18話 銀装

 戦場の中心地にて、銀剣と拳が激しくぶつかり合う。

 銀と黄金。
両者の力は完全に拮抗しており、一進一退の攻防を繰り広げていた。
 加速していくラムとアウリクスの攻撃は激しさを増し、それによって生まれた余波が帝国兵と辺境伯兵を纏めて吹き飛ばし、2人の元に寄せ付けない。
 魔導老公は何らかの魔術を用いて戦闘の余波を無効化し、2人の闘いを観察していた。

「全くもって計画が台無しじゃ。
よもや、公国で『銀装』を纏う者が現れるとは………それもリーメル人でも何でもないただの少年がのう……。」

 魔導老公は『銀装』を知っている。
ただ無為に永く生きている訳ではない。
アウリクスより更に古く、この大陸で『始まりの騎士』『最古の英雄』と称され、騎士という存在によって台頭した現在のリーメル騎士国家を作り上げた男。
 世代に1人、リーメル騎士団の中に銀装を纏う騎士が誕生する事は知っていた。
 リーメル人の血統から銀装という存在が生まれるのだと魔導老公は考えていたが、目の前の少年はリーメル人ではない。
 もしかすれば先祖にリーメル人がいたかもしれないが、そういった考察よりも今重要なのは……

「銀装と比べれば間違いなくアウリクスの方が強いのじゃが、それは生前ならの話。
今のアウリクスは殴る蹴るしかないからのう。
ちと力押しでは厳しいか?何よりあの少年の剣術は目を見張るものがあるわい。」

 魔導老公に操られるアウリクスは純粋な殴る蹴るといった素手での戦い方であり、対する銀装を纏うラムはアウリクスの力を受けても砕けない銀剣を用いて剣術で戦っている。
 お互いの力が同じなら、より技量のある者が勝るのは必然であり、銀装を纏うラムの剣術は今のアウリクスに対して一歩も引けを取らない。

 徐ろに魔導老公は魔法陣を展開した。
何重にもなる魔法陣はやがて収束し一つの事象を為す。

「青をもって一切を破壊せよ、『群青魔導光線』」

 詠唱と共に掲げられた杖の先から青く輝く光線がラムに向かって放たれた。
 魔術に気がついたラムはアウリクスを蹴り飛ばし、魔術による光線を叩き切って魔導老公を睨みつける。

「貴方が悪い魔術師さん?」

魔導老公は好好爺とした表情で言葉を返す。

「いいや、儂は良い魔術師じゃよ?
この主神に支配されてしまった大陸を、再び人類の手に取り戻そうとしておるのじゃ。
わかるかのう?今の時代は主神の都合の良いように操られ支配されておる。
人が人の足で大地を、歴史を歩いておらんのじゃ、そこに進歩も退化もない。
これのなんと惨いことか……。」

ラムの銀剣が魔導老公に迫るが、その手前でアウリクスの手によって防がれた。

「おや、儂の話は聞いてはくれんのかね?」

「そんなのどうでも良いよ。
要するに自分の目的のために、多くの人を犠牲にしようとしてるってことでしょ!十分良く分かったよっ!」

怒りに満ちたラムの銀剣とアウリクスの拳が再びぶつかり合う。

「やれやれ、老いぼれの話に付き合っておくれ若人や。
これは儂だけの目的ではない、本来なら人類が一致団結して目指させねばならんのじゃ。
だがしかし、人類はいつになっても団結できぬ。
だからいっそのこと帝国が大陸を統一し、人類を団結させて主神を大陸から抹消しようと言う計画なのじゃよ。」

 魔導老公は手を広げて壮大な計画なのだと語るも、ラムは聞く耳を持たないようだった。
 ラムとアウリクスの攻防は更に激しさを増し、やがてラムの銀剣が少しずつアウリクスの皮膚に掠り傷ではあるが斬り傷をつけ始めた。
 ラムの剣術はアウリクスとの戦いの中で経験値を積み上げ、急速に成長しているのだ。
 魔導老公はラムの気を引こうと言葉を続けた。

「悲しいのぅ、悲しいのぅ、儂の話に耳を傾けてくれても良いじゃろ?
おぉそうだ、では少年が知りたいであろう話をしよう。
少年は今自分が身に纏う『銀装』が何であるか気になりはせんかのう?
儂は長生きで物知りじゃから勿論知っておるぞ?」

