2章 7話 幻獣種


黒い肌。黒い眼。額に生えた黒い角。背中から生えた蝙蝠のような4対の羽。
真っ赤な衣装の貴族のような出立ち。
人に似ているとはいえ、その禍々しい風貌は見るもの全てに根源的な恐怖を与えるだろう。
孤の字に開かれた口からは真っ赤な歯と舌が覗いて見えた。

誰もが御伽話で知っている。恐怖と厄災の象徴。
幻獣種『悪魔』

悪魔がオーフェンとディアモンテの前に現れていた。

「本当に向こうから来るんだ、行儀良いじゃんかよ」

「オーフェン!油断するな!魔剣は常に解放しておけ!!できるなら炎が好ましい!樹海ごと燃やし尽くすつもりでやれ!!」

ディアモンテの言葉通りにオーフェンが特大剣を掲げ、剣に赤い光が宿る。

「了解!
『エンチャントテーブル』!!
『エンチャント・フレイムソード』!
ッシャオラァァァァァァァァ!!!」

特大剣が燃え盛る炎を纏う。
同時に悪魔が動き出した。
両の手から泥のような闇が溢れ、空中に無数の剣が生成され射出しはじめた。

ディアモンテが次から次に大剣で弾き、時に避けながら悪魔に肉薄する。

ディアモンテの大剣と悪魔の闇を纏う拳がぶつかり合う。

「くっ、一筋縄ではいかないか!!」

「隊長伏せてください!!!」

オーフェンの特大剣から放たれた炎の斬撃が悪魔に降り掛かり、悪魔は腕に纏う闇で打ち払う。

「ちっ、効かねえのかよ!!」

「いや!確実にダメージはある!!」

ディアモンテの視線の先には煙をあげている悪魔の腕があった。

「……焼けてんのか?」

「魔剣の炎は魔性の存在には予想以上に強力みたいだな。
私が前を張る!隙を狙って炎でダメージを与え続けろ!」

「了解!」

ディアモンテが再び駆け走り、悪魔に斬りかかる。
悪魔が闇のカーテンを作り出して姿を隠すが、すかさずオーフェンの炎が闇を焼き払い、ディアモンテの大剣が悪魔の頬を皮一枚斬り裂いた。

『¥$€°¥€#°3°###?』

悪魔が思念のような何かを解き放ち、頭に流れ込んでくる。

「な、なんだ?何か言ってる?」

「オーフェン!!意識を向けるな!惑わされるぞ!」

「、危ねっ、了解!!」

ディアモンテが大剣で悪魔に斬りかかり、悪魔が両手でその大剣を防ぐ。

オーフェンの炎が来ない。
ディアモンテは悪魔と鍔迫り合いながら叫んだ。

「どうした!!オーフェン!!」

「くそ!!アンデットが現れて邪魔してくる!!」

オーフェンの周りにアンデット達が現れてオーフェンに襲いかかっていた。

何度もアンデットを焼き斬っているが、際限なくアンデットが現れ続ける。

「隊長!!少し時間をください!!必ずすぐに援護します!」

「了解だ!!私一人でも持ち堪えてみせるとも!!」

『€€$¥☆♪♪♪♪♪♪---』

「はああああああ!!」

オーフェンの炎の余波で樹海が燃え始め、辺りは火の海となりつつある中で、ディアモンテの大剣と悪魔の闇を纏う拳が何度も激しくぶつかり合う。

気炎を吐きながら大剣を振るっていたディアモンテは一度悪魔から離れた。
悪魔の両の手から泥のように垂れ流された闇が地面に溜まっていて、それが悪魔の側で人の形を成したからだ。

『%%°%°%#1→→♪♪♪????ww』

「よっ、どうしたディア?元気にしてたか?」

闇で作られた真っ黒の人形は徐々に色が付いていき
やがて一人の男を作った。
ダラけてそうで、頼りなさそうで、どこにでもいるような無精髭を生やした男。

「ファルク…隊長…」

あまりにも懐かしく、それでいて自分の中でどれだけの歳月が経っても色褪せない思い出。尊敬。

その闇人形から出る声色が、どうしようもなく自分の中の青春時代を想起させる。
もう2度と見れないはずのその姿を見れた事に涙が出そうで、できる事なら大剣から手を離して抱きつきたかった。

「そんなわけにいかないんです、隊長……!」

「おいおい本当にどうした?随分泣きそうな顔じゃないか!」

心配そうな顔をしたファルクがディアモンテに歩み寄る。

「大馬鹿ファルク…私は…騎士なんだッ!!」

ディアモンテは大剣を強く、強く、握りしめた。

『え〜、騎士たる者!如何なる時でも冷静に!仲間を信じ!民のために戦うのだ!え、王への忠誠?あー、いらんいらん!騎士は市民に忠誠を捧げるんだ!待て、でも王様に俺がこんなこと言ってたって言うなよ?』

