6話キャラバン

 辺境伯領の領都マーズは豊かな草原や森からくる資源に恵まれ、木材や植物の実が特産品である。
また、異国の物が公国に入る際に必ず通る公国の搬入口とも言われるほどの国境付近では最大の都市であり、隣国から流れてくる物や人を陰ながら調べ監視する国軍が少なからず派遣されている街でもある。
そんな大都市、領都マーズにはキャラバンが到着しており、更なる賑わいを見せていた。

これはその裏で起こっていた話である。

 領都マーズの中心地には、見るものに絶大な財力を誇っていると分からせる辺境伯の豪華絢爛な屋敷が建っている。
その屋敷内の一角は会議室として設営されており、今は5人の要人がそこに集まっていた。

屋敷の主のレベリオ・ライル・マーズ辺境伯
辺境伯軍司令官のゴザ
キャラバンで最も権力を持つ国内随一の大商会シマネコの商会長代理人リックマイク
領都に派遣されている国軍の小隊長オルカ・レイディアン
そして、キャラバンの護衛隊長テセウス

全員の顔を見渡してから、マーズ辺境伯が話を切り出した。

「さっさと本題に入ろうではないか。
それで、報告は本当なのかね?ゴザ君。」

辺境伯軍司令官ゴザが額の汗を拭いながら答える。

「え、ええ!報告は本当です!辺境伯軍の偵察兵が5日程前に確認致しました。
領都に隣接する岩山を超えた先の草原地帯に、幻獣種『沼男』が徘徊していて、キャラバンの進行ルートと衝突する可能性はかなり高いと我々は見ています。」

それを聞いた商会長代理人のリックマイクが泡を吹いて慌てふためく。

「な、なに!?げげげげ……幻獣種ぅ!?!?
そ、それではキャラバンは草原を通れないではないですか!キ、キャラバンは、毎年同じように予め定められたルートを進行しているんですよ!
1日だけならまだしも、これが1週間以上も遅延するとなったら……キャラバンに随行する商人達にどれだけの金銭的損害があ〜あわあわあわあ」

騒ぐリックマイクを遮るように、国軍小隊長オルカ・レイディアンが軽く手を上げ生真面目な表情を崩さずに発言する。

「失礼、発言をよろしいでしょうか。
ありがとうございます。
浅学非才の身であるため、可笑しな事を言っていると思われるかもしれませんが、幻獣種『沼男』とはそもそも沼地や湿地帯に出現するものでは無いのですか?
また、幻獣種の中では温厚な部類であり、人を積極的に襲うことは極めて稀であると文献で読んだ覚えがあります。
此度の幻獣種は本当に『沼男』であっているのでしょうか?
また、本当に『沼男』であった場合に文献通り温厚であるならば、そこまで警戒する必要はない様に思われます、如何でしょうか。」

辺境伯軍司令官のゴザが答える。

「小隊長殿は良く文献を読んでおられるのですね?
我々の方でも再三、学者達に確認をとりましたが『沼男』で間違いありません。
しかし、問題はその『沼男』が異例である草原に出現していることだけではなく、明らかに怒り狂っている状態であることです。
現在の草原地帯は『沼男』が吐き出した泥と、『沼男』によって見境なく殺されている原生生物の肉塊だらけで、キャラバンが無策で草原に突入すれば間違いなく襲われるでしょう!」

「そんな暴れ回ってるんならキャラバンだけの問題で済まないんじゃないのか?
ほら、丁度良いところに例え幻獣種でも倒せるキャラバンの護衛隊が今ここにいるぞ?
前置きが長いんだよなあ!要は『辺境伯軍じゃ手に負えません〜、倒してください〜』って事だろ?」

自信ありげにキャラバンの護衛隊長テセウスが発言した。
この場に相応しくない舐めた言動に、辺境伯軍司令官のゴザは顔を苦々しく歪める。

しかし、マーズ辺境伯は表情を変えずに言葉を返した。

「ああ、その通りだとも。
我々の手には余るのだ、キャラバンの為、我が辺境伯領の為、頼めるかね?テセウス君。」

テセウスがニヤニヤとした顔つきで更に何事かを発言しようとした所に、会議室の扉が叩かれる。
ゴザが扉の向こうに何者かと問う。

「辺境伯軍偵察隊の者であります!緊急の報告がございます!」

「構わん、入って話すことを許可する。」

「はっ!報告します!
夜明け前に出発した偵察隊が今しがた帰還しました!
帰還した偵察隊の報告によると……幻獣種『沼男』が岩山にて死亡しているのを確認したとの事であります!!」

「エッ???」
「は、はあ!?!」

「や、やや、やったあーー!!ふうー!!これこそまさに主神の御加護!御導き!!キャラバンを憂いた主神が御使いを遣わし、愚かで野蛮な幻獣種を討ち倒したに違いありませんぞー!!おお神罰ですぞー!!ああ!主神よ!感謝しますうー!」

