台本メモ 日々の最期を


 BGM1+風の音

  人が走る音

 僕:「ちょっと! そこの貴方! 待ってください!」
 私:「うん? 私かい?」
 僕:「そう、貴方です」
 私:「……あぁ、君か! いやあ懐かしいねぇ。なんだろうか」
 僕:「え? 僕たち、初対面ですよね? どこかで会ったことあるかな……?」
 私:「なぁんて、今初めてあったよ。どうも、初めまして」
 僕:「や、やっぱり初めてじゃないですか! いきなりデタラメはやめてください!」
 私:「あっはは。ごめんごめん。ところで、どうしたんだい。こんな冬に、寒い海を悠々と見下ろす崖の上まで」
 僕:「どうしたって、貴方、ここから飛び降りて、死ぬつもりなんでしょう?」
 私:「私が? 飛び降りる? この崖から? どうしてそう思うんだい」
 僕:「そりゃ、こんなところで何も持たないで、靴もほっぽって、迷わず崖に歩いて行くんですから……」
 私:「なるほどね。君は一体どこから見ていたのかな」
 僕:「その、僕、この近くに住んでいるんです。それで、なんとなく外を見ていたら、見慣れない車が……」
 私:「観光地から逸れた道に入ったから、か。へぇ……わざわざ、後を。追いかけたわけだ?」
 僕:「す、ストーカーじゃないですよ!」
 私:「そんなこと云ってないじゃない」
 僕:「言われてはないですけど、なんかそういう顔してます」
 私:「いや、疑(うたぐ)ったわけじゃない。ただ、好奇心が旺盛だと思ってね。感心したまでさ。でも気をつけた方が善いよ。それは時に、君の身を滅ぼしかねない」
 僕:「えぇ?」
 私:「例えば君が今、私の前に居るだろう? ここで私がポケットからスマートフォンを取り出して君を撮影し、君のせいで死ぬ! と言い残してここから飛び降りたとしたら?」
 僕:「……!」
 私:「今の時代は便利だよねぇ。君は確実に警察の世話になる。そうでなくても、一つでも変な証言が出れば何かしらは聞かれるだろうさ」
 僕:「……そんな、いくら僕の好奇心が旺盛でも、急に捕まることはないですよ。貴方が僕のことを撮影しようとも、僕と貴方には接点がないですから。まぁ、あんまり有る事無い事言われちゃったら、ちょっとは別ですけど」
 私:「とはいえそんなことしないから安心し給え。さてここで気になるのは、君の目的なわけだが」
 僕:「僕の、目的ですか?」
 私:「そう。もしかしなくとも、止めに来たのだろう? いや別に、私が飛ぶのを認めたわけじゃあないよ? 仮にさ」
 僕:「止めに、……うぅん……」
 私:「ひょっとして、私の思い違いだったか? 自意識過剰か」
 僕:「そ、そうです、止めに来たんです! だって、死ぬ気なんでしょう? 仮になんて言わなくても、絶対そうです」
 私:「なんだ、間違いでないようで善かった」
 僕:「よくはないんじゃ……」
 私:「確かに、善くはないな。……ふむ……判った、認めるよ。私は死ぬつもりでここに来た」
 僕:「ほら、やっぱりそうじゃないですか! 嘘つかないでください」
 私:「すまないすまない。うん、それで? 君の引き留め文句を聞こうじゃないか」
 僕:「それでって、随分な言い草……」
 私:「車が一台道路を逸れるだけで追いかける。きっとここはよく自殺にでも使われるのだろう」
 僕:「そう、ですね。ここから人が落ちたって話はよく聞きます」
 私:「今まで何人止めてきた。止める自信があったから、ここまで止めなかったんだろ?」
 僕:「自信があったんじゃなくて、確信が持てなかったんです。もしかしたらただの散歩なのかもしれないし、間違えて怒られたくもないし……でも、貴方が死ぬつもりだって言うのなら、止めます。こっちに来て、座ってください」
 私:「判ったよ。冥土の土産にでも聞いていこうじゃないか。言いくるめの術(すべ)を。地獄の大王の機嫌を和らげるアドバイスくらいにはなるかもしれない」
 僕:「なんですかそれ……とにかく、座ってください!」
 私:「はいはい」

