8話 魔種との遭遇

 僕はついに!木剣を卒業したよ!
キャラバンで買った片刃のロングソードがこれから僕の相棒だ!よろしくね!

 剣の特訓は村の中でしても良いんだけど、何かあったら危ないからいつも秘密基地でするようにしてるんだ。
真剣は、木剣と違って少し重たいから早く慣れなきゃね。
それで少しでも早くウィルの隣に立つんだ!

 特訓に夢中になっていると気づけば山に夕陽が顔を出してきていた、今日はこの辺にして何匹か狩りをしてから帰ろう。
そうだ、今日はもう少し奥の方で探してみようかな?
今の僕には新しい相棒がいるんだもん、どんな奴が出てきたってへっちゃらさ。

 そうして僕は山奥の方で獲物を探していた。
あ、狐の足跡だ!結構大きい?長く生きてる親狐とかかも!
うーむ、今日は狐鍋になりそうかなあ。
それにしても……ここら辺は初めて来るからかな?嗅ぎ慣れない臭いがする。獣臭いとはまた違う……。

 足跡を追いかけて親狐を見つけ、ゆっくり近づき、間を逃さず即座に駆け走る。
加速する身体の勢いそのまま振り抜いた真剣は、親狐とその後ろにあった小さな木も一緒に両断した。

「わわっ、勝手が違うと大変かも。
木も斬れちゃうなんて真剣はやっぱりすごいなあ」

 真剣を持ったからといって木も両断することができるなんて、多くの者にはできないのだと、今のラムが知ることはなかった。
そんな勘違いをしている若干興奮気味のラムを木々の隙間から見つめる視線が一つ。
ラムは背後に視線を感じたのか振り返り、薄暗くなりつつある木々の奥を見つめる。

 赤い光が二つ、夕闇に揺れているのに気がついた。
漂う獣臭とは違う異質な臭い。それは魔素の臭いだと知るものは言うだろう。

「何?いや、誰っ!?」

 徐々にその姿が現れる。
赤い眼光、黒色の光沢を放つ毛皮、右腕には異常に発達した爪が一つに収束し、まるで一つの剣のようなものが出来ている。
そしてバチバチと音を立てて紫電を散らす額から生える一本の紫色の結晶角。
一度も見た事がない、異様な姿をした大熊。
それは己が絶対の強者であると、不変の自信を滲ませる様な歩みでラムの前に現れた。

 ラムは知らない、これが世界中で恐れられる特異個体、魔種と呼ばれる生物だと。
『魔種』と『幻獣種』の違いは簡単だ。
『幻獣種』は太古の時代から存在する生命体で、それは現代のどのような生命体にも似つかない。個体数は非常に少なく、極めて稀な存在である。故に個々の危険度も非常に高く警戒されている。

 では『魔種』とは何か?
『魔種』とは、現代に存在する生命体が、魔素と呼ばれるエネルギーを急激に得たことによって生まれる特異個体である。
国や研究機関によって、それは突然変異であるとも、魔素に特化した生命の進化であるとも考察されている。
『魔種』には重大な問題点がある。
それは現代に存在する熊や狼、狐や鳥、昆虫や爬虫類が、ある日突然こうした『魔種』になりうるのである。
『魔種』による被害は世界中で多くあり、辺境の村の山で最近生まれたこの大熊もまたそのうちの一体であるのだろう。

 しばしの間、ラムと『魔種:紫電大熊』は見つめあった。

 ラムは『魔種』を知らなかったが、本能で理解していた。
これは異常で、かつ危険な存在である、放っておくわけには行かない……と。
ラムは無意識に剣を握りしめた。
紫電大熊が吠える。

「「ゴアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」

大気が震え、木々がまるでその存在に怯えるように揺れ騒ぐ。

 一本角から紫電が大熊の巨体に流れ、右腕の剣爪に収束する。
大地を踏みつけた紫電大熊は剣爪を振るった。
ラムは咄嗟にしゃがみ込んで体を地に伏せた。
大地が捲れ上がり周囲の木々が捻れ焼けて吹き飛んでいく。
凄まじい威力とそれに伴う風圧がラムを襲う。

「な、なんだこいつ!見た事も聞いたこともない!」

 ラムは襲い掛かる風圧を斬り開き、紫電大熊に走り迫る。
紫電大熊がラムめがけて右腕の剣爪を振るい、ラムは合わせるように両手で剣を振り抜き剣爪を流し弾く。
両の手から体全身に衝撃と痺れが襲ったがその場で耐えた。

いや────戦える!僕も!ウィルのように!

