ディストピア2-2

人間のエネルギーというのは常に発散の糸口を探しているものなのか。小学生や中学生ははっきりいって元気がいい。大学生や高校生、私の感覚では35歳くらいまでは若いと言える。だが、休み時間になるたびに暴れようとする中学生のエネルギーにはしばしば驚嘆に値するものがあると私は思っている。

 クラスの雰囲気は良かった。あっという間にみんな仲良くなり、我々のクラスにはカーストというものすら存在しなかった。といっても、いじられキャラは複数人存在していた。その中でもひときわ目立っていたのが玉木である。そして、彼をよく「遊びの対象」として扱っていたのは原島であった。彼は一年生のときからクラスのボス的な存在に君臨しており、富岡が起こす奇行の八割は彼の指示によるものであったのだ。ある日、授業が終わると、私はいつものように教室の後ろ方にある、ロッカーと机の間のスペースで遊んでいた。たった10分しかない休み時間ではあったが、クラスのほとんどの人間が遊んでいた。もちろん、次の授業準備などそっちのけで遊んでいた。私がクラスメイトと話していると、突然、玉木が教室に寝転がった。最初はそれ以外に特に何も起こらなったのだが、彼の上に、吉川という背の低い、小柄の男が乗ってからすべての歯車が動き出した。重なり合う二人の男子の上に、さらにもう一人の男が乗った。すると、それに続き、また一人、男が乗った。
あ、これはもしかして…
私は一抹の不安を感じた。下にいる玉木の表情をみると、のしかかった体重に圧迫されて苦しそうであった。しかし、そんな彼のことなど、誰も見ておらず、一人、また一人と積み重なっていった。気づくと、私も積み重なっていた。結果的に七人ほどが彼の上に乗っていたと思う。単純に一人の体重が50kgだと想定しても玉木には350kgの負荷がかかっていたことになる。
人間によって作られたタワーは重さによって徐々にぐらつき始めていた。私は自分の体に悪寒が走るのを感じた。
もし、このままこの人間タワーが崩れたら人と人とがぶつかり合い、とんでもないことになるのではないか。
下の玉木はうめき声をあげていた。教室は騒がしくなってきた。今にも崩れそうな人間タワーを見物しようと近くには人だかりができ始めていた。よく見てみると、その中に原島がいた。先ほどまで玉木と遊んでいたにも関わらず、彼は安全なところで傍観していたのである。いや、彼はしていたのは傍観だけではなかった。下の方で苦しむ玉木辰吉をみて一人、爆笑していたのだ。
悪魔がおりなするわ…。
驚愕した。私には原島が「賭博黙示録カイジ」に出てくるデスゲームを楽しむ大人たちに見えて仕方無かった。だが、本当の悪魔は彼ではなかった。七人もの人が積み重なったタワーは徐々に不安定になっており、あと一人乗ると、崩れることは誰の目から見ても自明であった。もう、誰も乗ってこないだろう。私がそう思っていた矢先、一人の男が乗った。
神本である。それに彼は単に乗っただけではない。まるでトランポリンでもしているかのように飛び跳ねていた。
「あああああああああああああ」
教室に玉木の叫び声が響き渡り、彼の上に乗っていた七人の男たちは一気に瓦解した。教室の後方は人によって足の踏み場がなくなっていた。

昼休み。先ほどの休み時間に行った人間ピラミッドが面白かったのか。原島が玉木に対して床に寝ることを指示していた。当然、寝転がることを彼は拒否したのだが、原島の方も簡単には引き下がらなかった。
「だって痛いもん」
「いや、お、ね、が、い」
しつこく懇願しても、玉木は寝転がってくれそうになかった。すると、悪魔のささやきが彼の耳元に訪れた。
「寝転がらんと、○○さんにお前がすきってこと伝えるぞ」
完全なる脅しである。脅しであるため、本当のところは無視しても差し支えはない。しかし、この学校は、ときに、校長の話の最中に手拍子をしたり、担任にたいして舌打ちするようなとんでもないことをしでかすポテンシャルをもった人間の集まりであったため、玉木は仕方なく、床に寝転んだ。そうすると、あとは先ほどと同じである。複数人の人間が水を得た魚のように溌剌とした状態で積み重なっていった。今回も七人ほど積み重なり、下では玉木がもだえ苦しんでいた。だが、前回とは違うことが起こってしまったのである。人が積み重なって、もうこれ以上誰も乗ることができないとなったとき、原島が突然、最下層にいる玉木の手を引っ張り始めた。
「人間ジェンガや!」
ジェンガ、それは同サイズの直方体のパーツを組んで作ったタワーから崩さないように注意し片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる動作を交代で行うゲームである。
原島はこれを、人間を以てして行おうとしていたのである。想像してみてほしい。あなたの体に350kg分の力が上と下からかかっているときに横方向に引っ張られるときの痛みを恐らく、想像もできないほどのものである。レベル1の拷問という言葉がお似合いの状況であると私は思っている。
「痛い痛い痛い痛い痛い」
玉木はかすられるような声で悲鳴を上げていた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
それとは対照的に、原島の甲高い笑い声が響き渡った。よく見ると、笑っているのは原島だけではなく、神本やその他の人間も苦しむ玉木の様子をみて笑っていた。
狂気。この言葉が私の頭の中を埋め尽くした。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
男たちに引っ張られ、押しつぶされている玉木のことなどお構いなしに神本が笑いながら人間ジェンガの上に飛び乗った。それによってキャパシティがオーバーしたのか、八人の男たちが床に、バラバラに広がった。先ほどまであった人間がジェンは崩れてしまったのである。
つまり、今回のジェンガは神本の負けということである。

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