台本メモ 或る貴方へ

 今日は大雪ですって。布団だけで乗り切れるかしら。湯湯婆ゆたんぽ、出しましょうか。添い寝なんて良いですけれど、流石に人肌じゃあ心細いでしょう。一先ずお茶でも飲んで。ゆっくりしましょ。春はまだまだ先なのですから。
 こうして冬を越えるのも何回目かしら。私たち、知り合って長いですよね。何年かは置いておきましょう。貴方は色んなことを聞かせてくれたわ。お友達の話、お出かけした話、好きな食べ物の話、貴方の見た夢の話、お仕事の話、近所の猫ちゃんの話。一緒に詩作もしましたし、遊園地にも行きましたし、そうそう、暮れには御百度参りなんてしましたね。あれはちょっと、ゼロが一つ足りなかったけど。寒さと眠気で。でもどれもこれも楽しくって、私にとって素敵な思い出です。
 ねえ、あなた。私、貴方の書くお話が好き。貴方の紡ぐ言葉が好き。貴方の辿った道が好き。貴方と過ごす時間が好き。できることなら、貴方の隣で、貴方の作るお話をずっと聞いて、読んでいたい。
 けれど、それはきっと叶わないのよね。貴方は気侭な放浪者ですもの、こんなところに留まらないで、何処かへ行ってしまうのよね。それでもいいわ。私に貴方を止める権利とかいう何かなんて、これっぽちもないのですから。いえ、もしあったとしても止めません。どのような旅立ちであっても、見送るのが私の役目なのです。今までだってそうしてきたのよ。
 ですからあなた、貴方は何も気にしないで行ってくださいな。その気が無いのは判っているけれど、私の顔なんて振り向かないで、好きなところへいってくださいな。そうしてこれまでもこれからもいつまでも、何にも縛られないで自由でいて。
 でも。もし、もしまた顔を見せようと思ったのなら、いつでもここへ来て。私はまだしばらく居るつもりですので、貴方を歓迎することくらいはできると思います。本当にささやかな歓迎ですけどね。そうだ、詩でも書こうかしら。貴方の誕生日には、特別なお話も書いてあげる。もちろん私の自己満足で。自己満足ですから、出来栄えは期待しないでください。
 泣いてません。えぇ、泣かないわ。だってそんなの、二度と貴方に会えないみたいじゃないですか。ちょっとした旅、お散歩。行き先も帰り先も決まってないだけ。そうでしょう。それに、まだ貴方はここに居る。終わりでもないのに泣くもんですか。ただ、少しだけ我儘を言わせて。お出かけをする時は、私に何も言わないで、手紙を一通残して、静かに行って。そしたら私はそのお手紙を持って、街中探しに行きますから、絶対に見つからないで。でないと私、また貴方のこと捕まえちゃいますから。
 ねぇ、あなた。貴方は私の最高の人。私の大好きな人。私のことを奪った人。どうか貴方は変わらないでいて。どこへ行っても、幸せに笑っていて。貴方の幸せを、私はいつまでもここで祈っていますよ。
 それでは、また。おやすみなさい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?