 紫電大熊は目を細めてラムを睨んだ後、跳び上がり空中で近くの木の幹を蹴りつけ、加速してラムに突進した。
捨て身の体当たりのようであり、実際は砲弾の如き破壊力を持っていた。
ラムは飛び退いてそれを辛うじて避ける。
山の地面には小さくないクレーターが出来上がっていた。
中心地から起き上がる紫電大熊は紫電を激しく額の一本角から散らせている。
それはまるで、これからだと主張しているようで、事実、紫電大熊はやっと本気を出し始めた。

 先程とは段違いの速度でラムに迫った紫電大熊は剣爪でラムの剣を弾き、左手でラムの体を掴んで真横に投げ飛ばす。
ラムは空中で体制を整えて木に着地し、そのまま木を蹴って紫電大熊に斬りかかる。
右腕の剣爪でそれを受けた紫電大熊とラムはしばしの間、鍔迫り合いながら睨み合う。

……強い、そこらにいる山の獣なんかと全然違う。
約半年前にあった大熊なんかよりもずっと、ずっと強い。

 鍔迫り合いの末に力任せに弾き飛ばれたラムは受け身をとって地面に立つ。
振るわれる剣爪を両手で強く握りしめた剣でなんとか受け流し、弾く。
手に痺れが残り続ける、動悸が激しい。
体力が簡単に底を尽きそうになっている。

 前触れなく紫電の衝撃波が額の一本角から放たれる。
ラムは正眼に構えた剣を振り下ろし、その紫電の衝撃波を斬り払うことに成功するが、紫電の晴れた眼前には紫電大熊が迫っていた。
一か八か、振るわれる剣爪をラムは紙一重で見切り、避けた。
顔の前を鋭利な剣爪が通り過ぎていく、はらりと、前髪が数本散った。

 それは地を這うように、大空に手を伸ばすように、弧を描く一閃。

 紫電大熊の顔目掛けて振るわれたラムの剣は、しかし左手で掴まれ届かなかった。
左手から流れ出た獣の血が剣を伝って滴り落ちる。
右腕の剣爪がラムを襲う、ラムは咄嗟に掴まれている剣から手を離し飛び退いた。

 無造作に草木の茂みに向かって剣を放り捨てた紫電大熊に、ラムは無手で対峙する。

 どうするどうするどうする……。
ラムは汗を滝のように流しながら行動を考える、次の最適解を必死に思考する。
酸素の足りない頭脳が答えを導き出すのを、紫電大熊は待ってはくれない。

「「ゴアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」

 勝利を確信した咆哮を上げ、紫電大熊が大地を踏み抜いてラムに迫る。
剣爪がラムに振るわれ、なんとか避けるが、剣がないラムは何もできない。
体制を崩したラムに、次こそと振るわれた紫電を纏った剣爪は

────────燃え盛る紅蓮の剣によって弾かれた。

「無事ですか、ラム君。」

 火の粉が視界に散らつく。
紫電大熊とラムの間には炎を纏い燃え盛る紅蓮の剣を持つオルカ・レイディアンが立っていた。

「お、オルカお姉さん!?な、なんで?」

「話は後です。
まずは剣を取れますか?丸腰ではいざとなった時に自らを助けられませんよ。
それに……勇み足で駆けつけたものの、私1人では荷が重そうだというのが正直なところです。」

 紫電大熊は変わらずに紫電を身に纏いながら、新たな敵を警戒するように唸り声を上げ、オルカと睨み合っていた。

「僕の剣はそこの茂みに投げ捨てられちゃってて……なんとか取ってみる!」

「なるほど。
では派手に隙を作りますから、ラム君は剣を取り戻してください。行きますよ!」

 掛け声と共にオルカは紫電大熊に斬りかかる。
炎を噴き出す紅蓮の剣と、紫電を纏った剣爪がぶつかり合う。
2度3度と試すように斬り結んだ後、オルカの剣は加速した。
剣爪と紅蓮の剣がぶつかり合ってすぐ、流れるような返す刃で紫電大熊の胴体に浅い斬り傷を付ける。

