の先に設置された籠へと投げ入れる競技だ。最終的に籠に入っている玉の数で勝敗が決まる。

「これ、入れさえしたらええのやさかい飛んでも問題ないのよな……ま、やらへんけども」
「飛ん…え? イヌイさん…飛べるんですか?」

 ドールは魔法の使用ができる。其れ等を駆使し競技を進めることは可能なのかと、イヌイは疑問に思った。誰に聞くでもなく零した独り言を聞き、ドロシーは小首を傾げる。

「え? えぇ……浮遊魔法、あるやろ……? あれの応用ですえ?」
「ああ! 自分にかけるんですね…! そういえば魔法って使って良いんでしょうかね…?」
「そらまぁ、ええと思いますえ。他の子おどかさんかったらね」
「なるほど…えへへ、ありがとうございます」

 軽くイヌイが説明をしてやれば、ドロシーは理解した様子で頷く。然してひと言気合いを入れると、地面の玉を拾い投げ始めた。どうやら彼女もイヌイと同じく魔法を使う気は無いらしい。

「なかなか入らないな…」

 そう呟くドロシーの籠をイヌイは一瞥する。成程、確かに玉はほんの数個しか入っていない。籠に届く迄の腕力が足りていないのもあるが、真上に投げたり見当違いに飛んだり、籠へ入れる為の技術が無いようにも見えた。

「多分ねぇ、集めて投げたら入りやすいと思うのよね」
「集めて…一度に何個か…こうですかね?」

 助言を受けたドロシーは、幾つかの玉を拾うと両手で持ち、軽く跳躍しながら上に投げる。全てではないものの、先程よりは入るようになったようだ。

「そうそう、上手上手」
「えへへ、そうですかね…?」

 上手く入っていることを自覚しているのか、ドロシーは少し調子が良くなったように見える。そんな彼女の様子を横目に眺めながらイヌイも緩やかなペースで玉を拾っては投げるが、はたと其の手が止まった。

「…………そういや、これいつまでやるのやろか?」
「確かに…時間制限とかあるんでしょうかね? それか…先に全部入れた方が勝ち~とか…でもそれだと時間かかっちゃいそう…」

 見たところ、時間を計る者は居ない。周りに立っている一般生徒は唯見るばかりだ。

「うぅん……わからんし、このくらいにします?」
「こちらのタイミングで終わらせて良いんだったら…この辺にしときましょうか…! 結果はどうでしょう…?」

 ドロシーは手に持っていた玉を全て地面に落とし、籠を見上げる。然し見るのみで数が判るわけも無く、イヌイは台部分を持ち、籠を己の方へと徐に倒した。

「え〜……と、出して数えますか」
「は~い!」

 彼女も同じように籠を倒し、中身を数え始める。

「……6、7、8…………14、やね」
「…私は15、です…!」

 結果は、僅差でドロシーの勝利であった。掛けた時間の割りには少なめな気もするが、投げ始めの不慣れさからすると、かなり良く入った方だろう。

「あら、負けてしもた。あんさん上手やねぇ」
「えへへ、いやあ…たまたまですよ。イヌイさんにコツを教えていただいたおかげもあると思います」
「すぐでけたのやし、上手やったのやよ。……どないでした? 玉入れ」
「楽しかったです…!」

 余程楽しめたのか、ドロシーは満面の笑みをイヌイに向ける。其れを見たイヌイは、どこか安心したような表情を浮かべた。

「そら良かったわ……他のもやってみてな」
「はい! 対戦して下さってありがとうございました…!」
「いえ、いえ、こっちこそおおきに」

 片付けを済ませると、ドロシーはイヌイに別れを告げ、寮の方へと歩いて行く。其の様子を見送り終えたイヌイは、次の相手を探そうと、再び放浪を始めるのだった。

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