2章8話 黄金の加護

 黄金の光が樹海を染め上げる。

大気がビリビリと震え、世界が、神が、その存在を祝福していた。
華奢な身体から放たれているとは思えぬ覇気を放つメイファンが拳を強く握りしめて構え、ラム達を睨む黄金の双眸には決意の光が宿っていた。

「『チャージ』!!!!」

メイファンの両腕と両足を白い光が包み、光は輝きを増していく。

「『インパクト』!!!!!」

拳を地面に振り下ろし、白い光が爆発した。
衝撃波が大地を捲り上げ、周囲一帯の樹海の木々を根本から吹き飛ばした。

「イレイナを…返して!!!!!」

踏み込みと同時に足の光が爆発し、急加速したメイファンがラムに迫る。

ラムは抵抗せずにイレイナを返そうと、己に迫るメイファンに向かって差し出すように腕の中から解放したが、

「あ、私が預かっておくわ〜」

空を飛ぶ魔女がラムとメイファンの間からイレイナを魔術の鎖で釣り上げて自らの元に攫いあげた。

「な!?何故、なんのつもりだ魔女!」

「さあ、戦うのだ我が従者ラムよ〜!うふふ、おもしろくなってきたわね」

驚いたラムが空を見上げれば、地面から高い上空にイレイナを捕まえて飛んでいる魔女が戯けながら笑っていた。

「っ!」

間一髪でラムは顔に迫り来る拳を避けた。
ゴウッと、およそ人間の、それも少女が振るった拳とは思えぬ音が鳴り響く。

「…そっか、ふざけてるんだね?バカにしてるんだよね?いいよ、もう………殺すから!!!!!!!」

「話を聞いてくれ!」

「『チャージ』!!!!」

「クソっ!」

悪態をつくラムにメイファンの拳が再び迫る。
両手両足に集まる白い光は時間が経過する度にその輝きをより一層強くしていた。

ラムは剣を抜かずに後退しながらメイファンの怒涛の攻撃を避け続け、説得を試みようとしたがそこでメイファンの纏う空気が一変する。

メイファンの身体中から黄金の闘気が爆発した。
拳を強く握りしめ、大地を踏み抜く。

刹那、足の光によって地面が爆発したと同時に爆発の勢いに乗って急加速したメイファンがラムに迫った。

「『インパクトォォォ』!!!!!」

振り抜かれた拳と共に光が爆発する。
圧倒的なその破壊力は大地を抉り樹海の木々を破壊するだけに収まらず、爆発地点の空間を弯曲させるほどだった。

上空で爆風に煽られた魔女が自分の帽子とイレイナが飛ばされないように魔術で抑えながらメイファンを観察していた。

「凄い、この桁違いな力に黄金の眼。
間違いなく本物ね〜、どうしてあんな娘が主神の加護をもってるのかしら?
これはラムも本気を出さなきゃやられちゃうわよ〜!」

空でワクワクと観戦している魔女を他所に荒れ狂う爆風に一筋の線が引かれ、縦に真っ二つになった爆風がラムの左右に逸れていく。

「……悪いけど、君くらいの力を持っている相手に手加減はできない」

爆心地に砂一つついていないラムが剣を抜いて立っていた。

無傷のラムが現れたのを見てメイファンは目を見開き驚いていたがそれも束の間、今度はラムから駆け迫った。

ラムの剣を光を纏った拳で受け流したが、それで終わるはずもなく、そこから続く剣戟の嵐がメイファンを襲う。
剣戟が二重に、三重に増えていく。
一本しかないはずの剣から同時に七つの斬撃が放たれ、それを負けじと加速する拳で捌き切ると次は十の斬撃が同時に迫り来る。

やがてメイファンの拳の速度を上回った剣がメイファンの足を浅く斬りつけ、それによって踏み込みがズレて体の軸が揺れてしまったその隙をラムは逃さない。

逆手に持った鞘がメイファンの腹を殴りつけた。
込められた力に鞘がメリメリと音を立てながら腹に沈み込み、一拍置いてからメイファンの身体が吹き飛んだ。

幾つもの木々を薙ぎ倒し地面に数度叩きつけられてからごろごろと転がり、ようやく止まったメイファンは地面の土を握りしめ、殴られた腹を抑えながらフラフラと立ち上がった。

メイファンの元までラムが歩いてやってくる。

「はぁ、もう終わりにしよう。君は強い、でも僕には勝てないよ。
これ以上無闇に人を傷つけたくないし、そもそも全部誤解なんだが」

ラムの手にある剣。
抜き身の刃が陽の光を反射して残酷な輝きを放っていた。
少なくとも、朦朧とした意識のメイファンの目にはそれがイレイナに向けられているように見えていたし、ラムという青年が何かを言っているけれど耳には入ってこなかった。

