2.俺の名前はウィル!

 俺はウィル!ラムと一緒にこの公国で英雄アウリクスの様に最強で最高の英雄になる男だ!!!

 大熊には正直焦ったぜ!
一瞬ラムが死んじまうかと思ったがなんとかなってホッとしてる。
ラムはラムが思ってるよりもずっと強いし、才能もある。
誰よりも真面目で直向きに努力できるラムだったから、あのとき大熊と打ち合ってもなんとかなったんだろうな〜、なんて。

ラムを家に預けた俺は自分の家に親父がいるか確認してみる、大体昼間は狩りにいってるだろうから居ないだろうけど……

って俺の予想は外れた。
朝日が出る前に家を出て行った親父は既に家に帰ってきていて、なにやら難しそうな本を開いて難しそうな顔をしている。

「おい、親父!もう帰ってきてたのか!急ぎで村のみんなを集めて集会を開いてくれ!!」

「おいおい、難しい本を見て難しそうな顔してる偉大な親父様に、おい親父!はねえだろ馬鹿息子が!
で?集会なんざ開いてどうしようってんだ」

「村のみんなに山に近づかない様に言ってほしいんだよ!
今朝からラムと山に入ってたんだけど、村にかなり近い山の中腹で大熊に襲われたんだ。
勿論返り討ちにしてやったぜ!だけど、どうにも嫌な感じがするから死体は放置してすぐに山を降りてきた。
ちゃんと調べずに帰ってきたからまだ分からないけど、普通の大熊って感じじゃなかった、あれは『魔種』っぽかったぜ!
普通の大熊は30分以上も風下の木の影に隠れ続けて奇襲なんてしてこないよな?それに左腕をもがれても戦意がこれっぽっちも萎えないなんて野生の大熊じゃありえない!
それにそんな大熊が中腹まで降りてきてるんだぜ?山がやけに騒がしいし、夜に鳴くはずの鳥や虫の声もたくさん聞こえた、山で何かが起こってる!!」

俺はとにかく山の様子がおかしいことを伝えたが親父は驚きもせずに何やら悩んでるみたいだった。

「落ち着け、言いたいことは分かった。
とりあえずはラム坊に怪我がない様で良かった。
実は俺も朝から色々あってなあ、集会を開こうとしてたんだが……。
うーむ、まずはお前が倒したっていう大熊の回収と山の様子を確かめに今から俺とお前で山に行こうか、道中で詳しい話もしよう。

トリシャー!今からウィルと山に入ってくる!村長にできるだけすぐに集会を開きたいって旨を伝えておいてくれないか!
できるなら俺が山から降りてきたらすぐに集会を始めたいんだ!」

奥に居るんだろう母さんにむかって親父が声をかける、母さんの返事はすぐに返ってきた。

「はいはい、話は全部聞こえてましたよ。
村長さんに集会の件は伝えますから、なるべく早く山から帰ってきてくださいね?その間、村のみんなを待たせるんですからね!」

「おう、すまんな。おら、さっさと行くぞウィル」

親父は無造作に木の槍を片手で持ち、背中に荷袋を背負ってそう言った。


俺と親父は山の中を駆けていた。
俺が先頭を走り親父が後ろをついてきている、道中で話をするとか言ってたが親父は山に入ってからずっと無言のままだ。
そう時間はかからずに山の中腹、俺とラムの秘密基地がある大樹の前に来た。
大熊の死体は変わらずそこにあった。

「親父!こいつだ!まだ他の獣に荒らされたりはしてない」

「ほほう、こりゃ結構でけえな、背は2.5m以上か?
うーむ……だが残念、こいつは『魔種』じゃねえだろう、せいぜいが山奥の方でデカい面して踏ん反り返ってた縄張りのボスってとこだな。
ただし山の空気が荒れてるのは間違いねえから、こいつを中腹に追いやるような更にデカいのが、それこそ『魔種』が山奥に迷い込んできてるのかもしれんがな。」

親父は荷袋から取り出した荒縄で、持って来た槍に大熊を器用に縛り付けて背に担いだ。

「へっ、大した事なかったな!やいやい馬鹿息子!今日は熊鍋だぜ!楽しみだ!さっさと帰るぞ!」

それでも山が荒れてるなら村のみんなに近寄らない様に言うべきじゃないのか?何適当言ってんだこのクソ親父……と思ったがぐっと堪えた。

「そっか……『魔種』じゃないのか、ちょっと残念だぜ。それにしても親父はどうして『魔種』かどうかってそんな簡単に分かるんだ?」

「あん?『魔種』はなあ〜、特徴的な臭いがすんだよ、なんて言えばいいんだ?魔素臭い?みたいな?
獣臭いとはまた違う感じなんだが、それにもっと見た目とか強さが明らかに普通じゃないって分かるぞ、お前も『魔種』に遭遇したらすぐに分かるようになるさ」

