台本メモ レポートの最期を

 私:「〜♫」
 僕:「うーん……」
 私:「君、昼ごはんができ……なんだ、何をそんな獣みたいに唸っているんだい」
 僕:「レポートが、終わらなくて……」
 私:「レポート——君、大学生か!」
 僕:「そうですけど、それが」
 私:「いやぁ、そうかそうか! 若いなぁ! うんうん!」
 僕:「いた、ちょっと、背中を叩かないでくださいよ……!」
 私:「ははは、すまない! つい気分が上がってしまった」
 僕:「もう! そういえば、さっき何か言いましたか?」
 私:「おぉ、そうだった。昼ごはんができたから、一緒に食べよう! 息抜きも大事だろう?」
 僕:「別にわざわざ呼ばなくても良かったのに」
 私:「まあそんなこと云うな、この私がせっかく作ったんだぞ? しかも出来立てだ! 食べないなんてことがあるかい?」
 僕:「わかりましたよ。何を作ったんですか?」
 私:「それは見てからのお楽しみさ」
    間
 私:「どうだい、美味しいだろう」
 僕:「うぅん……うん……とても、独特な味で、噛み応えがあって……おなかに、溜まりそうで……」
 私:「正直に云ってごらん」
 僕:「美味しくないです」
 私:「だよねえ。私もそう思う」
 僕:「あの自信はなんだったんですか⁉︎」
 私:「いける気がしたんだ、今日は」
 僕:「そもそもこれ何ですか⁉︎」
 私:「ハンバーグだ」
 僕:「ハンバーグ⁉︎ どう見てもどう食べても岩じゃないですか! 何をしたんですか!」
 私:「ちゃんと作ったはずなんだよ? お肉を切って、野菜を混ぜて、焼いた」
 僕:「……色々と疑問はありますが、卵は?」
 私:「たまご……?」
 僕:「……わかりました、料理は僕がしますね」
 私:「なぜだ! 心配するな、これから上手くなるから!」
 僕:「不安しかないのは僕だけですか?」
 私:「大丈夫さ、ね?」
 僕:「じゃあ、こうしましょう。料理は僕が見てるところでやってください」
 私:「それだと君がしているのと変わりないじゃないか」
 僕:「でも貴方一人で作ったらこうなるでしょう?」
 私:「それはそうだが……」
 僕:「——あれ、その手、どうしたんですか」
 私:「あぁいや、これはその、趣味だ」
 僕:「趣味でそんなに絆創膏を消費しないでください! ていうか、もしかしなくてもそれ、さっき怪我したんでしょ」
 私:「……」
 僕:「ちゃんと、僕を呼んでください。良いですね?」
 私:「……わかったよ……」
 僕:「あんまり、怪我されるのも嫌なんですから……ご馳走様です」
 私:「不味くても食べてはくれるんだね、君」
 僕:「まあ、作っていただきましたし。それにそのまま捨てるのは勿体ないですから」
 私:「ふぅん……。よし! それじゃあ君は自分のすることに集中したまえ。私は洗い物をしておこう!」
 僕:「え、いいんですか?」
 私:「あぁ! 任せておくがいい」
 僕:「なんだかすみません、ありがとうございます。〆切が近くて困ってたんです」
 私:「(キャストさんの自由に狼狽えて)」
 僕:「? どうかしましたか」
 私:「あ、あああいや! ははは、何でもないさ! は、はは……」
 僕:「?」
 私:「ほ、ほら、やっておくから、君は、原稿に励みたまへ……ほほほ」
 僕:「(笑いを聞きながら)はあ……分かりました。何かあったら呼んでくださいね」
   間
 僕:「う〜ん……全然進まない……なんでこんなの書かなくちゃいけないんだろ……そういえばあの人、任せてって言ってたけど大丈夫かな?」
   皿の割れる音、悲鳴を自由に
 僕:「な、何⁉︎ なんか大きな音がしたけど……
 僕:ちょっと、大丈夫ですか!」
 私:「ん⁉︎ ああ、平気さ!」
 僕:「お皿割れてますけど⁉︎」
 私:「いや、これはその、まあ少し手が滑ってだね……」
 僕:「そんな素手で拾わないでください! また怪我しちゃいますよ!」
 私:「え?(きょと)あ、あぁ……すまない」
 僕:「あとは僕がやっておきますから、休んでてください」
 私:「ふむ……それなら、私は洗濯をしておくよ!」
 僕:「本当に大丈夫ですか?」
