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始まり

 僕はラム、12歳だ!
辺境伯の領地にある農村に生まれた。
どこにでもいるだろう平凡な農夫の息子だ。
今日、僕は幼馴染のウィルと山に遊びにきていた。

「待ってよー!ウィルー!」

「秘密の場所まで競争だぞ!早くついてこいよ〜、ラム!」

幼馴染のウィルは村の狩人の息子だ。
同い年の筈なのに背丈は頭二つ分くらい高いし体格も大きい、村の大人達にも負けないくらいだ。
ここらの森では手に入らない特殊な堅い木材でできた槍を担いでいて、その槍で山の動物や、時には小さな魔獣を狩ってきた事もある。
村の大人達はウィルのことを神童だとか、天才だとか、いつも褒めちぎっていて、勿論僕もウィルはとっても凄いんだと知っている。


程なくして僕たちは秘密の場所に来た。
山の中腹にある少し開けた場所の真ん中に大きな大樹が一本生えていて、その根本には大人が3人入っても平気なくらいの大きな穴が空いている。
点々とある小さな隙間をボロ布で塞げば立派な秘密基地だ。
ここが僕とウィルの秘密の場所。

「まだまだ遅いなラムは、そんなんじゃ強くなれないぜ?」

「はあはあ、し、しんどい……。
ウィルが速すぎるだけだよ!僕だってそれなりに走り慣れてるんだ、遅くはないよ!……たぶん。
はぁ……ふぅ、もういいよ。
それで?秘密の話って何さ?」

そう、今日はウィルが秘密の話がしたいと言ってきたから、この秘密の場所に来ていた。

「そうだった!
なあ、俺たちはもう少しすれば13になるだろ?俺は前からずっと決めてたんだ、15になったら王都に行こうって!
そこで兵士に志願して英雄になるんだ!
主神の啓示を受けて戦った英雄アウリクスのようにな!」

なんだ、そんなことか。
僕が秘密の話を聞いた感想はその程度だった。

「うん、そんな気はしてたよ。
ウィルはいつもアウリクスの英雄譚を話してたし、王都に行って兵士になりたいんだろうなって僕はずっと前から思ってたよ?
それに、ウィルはとっても凄いから、絶対英雄になれるよ!」

「え、そうなのか?全然知らないと思ってたぜ……。
じゃあ話は早いな!ラムも15になったら一緒に王都に行って兵士になろうぜ!畑なんて継ぐのは嫌だろ?」

「ぇ、えぇー!?僕も!?」

まさか僕も王都に誘ってくるのは予想外だった、しかも兵士だなんて。

「むむ、無理だよ!僕はウィルみたいに全然強くないし、今まで鍬しか持った事ないんだよ!
そんな僕が兵士になんてなれるかなあ……?」

「大丈夫!それならここで特訓すればいいだろ?俺も15になるまでここで槍術や体を鍛えるつもりだったんだ、一緒に特訓しようぜ!
それに、ラムは、英雄アウリクスみたいになりたいって思わないのか?」

「うーん、そりゃあ畑仕事をずっとするのなんて退屈だよ?
英雄になれるならなりたいさ!誰よりもかっこいい英雄にね!」

「じゃあ決まりだな!一緒に王都に行こう!そんで二人で英雄を目指そう!」

無茶苦茶だなあ…なんて思ったけど、正直ちょっとワクワクしている自分がいた。
勢いのままに僕はウィルと大樹の前で誓った。
二人で最高にかっこいい英雄になるんだって。


それから秘密の場所で秘密の特訓が始まった。
ウィルは僕に色んな武器を持たせてきた、槍に剣に斧に棍棒に弓、色々試した中では剣が1番僕の中でカチリと嵌る気がした。

剣にしようと決めてからは、ずっと木で作った木剣を素振りして、村と秘密の場所を走って往復したりした。
半年もすれば、ウィル曰く、それなりに様になってきたとのことで、槍を持ったウィルと木剣で戦ったりする日も増えた。
勿論一度も木剣はウィルに掠りもせず、僕は槍で良い様に転がされてばかりだった。
それでも少しずつ成長を実感できるのが楽しくて、夢中になって特訓に励んだ。

ある日、いつも通り秘密の場所まで走ってきた僕とウィルは素振りをしていた。

そろそろ素振りを終えようかという時にウィルがピタリと、不自然に突然動きを止めて、辺りを警戒し始めた。
ウィルは素振りをしていた僕にも動きを止める様に目配せしてきて、注意深く辺りを見渡している。
僕も周囲を見渡しながら静かに耳を澄ませた。

山は色んな音がする。
微風に揺れる草花や木々の騒めき、鳥の鳴き声や虫の知らせが聞こえてくる。
いつもより少し静かな気もしたが、いつもと変わらない風景だ。
そうしてずっと警戒し続けて何分経っただろうか、15分?30分?僕はついに痺れを切らしてウィルに話しかけた。

「ねえウィル?一体どうし
「ラム!!!!!!!」

それは今まで一緒に過ごしてきて初めて見た、ウィルの焦りの表情で、あっけにとられたまま僕はウィルに強く突き飛ばされた。
ごろごろと地面を転がって、やっとの思いで止まった僕は慌てて起き上がってウィルが居た場所を見た。