 ラムは怪訝な表情を魔導老公に向けた。

『銀装』

 それが何であるか、ラムの中にいた夢に出てくるおじさんは確かに『銀装』だと名乗っていた。では何故自分の中にいたのか?
 強大な力である事、一時的な貰い物であり時間制限があるらしい事、それだけは分かっているが、自分の事だからこそ気にならない訳ではない。

「じゃあ魔術師さんにとって、この『銀装』はなんなのさ。
今の僕にとっては、貴方達を倒すための力だ!それだけで十分だよ!」

 ラムの銀剣がついにアウリクスの帝国鎧を斬り裂いたが、アウリクス本体にはあと少しの所で届いていない。
 アウリクスは自らが着ていた、斬り裂かれた帝国鎧と服を素手で力任せに千切り捨てた。
 その身に纏うのはボロボロの半ズボンだけになってしまい、鍛え抜かれた肉体を晒しているが、それ以外の物は己には要らないと言わんばかりだ。

 事実、ラムの銀剣の前には帝国鎧も兜も溶けたバターのような物だ、着ていたところで邪魔にしかならないだろう。

魔導老公はそれを尻目に語り続ける。

「『銀装』とは人類が持つ、最古の英雄が生み出した天然の力の結晶のようなもの。
はるか昔、アウリクスが生まれるよりも前、儂が生まれるよりもずっと前。
『銀装』と『主神』は敵対しておったのじゃ。
初めは『主神』は人類を無理やり支配しようとしておってのぅ、今で言う幻獣種はその時に『主神』が人類との戦争の為に創った兵士なのじゃ。」

ラムは思わずと言ったふうに攻撃の手を止めた。

「何言ってるの?幻獣種を創ったのが『主神』様だって言うの?魔術師さんの言ってることはおかしいよ」

ラムは心底呆れた顔でそう答えた。
魔導老公はニヤリと笑う。

「ほほう、何故おかしいと思うのじゃ?」

「だって、幻獣種はそのほとんどが人を襲う。
けどそんな幻獣種を討ち倒す力を人々に授けてくれたのは『主神』様だよ。
過去に英雄はたくさんいて、みんな『主神』様から加護を授かって、更に力を尽くして、人々を、国を襲う幻獣種を倒してきたんだ。
主神様から加護を授かった最も偉大な英雄アウリクスだって、何十体もの幻獣種を倒してるんだよ?
もし『主神』様が人間と敵対しているならどうして人間に加護を授けるの?護る力を与えてくれるの?
幻獣種を創ったのが『主神』様なら『主神』様がどうとでもできるはずでしょ?
矛盾してるよ?」

魔導老公はよくぞ聞いてくれましたと手を広げて語り出す。

「いいや、これが全く矛盾しておらぬのじゃよ。
古き時代、『主神』は万の蛮族と千の悪魔と百の竜を引き連れて人類に攻め入った。
しかし、結果は『主神』の敗北じゃった。
『銀装』の騎士と呼ばれた始まりの騎士と1万の戦士達によって返り討ちに遭い、『主神』は敗走して大陸の隅に姿を眩ませた。

それから数百年が経って時代は変わり『銀装』と『主神』の戦争は過去のものになってからじゃ、誰も『主神』を知らぬ時代に幻獣種たちが群れを成して人類に襲いかかり始めた。
人類は瞬く間に虐殺され、生存圏を狭めていった。
先の見えぬ暗い闇の時代が始まり、やがて激しい抗争の中で1人の戦士が立ち上がった。

それが現代まで語られる『主神』の加護を受けた最も偉大な英雄アウリクスじゃ。
そしてアウリクスは自らを『主神』の加護を受けた神徒であると謳いながら幻獣種を討ち滅ぼして人々を救って行った。
勿論、幻獣種だけではなく悪政を敷いて無辜の民草を苦しめる暴君を討つこともあったのう。

こうして英雄アウリクスの物語は長く長く言い伝えられ、この大陸に『主神』への信仰が芽生えたのじゃ。
今では誰もが『主神』様は人類の味方であり、守護者であり、崇拝するべき神であると信仰しておるのじゃ。」

