2章4話 でけえ蟹
隊長から招集を掛けられた俺たちは、早朝に事務所に集まった。
「おはようございます隊長!」
「おはようオーフェン。」
事務室を見渡すと隊長の他にイレイナとメイファンも既に集まっていて、俺含め全員が完全武装の状態だった。
「そんで……どこスか?」
「うむ、魔種が発生したと報告を受けた場所は港町シールの町外れの海沿いで、姿は蟹が巨大化した物、数は三体だと聞いている。」
「蟹?なんか想像つかないな、そいつって
「魔女は?魔女は居るんですか?」
俺の言葉を遮るようにイレイナが隊長に質問した。
「ああ、その魔種が発生した地区でも魔女を見たと言う市民の声があった。
間違いなく我々が追っている魔女に違いない。」
「…ありがとうございます、了解しました。」
俺が喋ってたのに……。
まあいいか、実際どんな魔種かなんて見てみないと分かんねえよな。
「よし、それじゃあ早速出発しよう。
昼には港町シールに着くはずだから、一旦腹ごしらえしてから魔種討伐にでるぞ。」
「「「了解!」」」
港町シールはリーメルの貿易を一手に引き受ける貿易都市であり、又、漁業が盛んなため海産物などが特産品として有名である。
海辺から見える白い砂浜に青い海と空は絶景であり、観光地としても栄えており、毎日多くの人間が行き交っている。
そんな人間の中に、オーフェン達もいた。
「うわー、すげえー!これが海!これが港町シール!すげー!」
「す、すごいです…!」
俺は大量の人の波を前に驚きと興奮でいっぱいだった。
隣でメイファンも驚きのあまり口をぱくぱくとさせながら、イレイナに手を引かれて歩いている。
「さあ、まずは腹ごしらえと行こう、そこの飯屋なんかが良いんじゃないか?」
隊長が選んだ店に入った俺たちは日替わりランチを4つ頼んだ。
「それで、飯の後は具体的にどう行動する予定っすか?」
ランチが届くまでの間に隊長に予定を聞いた。
「まあ、まずは魔種を探して討伐するのが先だろうな。
並行して魔女の捜索をするのは少々危険かもしれん、焦らずに行動しよう。」
「そうですね、まずは魔種を討伐するのが先決だと私も思います。市民の安全がかかっていますから。」
「うむ、その通りだ。」
隊長の返事にイレイナが賛同し、メイファンも言葉にはしないものの何度も首を縦に振って頷いていて、そうこうしているうちにランチが運ばれてきた。
日替わりランチの内容はイセエビのクリーム煮とマイカの黄金ステーキ、海藻サラダだ。
こ、これは……!!
「な、なんてこった!!」
「どうしたオーフェン?何か食べられないものでもあったのか?」
「スゥゥゥゥ……美味すぎるッッッ!!!海の生き物ってこんな美味いのか!?!俺はどうしてこの港町に来たことがなかったんだ!!
こんなに美味しいって知ってたら……くっ、もっと早く来たかったぜ!!」
「オーフェン、うるさい。」
賑やかなお店の中で、イレイナの絶対零度のような視線と声色が俺に突き刺さった気がした。
─────────。
「さて腹ごしらえもした所で、気を取り直して行こうか。」
「了解っす。」
俺たちはランチを食べおわった後、町外れの海沿いで魔種の捜索を始めた。
海に面した砂浜と少しばかりの木々が生えているこの場所は地元の人間の間では有名なデートスポットでもあるらしく、ちょうどここらの海辺で蟹の魔種が出たそうだ。
俺は海辺の砂浜にぽつりとあったそこそこ大きな岩の上に立って辺りを見渡してみるが、魔種が居そうな感じは全くしない。
隊長は更に奥の方に歩いていて、イレイナもそれに続いている。
メイファンが波際で寄せては返す潮水に足を取られそうになって、ヘンテコな体勢で歩いていた。
「おーい、メイファン〜!遊ぶな〜!」
俺は思わず笑いながらメイファンに声をかけた。
するとメイファンは少し顔を赤くしてブンブンと首を横に振っていた。
「ち、違います〜!遊んでたわけじゃ無いんですう〜!ちょっと波が強かったんですよぅ〜!」
「あははは、本当か〜?ん?」
メイファンを笑って見ていた俺は、急に視界が揺れたような感覚に襲われた。
いや、視界が揺れてるとかじゃない、これは
「オーフェン!!!下だ!!!」
俺とメイファンがはしゃいでいたからだろう、こちらを振り返っていたイレイナが血相を変えて俺に向かって叫んでいた。
立っていた大岩が動き出していて、思わず大岩から飛び降りた俺はメイファンの方に走り寄って振り返った。
大岩だと思っていたのは魔種の蟹だったのだ。
「うっそぉ…話が違く無いか!?クソでけえぞ!」
高さ4mはあるだろう、見上げるような大きさの岩を纏う巨大蟹がそこにはいた。
砂埃を巻き起こしながら巨大蟹が岩でできたような自慢のハサミを振り上げ、俺とメイファン目掛けて振り下ろした。
咄嗟に避けた俺は海の潮水を被りながら体制を立て直す。
「メイファン!無事か!?」
「う、うん!無事だよ!」
少し離れた場所で隊長とイレイナの二人が、巨大蟹ほどじゃないが、成人男性と変わらない大きさの蟹の魔種に囲まれていた。
数は6匹はいるだろう。
「隊長〜!大丈夫ですか!」
「こちらは心配しなくて大丈夫だ!オーフェンとメイファンは無理せずその巨大蟹の時間を稼いでくれ!」
「了解っス!!」
隊長の声に応えてから、巨大蟹を見た。
本当に、笑いが出そうになる程にデカい。
「なあ、何食ったらそんなデカくなるんだ、よっ!」
走り寄って巨大蟹の脚に特大剣を振り抜くも、全身の隅々まで覆うように纏った岩に弾かれてしまう。
「こ、これ、どうやって戦えば良いんですか〜〜!」
救い上げるように横薙ぎに振るわれた蟹のハサミを間一髪で避けたメイファンが涙目で叫んでいた。
そうだよな、メイファンは拳で戦う拳闘士なんだからこんなやつ相手に戦えるわけがない。
「無理すんなメイファン!今は攻撃を避ける事だけに集中しよう!」
自慢のハサミをブンブンと振り回しては浜辺の砂と海水を巻き上げる巨大蟹を相手にしながら隙を窺う。
少しの間でも動きが止まってくれさえすれば、俺の特大剣に込められた力で…
「おい、マジか!!メイファン、俺の後ろに来い!!」
「え、え?」
巨大蟹の口と思われる部分に、砂塵や海水がまるで自ら向かっているかのように吸い込まれて行く。
「止まってくれって思ったけどさあ!そういう事じゃねえんだよなぁ!