 私:「洗剤を入れてボタンを押すだけだろう? 心配するな!」
 僕:「信じますからね?」
 私:「おう! 私に任せなさい!」
    間
 僕:「ああ言ったけど、良いのかな……」
   課題が進まず頭を搔く
 僕:「うぅん、なんでこんなに進まないんだろ……やっぱり大学なんて行かない方が良かったんだ、無駄にお金も使っちゃって……あーあ……(ぶつぶつ)」
 私:「どうした! 何を悩んでいる!」
 僕:「うわあ! な、なんだ貴方でしたか……もう終わったんですか?」
 私:「もちろん! ばっちりさ。いやあ私もやればできるものだなあ! はっはっは!」
 僕:「洗濯ぐらいでそんなに胸を張らないでください!」
 私:「ちぇ。それで? 何をまたぶつくさ云ってるんだい」
 僕:「その、レポートがちっとも進まなくて……」
 私:「レポートごときでそんなに悩むことがあるかい?」
 僕:「ごときって、本当に難しいんですよ!」
 私:「何文字指定だい?」
 僕:「えっと、2000文字程度です」
 私:「なるほど。どれ、見せてごらん。
 私:ふん、ふん……ん……? ……んんん……? 何、え……?」
 僕:「ね、難しいでしょう?」
 私:「いや、これは、難しい云々より……うーん……や、何と云うかだね、君、あー。うん……学生の、作文としては……満点、かな。……小学生の……」
 僕:「そんなに、酷いですか?」
 私:「……ああ……」
 僕:「どれくらい酷いですか……?」
 私:「私のハンバーグくらい酷い」
 僕:「もうどうしようもないじゃないですか!」
 私:「君私のハンバーグのことそんなふうに思ってたのかい⁉︎」
 僕:「貴方が例に挙げたんじゃないですか⁉︎」
 私:「受け取り方はそれぞれだろう⁉︎ でも、まぁいい、解釈はそれでほとんど間違いないのだから……いや本当に、何をどうすればこんな文ができるんだ……?」
 僕:「毎回、出してはみるんです。でもやり直しばっかりで、やっと受け取ってもらえても全然点数なんて貰えなくて……どこが悪いのか聞いても教えてくれないですし……」
 私:「出すだけ偉いな。私なら即刻ゴミ箱に入れてるぞ」
 僕:「む……」
 私:「いやはや、これは酷い。なぜこれで今まで続けられたのか、それ以前によく大学に入れたものだね? それほど緩いところだったのか、少し羨ましいくらいだ」
 僕:「貴方、レポート書いたことあるんですか?」
 私:「いいや無いよ? 大学には行ったがレポート提出が必要ない学校だったからね! だから苦しむ学生を見て不思議に思ってた」
 僕:「か、書いたことがないのにあの言い方だったんですか……?」
 私:「そうだが?」
 僕:「…………」
 私:「ん?」
 僕:「何が、何がわかるって言うんですか!」
 私:「!」
 僕:「やったこともないのに、そんなに偉そうに云わないでください!」
 私:「どうした、少し落ち着きたまえ」
 僕:「(被せ)大体貴方、何ができるんですか! 任せてくださいって言ったのに全然できてないし、どうせお金持ちだったんでしょ、だから料理も洗い物もできなかったんですよね。勝手にやってくれるから。そんな人に僕の何がわかるんですか!」
 私:「…………」
 僕:「ほら、何か言ってみてくださいよ。どうせ僕のことなんて」
 私:「(被せ自由)何もできないよ、私は」
 僕:「……!」
 私:「その通り、家事なんてした事がない。する必要がなかったからね。でも全く、お金持ちではなかったさ。住む場所はワンルームだったし、贅沢なんてのはたまにお酒を一缶呑ませてもらう程度。人の気持ちなんてのも分からないさ。……それが?」
 僕:「それが、って……
  ……だからって、あんなふうに言わなくたって……
  ……ん……? なんか、変な音しません?」
 私:「そうかい? 洗濯機の音だろ、多分」
 僕:「いや普通あんな音なりませんって! 僕ちょっと見てきます!」
 私:「わ、私も行くよ」
   二人してドタドタ
 僕:「わああ、倒れる倒れる!」
   洗濯機を止める音
 僕:「ふぅ……」
 私:「大丈夫かい……?」
 僕:「壊れてはいないと思います。でもなんでこんな音が……」
 私:「……また、悪いことをしただろうか」
