タクンタ・エスコバル3

 タクンタは大宮と横浜を往復するようになった。毎月入ってくる1000万円を使って、建築事業を立ち上げ、路頭に迷っているゴロツキ達を吸収していった。金にならないシノギだったが、タクンタは手を抜かなかった。彼には経営の才覚がないし、建設業の知識もない。ただ、タクンタはその弱い部分をさらけ出すことで、人望を得ていった。
 「ヒロキ、海幸会のやつらの尾行に気をつけろよ。園森が尾行されている」
 「兄弟も気をつけてくださいね」
 「ああ」
タクンタはヒロキと共に、居酒屋で焼き鳥を食べていた。ここ最近、海幸会の者と思われる人間が園森を尾行しているらしかった。
海幸組は横浜や新宿、渋谷などの利権を巡りあって、十藤会と抗争を繰り広げていた。もともと、横浜と大宮は海幸会のシマだった。だが抗争を停戦した際の分割統治案によって、渋谷を引き渡す代わりに横浜と大宮は柴山組のシマになった。タクンタがトンネルの利権を譲渡してから、柴山組のシノギは上がった。ただ、海幸会はそれを黙って見過ごさなかった。
店に入ったときから、タクンタとヒロキはずっと視線を感じていた。後ろを振り返ったりトイレに何回も行ったりして、辺りを警戒した。今夜は一人にならない方がいいと思った。酒はほどほどにした。ご飯を食べ終えると、勘定を済ませて、家に帰ろうとした。人気のない住宅街を通ると、ふたりは駐車場に着いた。ポケットから車の鍵を取り出したとき、物陰から複数人の男たちが出てきた。タクンタとヒロキがスーツの内ポケットに手を入れると、
「下手な真似はよせよ、弾と命が飛んでいくぞ」
と、ドスの効いた声が後ろから聴こえてきた。七三分けをした四十代くらいの男が、ゆっくりと後ろから近づいてきている
「だれですか?」
「海幸会の松本孝弘だ」
「何の用すか?」
「おたくのとこの園森さんが、あなたのお友達だときいてね。いい景色を見たいとか言って、お前に会いたがっているんだ」
「明日会うので結構です」
「お前に断る選択肢はねぇよ。今すぐ、俺たちにトンネルの場所を教えろ」
松本は眉間にグッと皺をよせて、殺気を放った。
 「俺たちは何も知りません」
 「知らねぇわけねーだろ。横浜でお前を何度もみたぞ」
 タクンタはそう言われると、黙った。逃げることをあきらめた。ヒロキが金を払うから終わりにしてくださいと言ったが、松本は聞く耳を持たない。
タクンタとヒロキは車に乗せられた。二人は多摩の奥地にある山に連れていかれた。野犬すらいないような静かな山に着き、車から降ろされると、園森が手足を縛られたまま椅子に括り付けられているのが見えた。手足の爪の間にはカッターナイフが刺さっており、アキレス腱が切られていた。彼はひゅうひゅうという音を漏らしながら微かに息をしている。それをみていると、二人は地面に跪かされた。
「こうなりたくなかったら、今すぐにトンネルの場所を教えろ」
「何度聞いても同じですよ、俺たちは何も知りません」
タクンタはシラを切り続けた。すると、松本はヒロキの顔面を鉄棒で殴った。ヒロキは顔を下ろして悶えた。仲間の心配をしていると、タクンタも鉄棒で顔を殴られ、歯が口から飛び出た。
「とぼけるんじゃねぇ。お前らが二トンのコカインを運んでることはめくれてるんだよ」
「園森さんが何を言ったかは知りませんが、俺は関係ありません。俺の副責任者は名目上のものでしかありません。何がどこにあるのか、実際に二トンのコカインを運べるのかすらもわかりません」
「おい、タクンタ!自分だけ助かろうとするなよ」
園森が急に叫ぶ。
「どうなんだ?このままだと、お前ら全員死ぬぞ」
「さっさと吐けよ!だいたい、俺の居場所をこいつらに言ったのはお前だろ?」
こいつ、俺の居場所を吐いたくせに偉そうにしやがって
タクンタは自分の身を案じてばかりの園森に呆れた。儲けだけはしっかりと貰うが、いざとなると部下のことを助けない。ヤクザが仁義を重んじるというのは、タクンタからしてみると、本当の極道の世界を知らないものたちの戯言でしかなかった。
園森の顔面に松本は石を投げつけた。片目がつぶれ、血が飛び散った。しびれをきらした松本は銃の安全装置を解除した。
「よし。十秒だけお前に時間を与えてやる。今すぐに吐け」
タクンタと松本の間に緊張が走った。しかし、タクンタは全く怯まずに、やれるもんなら殺してみろよと言って、睨み返した。その顔はまるで、死を覚悟した兵隊のようだった。10,9,8...と、カウントダウンが始まったところで、誰もいないはずの山奥から車の音が聴こえてきた。音はこちらに向かってどんどん近づいてくる。やがてライトが見え始めた。
「もたもたしていると、お前だけじゃなくて、これから運ばれてくるお前の友達も死ぬぞ」
ノリヒロが運ばれてきたのかと思ったが、車は松本のいる方向に向かって突っ込んでくる。彼の周囲にいた二人の男をひき殺した。車のドアが開き、中から三人の若者が出てきた。
銃撃戦になった。タクンタとヒロキは近くにあった岩陰に隠れた。男たちの怒号と銃声が、山に響き渡った。数分経つと、あたり一帯は嵐が去ったかのように静かになった。肩から血を流した男とスキンヘッドの男が、こちらに走ってくるのが見えた。
 「タクンタさん、ヒロキさん、お怪我はありませんか?」
 「どう考えても、怪我してるだろ」
と、ヒロキがぶしつけに言った。
 「すみません、今から縄をほどきますね」
男たちはタクンタとヒロキを縛っていた縄をナイフで切った。二人は部下になったばかりの船橋と浅野だった。彼らは位置情報から、タクンタたちが奥多摩に向かっていることを知り、事務所から高速道路を使ってここまで来た。縄が解かれると、タクンタはさきほどの銃撃で死んだ仲間に合掌した。
「こいつ、止めたんですけど…」
「ああ。俺のためにわざわざ命をはってくれたんだな」
タクンタはごめんなと、小さくつぶやいて死体の瞼をそっと閉めた。近くにあった花を摘んで、死体に添えた。
「おい、タクンタ。これはどういうことだ。お前らの中に俺の居場所をうたったやつがいるのか?」
椅子に座ったままの園森がこちらをにらんでいる。タクンタは松本の死体から拳銃を取って、五メートル先にいる園森の方に向けた。
 「何のつもりだよ。」
 「ヤクザ者が口を割るってどうなんですか?」
 「今すぐ、梶木と吉森を呼べ。柴山組長に報告だ。戦争がはじまるぞ」
 タクンタは園森に近づき、彼の顔に拳銃を押し当てた。
 「ソフィアとマフィアは一文字違い。絵を描いていたのは俺ですよ。だいたい、あんなトンネルを素直に渡すわけないでしょ」
二発の銃声が鳴った。川のほとりに八つの死体が転がっていた。タクンタは胸ポケットからシルクのハンカチを取り出した。9mm拳銃を丁寧に拭くと、もとの場所に置いた。四人は夜空の下で、遠くにある山を見つめた。どこからか、狼の鳴き声が聴こえてきた。
 「ヒロキ、頂点まで上り詰めるぞ」
タクンタがそう言うと、四人は前だけをみて歩いていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?