『エンチャントテーブル』!」
巨大蟹の口からギチギチと音が鳴り響き、泡が零れ落ちている。
オーフェンの周りに七色の光玉が浮かび上がり、そのうちの一つが特大剣に宿る。
「『エンチャント・アクアソード』!!!」
特大剣が青く輝き、周囲の海水を巻き上げて巨大な水流を纏う剣と化した。
オーフェンは剣を振りかぶって巨大蟹に向かって膨大な水流を振り放つ。
それと同時に巨大蟹の口から轟音と共に高水圧のブレスが解き放たれた。
二つの膨大な質量を持った水流が正面からぶつかり合って弾け、それによって溢れ出した津波によってオーフェンとメイファンは奔流の中に飲み込まれた。
「くそっ、メイファンは…!」
荒波の中で水面から顔を出したオーフェンは太陽とは違う、白い光を空に見た。
『インパクト』
突然、全ての水が突風と共に空へと弾け飛ぶ。
水が消えて空中に放り出されたオーフェンは地面に尻餅をつきながら落ち、続いて空に打ち上げられた海水が雨のように降り始めた。
「な、なんだ!?なにが」
「……『チャージ』」
降り注ぐ雨の中で、メイファンが立っていた。
頭に黒い猫耳のようなものが生え、左手で抑え付けるように握っている右腕は肘から指先までが白く発光していた。
先ほどのオーフェンのアクアソードを受けても傷一つついていない巨大蟹がメイファン目掛けてハサミを振り下ろす。
メイファンは強く拳を握りしめ、纏う白い光が更に強く輝き出す。
「…『インパクト』ッッッッッ!」
メイファンが振り抜いた拳から白い光が弾け、拳とぶつかり合った巨大蟹のハサミが粉々に砕け散った。
「……力を使う時は、躊躇しちゃ、ダメなんですよね……ウィリアムさん!」
衝撃波によって突風が巻き起こる中でメイファンが再度、拳を握りしめた。
『チャージ』
白い光がメイファンの腕に集まり出し、強く輝き出す。
「私は…猫 明煌(マォ メイファン)!一族の誇りのため!!今少しだけ、力をお借りします!ウィリアムさん!」
メイファンが軽やかに跳び上がってもう一方のハサミを避けて、巨大蟹の頭に立ち、白く輝き光る拳を叩き込んだ。
「『インッッッッッパクトォォォッッッ』!!!!」
巨大蟹は崩れ落ち、纏う岩石が粉々になりながら砂浜や海に降り落ちた。
「スッゲェ……」
呆然としているオーフェンの元に、巨大蟹を放りながらメイファンが駆け寄って心配しだした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、うん、大丈夫……え?てか、そんなことできるなら早く言って!?!?
凄くね!?なんだそれ!どうやったんだ!?」
顔を赤くしたメイファンの頭の上には既に猫耳は消えていて、メイファンはモジモジとしながら話し出した。
「そ、その、四年前に私を助けてくれた騎士の人が、貸してあげるって言って、この力をくれたんです…。」
「うええ、どういうこと??全く分からねえ」
「え、えと、なんと言えば……」
困惑する俺と、どう説明したらいいかとウンウン唸っていたメイファンの元に隊長とイレイナがやってきた。
「とりあえず、一件落着といったところかな?」
「あ、隊長。」
「いや凄いな、私でもあの巨大蟹を一撃では倒せそうに無いぞ?やるじゃないかメイファン!細かいことは良い、まずは周囲の捜索を続けよう。
…無事に町に帰ったら次は違うお店でディナーをしよう!今日くらいはお酒を飲んでも許されるだろう!」
わははは、と笑う隊長がさっさと先に進み出したので俺たちは慌てて後をついて行った。
「すみません…隊長……私が力不足なばかりに隊長の負担が…。」
「む?気にすることはないさ、相性の問題もあるだろう?岩を纏う蟹の魔種に対して、長剣と短剣で戦うイレイナでは難しい相手だった。
結果は皆んな傷一つなく無事なんだ、それで良いとしようじゃないか!」
ディアモンテは前を向きながら励ましの言葉をかけたが、イレイナの曇り顔が晴れることはなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?