驚き固まる面々とあまりの嬉しさに興奮しタップダンスを踊り出すリックマイク。

それらを無視し国軍小隊長のオルカ・レイディアンが動揺を隠せないながらも言葉を返した。

「それは、えー、そう!どのような状態であったのか報告していただきたい!
死体はどんな状態で、岩山に死体があったと言ったな?では、岩山は、あー、死体周辺はどのような状態だったのです!争った形跡はあるのですか!兵よ答えなさい!」

「はっ!幻獣種『沼男』は泥を一切纏っておらず胴体に大穴が空いた状態で岩山に倒れており、動かなくなっているとの事です!
また、岩山はその大部分が泥に覆われており、『沼男』の死体周辺には明らかに何かと戦闘していたと思われる形跡が確認できております!」

「…何が起きたと言うんです…?
突然何も分からなくなってしまった、これでは話は全て振り出しですね……」

オルカ・レイディアンは頭を抱えた。
会議室はまだまだ荒れそうであった。


 僕はお魚が食べたい。
今日こそはお魚を釣らねばなりませぬ。

山の中の渓流で、一人静かに座禅というのを組みながら釣り糸を垂らしている僕の名前はラム。
最近、剣士として急成長してきている気がする……たぶん。

沼地の怪物、幻獣種『沼男』をウィルが倒してから1ヶ月くらいが経った。
ウィルのお父さんは瀕死の重傷だったけど、なんとか一命を取り留め、今も傷の治癒のために寝たきりで奥さんの看病を受けている。

だから僕は変わらず特訓の日々を過ごしているけれど、ウィルはお父さんの代わりに狩人としての仕事もこなしている。

 『沼男』を倒したあの日、村に帰った僕たちを村のみんなが総出で出迎えた。
みんなは飛び出して行ったきり帰ってこない僕とウィルを心配していたみたいだ。
そうして、瀕死の重傷を負っている狩人に気づいた村のみんなはもう大騒ぎで、慌てて治療をして家に寝かせたあと、僕とウィルは説明を求められた。
僕はウィルが『沼男』を倒した事を話そうとしたけど、それよりも先にウィルが、僕たちは幻獣種がどんなやつなのか好奇心に負けて草原に向かい、その結果、瀕死の親父を見つけて背負って帰ってきたとか言って嘘の説明をした。
そのせいで僕たちはめちゃくちゃに怒られた。
それでもおかげで狩人が助かってよかったとみんな喜んだりもしたけど………。
僕の両親とトリシャさんはウィルの話に納得していないみたいだったけれど、詮索はしないよと言ってくれた。
ウィルのお父さんもあの日の夜に関しては話さず、ただ『沼男』がもう村に向かってくることはないとだけ村のみんなに話をした。
ウィルの活躍を話せないのは少し残念だけど、それならそうと僕は変わらない日々を過ごす事にした。

そして今に至る。
ウィルが狩人としての仕事で忙しいから一人で特訓することが増えた僕はこうして座禅を汲みながら釣りをしていた。

座禅というのは精神統一による精神修養にもなるとかで剣士にも通じる修行らしいけど……そろそろお魚釣れないかな?
あれ?精神統一ってなんだっけ?まあいいや。
最近お肉ばっかりでお魚を食べていない事に気づいてしまったので仕方ないと思う。
でも釣りに挑戦してもう3日目でお魚は全く釣れる気配がない。
うーん、もしかしてここにはお魚はいないのかな?でもお魚の気配自体はある気がするんだけどなあ…….。
3日経っても何も変わらず、うんうんと悩んでいると、ふと、釣り糸の先にある浮き仕掛けがぽちゃりと水面に沈む。

あ…。
お魚さーーん!!!!!!!


渓流の側の河原で火を起こし、串に刺した川魚に塩を振り慎重に焼き始める。
秘密基地に帰る時間すら惜しい、口から涎が垂れそうになり慌てて口元を拭う。
魚脂の焼けた匂いが、昼ごはんはまだかと唸るお腹の虫を刺激する。

「失礼、こんにちは、とても美味しそうですね。
よかったら私の取った魚も焼いていただけませんか?」

焼いている魚に夢中になっていたラムは突然かけられた声に驚いた。
声をかけられた方に顔を向ければそこには若い女性がいた。
淡い桃色の短髪に燃えるような真紅の瞳、真面目さを思わせる表情は、今は少しばかり微笑んでいるようにも見えた。
着ている服はラムにはよく分からなかったけど、小綺麗な礼服だった。

「えーと、いいですよ!でも、お姉さんはどうしてここに?山の中は危ないよ?」

ラムは、お姉さんが渡してきた籠に入っていた川魚を3匹とりだし、器用に串に刺して一緒に焼き始めた。
一人でくるには山の中腹にあるこの渓流は少し危険だ。
大熊に襲われたことがあるラムは余計にそう思っていた。
いやもっと言えばそもそも村でこの女性を見た覚えは無い。どこから来たのだろう。

「心配してくれてありがとう、でも大丈夫、私はこう見えてそこそこ腕の立つ戦士ですので。
それに山は歩き慣れています、俗世とは違う山や森の静けさが気に入っていて、よく散策するのが趣味ですから。
そういう君こそ大丈夫なのですか?山には危険な獣がいっぱいいますよ?」

そう言って女性は少し離れた岩の上に座った。

「僕には剣があるから大丈夫!
ここら辺にでてくる獣はもうみんな倒せるよ!
ところでお姉さんは誰?どこから来たの?村の人じゃないよね。」

それはそれとして、良い焼き加減になった川魚に齧り付く、塩と魚の旨味が口の中で広がった。
うまーい!!!!なんて美味しいんだ!!
釣られてくれてありがとうお魚さん!すっごく美味しいです!!

