ディストピア2-4

夏になると、食中毒の注意喚起がテレビでよく行われている。特に海鮮系や野菜によって食中毒は引き起こされる。弁当には保冷剤を入れることが多くなる。でも、偶に保冷剤を入れていても弁当の中身の一部が腐ってしまうこともある。おそらく、温度というより食材自体に問題があるのだろう。そんなことを思わせるような出来事が七月の初旬、晴れて、夏真っ盛りだった2018年の昼下がりに起こった。

私は授業が終わると、トイレで用を足した。手を洗い、鞄から弁当を取り出すと友人と机を引っ付けて弁当を食べ始めた。7個ほどの机を引っ付けて十人近くの人間とともに四角形の形を作ってご飯を食べた。夏であったため、みんなの弁当袋の中には保冷剤が2.3個ほど入っていた。四時間目に英語の授業をし、提出物を整理していた服田を前に、私はおかずのチキンを食べていた。
 「今日も人間ジェンガやるんかな」
横にいた神本がつぶやいた。
「さあね、でも下になるのは嫌だな。俺、下になったことあるけど重さで内臓が飛び出しそうな感じがするんだよ」
「あははははははははははは」
あのとき以来、誰かが床に横たわると必ず人間ジェンガが始まった。一番下にいる人間は必ずしも玉木というわけではなくなっており、様々な人が最下層の苦痛を味わうようになっていた。
昼食を食べ始めてしばらく経ったとき、教室にいたほとんどの人間が異臭を感じた。 何かが腐ったような、食事中には匂いたくのない、嫌な臭いだった。
「何かくさくない?」
神本が小さな声で言った。
「たしかに、なんか臭い」
「うん」
「何かが腐ったときの匂いがする」
近くで食べていた他の人間も臭いについて言及し始めていた。
「内田の弁当から臭いがしてる」
内田という、眼鏡をかけた老婆のような見た目をした男の横に座っていた富岡が言った。
すると、彼は内田の弁当に顔を近づけ、臭いを嗅いだ。
「うわ、やっぱり内田の弁当や!」
「まじ!?」
「本当に!?」
彼に続き、一緒に食べていた何人かが弁当を順繰りに臭った。私自身もそうだった。確かに彼の弁当からは異臭というか、何日間も放置した台所の三角コーナーから臭ってくるような臭いがした。
「内田の弁当臭いな」
我々は内田の弁当について話していた。すると、教卓でずっと作業をしていた服田が口を開いた。
「お前らどうした?」
こちらに目をむけて、怪訝な顔つきをしていた。
「いや、内田の弁当が臭いんですよ」
富岡が笑いながらいうと、彼はキレた
「内田の弁当を臭いとか言うな!」
教師の怒号は教室中を駆け巡り、さっきまで笑っていた全員が黙りこくってしまった。すると、服田は説教を始めた。
「お前ら、その弁当は内田のお母さんが朝早く起きてつくった弁当なんだぞ、それを臭いとか言ったら内田の親に失礼やろうが」
その場にいた、全員が納得した。確かに、自分が朝早く起きて作った弁当が自分の知らないところで年端もいかないガキに侮辱されていたと考えるといい気はしなかった。
「ちょっと内田の弁当をもってこい、絶対臭くないから」
担任がそういうと、内田は立ち上がり、教卓の上に弁当を置いた。私はクラス中の「内田の弁当が臭い」というメインストリームの意見にたった一人で逆らおうとする担任の姿が格好良く見えた。
「どれが臭いんや?」
「わかりません、このチキンじゃないかなと思います。」
内田が答えると、彼はチキンを鼻元に持っていった。
「うわくっさ!」
彼がチキンを鼻元にもっていき、臭いというまで一秒ほどもなかった。おそらく0,1秒くらいしか無かっただろう。
我々は爆笑した。さきほどまで内田の弁当のことで説教を垂れていた人間がほんの数秒で内田の弁当を臭いといった、その“ちぐはぐさ”が面白くてたまらなかった。手のひら返しという言葉の具体例として辞書に乗せることができるくらいの態度の豹変であった。
「内田、このチキン腐ってるぞ!」
「いやー、まぁはい」
内田は彼の様子に困惑したのか、笑っていた。内田は席に戻ると、腐っていたと思われるチキンを脇において弁当を食べ始めた。我々も、笑いながら弁当を食べ始めた。
私の記憶が正しければ、服田が生徒ともにふざけるようになったのはこの頃からだったような気がする。

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