2章2話 魔女との邂逅

 オーフェン達の乗っていた馬車は街道を抜けて、穏やかな空気に包まれた農村に辿り着いた。
山々に囲まれたこの村は真ん中に線を引くように小河が流れていて自然豊かな場所だった。
稲穂が陽の光に当たって黄金に輝いている。
 馬車が止まり、御者席のディアモンテが後ろの3人に向かって顔を出した。

「道中で説明したと思うが、改めて任務内容を確認するぞ。
この村の農作物が獣によって荒らされているらしく、我々はこの獣の駆除にあたることになった。
質問はあるか?」

オーフェンが手をあげた。

「はいはい!今回の任務が獣退治だってのは分かったんスけど!
なんで獣退治が俺らなんスか?他の騎士じゃダメだったんです?」

「ふむ、君たちにとっては初めての任務だから、
簡単そうな依頼を前座としてこなしておこう、というのもあるが……。
ここの農村の狩人が山に入った際に魔女を見かけたと言っていたらしい。
もし本当に居るならその存在を確かめる必要があるが正直なところ信憑性は薄い。
だからあまり魔女のことは気にせず獣退治に集中しよう。」

続いてイレイナが手をあげた。

「はい、ではその魔女の容姿などを教えていただきたいです!
それと獣とは具体的にどのような獣なのでしょうか?」

「ああ確かに。私としたことが魔女の容姿を伝えていなかったな。
長い艶やかな黒髪に誰もが見惚れるような美しい容姿。
紺色のローブととんがり帽子を身につけているらしい。
それと、獣は恐らく魔種の猿だと思われる。そこまで難しい相手ではないが慎重に行くぞ」

「はっ、質問に答えていただき感謝します!」

「よろしい。
…メイファン、質問はあるか?」

「い、い、いいえ!質問はありません!」

ディアモンテに声を掛けられたメイファンは小柄な身体を更に縮こまらせて返事を返した。
自信のないメイファンの様子を見てオーフェンは心配になった。

(メイファンって精鋭?って感じ全然しないけど、こんな調子で大丈夫か?
まっ、いざとなったら俺が颯爽とフォローしてやればいいよな、そんで惚れられたりしたらどうしよう?うわ〜、困っちゃうな〜!)

「オーフェン?何してるの?さっさと行くわよ」

「ハッ!?い、いま行く!!!」

既にオーフェン以外の3人は馬車を降りて山を歩いていた。
慌てて追いついたオーフェンは何気なく周囲と共に隊長達を観察した。

(えーと、ディアモンテ隊長が大剣でイレイナが長剣と短剣か…。
あれ、メイファンって何も持ってなくないか?短剣すらないぞ!?
え?忘れてんのか?それとも実は非戦闘員?)

 オーフェンはメイファンが何の武装も持っていない事に気がついて聞いてみたかったが、周囲を警戒しながら山の中を進む今の空気を壊すのは気が引けた。

「む、木々の枝に握ったような跡があるな。
魔種の猿が通った後かもしれん、警戒していくぞ」

「了解です。」

慎重に頷くイレイナを見ていたオーフェンはいち早くそれに気がついた。
木々が騒めき、風が仄かに魔素の臭いを運んできていた。

「っ、上です隊長!」

木々の葉に隠れて赤い目を怪しく光らせる深緑の体毛をした猿が木の枝の上から飛び降りて襲いかかってきた。

狙われたのはメイファンだった。

「危ない!メイファン!」

猿の腕がメイファンの後頭部を目掛けて伸ばされる。
オーフェンが特大剣を構えようとしたが、それよりも速く、猿の腕は半ばから叩き折られた。

 メイファンの手刀が猿の腕をへし折ったのだ。
メイファンはそのまま猿の顔面を掴み上げ、まるで玩具のように振り回して地面に叩きつけた。
バキバキと猿の身体のあちこちから骨折音が響く。
地面に倒れたまま頭を踏み潰されて魔種の猿は絶命した。