ただ─────ここで自分が負ければイレイナがどうなってしまうのかだけが脳裏をよぎり続けた。

「…ッ……ハァ…ハァ……!力を使う時は躊躇しない事…大切な人を護る為ッ!使わせてくださいウィリアムさん!!!
うううううウアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!」

覚悟を決めたメイファンが雄叫びをあげた。
黄金の闘気が溢れ出し、急速に高次元に練り上げられていく。
世界がその黄金の力を、メイファンを祝福していた。

『フルチャージxxxxx%』

メイファンの中に宿った主神の加護が大輪を咲かせた。
白い光は外から中へ。両手両足にではなく全身に。身体中の血管を、神経を通って巡りまわる黄金の力がメイファンを一つ上の次元に引き上げた。

「……凄まじいな、黄金の双眸を持っているからそうかもしれないと思っていたけど……
本当に主神の加護を持っているのか!」

「覚悟しろ魔女とその手下!!!」

「っ!」

メイファンの拳が迫る。
光速を超えた拳をラムの剣は正確に捉え受け流したが、遅れてやってくる衝撃波と轟音が周囲の環境を破壊し、ラムの剣も粉々に砕いた。

世界を、色を、時間の流れさえも置き去りにして無色無音の世界の中でメイファンが更に一歩踏み込み加速する。

ラムの懐に踏み込んで振るわれたそれはまさしく光を超えた神速の拳。

当たれば血の一滴も残さず消失するだろう極限の一撃をラムは受け止めた。

無色の世界を『銀』が染め上げる。

お互いの速すぎる剣と拳によって巻き起こる衝撃波だけで樹海の木々は根こそぎ消し飛んだ。

世界が、色が、時間が両者に追いついたときには樹海はもはや、更地の荒野と化していた。


ラムの手には銀に輝く片刃の剣が出現していて、メイファンの拳と競り合ってギャリギャリと音を立てていた。

「…なんて力……無茶苦茶だ!それは人が簡単に持ってて良い力じゃない!」

「黙れ!!貴方こそそんな力があるのにどうして人を傷つける!?」

「っ、誤解だって言ってるだろ!!」

銀剣と黄金の拳が競り合い、フッと離れたかと思えば再び連続する攻防が繰り広げられ、また競り合って睨み合う。

「くっ、君はその力をどこで手に入れたんだ!?まさか本当に主神に触れたのか!?」

「主神?そんなの知らないし!貴方なんかに教えたりしない!!
この力は私が私のために使う!!」

「主神の力は個人が自由に振りかざして良いものじゃない!!」

「貴方たちみたいな悪人が持つよりもよっぽどマシだ!!」

メイファンが空に向かって手を伸ばす。
何もない空間を掴んだその拳が振り下ろされると共に、引っ張られるように空が地面に降り落ちた。
遙か上空で握りしめられた空の大気が圧縮され、膨大な質量の空気砲が地面に向かって放たれる。