 一本角から紫電の衝撃波が放たれたがオルカは紅蓮の剣の炎で掻き消す。
すかさず紫電大熊は追撃の剣爪を振るうがオルカには弾かれてしまい、また胴体を斬りつけられる。

「剣術を知らぬ獣には己が何故斬られているのかは分からないでしょうね。」

「「ゴアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」

 言葉が分かっているのか、紫電大熊は怒り狂ったように吠えて、オルカに突撃する。
紫電を纏わせた剣爪を振るうが、合わせるように紅蓮の剣がぶつかる。
剣爪は弾かれて炎が紫電大熊の視界を覆う、次は更に深い傷が胴体についた。
たまらずよろけ後退りをする紫電大熊に油断なくオルカは剣を構えた。

「オルカお姉さん!加勢します!」

 ラムは剣を取り戻してすぐオルカの元に走り、その隣に立って構えた。

「勝負はここからです、ラム君。
私が正面切って戦うのでラム君はその隙をついて攻撃してください、来ますよ『魔種』の強化形態です。」

「強化形態……?」

 後退りした紫電大熊の体が異変を起こしていた。
額の角は2本になり、両腕の肘から先が剣爪に侵されるように変形していた。
全身に紫電を纏い、両腕の剣爪は腕に大剣が生えているようであった。

「「……グギギギギ..ゴアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」

 口から怒号と共に紫電の衝撃波が放たれる。
ラムとオルカは同時に剣で斬り払う。
オルカが先に駆け出し、紫電大熊は今までよりも更に加速した速度でオルカに迫る。

 紫電大熊が右腕の剣爪で紅蓮の剣と切り結び、剣爪を弾かれてもすぐに左腕の剣爪を振り下ろし、両腕の剣爪による絶え間ない怒涛の連撃がオルカの反撃を許さない。

 すかさずラムが紫電大熊の背後に回って斬りかかる。
紫電大熊は連撃を繰り返しながら両腕から紫電の衝撃波を放ってオルカを吹き飛ばし、そのままラムを殴りつける。
防御はできたが高速の殴打がラムを紫電大熊から離れさせる。

 強い、紫電大熊は更にずっと強くなっていく。
初めて大熊と相対した時、僕は剣を構えても何もできずに吹き飛ばされ、ウィルに助けられた。
でも今は違う、僕はちゃんと戦えるんだ、オルカお姉さんを信じろ、隙を見逃しちゃダメだ。

 紫電大熊の纏う紫電が激しくなる。
更に加速する紫電大熊がもう一度オルカに突撃し、両腕の剣爪で連撃を繰り出す。
オルカもまた紅蓮の剣で迎撃し、お互いの早すぎるラッシュによって風圧が生まれ、辺り一体は暴風に包まれていた。

 暴風の中で、ほんの一瞬だけ紅蓮が輝いた。
突如、紫電大熊は強く後ろに仰け反って押し出され………背中を弾かれたようにラムは駆け出した。
肉薄するラムに紫電大熊が体制を崩したまま右腕の剣爪を振るうが、駆け走りながら姿勢を低くしたラムの頭上をすり抜ける。
更に振ろうとする左腕の剣爪を、ラムは両足で踏んで跳躍した。
頭上に跳び上がったラムは、上にあった木の枝を逆さに蹴りつけ、加速しながら紫電大熊に目掛けて落下する。
ラムは勢いそのままに剣を振った。