 足音、切り株に腰掛ける

 私:「と。どうぞ?」
 僕:「あのですね、自殺なんて、絶対駄目なことですよ。貴方が死んでしまったら、悲しむ人が居ます」
 私:「例えば?」
 僕:「えっと……家族とか、友達とか! それに、今は幸せじゃないかもしれませんけど、生きていたらきっと良いことがあります。そうでなくても、今も昔も、病気とか、食べ物が足りなくて生きられない人がたくさん居るんです。僕たちは、その人たちの代わりに生きなくちゃいけないんです!」
 私:「ふぅん……?」
 僕:「どうですか、気が変わりましたか」
 私:「うぅん……せっかく話してくれて、悪いんだけれどさ。君……よく今まで引き留められたね? 悲しむ人が居る? 善いことがある? ああ、あぁ。聞き飽きたね。もっとさ、心惹かれるような言葉はないの?」
 僕:「心、惹かれる……」
 私:「そう。崖っぷちのところからわざわざ離して座らせるまでして。まぁ、私はあんまり立っているのは得意じゃないから助かるといえば助かるけど」
 僕:「えっと、その、お辛いと思いますけど、生きていればみんな辛いことがあるんです。それでも頑張って生きてるんです。だから」
 私:「ああそのあとはいいよ。もう判ってるから」
 僕:「やっぱり、駄目ですか」
 私:「ねぇ、せっかくなんだからさ、自分の言葉で云ってみたらどうなんだい?」
 僕:「自分の言葉?」
 私:「そうそう。そんな街角アンケートの上位三選! みたいなこと云わないでさ」
 僕:「……。」
 私:「えらく珍妙な顔をするね。確かにこんなこと聞いて回られたら世も末か」
 僕:「ち、違いますよ!」
 私:「ならどういう顔だね、それは」
 僕:「ちゃんと本心から言ってます!」
 私:「嘘をいえ、これでも私は心理学を齧っているのだよ? 嘘をつけばすぐわかる」
 僕:「し、心理学⁉︎ そんな、じゃあこれもわかって……」
 私:「……動揺したね? 嘘だよ、そんなことこれっぽっちも勉強したことはない」
 僕:「嘘⁉︎ もう、変なこと言わないでください!」
 私:「随分と面白い顔をするなぁ。いやすまない。でもこれで、君が嘘をついていたことは判った」
 僕:「確かに、ばれちゃいましたもんね……」
 私:「話術はあるのさ。——さ! 聞こう。君が私を引き留める真の理由(わけ)を」
 僕:「真のだなんて、そんなに大層なことじゃないですけど……わかりました」
 私:「うんうん」
 僕:「その、死なれたら僕が困るんです。さっき貴方が言ったように、ここではよく人が死ぬ。その度に僕の家に警察が来るんだ。その日の行動を全部聞かれて、疑われたりもして……嫌なんです。いちいち聞かれるの」
 私:「それなら、引っ越せばいいじゃないか」
 僕:「ここが良いんです。僕が選んだんです。邪魔をしないでください」
 私:「ふぅん……ふふふ、あっはっは!」
 僕:「何笑ってるんですか!」
 私:「聞いてみて善かったよ! そっちの方がよっぽど、後ろ髪引かれる」
 僕:「もう……でも良かった、これで貴方も帰ってもらえますね」
 私:「ん? やめないよ?」
 僕:「えぇ⁉︎ どうして、後ろ髪引かれるって言ったじゃないですか、嘘つき!」
 私:「確かにそう云ったが、やめるとは一言も言ってないよ?」
 僕:「そんなの、ズルですよ……」
 私:「あんまり早とちりも気をつけ給え。それもまた」
 僕:「なんか」
 私:「……どうした?」
 僕:「すごい、元気ですよね。これから死のうとしている人に、人生のアドバイスだとか言われるなんて思わなかった」
 私:「……。あっははは! そうかそうか、思わなかったか!」
 僕:「死ぬの、怖くないんですか。海に飛び込むなんて、しかも、こんな寒い冬に……岩にぶつかるかもしれない、もしかしたら死にきれないで、後遺症が残るかもしれないんですよ?」
 私:「生き物はね、死の淵に立つと、途端に気が大きくなるのさ」
 僕:「はあ」
 私:「実際私は今、これ以上ないほどに晴々した心をしている! 喘息の私の隣で煙草を吸おうが、失態を押し付けられようが、人格を否定されようが私物を取られようが突然殴られようが捨てられようが”何を”されようが、——全部、許せるのだよ」
 僕:「……結構、貴方も苦労していたんですね。すみません何も知らずに」
 私:「いいよいいよ、気にしてない」
 僕:「そんなに励ますこと言えませんけど、元気出してください。いや、今は元気なんですよね……」
 私:「そう、元気なのさ。私のこの心は、今日(こんにち)の日向ぼっこを推奨しない空に反して清々しく晴れ渡っているのだよ!」
 僕:「変なこと言う人だな……」
 私:「そうかい? 私は今すぐにでも見せてやりたいけどね! あの雲の向こうよりも青く、宇宙よりも無限に広がるこの心を!」
 僕:「ちょっと、だからって見せようとしないでください! 反応に困ります! あと、人の裸体はあんまり……ご勘弁を……」
 私:「なんだい、つれないね。——と、お喋りが過ぎたか。そろそろ本格的に暗くなる。ほら、良い子も悪い子も家に帰りなさい」
 僕:「嫌です。貴方が諦めるまで、帰りませんよ」
 私:「どうした。ほら、なんとかほじょとやらに問われたくないだろ?」
 僕:「……? あぁ! それ、補助じゃなくて幇助(ほうじょ)ですよ」
 私:「ほうじょでもドードーでも候でもなんでもいい。とにかく君はここに来なかった。車は通ったが、ただのハイキングだと思った。いいね?」
 僕:「ですから帰りませんって」
 私:「強情だな」
 僕:「貴方が諦めないように、僕にだって譲れないことはあるんです」
 私:「何、一目惚れでもしたかい?」
 僕:「どぅえ⁉︎ ひ、ひひ一目惚れだなんてそんな僕は……!」
 私:「ははははは、随分慌てる」
 僕:「あんまりからかわないでください!」
 私:「あ、あ、否定はしないんだね」
 僕:「あいや、そういうわけじゃ……」
 私:「君はいいのかい? 私がここから飛び降りても」
 僕:「えぇっ、……だ、駄目ですよ!」
 私:「もう策はない?」
 僕:「もう、止められるような言葉は無いですけど……」
 私:「そう。じゃあ、今から私は飛ぶけれど、これが最後だよ。おうちに帰りな」

