「見たものから聞いたものまで」
8月8日。夏エリアにて出現したマギアビーストを確認するため、4人のドールが出撃した。戦闘は滞りなく終わり、全員無事に帰還。其の後、内3人は帰宅為るのを見届けると、残りの1人、イヌイは武器庫へと消えていく魔機構獣対策本部の主、アスナロを追うのだった。
イヌイが武器庫へ足を踏み入れると、アスナロが床をめくって梯子を下りていく様子が見える。イヌイは以前、其の場所へ降りたことがあった。其処で奇妙な模様と機械のようなものを見たのは、記憶に新しい。
梯子を降り切ると、先に降りていたアスナロが回収した剣を布で拭い、何処かへ入れているのが見えた。イヌイは少し目を凝らしてみるものの、部屋は暗くてよく見えない。
「……それ、何したはるンです?」
「? 手入れと……解析らしいが……」
「何に入れたん……?」
「機械だが……どうかしたのかい?」
「はあ、機械……触らんさかい、見てもよろしい?」
「? 構わないよ?」
以前降りた際に見た大きな箱は、矢張り何かの機械で違いなかったらしい。少し経つと、箱の寄せられた壁が光り、何かの記号を映し出した。壁には『Analysis in progress』とある。
「……ほ〜〜……」
イヌイは其れが文字であることも理解できないままに、暫く壁を眺めていた。
「…………そや。説明書。ありました?」
「あったよ、この中に」
そう言ってアスナロは光っている壁を指差す。イヌイは壁をよく見るが、其れらしきものは見当たらない。
「……中?」
「ああ」
「出せへんの?」
「???」
「や、そやから……こん中なんやろ? 出さんのです?」
「?必要はないが」
「うん……?」
必要はない、というからには、今映されている模様が説明書なのだろうか、とイヌイは考える。然し、どれだけ見ても矢張り模様の意味は理解できなかった。
更によく見ていると、壁の模様が変わる。『Analysis Complete』と映された後、箱は音を発しながら、下の方から1枚の紙を吐き出した。
「…………」
イヌイが紙を拾い確認してみると『影狐魔機構獣』と書かれている。
「……ほーん?」
「定義されたみたいだね」
「……その。今ここに書かれとるやつ。あたくしには読めへんのやけど、あんさんは読めるのです?」
「ああ」
「へぇ。……もし良かったらおせていただけません?」
「構わないが」
「おおきに」
再びイヌイが壁に目を向けると、其処には『Standby.』と書かれていた。
「ほたら、えー……と、まずこの壁にあるやつは?」
「待機中という意味らしい」
「…………あ、ちょい待って、紙とペン取ってきます」
一瞬頭で覚えようと試みたイヌイであったが、直ぐに辞めて1度梯子を上がる。5分程して戻ってくると、其の手には紙とペンが握られていた。イヌイは壁の文字を丁寧に書き写した後、再び口を開く。
「ちなみにその、読み方とかは……?」
「読み……方?」
「ぅん??」
聞き返す素振りを見せる辺り、アスナロもよく知っているわけではないらしい。
「……あれか、あんさんも教わった感じか……どなたから聞いた?」
「ナギだ」
ナギ。其の名前をイヌイは耳にしたことがあった。
「あぁ、あの仮想戦闘? で聞いた事あるお名前。その子やったら知っとるンです?」
「???」
「ナギって名前のモンやったら知っとるんかって」
「そうだろうな……」
「なるほどね、わかりました」
仮想戦闘を実施した際、ナビゲーターとして声を届ける者がいる。彼女……おそらく彼女。が、ナギと名乗ったのだ。
そんなことを思い出しながら、イヌイは先日新しく取得した魔術を使用する。再現魔術と言い、一定時間前の景色を片目に映し出すものらしい。本人の記憶ではなく、景色の記憶だ。一定時間、がどの程度のものかは分からないが、使用した時イヌイの片目には、何の模様も無い真っ暗な空間が映っていた。降りた時からこうなった瞬間は無い、つまり其れより前の時間になる。暫く見続けていると、魔術を使用した方の目にアスナロが映り込んだ。遅れて梯子を降りるイヌイ自身の姿も、確認できる。然して、発光する過去の壁を確認すると、イヌイは急いで其の模様を紙に書き写した。
「……一応聞きますけど、こっちの意味とかわかったりします?」
「さぁ……? 気にする必要はないらしい」
「あら、知らんのですね」
「知らなくてもいいらしい」
「ほーん……? ま、ええわ。あたくしは知りたいさかい、聞きに行きます」
「? そうなのか」
「ここですることって、これで終わりです?」
「そうだが」
「ほな、一旦帰りますわ」
「わかった、気を付けて帰ってくれ」
特にイヌイも深く言及せず、大人しく寮へと帰った。
__________________
数週間後、クラス対抗PGPが開催されて直ぐの日。自室の椅子に座り軽く揺らしながら紙を眺めていたイヌイは、他に何も居ないはずの空間で口を開く。
「…………センセーはん、居ります?」
すると、どこからともなく端末型教師が現れた。
「はい、何でしょうか」
「やっぱ出てくるのよなぁ……」
椅子ごと教師に向き直ったイヌイは、再び椅子を揺らす。
箱庭に存在する教師なるものは、基本的に生徒が呼べばどんな場所でも即座に現れる。……過去に1度、イヌイが呼んだ際に現れなかったことがあるのだが、単に都合が悪かったのだろう。
「センセーはんて、呼んだら大体すぐ来はるけども、何? どこにでも居るンです?」
「いないところには居ません」
「ほーん、例えば?」
「箱庭の外には行けません」