大地を踏み締め、大剣を大上段から振り下ろした。

ファルクは特大剣でその斬撃を受け止める。
鍔迫り合いながらディアモンテは奥にいる悪魔を睨みつけた。

「貴様ァ……!!私の思い出を穢すなよ愚図が!!!!」

「やめてくれディア!!どうしたんだ!!」

ファルクが悲痛な声を出し心底ショックを受けたような表情をしながら特大剣で斬りかかり、ディアモンテは大剣でそれを受け流して膝蹴りを腹に叩き込んだ。

「ゴホッ、ゴホッ!なあ、悪かったよディア、ちゃんと事務仕事やるよ、表彰式を勝手に抜け出したりしないからさ!だからもう……やめてくれよ!」

「うああああああああ!!!!!!!クソガァァァァァァァァ!!!!!!」

ファルクが腹を抑えて蹲って、そのまま情けなく懇願しながらディアモンテに近寄り懐から取り出した短剣を突き刺そうとした。

短剣が刺さるよりも早く、ディアモンテの大剣がファルクの首を斬り落とした。

「ハァ…!ハァ…!!」

バシャっという音を立ててファルクを模した闇人形は泥に戻って地面に吸い込まれていった。

『¥$¥$$$?????wwwww』

悪魔が手を叩きながらニタニタと真っ赤な口を開けて音の無い声で笑っていた。

「ッッッッッ!!!!貴様ァァァァァッッッッッ!!!!!!!」

ディアモンテの視界が怒りで真っ赤に染まった。
激昂しながら大地を踏みつけて加速する。

悪魔が両腕を広げてまるでハグを求めるようなポーズをしながら両手から闇の矢を撃ちだした。

地面スレスレに刃先を滑らしながら疾駆するディアモンテは皮膚一枚掠らせながら闇の矢を避け、隙だらけの悪魔の首めがけて大剣を振りかぶった。

悪魔がキョトンとした顔でディアモンテの大剣を見ている。

「これでッ!!!」

時間がゆっくりと進んでいるような気がした。

「ディア!!!!」

…………

「…………。」

ディアモンテは決して背後を振り返ったりはしなかった。
例え、自分を呼び止める声が聞こえたとしても振り返ったりはしなかった。
例え、目の前の悪魔が…在りし日の隊長に見えたとしても斬れるはずだった。

頭ではどれだけでも分かっていたはずだったのに。
心は揺れ動いてしまった。

「ゴフッ…」

血が口から溢れ出す。
大剣は……悪魔の首に届かなかった。

『騎士たる者!如何なる時も冷静であれ!
誇りと信念を剣に込めるんだよ〜ん、分かる?
え、なに?いいから仕事しろって?ハァ〜、あーはいはい!ディアには心ってもんが無いのかぁ〜?』

「……ぁ…ファ、ルク、隊長……申し訳、ありません……」

悪魔が心臓に突き刺した腕を引き抜いた。
どさり、と音を立ててディアモンテが地面に崩れ落ちる。

『?w?w?w?w?w??????$%####.....』

悪魔は嘲笑を浮かべながら、死体となったディアモンテを泥のような闇の中に蹴り沈めた。

腕についた血をハンカチで優雅に拭おうとした所に爆裂音と共に飛来する炎が悪魔に降りかかり、咄嗟に避けるもハンカチは燃えて消えてしまう。
悪魔が苛立ちを浮かべながら炎が飛来した方に視線をやると

『ダブルエンチャント・アンチマジックソード』

「こんのゲス野郎がァァァァァァァァ!!!!この樹海纏めて全部燃やして!!お前をぶち殺してやる!!!!!」

オーフェンが特大剣を構えていた。
特大剣の炎はどこまでも吹き荒れ、周囲一帯のアンデットは全て灰となって消し飛んだ。
それはまるで特大剣そのものがディアモンテの死に怒りを噴き出しているようでもあった。

「よくも、よくも隊長を!!!」

『???????????????』

悪魔が戯けたように笑い、オーフェンの特大剣と悪魔の拳がぶつかり合った。
拳に纏う闇は炎に焼き消され、悪魔の肌がジュウジュウと焼ける。
自分がダメージを負うのは予想外だったのか、慌てて飛び退いてはアンデットを呼び出し、更には闇の泥を散弾のようにばら撒いた。

