ディストピア3-4

我々は気づくと、購買の常連客のようになっていた。何かを買うわけではなく、ただ購買のおばちゃんと話すためだけに我々は訪れていた。どうしてかと聞かれるがわからない。純粋におばちゃんとの会話を楽しんでいたという理由でもある気がするし、セントラルエリアという自分たちのたまり場にたまたま、購買があったという理由でもある気がする。
私はこの日も、放課後になるとおばちゃんと話をした。すると購買のあるスペースにこんな張り紙があるのを見つけた
囲碁将棋部の○○君が全国大会に出場!
「おばちゃん、この囲碁将棋部のやつって本当なんですか?」
「ああ、これは本当だよぉ」
「へぇー」
このときは同じ学校から全国大会に出た人間がいたんだなぐらいの認識しかなかったのだが、これが後にとんでもない事態を引き起こすこととなる。

中学三年生のとき、修学旅行というわけではないのだが、大分県に二泊三日で宿泊するというイベントがあった。グリーンスクールというイベントで内容は山登りとかキャンプファイヤーとかをしていたと記憶している。その中で、クラスごとに催し物を考えるというのがあって、今年は各クラス、ダンスをするというのが決まった。踊る人と歌う人を分けなければいけないのだが、大抵の人は踊る。そんな中、同じクラスの松岡が歌い手を担うこととなったのである。ここまでは良かった。しかし、ここから話は大きくなる。
 当然、松岡も購買のおばちゃんと仲が良かった。そのため、松岡がグリーンスクールにて歌い手を担うということをおばちゃんに報告した。我々はクラスの嶋立や原島、富岡などと共にその報告を行ったのだが、あるとき嶋立が突然わけのわからないことを言い出した。
「おばちゃん、松岡は実は、のど自慢の全国大会に出るんですよ。」
「それ、本当?」
おばちゃんはいぶかし気な顔をして、半信半疑で我々の話を聞いていた。
「本当ですよ。」
嶋立が答えた。
「まーた、嘘なんじゃないの?」
「いや、おばちゃん、、これはガチです」
当然、この日は松岡がのど自慢大会に出たということが嘘であることを見破られた。しかし、水滴でも時間を懸ければ石を穿つ。我々は時間を使い、ときには悪ふざけをしそうにない人なども利用して何度も、「松岡がのど自慢大会に出た」という嘘を刷り込んでいったのである。人間の脳というのは実に不思議だ。嘘でも、根気よく本当だと主張すれば相手をだますことは可能なのである。
日を跨ぐと、購買の囲碁将棋部の人の張り紙の横に新たに、こんなものが追加されていた。
三年生の松岡君、のど自慢大会に出場。
ついにきた。この日をどれだけ待ったことか。
我々はおばちゃんから信頼を勝ち取ることができたのである。それだけではない。同学年の女子や他学年の人間の中で松岡を知っている者たちも、彼がのど自慢大会に出場するという嘘を信じていた。
 しばらく経ったとき、帰りのホームルームで担任の石川先生が「ちょっと話がある」と言って、クラスの人間を集めた。
誰かが何かをやらかしたのか
クラスメートのほとんどの人間がそう思っていた。どちらにせよ、放課後に拘束されるのは面倒だなと思っていたとき、教師が口を開いた。
「購買の人に松岡君がのど自慢大会に出るという嘘をついたのは誰ですか?」
「…」
みんなだんまりしていた。自分が犯人であることを名乗り出るのが嫌だから、みんな黙っていたというわけではない。全員が犯人であるからこそ、名乗り出ることができなかったのである。
「あなたたちは、一人の大人をだましたんですよ。これって、購買の人に対して非常に失礼ですよね?完全に大人のことを馬鹿にしてますよね?」
教師は怒っていた。はっきりとは覚えていないが、この後も何らかの指導が続いたはずである。しかし、私は残念ながら覚えていない。ただ、今考えると石川先生の言っていることは至極真っ当である。
「それに、松岡君をつるしあげて、ああいう場所で笑いの種にするのって、いじめの可能性もありますよね?それは、どうなの?松岡君。」
「いやー、そこは正直、僕も一緒になってふざけていたところがあるので、いじめとかではありません。」
「おまえだとしたらさぁ…」
たしか、こんな感じの内容で指導は続いた。この場を借りて、読者に伝えたいことがある。これまで、人間ジェンガや異臭室閉じ込め、のど自慢大会の件などを見ていると、我々があたかも特定の人間をまるで玩具のように扱っていて、誰かをいじめているのではないかと解釈してしまうかもしれない。しかし、はっきり言っておくが、それは違う。というのも、私の学校では誰もが標的になっていたのだ。玉木や酒谷、松岡だけじゃなく、私や原島、神本だって人間ジェンガの下敷きになることや金玉を誰かから殴打されることは往々にしてあった。ただ、特筆すべき面白い事象というのが起こったときのターゲットというのが、どういうわけか一貫していただけなのである。
 指導が終わり、我々がおばちゃんに謝罪をしにいった。そのときに購買の中を見渡したのだが、のど自慢大会の張り紙は外されていた。また、囲碁将棋部が全国大会に出場したという張り紙も外されていた。これに関しては気の毒だなと加害者ながらに感じた。ちなみに、この一件以来、我々とおばちゃんの親睦は少しばかり、浅くなってしまった。

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