11話 坑道に蠢く

 薄暗い坑道の中に足音が響く。
壁についたランプの魔力灯が坑道に少しばかりの明るさを与えている。
どこか不穏な空気を漂わせる坑道の調査に、ウィルとオルカは来ていた。

「薄暗いな、ここで作業してた人間は皆んなこの暗さの中で仕事してんのかよ。」

ウィルが先頭を歩きながら喋り出す。

「ふむ、もっと明るいものだと思っていたのですが、もしかすると魔力灯の明かりが弱くなっているのかもしれませんね。
大気の微量な魔素を利用して明かりを放つので、この坑道内の魔素が薄くなっている……とか?」

オルカはウィルの後ろを歩いていた。

「へえ、あんたってやっぱ色んなこと知ってるよな〜。
てか、もう地上から5層くらい下がってるよな?ここって何掘ってんだ?」

「勉学に励んでいた時期がありましたからね。
さあ?私も詳しく知りませんが、恐らく一般的な鉄や貴金属などではないのですか?」

「ふーん、鉄ねえ………」

ぼんやりとしながら歩いているウィルの視界に映った、ランプの灯りに揺れる人影が三つ。

ウィルとオルカと

「っ!?!オルカ!!」

ウィルは異変に気づいて振り返る、オルカの後ろにいる人影を見た時にはすでに、その影の主は真っ二つになって地面に倒れ伏していた。
オルカが振り向き様に剣を抜いて斬ったのは腐敗した動く死体だった。

「これは……ゾンビですね、坑道の作業着を着ている……?」

ウィルが顔を顰めて話す。

「ゾンビ……初めて見たぜ。
いや、おい待てよ、アンデットって自然に発生すんのか?
こいつが作業着を着てるってんなら元はここの作業員だったやつってことだろ?
なあ、作業員が全員帰ってこなかったのって一ヶ月前、一ヶ月でゾンビになるのか?」

オルカは考えていた。
ゾンビ、所謂アンデット種は三つの方法で生まれるのだ。

 一つは人間の死体が放置される、または火葬や、死体が浄められずに埋められた場合に自然にアンデットに変異すると言われている。
その昔、帝国がいくつもの小国を侵略し、戦争で死んだ敵兵を適当に纏めて放置していた結果、強大なアンデットがいくつも生まれてしまったという話がある。
それでも1年や2年の歳月が経ってからの話で、死体が明日すぐにアンデットに生まれ変わる訳ではない。少なくとも一ヶ月でゾンビに変異などしないはずだ。

 二つ目に挙げられるのは死霊術である。
特殊な儀式や魔素によって生物の死体や魂を操る術であり、この死霊術でアンデットを生み出し、術者の意のままに操れると言うのは有名な話だが、そもそも死霊術を扱える術者は現代では数えるほどしかいない。

 三つ目は悪魔の存在だ。
悪魔とは幻獣種の一種であり、見た目は紫色の肌に赤い目、黒い角、蝙蝠のような羽をもつ人間と同じサイズの生命体だ。
彼らは魔術を身振り手振りで行使することができ、その中には死霊術も含まれている。
一つの小国がアンデットで溢れかえる死の国へと変貌した事件を起こしたこともある非常に危険で残忍な幻獣種だ。

 これらの条件を頭に浮かべて、オルカは悩んだ。
何故なら全て非現実的すぎるからだ。
もし幻獣種である悪魔が坑道にいたのなら、とうの昔に領都はアンデットの世界になっているだろうし、希少な死霊術師がわざわざこんな坑道で実験などしているとは思えない。

「うーむ、まず一ヶ月でアンデットが生まれるというのは聞いたことがないので、それは違うでしょう。
しかし、そうでなかった場合に、このゾンビが何故生まれたのかが分かりません。
まずは、何故作業員達が亡くなったのか、帰ってこなかったのか、その理由を調査しましょう。
情報が少なすぎます。」

「それもそうか、この坑道ってどこまで広がってるんだっけ?
ゾンビになっちまったやつを弔いながら、さっさと奥まで行こうぜ。」

オルカとウィルは坑道を更に進んで階層を降り、8層まで来た時にウィルがあることに気がついた。

「なんかゾンビが多くなってきたな、これで何体目だ?もう15体は倒したぞ」

「これで16体目ですよウィル、一ヶ月前に行方不明になった作業員も16名ですから……。
残念ですがこれで全員アンデット化していたことが確認できました。
しかし、調査に向かったと言う辺境伯の兵士がまだ1人も見つからないのはおかしい。