「あぁそういう……中は?」
「キミ達が行ける場所なら行けます」
話しぶりを聞くに、箱庭内であればどの場所にも移動が可能らしい。
「……なんやろね、行くっちゅうよりずっと居るって感じなのやけど。あたくしが行く場所にたまたま居ったンです?」
「キミがいる場所は分かります。だから呼ばれたらすぐに行けます」
「ほーん……? どないしてわかったはるの?」
「ドールが知る必要はありません」
秘密主義というよりは、ドールという存在をかなり下に見た発言ではある。然しそんなことを今更気にしても仕方がないと、イヌイは質問を続けた。
「……あー、ほな、話しとる言葉やらは聞いてるんです?」
「ドールが知る必要はありません」
「聞いとるか聞いとらんのかて言うてるンですわ。どないしてやのうて」
「聞いています。聞こえなければ呼ばれても来れません」
「全部?」
「聞いています」
「さいですか……まぁええわ、聞きたいンはそれとちゃうし」
自身の携帯端末を開き、寮の地図を眺めながらイヌイは更に続ける。
「ドールの廃棄、ってあるやろ。あれやった時、その子の持ちもんてどないしたはるンどす?」
「廃棄処分されます」
「全部一緒に?」
「廃棄できるものは全て廃棄します」
「できんモンは? ……絶対壊せへんモンとか」
少し、引っ掛かっていることがイヌイにはあった。以前からドールに不定期で配布される『マギアレリック』なるものが存在する。性能は様々だが、敢えて2種類に分けるとするなら、破壊可能なものと破壊不可なもの、だろう。破壊不可なものに関しては、何をしても傷1つ付くことはないらしい。
持ち物を全て廃棄するのであれば、其の中にそういった破壊不可のものが紛れていた場合どうなるのかと、気になっていたのだ。
「その情報にはプロテクトがかかっています」
教師から発せられた音声を、イヌイは耳にしたことがあった。教師ではなく生徒……シャロンからではあったが、同じ音声だ。この音声、プロテクト、が掛けられた部分は、どう伝えようと分からない者には分からない。
どうにか聞き取れないものかと、イヌイは何度も繰り返し聞き直す。
「……もっかい言って」
「その情報にはプロテクトがかかっています」
「もっかい」
「その情報にはプロテクトがかかっています」
「ぷろてくと、てやつ取って。もっかい」
「その情報にはプロテクトがかかっています」
「取れるやろ。言うてみ」
「その情報にはプロテクトがかかっています」
「もっかい!!」
「その情報にはプロテクトがかかっています」
「そのぷろてくとてやつどないしたら取れんねん!」
「その情報にはプロテクトがかかっていません」
「ま〜〜たぷろてく……ん?」
聞けど聞けど同じ答えに嫌気が差した頃、不図文末の変わった返答が教師から出た。
「今なんて?」
「その情報にはプロテクトがかかっていません」
「かかってない?? ほな言えるンです?」
「最終ミッションを達成すれば取れる可能性があります」
最終ミッションと聞いて、少し明るくなったイヌイの表情が再び曇る。
「……あ〜……そういう……」
「他に質問はありますか」
「特には……や、待って、あります」
「何でしょうか」
「この……今やっとるクラス対抗……なんたらいうのんでもありますけども、これ、なんて?」
イヌイは携帯端末に映る地図を閉じて、ガーデンからのお知らせを開く。然して『クラス対抗PGP』のPGP部分を差して訊ねた。
「ぴーじーぴーです」
「こっちがぴーで、こっちがじーな……なんか、こういう文字があるンどす?」
「これはアルファベットと呼ばれる文字です」
「あるはべっと……ぴーとじー以外の文字はあります?」
「あります」
「見せていただけません?」
「これが一覧表です」
然う言って教師はアルファベットの書かれた紙を渡す。紙には、A〜Zの大文字のみが記載されていた。イヌイは其の紙を一瞥すると、何か、違和感を覚える。
「……えぇ、と。読み方おせていただけます? 全部」
「分かりました」
と言って教師は順番に読み方を読み上げる。時折聞き返しながらイヌイは書き終えたが、矢張り違和感は拭えない。
「おおきに……ほんまにこれで全部?」
「ドールが知れる範囲はここまでです」
「やっぱあるのやね、もっと」
確かに、自身が見たものも其の表には入っていた。が、そうであるならば、おかしいことがあるのだ。
「……例えばやけども、これ、なんて読むンです?」
イヌイは、以前対抗本部の武器庫にて見た『模様』を書き写した紙を教師に見せる。
「ドールが知る必要はありません」
「それはあんさんが判断することやあらへんやろ? あたくしには必要です」
「ドールが知る必要はありません。これ以上質問がなければ帰ります」
「……お上手なのやねぇ、辞書の真似……知らんだけなんとちゃいます?」
「もう質問はないようですね。それでは」
まともに取り合う気は無いらしい。立ち去ろうとする教師を見てイヌイは「最後に」と引き止めた。
「何でしょうか」
「今あたくしの考えとることも、わかります?」
「分かりません」
「思っとることまでは、わからんのやね」
「はい」
「なるほどな……おおきに、帰ってもええよ」
「それでは」
と言うと、教師はイヌイの部屋から姿を消す。静寂の広がる中、手に残った紙をイヌイはじっと眺めていた。
「……やる気出んさかい行かんかったけど、行ってみますか……」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?