僕:「あー、そっか。いえ、これは洗濯物の入れすぎでなったことですから──よくありますよ。それ以外は大丈夫ですし、さっきまでのに比べたら。それにしても、僕こんなに溜めてたんだなぁ……ちゃんと定期的に洗わないと」
 私:「……」
僕:「とりあえず、半分ずつくらいに分けて洗おうかな──うわ、途中で止めたからぬるぬるしてる……あれ? どこ行ったんだろあの人」
 私:「せめて、私にできることと言えば。これくらいか……よし」
    間
 僕:「あ、ここに居た。何やってるんですか? 僕のパソコンで。また変なことしてるんじゃ」
 私:「君のレポートを書いている」
 僕:「えっ、ちょっと、何してるんですか!」
 私:「心配するな、君の書いていたものはしっかり保存しているし、これが気に入らなければ消せばいい」
 僕:「は、はあ……」
 私:「──まあ、人の気持ちは分からないが、人の心が無いわけじゃあない。お詫びの一つはさせてくれ」
 僕:「別に、そんなに気に負わなくたって……えっ、早い」
 私:「二〇〇〇字程度の原稿、情報収集諸々合わせて……半刻もあれば充分だ」
 僕:「すごい、どんどんできていく……!」
 私:「まだ下書きさ。これができてから、清書に入る」
 僕:「へぇ……」
 私:「初めから清書をしようとすると、上手くできずに辻褄の合わない文章になる。特にはっきりとした事実や根拠を求められるレポートではな。それと、レポートにはちゃんと書き方がある。それだけでも覚えておくといい」
 僕:「本当に、書いたことないんですよね?」
 私:「無いよ。だがどう書けばいいのかさえ知っていれば簡単だ」
 僕:「そういうものですかね……?」
私:「あぁ。──うん──こんなものだね。細かい修正は後でするとして、休憩しよう!」
 僕:「あ、何か飲みますか?」
 私:「いや平気さ。少し身体を伸ばす。うーん……。よし! 再開だ」
 僕:「え、今ので終わりですか?」
 私:「書くときは一気に書き上げてしまいたい性分でね。いや、癖なんだ。ほらあとはやっておくから、君は好きなことをしてくれたまえ」
 僕:「そうですか? でもそれは僕の課題ですし、見ておきます」
 私:「構わないが……」
 僕:「その前に、僕の飲み物淹れてきますから、貴方のも持ってきますよ」
 私:「いいのかい? すまないね!」
 僕:「あんまり無理はしないでくださいね」
 私:「あぁ。
 私:……(溜息)」
    間
 僕:「すみません、お湯を沸かしてて遅くなっちゃいました」
 私:「いいよ、むしろそろそろ終わる頃だったし、助かる」
 僕:「もうできたんですか⁉︎」
 私:「うん? こんなものだろ」
 僕:「すごいですよ! 僕なんて一週間かけても全然進まないんですから!」
 私:「それはやり方を知らなかっただけであってだね」
 僕:「それに、授業で聞く説明よりずっとわかりやすいです。やり方がわかってもすぐ書けないですよ!」
 私:「ははは、何だか落ち着かないね」
 僕:「あ、すみません、迷惑でした?」
 私:「そんなことはないさ。嬉しくなるものだよ、褒められるのは」
 僕:「良かった……あ、どうぞ、紅茶です」
 私:「ありがとう、横に置いといてくれないか?」
    少しの沈黙
 僕:「こういうお仕事、してたんですか?」
 私:「うーん……私としては、趣味のつもりだったけどね」
 僕:「?」
 私:「間違いではないよ。きっと」
 僕:「不思議な職業だったんですね」
 私:「まあね。——よし! 完成だ!」
 僕:「わああ……本当にありがとうございます!」
 私:「なに、私からのお詫びだ。と、書き上げたはいいが。君、大学続けるのかい?」
 僕:「あ、——確かに、やめないといけませんね」
 私:「まあそこは君に任せるさ。生きるも死ぬも、君次第」
 僕:「…………」
 私:「それにしても腹が減った! 夕飯を作ろう!」
 僕:「え、ちょっと! 僕が作るってお昼に言ったじゃないですか! 待って! 台所には一歩も入れませんからね!」

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