ディストピア2-11

二日目の昼を過ぎたあたり、我々は昼食を済ませると、貸し切りバスで平和記念公園へと向かった。バスの道中でハイビスカスやサトウキビなど沖縄特有の植物が車窓から見え、ガイドの女性がそれらの生態や歴史などをつまびらかに語っていた。
駐車場に到着すると、バスを降り、平和記念資料館に入った。資料館の中には沖縄戦によって命を失ったり、傷を負ったりした人々の声や生きた証が写真や遺留品と共に生生しく語られていた。外にあった黒い碑石に刻まれた犠牲者の数は圧巻で、数字でしか認識してこなかった沖縄戦の死者と言うものが、よりリアリティをもって我々の胸の裡に迫ってきた。
「あいつらはここに来た意味がない」
観光をしていると、服田の怒声が微かに聞こえた。
「なんで服田先生は怒っているの?」
事情が分からなかった私は横にいた神本に質問した。
「原島や山際たちが不謹慎なことをいって笑っていたからだよ」
「まじで!?」
驚愕した。原島や山際は出会ったときから人の心があるかどうか疑わしい人間ではあったが、まさか沖縄の平和記念公園という地に足を付けながら不謹慎ネタを言うことができるほどの人間だとは思っていなかった。
原島たちへの説教ホテル帰るまでのバスの中でも続いていた。それもそのはずである。彼らを含めた迷治学園生は平和学習という目的で沖縄に来たのであるからだ。
空はそのほとんどが雲で覆われており、数十分に一回のペースで雲の隙間から太陽が顔を出していた。
バスは予定よりも早くホテルに到着した。そのため、教師からの提案で付近にある海で遊ぶことになった。急遽決まったアウトドアなイベントにクラスメート一同は心を躍らせていた。そして、私もその一人であった。
吉岡や原島がズボンの裾を膝辺りまでまくり、海に入ろうとしていた。私は神本と共に寄せては返す波を呆然と観ていた。すると、右側からわけのわからないやりとりが聞こえてきた。
「はい、お前うんこ伊藤」
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10 はい、ダブルうんこ伊藤」
振り返ってみると、山際と原島がじゃれあっていた。彼らの遊びが理解できなかったものの、「うんこ伊藤」について興味を抱いた私は質問をしてみた。
「ねぇ、山際、うんこ伊藤ってなに?」
原島と遊んでいた手をとめ、彼は私の方に体を向けて答えた。
「え、お前うんこ伊藤知らんの~?」
なぜか、人のことを軽蔑したようなトーンで言われた。
「うん、知らん」
「うんこ伊藤ってのは、五秒触られたら、【うんこ伊藤】になるっていうゲームのことだよ」
「へぇー」
「5秒でうんこ伊藤、10秒でダブルうんこ伊藤、15秒でトリプルうんこ伊藤」
「なるほど」
百聞は一見に如かず。私は山際の説明を聞くと、すぐに手を彼の方に置き声に出して数字を数え始めた
「1.2.3」
三秒経過したところで、私の手は肩を離れた。相手をうんこ伊藤にするのはそこまで簡単ではないようだ。
すると、途端にさっきまでうんこ伊藤ゲームをやっていた原島が地面に手を密着させて数を数え始めた。
「1,2,3,4,5 うんこ伊藤」
何が起こったのか分からなかった。そして、原島は次のように言った。
「はい、地面を介してお前ら全員うんこ伊藤」
しまった。やられた。
と思った。記憶をたどってみれば、ルールに直接相手に触れなければいけないという取り決めはなかったのである。
波音がする浜辺で、うんこ伊藤となった私は悔しさによって、頬に小さな海水を滴らせた。

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