兵士の総数は20名の一個小隊です、低位のゾンビに全滅するような事はないはず。」

「じゃあなんだよ、更に奥に怪物がいて、兵士は皆んなやられちまった、とかか?」

「その可能性はあるでしょうね……。
恐らくはそんな怪物がいて、作業員達をゾンビにしたのかもしれません。」

「なんかしっくりこねえなあ、作業員がアンデットになってる事くらい、報告されてそうなもんだけどな。
ん、なんだこれ?なあオルカ!これって鉱石か?」

ウィルは地面に無造作に転がっていた一つの小さな赤い小石を拾った。
それは仄かに赤く怪しく光る小石であり、小指の先端にも満たないほど小さい。

ウィルの持つそれを見てオルカは驚愕した。
何故ならそれは大陸内でも滅多に採れる事のないとても希少な鉱石であったからだ。

「それは、まさか……『赤魔鉱石』!?
別名レッドメタルとも呼ばれるこの国どころか大陸全土でも滅多に採れる事のない希少な鉱石ですよ!?どうしてここに!」

オルカは思わずと言った形相で声を荒げた。

「おお!これってそんなすげえのか!!やったぜ!
なあなあこれって売れるのか?売ったらどれくらいの値段がつくんだ?」

ウィルは目を輝かせてオルカに聞いたが、オルカは冷静さを取り戻しそれを否定した。

「値段は……つきませんよ、いえつけられないと言うのが正確な答えでしょう。
何故か?と聞きたいのは分かります。
まずこのレッドメタルは全ての所有権が国にあります、どのような条件でもです。
貴方が今拾ったとしても、それは国のものになるんですよ。
貴方が売る事はできないし、商人が買い付けることもできません。
レッドメタルの売買はこの国の法律ではなく、5大国連盟の名の下に大陸全土において確定で死罪になります。

そして、そんな鉱石だからこそ採掘できる土地が発見されたなら即刻、国に報告する義務があります。
辺境伯は恐らく、いや間違いなく知っているのに報告をしていない。」

「俺はこんな鉱石、今まで知らなかったぜ?
作業員達も知らなくて気付いてないだけじゃないのか?辺境伯も知らなかっただけかもしれないだろ。」

オルカは毅然とした態度で否定した。

「いいえ、レッドメタルはそんな無造作に地面に転がっているようなものではありません。
作業員はレッドメタルであると認識した上で採掘していた筈です、そして襲われてここに一つ落とした。

全てに合点が行きました、さながら今の私は名探偵ペラーリンですよ。
ウィル、今の状況は私の考え通りならかなり不味い状況になっています。
すぐに坑道を脱出しましょう。

……ウィル?」

「待て、静かにしてくれ、何か聞こえたんだ…………………。」

オルカはウィルに言われるまま、耳を澄ましたが何も聞こえない。

「…………a……。」

「人の声だッ!!!生きてる人間がいるッ!!」

ウィルは途端に目を見開いて声を上げ、駆け出した。

「待ってくださいウィル!今は坑道から出る事が先決ですよ!」

「神様への祈りが聞こえたんだよ!!死にたくないって声が!!!」

その言葉を最後にウィルはドンという音を鳴らしながら地面を蹴り付けて更に加速し、追いかけるオルカを置き去りにした。

「ちょ、ちょっと!は、速すぎる!」


 ウィルはオルカを置き去りにしてから更に加速し、既に坑道内の最下層である10層にまで来ていた。

「どこだああああああ!!!!お前の出せる全力の声を上げろおおおお!!
俺はお前を助けにきたんだ!!!」

ウィルは怒号のような声をあげて、確かに己の耳に届いた、助けを求めていた人物を探した。

 ウィルは止まる事なく最下層を走り抜け、最下層の発掘の拠点としていたであろう大きく開けた広間に出た。
だがそこには100体近いゾンビや、動く白骨死体のスケルトンが大量にひしめいていた。

「ふざけんなよ、どうなってやがんだ……!
作業員が16名?兵士が20名?余裕で超えてんだろ、数が合ってねえぞ。」

ゆらゆらと集まっていたアンデット達は、広間に現れた生者であるウィルを見た途端、一斉に襲いかかってきた。

「有象無象が何百いたって一緒だぜ!失せろ!」

ウィルは持ってきていた短槍を振るい、襲い掛かる死体の群れを吹き飛ばした。
更に壁や天井を駆けながら槍を振り回し、白骨死体を粉々に砕き、動く腐敗死体をバラバラの肉片に変えていく。