「……えっ?」

「あら、流石ねメイファン!
決闘試合の時の相手も、あー、ルイネス?だっけ?瞬殺だったものね!
どこでそんな格闘技を習ったの?私にも少し教えて欲しいくらいだわ」

にこやかにイレイナがメイファンに近寄った。
ディアモンテ隊長も心配する素振りを一切見せずに腕を組んで頷いている。

「え??」

「そ、そんなことないですよぅ……。
い、イレイナさんにはとっても凄い剣術がありますから!私の拳闘術なんて必要ないです!」

「そう?でもメイファンの拳闘術?も凄いわ!剣が無くても戦えるんだもの!これからの仲間として頼もしいわね」

口をあんぐりと開けて固まっていたオーフェンはメイファンに指を突きつけて驚きのまま叫んだ。

「ええええ〜!!!め、メイファンって拳闘士だったのかよ!?!?」

「はあ?貴方、メイファンの決闘を観てなかったの?」

「い、いや、あの時はちょっと考え事しててさ……」

たじろぐオーフェンを見てイレイナはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ああ、なるほど!私に負けたショックで見ていなかったのね?それなら仕方ないわね〜」

「はあ!?そんなことねーし!大体あの時はちょっと様子見しようと思ってたから!次やったら勝てるし??」

「へぇ〜、戦場で様子見して殺されても同じこと言うつもり?」

「な、なにおう!!」

睨み合うイレイナとオーフェンの間にメイファンが割って入った。

「ふ、二人とも落ち着いて、任務中だよぅ…」

「ははは、猿共なら各員一人でも簡単に任せられそうだな。
よし、ここからは全員散らばって山の中を散策して猿を排除して回ろう。
固まって1匹ずつ倒すよりも効率的だろう。
構わないな?」

「は、はい!」

「了解です!!やいイレイナ!どっちが猿を多く倒せるかで勝負だからな!」

オーフェンはイレイナに言い捨てるように勝負を叩きつけ、茂みを掻き分けて行ってしまった。

「はあ?なんでそんな勝負しなきゃいけないのよ!ちょっと、オーフェン!?」

ディアモンテは穏やかに笑ってイレイナの肩を叩いた。

「まあまあ、良いじゃないか!
この際みんなで勝負しよう!誰が一番多く倒せるかな!さあいくぞ!」

ディアモンテが南に走り去っていく。

「え!?隊長まで!……はあ、こうなったら仕方ないわ、やるからには負けないからね!メイファン?あれ?」

イレイナは残ったメイファンに声を掛けようとしたが、既にメイファンもどこかに消えてしまっていた。

「……嘘でしょ?何この小隊……私これから先やっていけるかな……」

一人残されたイレイナは頭を抱えた。


─────────

「ひゃっほー!あ〜らよっと!」

 オーフェンは山の中を駆け走りながら身の丈ほどある特大剣を豪快に振り回し、木の枝ごと魔種の猿を両断した。

「ふい〜、これで8匹目ってとこか?へへへ、決闘じゃ負けちまったからな!もう簡単には負けられないぜ。
それにしても雑魚だな?魔種ってもうちょい強いもんだと思ってたんだけど……俺が強すぎるだけか!
お、ラッキー!もう1匹見つけたぜ!」

 オーフェンの目にはこちらに向かって背中を向けている魔種の猿が写っていた。
まだオーフェンに気づいている様子はない。
オーフェンは飛びかかるように駆け寄って特大剣を真上から振り抜いた。

しかし、振り抜いた特大剣は猿の両手で挟むように受け止められ、ギチギチと音を立てていた。

「な!?なんだこいつ!」

 振り返った魔種の猿は今までの猿よりもずっと凶暴そうな顔をしており、身体中の筋肉が隆起していてその体毛は真っ赤に染まっていた。

「Gugyaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」

「ちっ、こいつ、もしかして親玉みてえなやつか!?」

 魔種の猿は特大剣の刃を握ってそのままオーフェンを投げ飛ばした。
草木の茂みを突き抜けてオーフェンは地面に叩きつけられ、その瞬間、猿の更に向こう側に紺色のローブととんがり帽子を被った魔女を見た気がした。

「!?魔女!!いやっ、…間違いじゃねぇ!!確かに魔女を見た!!」

 目の前の親玉は強いが俺一人でも倒せない訳じゃない、もっと優先しなきゃ行けないことがある!