「くらえええええ!!」

 それでも剣は狙った頭を両断せず、微かに紫電大熊の右眼を斬り抉った。

「「gaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」」

 紫電大熊が抉れた眼を抑え、痛みに絶叫する。

「ラム君!下がって!」

 ラムを下がらせたオルカは紅蓮の剣を静かに鞘に納刀した。

「オルカ・レイディアンが神言を詠う。
今こそ真紅の正義を剣に込め、火ノ神の祝福のもとに紅蓮を以て、ここに諸悪を断罪せん。


────────抜刀ッ!」


 一度納められた紅蓮の剣は鞘から再度抜き放たれた。
刹那、真紅の光と紅蓮の炎が溢れ出し、
それは一つの小太陽のようで、全て焼き尽くさんとする熱波と共に、炎熱の斬撃が放たれる。
対する紫電大熊は痛みに呻いていたが、危険を察し己が持ちうる極限の紫電を落雷の如く額の両角から解き放った。
ぶつかり合うエネルギーは一瞬の拮抗状態を作ったが、紫電はやがて炎熱の斬撃に飲み込まれ、紫電大熊は真っ二つに焼き斬られた。


「や、やったの?す、すごい……!
オルカお姉さんの剣って一体どうなってるの!?」

 驚きでいっぱいになっているラムとは対照的にオルカは納刀した剣を杖代わりに地面につき、ゆっくりと地面に座り込んだ。

「……やりましたね、ラム君。
でも少し疲れたから休ませて欲しい、ふう……。
ああ、この剣のことは秘密ですよ?話しちゃいけないことになってるんです。
ただいつか、話しても良い時が来たら、ラム君には話そうかな?なんてね。」

 オルカはそう言って微笑んだ。
しかし、ラムは打って変わって沈んだ表情をしてオルカに問いかけた。

「あの、オルカお姉さんは僕よりもずっと強いですよね?
だから、聞きたいことがあるんです。
今の僕に足りないものってなんだと思いますか?
何があれば今よりもっと強くなれますか?
この紫電の大熊を倒せるようになれますか?
僕は強くならなくちゃいけないのに、少しは強くなれてると思ってたのに、目指す先がずっと遠くて……僕はどうしたらいいか……。」

 ラムの心には焦燥が生まれていた。
毎日どれだけ努力をしても、少し実が結んでいるような気がしても、幻獣種も、魔種も、自分1人では手も足も出ないのだ。
ウィルなら、きっと一人で倒せるのに。
そんなウィルの隣に、立ちたいのに。

「ラム君………。
そうですね、休憩の合間に真剣な話をしましょうか。
恐らく今の貴方に足りないものは、知識と剣術と時間です。
怪物を倒せるようになりたいのなら、この世にどんな怪物が居るのかを知ること、どう対処するのかを学ぶこと。

それから、ただ一振りの剣では知能のない獣は狩れても、強大な怪物や凄腕の戦士にはラム君の今の剣は通用しないでしょう。
何故ならそこに剣の術理、すなわち剣術が備わっていないからです。
ただ振り回すだけでは剣は棒きれと何も変わりません。
剣術というものを簡単に説明するならば、最初の一振りを防がれた後に効果的な二振り目を繰り出す必要があります。
その斬撃の連続を何十合にも繰り出し続けるのが私の知る剣術というものです。

そして、ラム君、貴方に最も必要なのは時間です。
貴方はまだ13歳なんですよ、人生はこれからもっと長く、自分が考えているよりももっと多くの出来事があって、それを糧に貴方は成長するでしょう。
まだまだ長い時間があるんです、焦らないでください、貴方は無限の才能と可能性に満ちていますから。」

 しばしの間、すっかり暗くなった森の奥地で2人は安穏とした静けさに包まれていた。

「……分かったよ、オルカお姉さん。
もう焦ったりしないよ。
でも、それでもね、僕は少しでも早く強くなりたいんだ、今の僕にできることをしたいんだよ……。

だって僕は……ウィルの隣に立ちたいんだ!
約束したんだ!大樹に誓ったんだよ!一緒に英雄になるんだって!
でもこのままじゃウィルだけが英雄になって、僕はきっとついていけないから……。

だからオルカお姉さん!僕に剣術を教えてください!お願いします!」

 心の奥底に溜め込んでいた想いを吐き出し、ラムは頭を下げて頼み込んだ。
今しがた目の前で見たオルカの剣術こそを知りたかった、学びたかったのだ。

「はぁ……仕方がないですね、分かりました。
では明日から、君に私の知るレイディアン家の剣の術理を教えましょう。」

 オルカ・レイディアンは心のどこかで確信していた。
荒れつつある今の時代、近い将来に英雄として立つのは、このラムという少年なのだと。

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