瞬く間にアンデット達はその数を減らし、やがて最後の一体のゾンビが脳天から叩き潰されて動きを止めた。

「どこから湧いたんだ?このアンデット共は……いや、これって、レッドメタル?」

ウィルはもはや原型を留めていないアンデットが散らばった広間を見渡した。
そこら中に赤い光を放つ沢山のレッドメタルが落ちていた、否、それは元は作業員であったであろうゾンビ達が持っていたものだ。

落ちているレッドメタル達はウィルが先ほど拾ったレッドメタルとは比べものにならない程の光を放っていて、やがてその光は収束していく。
一つの死体に。

  広間に散らばっている全ての腐肉と骨が、一体のゾンビに収束していく。
赤い光と腐肉が固まってできた新しい生命体が、坑道の最下層で、ウィルの目の前で誕生した。
何の変哲もない坑道の作業着を着たゾンビが生まれ、それは己の両手や両足を見て確かめているようで、やがてウィルを見た。
ゾンビはぐにゃりと歪な笑顔を作り、その手のひらを向けた。

溢れ出す洪水のような大量の腐肉の波がゾンビの手のひらから放たれる。

ウィルは短槍を一振りして腐肉の波を消し飛ばす。

「おい、お前が悪さしてたって事でいいのか?悪い怪物でいいんだよな?」

ゾンビはニヤニヤと醜い笑みを浮かべながら鋭利に尖った骨を胸部からいくつも飛ばして攻撃してくる。

ウィルは短槍をまた一振りして飛来した骨を粉々に砕いた。

「ああ、よく分かったから死ね」

ウィルは地面を蹴り砕きながらゾンビに迫り、高速の突きを頭に放った。
ゾンビの頭は簡単に砕け散り、しかし飛び散った肉片が赤い光と共に新たな頭を再生する。
が、すぐさま2度目の突きが放たれ、再度頭が消し飛ぶ。
連続で放たれる突きが今度は頭だけではなく、ゾンビの身体の全てをズタズタにした。

呻き声を上げながら地面の上で頭から再生しだすゾンビを、その度にウィルは槍を振るって消し飛ばす。

「いつまでも付き合うぜ?あ、そうだ、オルカが来たら燃やしてもらおうかな。」

その言葉がゾンビに理解できたのかは分からない、だがそれから数分経ってもゾンビは再生せず、広間に沈黙が生まれた。

そんな沈黙を破ったのは、ウィルでもオルカでもゾンビでも無かった。

広間の隅に置かれていた木箱の一つがガタリと音を立てて開かれた。
中から酷くやつれた中年の男が現れてキョロキョロと辺りを見渡し、ウィルを見て涙を流しながら呟く。

「あ、あ、ああ、君だよな……?助けにきたって、叫んでた……。
おらは助かったのか……?」

男は両手を胸の前で強く握りながら木箱から這い出るように出て、ついには声を上げて泣き出した。

「お、おう、そうだ!たしかにあんたの声は俺に届いた!助けにきたぜ!安心しろよ、もう大丈夫だ!
なあ、生きてるのはあんただけか?他に隠れてるやつを知らないか!?」

ウィルは男に駆け寄って、肩を支え、安心させる為に目を見て、努めてゆっくりと声をかけた。

「わ、分からねえだよ、でも貴族様の言った通りだっただ!良かっただあ,良かっただあ!
こ、この石が主神様に祈りを届けてくれたんだあ!
ずっと握って主神様に助けてくれって祈ってただよ〜!」

そう言って、男は胸の前で握りしめていた両手を広げた。
そこには……子供の拳程の大きさのレッドメタルがあった。

「ッ!おい、おっさん!その石は捨てたほうがいい!俺もよくわからねえけどよ!それはきっと良いもんじゃない!」

ウィルは既にレッドメタルがただ希少だからというだけで国が確保しているのではないと確信していた。

「え、え、なんでだあ?こ、これは貴族様が言ってた、神様に祈りを届ける力があるらしいど!だ、だからきっとおらのいのりもぎっど、、、どどいで、、、だずがぐ、、obooooaaaaaaa」

男は言葉の途中で、頭が、顔が崩れ、体中の肉が溶け出し、やがて液状になってウィルの後方に流れていく。

流れていったその先には変わらずニヤついて、どこまでも生者を嘲る醜悪な笑みを浮かべたゾンビが立っていた。
どろどろの液状になってしまった男だったものはゾンビに足元から吸収されていく。

「………。」

ウィルは言葉を失っていた。
今、何が起きたのか、理解するのに時間を要していたのだ。
そしてまるで突然沸騰したお湯のようにウィルの視界は、思考は、真っ赤な憤怒に染まった。