 オーフェンの頭の中は冷静だった、優先事項は間違えたりしない。
立ち上がった次の瞬間には大きく息を吸って、天に向かって叫んだ。

「魔女だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!」

猿の親玉は何事かと、叫ぶオーフェンに身構えている。

「よっしゃあ!これでヨシ!魔女は隊長達に任せて、お前をぶっ飛ばせば任務完了!ってな!」

「GI!!!Giiiiー!!!!!!!」

 突然大声を浴びせられた猿の親玉が怒り狂ったように牙を剥いて威嚇し、オーフェンの頭上の木々を飛び回る。

「おら、どっからでもこいや!ビビってんのかー!!」

跳ね上がり弾丸のように飛びかかる猿に対してオーフェンは特大剣を合わせて打ち弾く。
ガン!ガン!と重厚な音が響き渡ってから猿はすぐさま茂みに隠れ、また木々を飛び回る。
やがて猿と戦っているオーフェンの元にイレイナの声が聞こえてきた。

「オーフェンー!!!魔女はどっちで見た!?貴方は大丈夫なの〜!?」

「魔女は西の方角でちらっとだけ見えた!!こっちにはよく分かんねえ猿の親玉みてえなのがいるけど、俺一人で問題ねえ!」

「分かった!!私は魔女を追うわ!猿は任せたわよ!!!!」

「おう!気をつけろよ!魔女は猿の側に居たんだ!怪しい事してんのは間違いねえ!!」

 イレイナからの返事はもう返ってこなかったが、きっと聞こえていたはずだ。
頭上を飛び交い幾度となく突進や拳を振り下ろしてくる猿をいなしながら、オーフェンは特大剣を水平に構えた。

「さーて、時間かけてられねえし!そろそろ本気出すかァ!!

『エンチャントテーブル』!!!!」

オーフェンの周りを七つ七色の光玉が現れ、やがて一つの光玉が特大剣に吸い込まれて消えた。

「キタキタキタァー!!!
『エンチャント:ウィングソード』!!!!」

特大剣が暴力的な風を吹かせながらその刀身に暴風を纏いはじめた。
猿が木々をしならせ弾かれるようにオーフェンに向かっていく。
最高速で風を切りながら突進する様は砲弾の如く。

ザンッッッ!!!

しかし、その砲弾は風を纏う魔剣によって二つに両断された。
刀身に収束した暴風は斬撃と共に解き放たれ、硬質な体皮をしていた猿を両断してみせた。
吹き荒れる余波が木々を根元から引きちぎっていく。

「あちゃぁ、全身土まみれだよ………」

オーフェンは全身に降りかかった土埃を払いながら魔種の猿を見た。
真っ赤に染まっていた体毛は何故か深緑色に戻っており、頭から二つに分かれて絶命している。

「あれ、うーん、俺ってどうすればいいんだ?これ放置しちゃダメだよな。」

腕を組んで悩むオーフェンの元にガチャガチャと騎士鎧の擦れる音を立てながらディアモンテとメイファンが駆け寄ってきた。

「オーフェン!無事か!」

「は!無事であります!」

「魔女だという声は聞こえていたが……この惨状は?状況を説明してくれ」

ディアモンテが辺りを見渡しながらそう言った。
オーフェンのいる場所は地面が抉れ、木々が根本から引きちぎれていくつも転がっている、まさに惨状だった。

「は!魔種の親玉みたいなやつと交戦していましたが長引きそうだったため、手取り早く倒そうと俺が大技ぶっぱなしたらこうなりました!!」

「よし分かった、その大技に関しては後でまた詳しく聞くがとりあえず市街地での使用は禁止する。
それで魔女は?」

「え、えーと、最初に見たのは一瞬だけ、西の方角に居たのだけは分かっています!そこに死んでる猿の親玉と一緒に居たみたいで、
……隊長たちより早くイレイナが来て魔女を追跡してたはずなんですが、」

しどろもどろに話すオーフェンの言葉にディアモンテが目を見開いた。

「まさか、イレイナ一人で魔女を追っているのか!?どうして早くそれを言わない!?西だったな?先導しろオーフェン!急いでイレイナを追うぞ!!」

「え、は、はい!!」

山の中を走るオーフェンの後ろをディアモンテとメイファンが追従する。
メイファンは恐る恐るといった様子でディアモンテに質問した。

「あ、あの、魔女ってもしかして、すごく危険なんですか?」

「……魔女にも色々いる。
全ての魔女がすごく危険とは言わないが、それでもこの魔種の猿達を作り出したのは間違いなくその魔女の仕業に違いない。
……イレイナには荷が重いかもしれん。」