「……私はキャラバンに随行してきた旅人ですよ。
今朝から村にキャラバンが来てるのを君は知らないのですか?
それなりに朝早くに到着したはずですが。」

「あ!キャラバンが来たんだ!僕は朝日が昇る前に山に来てたから知らなかったや!
教えてくれてありがとうお姉さん!
それとお魚焼けたよ、どうぞ!美味しいよ!」

ついに村にキャラバンがきた。
このお姉さんはキャラバンについてきた人だったんだ。
ラムは予定を変更して焼き魚を食べた後は特訓じゃなくて村に戻ってキャラバンの売り物を見ようかなあ、と考えていた。

「ふふ、焼いてくれてありがとう、でも私は3尾も食べれないから1尾で良いんです。
先程とても美味しそうに食べていたし、良かったら残りは君が食べてくれませんか?」

「え!良いの?ありがとうお姉さん、良い人だね!
いただきます!」

女性はラムが焼き魚を一心不乱に齧り付く姿を微笑ましそうに見ていた。

「少し聞いても良いですか?
この村に凄い強い大人はいますか?それこそとても恐ろしくて強い怪物を倒しちゃうような人を知っていますか?」

恐ろしくて強い怪物を倒せるような人?ウィルのことかな?ウィルは凄い強いけどまだ大人ではないよね、うーん。

「ごめんねお姉さん、僕はちょっとわからないかも!でも狩人さんなら強い大人だよ!牙狼の群れがどれだけ来ても簡単に追い払えちゃうからね!」

女性は少し考え込んでいるようだった。

「狩人さんは今ケガを負って寝込んでいる人であっていますよね?
どうにも私の探し人はその人では無いようなのです、君は他に何か…おや?」

ラムは急いで残りの魚をすぐに食べ終えて飲み込み、女性に言う。

「んぐ、大熊だ!お姉さん!僕の後ろに下がってて!」

渓流の川の向かいには大熊がいた、どうにも魚の焼けた匂いに釣られたようだったが、もっと食いごたえのありそうなものをみつけたと、迷い込んだ大熊の視線は物語っていた。
ラムは腰に下げていた木剣を手に握り正眼に構える。
一ヶ月前にウィルといた時に襲われた大熊よりも一回りは小さいが大熊は大熊だ。
凶暴で、襲う相手に見境がない。

大熊は走り出して川なんて簡単に渡りラムに飛び掛かってきた、体を捻り右腕に全体重を掛けたようなその拳は、殴られたらひとたまりもないだろう。
しかし、ラムはしっかりと大熊の挙動を見ていた、最低限の動きで体を反らし拳を避ける。
大熊は勢いを殺さず更に左腕で殴りかかってくる、ラムは木剣を大熊の拳に添えて流した。
そして、大熊の懐に一歩、強く踏み込んで振られた木剣は地面から空に弧を描き、大熊の首は静かにゴトリ、と地面に落ちた。

「………ふぅー……よし!僕も今までとは違うんだ!あれから一ヶ月も特訓してるんだから、大熊だってへっちゃらさ!ふふん!お姉さん、もう大丈夫だよ!」

女性は驚いていた。
少年の振るうその剣筋は確かに見事なものだったが、何より驚いたのは少年の言葉だった。
一ヶ月でこの剣筋を得られるというのは聞いたことがない、もし本当にそうならこの少年は天稟の剣才を持っている事になる。
それに、村で調べた限りではこの少年は平凡な農夫の息子であるはずだ。
少年に戦い方を教えたのは誰か?剣を持たせたのは誰なのか。
きっとその人物こそが私の探している相手に違いない。
この少年はまだ何か隠しているだろう。
この少年の師であろう人物を見つけなくてはならない。

「ありがとう、君はとてもすごいね、まさか君のような少年に助けられるとは思ってもいませんでした。
ああそうだ、今更かもしれませんが名前を聞いても良いでしょうか?」

「本当?照れるなあ。
僕の名前はラムだよ!あ、お姉さんの名前も教えてよ!」

「ラム君ですね、わかりました。
私の名前はオルカです、これから村に戻るのでしょう?
何かの縁です、君がよければキャラバンの中でも私がおすすめの物を紹介させてください。よろしいですか?」

「うん!オルカお姉さんが良いなら勿論!
あ、でも僕はキャラバンが来たら自分の剣が欲しいって思ってたんだ〜、あるかな?」

「ええ、是非案内させてください。
武具の類はたくさんありますからゆっくり見て吟味されるのが良いと思いますよ。
それでは早いうちに村に向かいましょうか!」

オルカはそう言って歩き始めた。
ラムはすっかりオルカの事を信用し、村に向かってオルカの後を続いた。

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