親父はそう言いながら山を降りだした、大熊を担いでいるから来た時よりも速度は少し遅い。

「ふーん、魔素臭い……か、よく分からないな。
それで親父、詳しい話ってなんなんだ?親父は今日どうしたんだよ」

「おう、心してよく聞け……。
いいか?今朝俺は狩りに行った先でなんと!『沼男』を見つけたんだ!ビックリして慌てて帰ってきちゃったぜ!わはは!
……ってのは冗談でよ、おいおいそんな怒んなよ!」

「うるせえな!怒ってねえよクソ親父!!!それでその『沼男』ってなんだよ!」

「怒ってんじゃねーか!誰がクソ親父だ!!
あのな、『沼男』ってのはな?幻獣種に分類される珍しいやつで、見た目は体長4m前後の全身泥のクソデカ人型生物だ。
比較的温厚で人間や他の生物が目に入ったからって襲いかかってきたりはしないし、そもそも滅多に見かけることも無い。
もっと言えば普段は沼地の深い泥の中に沈んで1日の殆どを眠ってるらしい。
外で活動する時は体内に溜め込んだ泥を皮膚から吐き出し続けて、吐き出してる泥を身に纏いながら活動する。
で、だからどうしたって言いてえよな、急かすなよ馬鹿息子のくせに。」

「急かしてねーよ、物珍しいだけで何か問題があるのかよ?」

「ぺっ、聞いて驚け!この『沼男』を見つけたのは山の麓にある湿地帯じゃない、村を挟んだ真反対の場所の草原で散歩してやがったんだ。
草原に『沼男』が現れたなんて事例は見た事も聞いた事もない。
しかも草原はそのほとんどが、牙狼共の縄張りなのは知ってるな?
『沼男』なんて見たこともない化け物が泥を撒き散らしながら我が物顔で縄張りを散歩してやがんだぜ、そりゃあ牙狼共は怒り心頭よ。
今の草原は『沼男』と牙狼の群れの戦争状態だ、とんでもねえことになってるよ。
それを目の当たりにした村の狩人にして偉大な親父様は家に急いで帰って、『沼男』の詳しい生態が載ってそうな本を片っ端から探してたのさ。」

『沼男』のイメージがどうも湧きづらいが牙狼は知っている。
名前の通り強靭な牙を持った狼で、基本的に平均20体ほどで群れを形成し活動している。
群れには必ずその群れの主の牙狼がいて、そいつは他の牙狼よりもずっと体が大きくて力強い。
何よりそんな牙狼の群れが草原にはいくつもある、総数で言えば2000体はいるだろう。
『沼男』とかいうやつは放っとけば勝手に死ぬんじゃないか?

「なあ親父、それってそんなにやばいことか?放っておけばその『沼男』ってのは牙狼にやられて死ぬんじゃないか?
それに牙狼の群れもある程度減るなら俺らからすれば願ったり叶ったりな話じゃねーか。」

目の前を駆けていた親父はちらりと俺を見た後に鼻で笑った。

「そんな展開になれば確かに涙が出るほど嬉しい話だぜ、牙狼の群れには相当苦労してきてるからな。
でもなあウィルよ、俺は『沼男』は比較的温厚だとは言ったが弱いなんて一言も言ってないぜ?
このまま放っておけば草原の牙狼の群れは全滅するだろうな。
それだけじゃない、草原に生きてる生物が根こそぎ皆殺しになりそうな勢いだ。
草原で見た『沼男』はその生態をよく知らねえ俺でも分かるほどに怒り狂ってた。
視界に映る生き物を片っ端から潰して回ってる、そんな暴れ回る沼地の怪物がこれから俺たちの村に向かってくる可能性は決して低くない。
分かるか?真面目な話、大熊がどうのとか言ってる場合じゃない、明日にでも村から逃げるか、ここに残るか決めなくちゃならねえ」

は?あの牙狼の群れが全滅する?
また適当なこと言ってるんじゃないのか?
幻獣種は分かる、『炎天狗』って幻獣種がアウリクスの英雄譚にも出てきた事がある。
でも『沼男』ってのはそんなやばいのか?
いや、そもそも村から逃げるって言ってもどこに俺たちは逃げるって?