先導して走っているオーフェンは、ディアモンテの重苦しい言葉を聞いて奥歯を噛み締めた。

「すみません、俺がイレイナを引き止めていたら…」

「いや、全て隊長である私の責任だ!オーフェンが何かを思う必要はない!
それに、まだ何かあったわけじゃないからな、悲観的になり過ぎるのは良くないさ」

茂みを突き抜け、獣道を走るオーフェン達はやがて少し開けた場所に辿り着き

「そんなっ、イレイナッ!!!」

広間の中心で倒れているイレイナを見つけた。




 茂みを掻き分けながら、木々の間を走り抜ける。
後ろからはオーフェンと魔種の猿が激しく戦っているのだろう、戦いの余波と衝撃音が響き渡ってきていた。

「こんな山の中に魔女がいました、それも魔種の猿の側にいて、しかもその魔種は他よりも異常に強い個体だった?怪し過ぎるでしょ!絶対に見つけて捕らえてやるわ!」

思考を巡らせるイレイナの中では魔女は完全に悪者だった。
走り続けたイレイナはついに茂みを抜けた先に見える少し開けた広間を歩く魔女の姿を捉えた。

「いたー!!魔女ッ!」

茂みを跳び超えて、その勢いのままに木々を蹴り付けて加速し魔女に向かって飛び蹴りを放つ。

しかし、横から出てきた腕に足首を掴まれてイレイナは反対側に放り投げられる。
受け身を取って立ち上がり、咄嗟に長剣を抜いたイレイナの目に映ったのは

「あら大変よ〜、私ってば何故か命を狙われてるみたい!」

紺色のコートにとんがり帽子、星の飾りが施された杖を持つ魔女が呑気にイレイナに向かってそう喋る。
魔女の隣には帯剣している見知らぬ青年が立っていた。
無造作に伸びた暗赤色の髪を後頭部で一つに纏め縛っていて、その男の体格に合っていないであろう小さな蒼い外套を肩から羽織る無表情の男の剣士。

イレイナは成人女性の平均身長よりもずっと高い背丈をしているが、青年は更にイレイナよりも頭一つは高い背丈をしていた。

「惚けるな、自覚はあるだろうに。」

「あら酷いわ、私が何をしたって言うの〜?」

イレイナは長剣を握りしめ油断なく構えて問いかけた。

「私はリーメル騎士のイレイナだ!!
貴方達は何者ですか!?先ほど魔種の強大な個体を仲間が見つけて戦闘しています!何か関係していますね!?」

戯けたように青年の胸に寄りかかっていた魔女はニヤリと笑ってイレイナを見た。

「うふ、そうよ?関係しているって言えば関係してるわね。
あのお猿さんは強そうだったでしょ?お仲間さんは大丈夫そう?心配だわあ、うふふ。」

「魔女、あなたはどうしてそう人を煽るような事を言うんだ?」

「やっぱり、この山に異常発生している魔種の猿達は魔女の仕業だったのか……覚悟はできているな!!」

「きゃあ怖いわぁ〜、助けてラム〜!」

魔女は戯けた様子を変えもせずにそう言った後、ラムと呼ばれた青年に何かを耳元で囁いてから森の暗がりに消えていった。

「あ!待て!」

魔女を追いかけようとしたイレイナだが、その行手を青年が阻んだ。

「やめた方がいい、魔女なんて関わっても碌なことにならない」

「はぁ!?そんなこと言われて大人しく引き下がると思ってるの!?」

イレイナは長剣を構えて青年に振り下ろした。
青年はその場から一歩後ろに下がり最小限の動きでその剣を避ける。

「バカにしてるの!?こっちは剣を抜いてるって言うのに!剣を抜く素振りすら見せないなんて!」

「いや、怒らせてすまない、僕は不用意に女性を傷つけるつもりはないんだ。」

青年の言葉にイレイナの頭に急速に血が昇っていく。

「ああ、そう……貴方もあの魔女の仲間ってことね!!!捻くれたクズ野郎!!死ぬ覚悟はできてんの!?」

力強く地面を踏み抜いて振るわれる横薙ぎの長剣を青年は再びふらりと避け、更に返す袈裟斬りも風に吹かれる柳のように避け続けた。

剣を避けた青年の顔を目掛けてイレイナが爪先で土を蹴り上げる。

思わずと言った風に手で顔を庇った青年に向かってイレイナは片手で長剣の突きを放つ。

(これも避けられるかもしれない、だからもう一方の短剣で肩を斬りつけるッ!)