「逃げんなアアアアアアアアアアアア!!!!!」

爆裂音と衝撃波。
オーフェンの特大剣から放たれる炎が爆発し、瞬く間にアンデットを灰にして迫り来る闇の散弾を焼き払った。

悪魔に追撃をしかけようとしたオーフェンだったが、声が聞こえて、オーフェンは動きを止めた。

「…オーフェン!!」

「っ、イレイナ!?」

振り返ったオーフェンの元にイレイナが現れた。

『′€#°€☆°°%@&&&&&?』

オーフェンと合流したイレイナの頭の中に言葉とも違う思念のような何かが流れ込んでくる。

「な、なに?何を伝えたいの?意味がわからない…!」

「ダメだイレイナ!耳を傾けるな!!悪魔の囁きに惑わされるぞ!!」

悪魔はニタニタと笑ってイレイナを見ている。
その視線を遮るようにオーフェンが炎の魔剣を翳した。

「隊長が言ってた!!この樹海全体がこの悪魔のテリトリーになってるんだ!イレイナは町まで逃げろ!
こいつは…俺がやる!!」

「まって、隊長と一緒だったの!?隊長はどこ!?」

「…死んだ…。」

強く歯を食いしばったからだろうか、オーフェンの口の端が切れて血が流れていた。

「そ、そんな……いや違う!この樹海には隊長やオーフェンに擬態してるアンデット達が沢山いた!幻惑か何かを見せられただけ
「違うッッッッッ!!死んだのはアンデットじゃねえ!!確かに俺の目の前で死んだんだよ!!隊長は殺された!!!コイツに!!!この悪魔に!!!
隊長の意思は俺が継ぐ!だからイレイナは逃げろ!」

悪魔の差し向けた手から泥のような闇が漏れ出し、無数の剣となって降りかかる。

「クソがァ!!!」

オーフェンが炎の魔剣を振り、飛び出た炎が闇を焼き払う。

「っ、…わかったわ。もう一つ、メイファンは?」

「分からねえ!姿も見てない!でもこいつにやられてないならきっと無事なはずだ!」

「メイファンに会えたら説明しておく…
絶対にすぐ応援を呼んで戻ってくるから!死なないでよオーフェン!」

「はっ、死ぬ気なんて一ミリもねえよ。この樹海ごと何もかも全部焼いてやらァ…!!」

魔剣の纏う炎が更に激しさを増す。

イレイナは背を向けて走り出した。

悪魔はニタニタと笑みを浮かべながら話が終わるのを律儀に待っていたようで、イレイナが走り去ってから再び炎と闇がぶつかり合った。

爆裂音と熱波を背中に受けながら樹海の中を走る。
オーフェンが樹海を焼いているからか?
先ほどまでよりもずっと暗闇は薄れてきているように思えた。

それでもアンデット達は消えてはいなかった。

「もうっ!邪魔しないでよ!!」

大量のアンデットが再びどこからともなく現れ生者であるイレイナに向かって群がり始めた。
イレイナは剣で斬り払いながら進もうとするがアンデットはその行手を阻み続け、際限無くアンデット達が沸き続ける。

気づけば周囲をアンデット達に囲まれており、一歩も進めなくなったイレイナは、その場で次から次に現れるアンデットを斬り続けた。

「どうしたら……!」

「ねえ、助けて欲しい?」

どこからか女性の声が聞こえ、イレイナは辺りを見渡すもアンデット達しかいない。

「誰?!どこに居るの?」

イレイナの眼が自身の真上、木々よりも高い所に浮かんでいる不透明な何かを視た。

「ふーん……貴女って『眼』が良いのね?でも残念ね、眼が良いだけじゃ何もできないわ」

「魔女!?あの悪魔やアンデット達は貴女の仕業ね!?よくもっ!」

「…?え〜?私こんなキモいの作ったりしないわ?酷い言いがかりもあったものね〜」

アンデットを斬り払いながらイレイナは激昂した。

「そんな嘘を抜け抜けと!貴様みたいな胡散臭い魔女の言葉なんて信じるものか!!」

「あらやだ、、怖ーい。
……でもいいの?貴女はこのままじゃアンデット達に食い殺されちゃうよ〜?」

アンデットの数は更に増え続け、イレイナがどれだけ倒しても一向に減る様子がなかった。

「くっ……くそ!
それでも……私は騎士だ!仲間との約束を忘れたりなんてしない!剣に誇りを!私はもう絶対に諦めないッ!例え数百数千のアンデットが相手でも!全て斬り伏せて私は私の騎士道を行く!!
魔女の甘言に惑わされたりなんてするものか!」