「ちょ、ちょっと待てよ親父!そんなの考えが追いつかないぜ」

「ガキが難しく考えて悩んでんじゃねーよ、大人の俺らが今日悩んで決めることだ、その為の集会だしな」

そうして話しているうちに村に帰ってきた。
村の広間には村の大人達がほぼ全員集まっていた。

「おう!みんな集まってるか?急に悪いな、うちのウィルが大熊を倒したらしくてよ!熊肉を分けてやるから許してくれ、わはは!!」

今年70になる村長が代表して話し出した。

「お前に限って心の底から悪いなど思ってなかろうて。
それで?狩人よ、わざわざ集会を開いたのはその担いでる大熊を息子が狩ったんだぞ、という自慢話をするだけではないよな?」

村のみんながゲラゲラと笑い出す。

「おいおい旦那!おれらは自慢話で呼ばれたのかい?そりゃ随分立派な獲物だけど勘弁してくれよ!ハハハ!」

「いやいや流石神童!この村も安泰じゃわい!」

続いて親父もひとしきり笑った後、大熊を地面に下ろして、真面目な表情で話だした。
草原の現状を、村が危険である事を。

「そんな平和な話だったら良かったんだがな……。
───────────大真面目に緊急事態だ。」

俺は黙って親父の説明を聞いていた。
村の大人達の顔がどんどん青褪めていく、大人達も『沼男』のことは知らなくても牙狼のことは知っている。どれだけ危険か、どれだけ強いか、個としても、群れとしても、草原に君臨し続ける牙狼たちを知らない村の人間はいない。
それが近い将来に全滅する、それもただ一体の幻獣種によって。

静まり返った広間で村長が親父に言葉を返した。

「そんな状況になっとるとは……
しかし、ふむ、村から逃げるのは得策ではないな。」

「何を聞いてたんだ村長!?脅しじゃないんだぞ!全員死ぬ!」

「しっかり聞いておったとも!
だがどこに逃げる?ここから草原を渡らずに向かえる村は山を越えた先だぞ、無理をして山を越えても山向こうの村がワシらを迎え入れる余裕がどれだけあると思う?

それにだ、まだこの村にもチャンスがある、正確な日にちは分からんが近い内にキャラバンが来るのだ。」

多くの行商人や商家の商人が荷馬車を引きながら国内各地の村や街を訪れ、時にその村の特産品を仕入れたり、資材や調味料、生活品を売ったりしながら一年を通して巡回し続ける、この国の政府が主体として作り出した大規模な隊商。通称キャラバン。

「そうか、もうそんな時期だったか?
キャラバンのルートは……草原しかないよな?マズイぞ、マズすぎる!今の草原を例え隅の方に迂回して渡るにしても危険すぎる!!
いや待て……護衛か?」

村長は重々しい顔で頷いた。

「そうだ、キャラバンには十数名の国内でも上位の実力を持つ護衛達がついているはずだ。
だからワシらはその幻獣種が村に来ないことをひたすら祈って、キャラバンを待つしかない。
キャラバンが来ればもしかすれば幻獣種を討ってくれるやもしれん。」

村長は希望はあると語るが、村長自身も村のみんなも表情は暗い。
そのキャラバンが来る日がいつかは分からない。
キャラバンが来る前に村に怪物がきてみんな死んでしまう可能性が高いのだろう。
言葉にはしなくとも皆そう思っていた。
村の広間には重苦しい静寂が降りていた。

「なるほど、そうか……さっきは怒鳴って悪いな村長。
俺は祈るのは性に合わねえからな、狩人としてこれから常に草原の状況を調べ続けることにするぜ。
キャラバンを先に見つけれたなら『沼男』の情報を伝えることもできるしな。」

「うむ、狩人だからこそワシらよりも強く心配してくれているのだろう、気にしておらんよ。
さあ、村のみんなで日々できることをしよう。難しく考えても仕方あるまいよ、まず明日も生きていくために食事をせねばならん、そろそろ夕餉の時間だ。
集会はこれで終わりとする、皆家に戻りなさい。」

村のみんなが足取り重くぞろぞろと帰っていく。
俺と親父も家に戻って母さんが作ってくれた熊鍋を食べた。

その夜、俺は荷造りをしている親父と話をしていた。

「ウィル、お前は明日からなるべくラムと一緒に山の様子を調べながら狩りをして、村のために肉を取ってこい、とにかく沢山集めろ、貯蓄はあればあるだけいいからな。
村のことはお前に任せるぞ、俺は明日から草原で『沼男』の動向を探りながらキャラバンを待つ。」

「言われなくてもそのつもりだったさ、でも親父……俺たちは本当に何もできないのか?『沼男』は倒せないのかよ!生きてるなら何かしら弱点があるんじゃないのか!?」

俺は……俺は!
親父は荷造りを済ませて俺に向き直る。

「ウィル、よく聞け。
お前はきっと将来誰よりも、英雄アウリクスよりも強くなるだろうよ、実際もう既に俺よりも強いのかもしれん。
それでもまだ今のお前に『沼男』を倒す力はない!
俺が居なくなる代わりにお前が村を守るんだ。

母さんを守ってくれ、頼んだぞ」

俺は最強で最高の…

「……分かった……親父、無茶すんなよ」

「はん!俺はこの村の狩人様だぞ、草原は庭みてえなもんだ、何も問題ない」

親父は槍と弓矢を背に荷袋を腰に下げて家を出た。
俺はずっと、親父の背中が見えなくなるまで見続けた。
親父は、振り返らなかった。

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