「こ、この、腐れ野郎ガァァァァァァァァッッ!!!!!!」

ウィルは怒りに身を任せて槍を振るう。
それをゾンビは骨の集合体のような大きな棍棒を作り出して受け止めた。
だがウィルは絶えず連撃を叩きつけ骨の棍棒を破壊しゾンビの頭を薙ぎ潰して、渾身の蹴りを胴体に叩き込んで吹き飛ばす。
ゾンビは壁に激突し木っ端微塵に弾け飛んで壁の染みになった。

壁の染みが抜け落ちて赤い光と共にゾンビが再生する。
ニヤけた笑みは変わらず、それは怒り狂うウィルを小馬鹿にしているようだった。

「ふざけやがって!!テメェだけは今ここで殺すッ!絶対にだッ!」

ウィルは地面を踏み抜いて疾駆する。
壁を、天井を、地面を、ウィルは駆け続けて更に加速していく。
ゾンビの頭が、胴体が、手足が、突風が吹くたびに消し飛び、再生してはまた消し飛ばされた。

それでもなお赤い光は地面から湧き出してゾンビを再生させる。

ウィルはゾンビを最高加速の一撃で木っ端微塵にして立ち止まった。

「ようやく分かった、レッドメタルがお前に力を与えてると思ってなあ、この広間に落ちてる石を走り回って全部砕いてやったぜ?」

だが何事もなかったかのようにゾンビは再生し、ニタニタとケラケラと大きく口を開けて声のない笑いをあげる。

「くっ、くくくく、はははは!そうだよなあ!それでも再生するよな?
分かるさ、分かってたぜ!
レッドメタルはここに落ちてるだけじゃねえ
────────この下にあんだろ?もっとデケェのがよォ?」

ウィルは槍の穂先で地面を叩きながら笑う、それを見るゾンビの顔から表情が抜け落ちた。

「オラァァァァ!!!」

ウィルは渾身の力で地面を短槍で叩いた。
一度じゃない、何度も、何度も叩き、ウィルを中心にして広間の地面には大きな亀裂が入っていき、坑道全体が揺れた。

やがて地面が割れ、否、土と岩に見えていたその地面は、腐肉と骨の塊であった。
あるものを隠すために広げて固めた腐肉と骨が、塗装されていた幻が、ウィルの槍によって打ち砕かれた。

最下層の10層の広間の下には更に大きな空洞が広がっていて、そこには一際巨大な、一軒家の様な大きさの赤い鉱石の水晶体、レッドメタルがあった。

地面が崩れ落ちてきたウィルとゾンビが巨大なレッドメタルのそばに着地した。

「やっぱりな?赤い光は地面から出てた。
転がってる石から出てるように見せても俺の目と直感は誤魔化せねえぜ?」

ゾンビは能面のような顔でウィルに飛びかかるが

「遅えよ、死なないだけの動く死体が俺に触れられるって思ってんのか?」

ウィルの短槍によって身体を消し飛ばされ頭を地面に蹴り付けられる。

「そんじゃあ、これで終わりだッ!」

ウィルは短槍を振りかぶり、巨大なレッドメタルに渾身の力で叩きつける。
レッドメタルは中心から罅が入り、どんどんと割れ始め、最後には眩い赤い光を放ちながら爆散した。

だがしかし、それで終わりにはならなかった。
空洞にあふれ出た大量の赤い光はウィルに向かって収束しだす。

「は?なんだ、おい、うぐぐぐ、ガァァァァァァァァ!、!」

 ウィルは頭を抱えて蹲る。
視界が真っ赤に染まり、身体中に激痛が走る。
レッドメタルの赤い光がウィルに流れ込んでいる。
沢山の憎悪、怨嗟、負の感情とも呼ぶべきそれらがウィルの精神を支配しようとしていた。

どうして?どうして?俺たちは殺された、鉱石を掘れば、奴隷の俺でも自由になれるって、娘が、親が、病気を、治してくれるって、金をくれるって、生活が豊かになるって、話が違う、坑道内の崩落事故、すぐに動けば俺たちは助かるはずだった、そのまま生き埋めにされた、なんで?どうして?
赤い鉱石のことは秘密だって、人に話したら殺された
オレタチがナニをシタ?ドウシテ?
ガンバッテ、アカイ鉱石を掘ったノニ。
カラダがオカシクナッタラ、コロサレタ。
埋メラレタ。