ラムは剣を魔導老公に向けながら話す。

「それで?結局、アウリクスは偉大な英雄だし、今『主神』様は人類の味方になってくれてるんだから何が問題があるっていうの?」

魔導老公は愉快だと言わんばかりに語り続ける。

「おぉ、そうじゃのう、ここだけ聞けば何も問題ないように聞こえるのう。

しかし実際は問題だらけなんじゃ。
アウリクスが生まれる時代も含めた千年に近い時を生き抜いた儂は知っておる。

幻獣種はその全てが『主神』が新たに創って人類に攻撃を仕向けるように仕組んでいる事を。
『主神』が古き時代においては悪しき神であったと主張する国を、その国王を、邪悪な暴君であると『主神』はアウリクスに囁いた。
『主神』にとって都合の悪い人間たちはアウリクスや幻獣種によって全て滅ぼされた。
『主神』はそうやって邪魔者を排除して、人類からの信仰を一身に集めた。
『主神』にとっては信仰こそが力の糧になるのじゃろう。
進みすぎた文明は『主神』が嗾しかけた幻獣種によって滅ぼされ、『主神』の加護を得た英雄がその幻獣種を打ち倒す事で人々に『主神』の栄光と信仰を根付かせる。

人類はこうして『主神』によって管理され知らずの内に支配されておるのじゃ。

儂と歴代帝国皇帝たちだけが密かに語り継いできた。
『主神』は人類にとって最悪の邪神であると。

少年よ、お主が持つ力は本来は『主神』に敵対する者の力。儂ら側に立つはずの力なんじゃよ。

これがこの大陸の、世界の真実じゃ。
それを知った今、それでも『主神』の味方をするのかのう?」

ラムにとってはあまりに突然の話で、何より今語られた話が本当の話かなど分からなかった。
もしかすると狂人の妄言でしかないのかもしれない。
だが確かにラムの中に居た『銀装』は『主神』をよく思っていなかった。
それがラムの中で引っ掛かりになっていたが、答えを出すのにはほとんど悩まなかった。

ラムは魔導老公に銀剣を向けた。

「それでも……僕は貴方を止めるよ。
例え主神様が悪い神様だったとしても、それはそれで僕とウィルがいつかなんとかする。
帝国が公国や他の国を侵略して、その過程で沢山の人を殺めても良い理由なんてこの世のどこにも存在しないよ!」

 ラムはそう言ってキッパリと魔導老公の言葉を切り捨てた。
その決意に呼応するかのように銀剣が更なる輝きを放っている。
 ラムの言葉を聞いた魔導老公は大きく表情を歪め、怒りとも落胆とも取れる態度を示した。

「………おぉ、こんな少年に世界の真理を理解してもらおうなどと思った儂が愚かだったのじゃろうな……。
ならば……そのウィルと同じように死ぬがよいわ!!!」

魔導老公が杖を掲げた。
青白く光る鎖が大量に溢れ出しラムに迫る。

「え?今、なんて……?」

 ラムは動揺しながらも迫り来る魔術の鎖を銀剣で斬り捨て、鎖の隙間を縫うように殴りかかって来たアウリクスの拳を銀剣で弾いた。
 弾いてなおビリビリとラムの全身をアウリクスの怪力が流れていき、依然としてアウリクスの力強さを感じさせるものだった。

「ふん、紅蓮の勇者の弟子だというウィル少年と仲が良かったのかね?
あの歳で加護も無しにあれほどの力を持っているのは驚いたが、所詮はまだまだ成長途中の子供じゃのう。
儂とアウリクスの前には他愛もなかったわい。」

ラムは魔導老公の話す内容に動揺を隠せなかった。

「う、嘘だ!そんなはずない!ウィルは誰よりも強いんだ!お前なんかにやられたりしない!」

「儂だけならのう、アウリクス!力を見せよ!」

 アウリクスが黄金の光を纏って加速する。
先ほどよりもずっと重く速い拳と蹴りがラムに襲い掛かる。

「ち、ちがう、そんなはずない、でも、ウィルはどうして、まだ帰ってこない?
本当に?いやだ、うそだ!」

「緋き核よ、穿て!『緋色魔導光線』」

 魔導老公の杖から魔術による光線が放たれ、ラムは斬り払って防ぐがその隙を突いたアウリクスの拳を動揺したラムは防げなかった。
拳はラムの腹部に深々と突き刺さり、ラムはそのまま地面に叩きつけられた。