そこには大人と同じ背丈のウィルを、優に超える大きさの獣がいた。
とても巨大な大熊だ、両足で立っていてその左腕には小さくない抉れた傷ができていた、今もたくさんの血が溢れ出ている。
その大熊から少し間を置いた場所にウィルは槍を構えて立っていた。
槍の穂先は真っ赤に濡れていて、そこまで見てようやく何が起きたか僕は理解した。

草木に身を屈めその巨体を隠してこちらを虎視眈々と狙っていた大熊に、警戒を解いてしまった僕は背後から襲われたのだ。
そんな僕をウィルは突き飛ばし、飛び掛かってきていた大熊に反撃したのだろう。

僕はどうすればいいか分からずにいた、木剣は手放さなかったけれど、こんな木剣であの大熊相手に一体なにができるんだ?
村に走って大人達の応援を呼ぶべきだろうか、狩人をしているウィルの父親が村にいるだろうから村に向かって走るのが正解かも

「絶対に背を向けるな!!!背を向けたら真っ先に襲われるぞ!突き出す様に剣を構えろ!それだけで獣相手には十分な牽制になる!」

大熊を睨みつけながらウィルが一息にそう叫んだ。
それを聞いた僕は慌てて木剣を前に突き出して構え、様子を伺った。

ウィルは槍を構えながらじりじりと大熊との距離を詰める。
双方睨み合い続ける均衡状態を先に破ったのは大熊だった。
地鳴りの様な獣声を上げ、その巨体からは想像できない素早さで姿勢を低くしながらウィルに飛びかかった。

それは一瞬の攻防で、ウィルは紙一重で大熊の両腕の爪での攻撃をすれ違う様に避け、抉れていた大熊の左腕を槍で穿ち切った。

大熊の左腕は半ばから千切れ宙を舞う。

しかし、大熊は怯むことなくすぐさま背後を振り返り、ウィルの顔に左腕から溢れ出る大量の血を浴びせた。

「そんな!ウィルっ!!」

ウィルが血で視界を潰された。
その決定的な隙を逃す様なことを大熊はしないだろう、どうする、助けなくちゃ、僕にでもウィルが視界を回復させるだけの時間を稼ぐくらいはできる筈だ。
僕は思考の末に意を決して木剣を構え大熊に向かって走り出した。

そんな僕の目の前には既に大熊がいた、大熊はウィルの視界を潰してすぐ僕に向かって飛び掛かってきていたのだ。

それは偶然か、或いは半年の特訓の成果だったのか、大熊の右爪の攻撃に、僕は咄嗟に木剣を振り当てる事ができた。

だが結果として木剣は簡単に粉々に砕け、身体がバラバラになってしまうのではと思うほどの凄まじい衝撃が突き抜けてきて、
宙に吹き飛ばされて、大樹に叩きつけられた。
平衡感覚がぐちゃぐちゃになってすぐに起き上がれない、身体を動かしたいのに呻き声をあげることしかできない。

少ししてそんな僕の身体を抱き起こしたのはウィルだった。

「ラム!意識をしっかり保て!身体のどこか痛いところはあるか!?声は聞こえてるのか!?ラム!!」

「平気だよウィル……あいつは…?」

やっとの思いで返事を返した僕は大熊がどうなったのか気になった、僕の心配をしていても良いの?それとも大熊は僕を吹き飛ばしたあと逃げたのだろうか。

「それなら良かった、大丈夫だぜ、心配しなくていい、あいつは俺が倒したからな。
どうだ?自力で立ち上がれそうか?」

「え?」

思わず声が出た。
僕は奇跡的に大きな怪我はない様で、少しして自力で立ち上がれる様になった。
そうして周囲を見れば、近くに大熊が倒れ伏していた。
大熊は後頭部から突き刺さったのだろうウィルの槍が口から突き出ていて、そのまま絶命していた。

僕は絶句した。
ウィルは血で視界が不確かな状態で、僕に襲いかかった大熊に目掛けて槍を投擲し、それは見事に大熊の頭を正確に撃ち抜いていた。
僕はウィルの事を、特別だの天才だのと分かっていた気になっていた。
僕の幼馴染は僕が想像していたよりもずっと強かったんだ。
いや、強すぎだよ……。

ウィルは呆然としている僕に肩を貸しながら言った。

「にしても、やるじゃねーかラム!あんまりよく見えなかったけど、剣で上手く相殺できてたのは分かったぜ?
まあ……感想は後々言い合うことにして、まずは今すぐにでもここを離れて村に降りよう。
あの大熊もそうだが山の様子がおかしい。
すぐにでも親父に知らせた方がいい気がする。」

ウィルはいつになく真剣な表情でそう言った。

「もちろん大賛成!すぐ帰ろう、僕はもうこれっぽっちも力が残ってないよ…」

僕はウィルに肩を貸して貰いながらゆっくりと山を降りて村に帰った。

家に着いたら、ウィルから事情を聞いた母親にすぐに寝床に寝かしつけられた。
そのあと少しして母親は外に出ていった、どうやら村の広間で集会が開かれているみたいだったけど、僕は猛烈な眠気に抗うつもりは一切無く、そのまま身を任せて深い眠りに落ちた。

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