「そんなの知るかァァァァァァァァ!!!!!俺は俺だッッッッッ!!!」

己を保たんとウィルは絶叫する。
赤い光はウィルの身体から、その精神から弾き出された。
行き場を失ったかのように空間に揺蕩う赤い光は、弾かれてもなおウィルに飛び掛かろうとする。
そんな時だった。

ウィルのぼやけた視界に太陽が見えた。
火の粉が散る。
詩が聴こえる。

「天よ!紅蓮よ!真紅の正義よ!今、災禍を燃やし尽くせ!!!」

空洞を、坑道内を、紅蓮の炎が駆け回る。
ありとあらゆる全てを灰燼にせんとギラギラと紅蓮の剣が燃え滾る。

やがて全てが灰になって炎が消えた後、1人の女性がウィルに肩を貸して支えた。

「オ…ルカ…?」

ウィルを支えたのはオルカだった。

「全く、貴方もまだまだ子供という事ですか?本当にやめてください、この剣はなるべく使いたくないんですからね?」

オルカの呆れ顔を見ながら、ウィルの思考と身体は少しずつ回復していく。

「助かったぜ……ああくそ、まだ気分が悪い。
なあ、このレッドメタルってのは一体なんなんだよ?」

オルカはため息をついて話し出した。

「その説明をしようとしたのに走り去ったのはどこの誰ですか?
良いですか?このレッドメタルと呼ばれる鉱石には、とある特性があります。
普段は硬い岩の中にあるのですが、一度でも岩が砕かれて外に出てしまえば、大気に含まれている魔素を際限無く吸い続け、その内部に溜め込む性質を持っているんですよ。
ここまで話せば貴方は分かりますね?
『魔種』と呼ばれる生命体は、原生生物が魔素を急激に得る事で変異した存在です。

このレッドメタルと呼ばれる鉱石は、その魔種化とも呼ぶべき現象を簡単に引き起こせる。」

肩を借りながらゆっくりと歩いているウィルが俯きながら言葉を返す。

「人の手には余る恐ろしい鉱石だから国が秘密裏に管理するのが決まりって事なのか。

……さっきさ、赤い光と一緒に俺の中に色んな記憶や感情が流れてきたんだ。
だから分かった、辺境伯はレッドメタルを知ってて国から隠してた、そんであの手この手で採掘させてどこかに流してる。

魔素を吸収する鉱石を沢山集めて背負い続けた人間が変になっちまうのは当たり前だよな……。
そんな人間が大量に、レッドメタルの存在を隠す為だけに、この坑道に生き埋めにされてんだよ、そしてそんな死体と怨念が集まって………レッドメタルの力で魔種になったんだ……。
クソ辺境伯、絶対に許さねえ……!」

「ええ、私もそんな所だろうと考えていました。
レッドメタルがあるから、生き埋めにされた作業員や兵士たちはアンデット化していったのでしょう。
そうして生まれたアンデットは魔素を吸収して『魔種』に変異した……あまりにも惨すぎる話です。

いずれにせよ、この事件は正しく国に報告せねばなりません。
そして報告すれば辺境伯家は終わりです。
国が法の下で裁くのでしょうが間違いなく爵位と領土の没収、辺境伯家の人間は皆まとめて死罪になるでしょうね。」

それからしばらく2人は黙ったまま坑道の中を歩く。
ウィルがオルカに肩を貸されながらゆっくりと歩いている為、坑道の外に出られるのはかなり遅くなりそうだった。

「………なあオルカ、聞いて良いか?
あんたって何者なんだよ。
紅蓮の勇者ってなんなんだ?なんでそのことを隠してる?」

オルカは目を閉じて、何かを思い出す様に言った。

「いつか、時が来れば話しますよ。
ただ私が何者なのかを話すには、あまりに多くの事を話さねばならないし、この国の国王陛下との約束もあります。
簡単には話せないのだと分かってほしい。」

「そっか、まあ今すぐ話してもらえるとは思ってなかったしな、いいぜ。
その時が来るまでは、もう気にしないでおく。」

「そうして頂けると助かります。
あぁ、そういえば帰りが遅くなるのでラムが一人で心配しているかもしれませんね、ラムの顔を見るのが待ち遠しい……。」

「そうだなぁ、あのなにがあっても平和そうなラムの顔を見たくて仕方がないぜ。
それに、帰ったら辺境伯の野郎の顔をぶん殴らないとな」

「奇遇ですね、私も殴ろうと思っていました。
右の頬は譲りますよ。」

「へっ、悪いな、それなら左の頬はやるよ。」

ウィルとオルカの二人が坑道を出られるのはまだもう少しかかりそうだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?