「アウリクス………?本当に…本物のアウリクスなの?なんで?」

「もちろん儂が蘇らせた本物じゃ。
アウリクスと儂がいれば他の大国も楽に攻め落とせるじゃろうて。
おぉ!そういえば相手が英雄アウリクスだと知った時のウィルの表情は痛快だったわい、お主もあの世で見てみたらどうじゃ?ほっほっ」

「ッ!黙れェェェェッ!!!!!」

 立ち上がったラムは、向かってくるアウリクスの拳を剣で受け流し、流水のような剣捌きで足を斬りつけてアウリクスを地面に転ばせた。
 その隙を逃さず、銀の剣閃が弧を描きながら魔導老公の首に迫った。
 杖を半ばから切り裂いてなお止まらないラムの銀剣は、しかし皮膚まで僅か数ミリを残して魔導老公に届かない。

「そんな!な、なんで!?」

 ラムの銀剣は弾かれることも無くピッタリと静止した。否、静止させられていた。
 魔導老公が軽く手を振れば爆音と共に衝撃波が発生し、ラムは咄嗟に衝撃波を斬り裂いて再び魔導老公の脳天に銀剣で斬りかかるが、やはり銀剣は魔導老公の身体の表面で静止する。

「何故か?そもそもお主らでは初めから儂に傷一つ与えることはできぬのじゃよ。

『無敵結界』。

これは儂ら『大陸三大魔術師』だけが会得した魔術の秘奥。
一度会得さえしてしまえば、無意識下でもこの世の理に則った物理的、又は魔術的な攻撃や害のある物は全て静止させるのじゃ。
無論のこと、アウリクスの持つ主神の加護による力も、お主の纏う銀装も届かぬのじゃよ。
故に『無敵結果』と儂が名付けた。」

あまりに無茶苦茶な魔術に呆然としていたラムはアウリクスに横から殴りつけられ、吹き飛ばされる。

「そんな…そんなのどうやっても…」

「おお、その通り!最初からどれだけ頑張っても勝ち目なんて無いんじゃ、全部無駄だったんじゃよ。」

 ラムの手に握っていた銀剣が突然掻き消えた。
その身に纏う『銀装』も消えてなくなり、一気にラムの身体に疲労が押し寄せる。
 とうの昔に空から夕焼けは消え、夜の星々が広がっていた。
つまりは、時間切れだった。

「おや、『銀装』は消えたようじゃのう?
まだ扱い切れておらんのか、それとも限定的なものじゃったか……。
なんにせよ、お主ももう終わりじゃの。」

 魔導老公がラムに向かって手のひらを向けた。
『群青魔導光線』
手のひらに青く輝く光が収束してから光線となって放たれる。

ラムは身体が鉛になったように重く、動けない。
視界も掠れ、ぼやけてよく見えなかった。

「…ごめんなさい…みんな…ウィル…セレーネ…
僕がもっと強かったら………師匠……。

……ごめんなさい……。」


突如としてラムに向かって飛んでいた光線が弾けて消えた。

気づけばラムのぼやけた視界に火の粉が散っていた。

どこからともなく信仰の詩が聞こえてくる。

迸る紅蓮の炎が、天空を、大地を、戦場を、赤く、朱く、紅く、染め上げていた。



「アチチ!なんじゃこの火の粉は!儂の自慢の髭が焦げたんじゃが!
………は?焦げた?儂の髭が?『無敵結界』が…作用しとらんじゃと……!?」

 燃え盛る紅蓮の剣がラムの前にあった。
風に靡くピンクブロンドの髪は、常ならば優しい暖かさを感じさせていたはずだが、迸る紅蓮の炎に照らされた今は、その身の内から湧き上がる憤怒にギラついているようであり、決意に輝く紅い瞳が魔導老公とアウリクスを射抜いていた。
 公国の王都に沸いたアンデッド群を全て焼き尽くして戻ってきたオルカが、否、いつものオルカではない。
 紅蓮の勇者としてのオルカ・レイディアンがラムの前に立っていた。

「ラム……謝らないでください。
よく耐えましたね、よく頑張りましたね、もうゆっくり休んで良いですからね。
大丈夫です、後は私に任せてください。

……覚悟はできていますか?
アウリクス、そして魔導老公ッ!」

夜闇の戦場に
────太陽が顕現した。

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