青年はイレイナの予想通りに、手で土を払い除けていたために見えていないはずの長剣による突きも難なく避けて見せた。

「ここだッ!!!」

二段構えで振り抜いた短剣は空を斬る。
短剣を持つイレイナの手首を青年は掴んで自分に引き寄せたため、密着しそうなほどの距離でイレイナと青年は見つめ合うような形になった。

「型にはまった剣術は自分の剣を押し付けられる格下相手には強いけど、相手が格上の場合は型にはまった剣術は分かりやすいから滅法弱いんだよ。
これからは型を繰り返し練習するよりも実践の中で剣の駆け引きを学ぶといい、君は良い剣士になれるよ。」

「な、な、な!なんのつもり!?」

青年はイレイナの鳩尾に小さく必要最低限の力で拳を叩き込んだ。

「うぐ…。」

ぼやけていく視界の中で、青年が崩れ落ちたであろう自分を抱きとめて静かに地面に寝かせたのが分かった。

「………女性の剣士を見ると、いつも…を思い出す……嫌になるよ。」


ずっと無表情だった青年が最後に少しだけ、今にも泣きそうな顔をしていて、イレイナの意識はそうして暗闇に落ちた。


───────────────。



「おい!しっかりしろイレイナ!!何があったんだ!!生きてんだよな!?!!」

オーフェンにぐわんぐわんと頭を揺らされてイレイナは目を覚ました。

「…あ、オーフェン?隊長、メイファンも…。」

ディアモンテはイレイナに背を向けて周囲を警戒していて、イレイナの側にはオーフェンとメイファンがいた。

「意識ははっきりしているか?イレイナ、落ち着いてからで良い、君に何があったか説明してくれ。」

メイファンが心配そうな顔でイレイナの背中を静かに摩っていて、イレイナはおかげで幾分かすぐに落ち着きを取り戻した。

「魔女を取り逃しました。私は…」

ふと、イレイナの頭に青年の顔が思い浮かび上がったが何故だか青年のことは黙っていたかった。

「よく覚えていません、魔女と会話をしていた所までは覚えているのですが、途中から記憶が無く……」

「そうか、魔術を使われたのだろうな…。
街に戻って精密な検査を受けた方がいい、呪いなどがあるかもしれん。」

「私の不手際で…申し訳ありません。
魔女は自らが魔種の猿たちと関係しているようなことを言葉の端に匂わせていました。
間違いなくあの魔女が魔種を操っています!」

「うむ、私もその方向で本部に報告するつもりだ。
まずは街に戻ろう。自分で歩けるか?」

「はい、歩けます!」

「ほ、本当に大丈夫?イレイナ…」

メイファンがイレイナの腕を持っていつでも支えられるように隣を歩き出した。

「ごめんメイファン、ありがとう。」

「ううん、き、気にしないで」

山を降りた四人は馬車に乗って村を出た。
ディアモンテが御者席で馬を走らせる間、オーフェン達は疲れからか眠ってしまっていて、目を覚ました時には既にリーメルの街に辿り着いていた。

「ん、起きたか?私はこれから本部に戻って任務の報告をしてくる。
イレイナは私に着いてこい、本部で身体検査を受けるぞ。
オーフェンとメイファンはこの場で解散していい、各々自分の武装の手入れは忘れるなよ。
明後日の朝にもう一度我々の隊舎に集まってくれ。以上だ。」

「「「了解」」」

その場で解散したオーフェン達は別々の道を歩きだしたが、オーフェンはふと振り向いてイレイナの歩く後ろ姿を見た。

ずっと何かを考えていて心ここに在らずといったイレイナの様子に違和感を覚えたが、魔女にやられた後だから仕方ないのかもしれない。

「んー!母ちゃんに晩飯要る要らないって言ってなかったなあ、あるかな?俺の飯……。」

オーフェンは家に着いて扉を開けた。
暖かな空気と共にパンが焼けたような香ばしい匂いが漂ってくる。

「かあちゃん!!俺の飯は〜!!?」

「コラ!帰ったらまずただいまでしょ!それに手を洗いなさいって何回言ったら分かるの〜!!!!」

「げぇ!今日くらいはいいじゃん!俺ってば今日凄かったんだぜ!?超ヤバそうな猿の怪物をズバーン!ってさぁ!」

「じゃあアタシも今日は何回言っても手洗いをしない馬鹿息子をズバーン!としてやろうかしら!」

「ひぇ〜!今手洗ってるじゃんかぁ〜!」

母親と他愛のない話をしながら夕飯を食べていたオーフェンはふとイレイナと勝負をしていたのを思い出した。
あれって俺の勝ちでいいよな?猿の親玉倒したし……。
うん、俺の勝ちだな!

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