台本メモ 私の最期を(1人読み)

(こちらは別の台本メモ「日々の最期を」の1人読み私ver.です。約10分程で朗読できます)

 ——うん? あぁ、君か。こんばんは。
 なんて言っても、今初めて会ったんだけど。どうしたんだい。こんな冬に、寒い海を悠々と見下ろす崖の上まで足を運んで。
 何? 私が、飛び降りるつもりなのではと。この崖から。なぜ? ……ほうほう……何も持たず、靴を脱いで、崖のへりにまで歩みを進めるものだから……と。君は一体どこから見ていた? ……なるほど。君の家がこの近くで。観光地から逸れた細い道路の方へ見慣れない車を走らせていたから。わざわざ後を追いかけたわけだ。
 なんとも君は、好奇心が旺盛なようで。感心はするが、気をつけた方が善い。君の身を滅ぼしかねない。
 例えば君が今こうして私の前に居る。ここで私がスマートフォンをポケットから取り出して君を撮影し、君のせいで死ぬなんて言い残して崖から飛び降りたら? 君は確実に、警察の世話になるだろう。そうでなくても今そうやって見ているのだから、私の遺体が見つかれば何かしらは聞かれるだろうさ。

 さて、ここで君の目的なわけだが。もしかしなくとも、止めに来たのだろう? いや、私が飛ぶのを認めたわけじゃない。仮にだ。……ひょっとして私の思い違いだったか? 自意識過剰か。……ああ、なんだ、間違いでないようで善かった。よくはないか。
 ……ふむ……わかった。認めよう。私は死ぬつもりでここに来た。それで? 君の引き留め文句を聞こうじゃないか。車が一台道路を逸れるだけで追いかける。きっと、ここはよく自殺にでも使われるのだろう? 今まで何人止めてきた? 自信があるから、ここまで止めなかったんだろ。冥土の土産にでも聞いていこうじゃないか、言いくるめのすべを。地獄の大王の機嫌を和らげるアドバイスくらいには、なるかもしれない。

 うぅん……せっかく話してくれて悪いんだけれどさ。君それでよく今まで引き留められたものだね。悲しむ人が居る? 生きていれば、善いことがある? 生きたいのに生きられない人が? 聞き飽きたねぇ。もっと心惹かれる言葉は無いの。崖っぷちのところから離して、向かい合って座らせて。まぁ私があまり立っているのが苦手だから、これは助かるけど。——うんうん。みんな辛いけど、それでも頑張って——ああそのあとはいいよ。もうわかってる。

 ……ねえ、せっかくなんだから、君の言葉で云ったらどうなんだい? そんな街角アンケートの上位三選! みたいなこと云わないでさ。
 ……えらく珍妙な顔をするね。確かに、こんなことを聞いて回るようになればもう世も末か。何、そういうことじゃない? ならどういう顔だねそれは。本心だ、だって? 嘘をいえ、こう見えて私は心理学を齧っているのだよ? ……動揺したね。嘘だよ、そんなことこれっぽっちも勉強したことない。でもこれで君が嘘をついていたことはわかった。
 確かに心理学のことは知らないが、話術はあるのだよ。驚いたかい? 随分とまあ、面白い顔をころころするな君は。さあ聞こう。君が私を引き留める真の理由わけを。

 ——ほう——なるほど。……あっはっは! いやあ聞いてみて善かった! 私からすればそっちの方がよっぽど後ろ髪引かれる。
 ……ん? やめないよ? だって、だからといってやめる理由りゆうにはならないもの。嫌だな、私がいつ嘘をついた。あぁ、なるほど。確かに後ろ髪引かれるとは言ったが、やめる気になったとは言ってないだろう? あんまり早とちりも気を付け給え。それもまた、……何?
 ……ふふふ、そうか、こんな自殺志願者に諭されるとは思わなかったか! 生き物はね、死の淵に立つと、途端に気が大きくなるのだよ。実際私は今これ以上ないほどに晴々した心をしている——喘息の私の真横でいくら煙草を吸おうが、失態を押し付けられようが、人格を否定されようが私物を盗られようが突然手を出されようが何をされようが——全部許せるんだ。私のこの心は、今日こんにちの日向ぼっこを推奨しない空に反して、清々しく晴れ渡っているのだ。今すぐにでも開けっ広げて、君に見せてやりたいくらいだよ。あの雲の向こうよりも青く宇宙よりも無限に広がるここを。と、お喋りがすぎた。

 そろそろ本格的に暗くなる。今のうちならまだ言い訳がきくだろう、良い子は早く帰り給え。いや、悪い子でも帰りなさい。……どうした、ほら、なんとかほじょとやらの罪に問われたくないだろ? ……ほうじょでもドードーでも候でもなんでもいい。君はここに来なかった。車が道を逸れるのは見たが、土地の関係者だと思っていた。いいね?
 ——強情だな。そこまでして引き留める必要もないだろう? 何、一目惚れでもしたかい? ははははは、随分と慌てる。初々しいものだ。
 あ、あ、否定はしないんだね。……君は善いのかい? 私が飛び降りても。いや、駄目だからこうしているのか。もう策はない? じゃあ、今から私は飛ぶけれど、これが最後だ。おうちに帰りな。

 (鼻歌)

 ——。何、この手。まさか一緒に飛ぼうだなんて心中めいたこと考えたりするまい? え、ちょっ、なんだいその顔。おい泣くんじゃない。私が困る。……ははあ、なるほど、また嘘をついていたんだな? いや、あの言葉の延長線がそれか。待っていたわけだ?
 あのね、私が言えたことではないが、滅多なこと考えるもんじゃあないよ。……。君、家族は? 一人暮らしか。なるほどね。

 じゃあこうしよう。これから私と暮らすんだ。料理洗濯掃除なんでもやってやろう! この私が世話をしてあげるんだぞ? 手伝ってやるから、身の回りを片付けるんだ。そうして君の準備が出来次第、ここから飛ぼう。
 出会った時と同じ場所で死ぬ。なかなかロマンチックじゃないか!
 ん? なに、もう死ぬつもりだったんだ。今もそうだけど。最後くらい誰かの役には立ちたいのだよ。どうせ何もかも捨てた、いつ死のうが一緒なのさ。君の決心がついたら、一緒に死ぬよ。私の四分の三オンスを、君にやる。

 ——さ! そうと決まれば帰るぞ! どこって、君の家だよ。ほら、私の車に乗せてやるから案内して! あぁあとさ、君、お酒強い? 何、家にない? あー、なら近くで買おう。何かある? コンビニとか……よし、決まり。帰ったらまずは乾杯だ!

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