斬。

空気砲は二つに別れて爆散した。
大空で吹き荒れる暴風に魔女が悲鳴を上げながらぐるぐると宙を回っている。

「貴方たちは人間じゃない!『鬼』と一緒だっ!
大切な人を失う痛みも悲しさも知らない!
平気で他者を踏み躙り、傷つける!」

拳を握り仁王立ちでメイファンが叫ぶ。

「っ……!」

「私は絶対に許さない!
私が騎士になったのは……私がこの力を預けられたのはきっと、もう2度と大切な人を私の前で奪わせない為だ!!!」

メイファンが踏み込む事で大地が砕け、加速するメイファンの速さに大気が悲鳴を上げるように衝撃波が撒き散らされる。

荒れ狂う世界の中心で相対するラムの眼には、怒りが宿っていた。

轟音と共に迫る拳を打ち弾き、メイファンが纏う黄金の闘気を銀剣が斬り裂いた。

「なっ!?」

「……好き勝手言うのもいい加減にしろッ!!!!」

ラムが銀剣を胸の前で水平に構えた。

それは地平線のような一本の線。

「天地今別つ……」

銀剣が銀の光を失って、灰色の剣になったようにも見えた瞬間。


両者の間に特大剣が突き刺さった。


「もうやめろッッッッッ!!!!!!」

ラムとメイファンの間に特大剣を投げたのはオーフェンだった。

「君は…!目を覚ましたのか」

「はあ!おかげさまで!こんな無茶苦茶な戦場で眠ってられるかっての!
それとメイファン、もうやめろ。この人は敵じゃない、俺を助けてくれたんだ!」

「ぶ、無事だったんだねオーフェン!でも、敵じゃないってどういうこと?そいつはイレイナを攫おうとしてたんだよ!」

メイファンに指を刺されたラムは銀剣を消した。

まるで最初からその手には何もなかったかのように銀剣は消えていて、ラムは両の手を上げて開いて見せた。

「……はぁ〜……そっちが攻撃してこないなら僕も攻撃はしないよ。
信じてくれ、再三言ってるけど全部誤解だ、僕はイレイナを攫おうとはしていない。」

メイファンの身体から急速に黄金の闘気が抜け落ちていき、頭に生えた黒毛の猫耳も萎んで消えた。

「えっ、えっ?で、でも、攻撃してきましたよね?」

「いや、先に攻撃してきたのは君だろう?そんな力で攻撃されたら僕だって反撃しないと死んでしまうよ……」

ラムの疲れたような声に、オーフェンが呆れ顔でメイファンをジトりと睨んだ。

「メイファン……結構思い込み激しいタイプ?」

「え?え、えええ〜!だ、だって!あ、あの魔女は!?ほら!」

メイファンは続いて空に浮きながらイレイナを拘束していた魔女を指差すも、魔女は素知らぬ顔で地面に降りてきて、未だに気を失っているイレイナをオーフェンに預けてニコリと微笑んだ。

「あら、なんのことぉ〜?私は清く正しい清廉潔白な魔法使いよ?ほらちゃんと……えーっと、イレイナ?ちゃんもこうして無事に助けてあげたわ?」

メイファンがしどろもどろになりながら半泣きで何度も魔女に指を差した。

「う、うう!う、う嘘つきー!」

ニタニタと愉快気にニヤつく魔女がそこにはいた。
ラムは絶対零度の冷め切った侮蔑の眼を魔女に向けて押し黙った。

「あ、あの、本当にごめんなさい!
えっと、ラムさんでいいですよね?」

魔女を他所にメイファンがオドオドとしながらラムに謝って、ラムは手を軽くあげてその謝罪に応えた。

「…ラムで構わない、謝罪は受け取っておく、もう気にしなくていいから。
それに僕も君を傷つけてるから、僕こそごめん。
落ち着いて話をしないか?町に戻ってからでもいい、君の話を聞かせて欲しいんだ、何よりも君の力について」

「そ、そうですね!私も知りたい事いっぱいありますし、イ、イレイナを早くちゃんとしたベッドに寝かせてあげたいから……」

「そうね〜、さっさと街に入りましょ」

何事もないように魔女が杖を一振りすると、ラムとメイファンの戦闘によって荒れ果てて更地となっていた荒野は、見る見るうちに草木が生い茂り、木々がグングンと伸びていく。

オーフェンが口をぽかんと開いて、感嘆の息を吐いた。

「は?すっげえ…」

瞬く間に荒れ果てていたのが嘘のように元の樹海に戻っていた。

涼やかな微風が木々を吹き抜け、鳥の囀りや虫の鳴き声をラムたちの元まで運んでくる。

「う、うそ…!なにもかも元通りになった?」

魔女がフンと鼻息を吹き鳴らし、ドヤ顔で頷いた。

「当然でしょ?私を誰だと思ってるの?魔女よ?」

ラムは魔女を無視して歩き出していた。

「あまり深く考えずに無視するのが一番だよ。日が暮れてしまうから早く町に向かおう」

ラムの言葉にオーフェンとメイファンが苦笑いした。

「いやぁ、ちょっと無視できそうなレベルじゃないんだけどこれ…!」

「も、もしかして本当に高名な魔法使いの方なんじゃ…。」

二人の反応に機嫌を良くした魔女は尊大な態度をとって応えた。

「うむうむ、迷える少年少女たちよ。
今までの非礼は許してあげよう。私の真の姿は星の巡礼を行うため世界各地を旅しながら世直しをする大変高貴な魔女であるのだよ?この星の杖が眼に入らぬか〜!」

「……」

黙って歩き続けるラムに魔女がその後を慌てて追い掛ける。

「ちょ、ちょっと無視しないでよラムぅ〜」

オーフェンとメイファンはそんな二人の姿を見てから、互いに目を合わせ苦笑いした。
本当に今までのことは誤解で、彼らは悪い人たちではないのだと思い始めていた。

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