 BGM1 F.O. 
  鼻歌

 僕:「え、あ、ちょっと! ……。待って‼︎」

  駆け寄る音

 私:「——。何、この手。まさか一緒に死のうなんて心中めいたこと考えたりするまい」
 僕:「そんな、死ぬなんて、僕は、僕は、……ぅう……」
 私:「え、ちょっ、おい泣くんじゃない。私が困る……」
 僕:「ぐすっ、……怖いです、僕は。そんなこと、自分からできない……ですから、貴方がどうしても飛ぶって言うのなら、僕も連れて行ってください!」
 私:「……。」

 BGM2 F.I.

 僕:「自分で死ぬ勇気がないから、ここから飛ぶ人と一緒に飛ぼうって。でも、それでも怖いから、今まで止めてたんです」
 私:「ははあ……なるほど。また嘘をついていたのだね。いや、どちらも本当か。君は待っていたわけだ? それでも振り払う者を」
 僕:「臆病なんです、僕」
 私:「あのねえ、私が言えたことではないが、滅多なこと考えるもんじゃあないよ?」
 僕:「今更貴方が止めるんですか。やめてください、そういうの……」
 私:「……。君、家族は?」
 僕:「結構前に、みんな出て行きました。でも僕はここがいいって、残ったんです」
 私:「ということは、今は一人か」
 僕:「はい。連絡はとってますけどね。あんまり仲は良くないかな……疎遠になるとどうしても」
 私:「なるほどね。ふむ——よし、じゃあこうしよう! これからは私と暮らすんだ!」
 僕:「い、一緒に住むんですか⁉︎」
 私:「そうだ! 料理洗濯掃除なんでもやってやろう! この私が世話をしてやるんだぞ?」
 僕:「家事は僕もしますよ。一通りはできるつもりですし……というかまだ許可してない!」
 私:「心配するな。手伝ってやるから、君は身の回りを片付けるんだ」
 僕:「いや、だめですって」
 私:「そして! 君の準備が出来次第」

 BGM2 C.F. 次台詞すぐ

 私:「ここから飛ぼう」
 僕:「えっ、……一緒に、死んでくれるんですか」
 私:「あぁ」

 BGM3 F.I. 前後台詞繋げて

 私:「出会った時と同じ場所で共に死ぬ。なかなかロマンチックじゃないか!」
 僕:「でも、いいんですか? 貴方がしばらく死ねなくなっちゃいますよ」
 私:「ん? なあに、もともと死ぬつもりだったんだ。最後くらい誰かの役に立ちたいのだよ。どうせ何もかも捨てた、いつ死のうが一緒なのさ!」
 僕:「元気なんだか、自暴自棄なんだか」
 私:「君の決心がつくまで待つよ。私の四分の三オンスを君にやる」
 僕:「あはは、なんですかそれ……わかりました、ちゃんと片付けます。終わったらその時は」
 私:「(聞いてない)さ! そうと決まったら帰るぞ!」
 僕:「えっ? 帰るって、どこに?」
 私:「君の家だよ?」
 僕:「僕の家ですか⁉︎ 今から⁉︎ いやその前に許可してないんですって!」
 私:「ほら、車に乗せてやるから案内して!」

  足音

 僕:「散らかってるのに、空いてる部屋とかあったかな……」

  ドア開ける音 小さめ

 私:「(遠くから)あぁ、あとさ、君、お酒呑める?」
 僕:「お酒ですか? 僕はあんまり呑まないから、家には置いてないです」
 私:「何? あー……じゃあ近くで買おう」

  足音、ドア閉める音 次台詞同時進行

 僕:「それなら、コンビニがありますよ」
 私:「いいね。よし、帰ったらまずは、君と私の出会いに乾杯だ!」

  エンジン音
 BGMUP〜F.O.

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