「……あらあら、そういうの嫌いなの」

心底反吐が出ると言わんばかりの冷め切った声がして、魔女はフッとその姿を消した。

それから暫く、10分か、20分か、永遠にも感じられるような時間の中でアンデットは絶えず沸き出し、イレイナは無我夢中で戦い続けた。

どれだけ心は折れずとも、身体はとうに限界を迎えていた。
全身から流れ出る汗で身体中がぐっしょりと濡れ、心臓が破裂しそうなほどに暴れて痛む。

視界がぼやけ、ついには大地に膝をついた。
手の握力が感じられなくて、今自分が剣を握れているのかどうかも分からなかった。

アンデットが今まさに自分に掴み掛かったのが分かっても、身体は動かなくて──────。

「僕は嫌いじゃないよ、騎士道。」

「……ぁ…。」

気づけばイレイナの顔の前で蒼い外套が揺れていた。
どこまでも透き通るような刃が暗闇を切り裂いた。
静かな湖面のようで、激情に燃える炎のようでもあったその刃は、ただ一振りで数百体といたアンデットを斬り伏せた。

イレイナの『眼』はふらりと現れた青年の剣撃を視ていた。
ただの一度だけ。ただの一振りだけ。
されど、確かに視た。
芸術の如きその一撃を。
剣の極地。真なる技の頂点。
剣術というものの果てを視たのだ。

「うぁ…。」

「…視えたの?そっか、眼が良いんだね。」

「あ、あの、助けて…お願い、します…オーフェンが…まだ、戦って…」

イレイナは意識を失いそうになるのを歯を食いしばって堪え、青年に助けを乞うた。

「大丈夫、悪魔はもう斬ってきた。」

青年はイレイナの隣に膝を立てて寄り添い、その身体を支えた。

「ほ、ほんとうに?」

「うん、嘘はつかないよ。僕は魔女じゃないからね。」

安堵ゆえか、全身に力が入らなくなったイレイナは青年の腕に身を任せながら、遠のく意識の中で問いかけた。

「どうか貴方の……名前を教えてくれますか…?」

「………ラム。」

「……ラム…様……私は……イレイナ……」

やがてイレイナの身体から完全に力が抜け落ち、意識を失った。

そっとイレイナを抱え上げて樹海を歩くラムの隣に、魔女がふわりと現れて空中を浮かびながら並行しだした。

「あら、助けちゃったの?」

「僕は魔女と違って騎士道は嫌いじゃないからだ」

「ふーん?……あ!もしかして……その女の子が気に入ったとか?どこ?容姿?容姿が好みだっていうなら私がその娘の容姿そっくりになってあげてもいいのよ?」

「気色悪い事を言わないでくれ。もうすぐ町に着く、人目につきたくはないんだろう?」

「あら、残念ね。
それから、あの悪魔はやっぱり帝国の工作員が運んできたみたいよ?
随分昔に絵画に変身して眠りに着いていたのを運んできてここらでお目覚め〜ってね」

「やっぱり…各地で魔種を放って撹乱した隙に幻獣種を解放したのは、リーメルの国力を削ぐのが目的かな?」

「そうだと思うけど〜、んー、正直この程度でリーメルの国力を削げるのかしら?だってあの悪魔もリーメル銀騎士団がくればすぐに倒されちゃわない?」

「多少は国力も削げるだろうし、何よりもリーメル銀騎士団が国内に目を向けざるを得なくなれば、連合軍の戦線に参加できなくなる。
それだけで銀騎士団と真っ向から戦いたくない帝国軍は喜ぶと思うよ。」

「ふーん、それにしても『魔導老公』は勿体無い事したと思うわ。あの悪魔を町の中で解き放てば10万人は簡単に死ぬのよ?あ〜、もったいないわ〜」

ラムと魔女が話をしながら樹海の中を歩く中、二人の前方で、パキリと草木を踏み締める音がして

「─────────貴方達は、なにを、してるの?」

リーメルの騎士鎧を身につけた黒髪の小柄な少女、メイファンが立っていた。

「…あらあら、もしかしてまた新しいリーメルの騎士?」

「…まさか…!マズイ…魔女は黙ってろ!
すまない聞いてくれ、違うんだ。

「…何が?何が違う?何も違わない…!」

メイファンの頭に黒毛の猫耳がぴょこんと生えた。
黒髪の毛先がちりちりと風で逆立っている。

「その子に……何をしたの…!」

茶色がかった黒目が黄金に変わる。
メイファンの目はラムの腕の中で力無くぐったりとしているイレイナを捉えていた。

「うっそ…黄金の眼?この娘もしかして…」

「待て!誤解だ!」

ラムが静止の声を上げるも聞き入れる様子は無い。

両腕に白い光が集まって、眩いほどに強く輝き出す。

「イレイナに……触れるナアァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!」

メイファンの黄金に輝く闘気が樹海の中で爆発した

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