3.才能


うーん、よく寝たなあ……。
夕飯を食べずに寝ちゃったから起きた時からお腹が空いて仕方がないや。

 そう、朝日が出る前に目が覚めちゃってお腹を空かせている僕の名前はラム!13歳だ!いつか幼馴染のウィルと一緒に英雄になる!……はずだ。

英雄…なれるかなあ……先日大熊に吹き飛ばされたばっかりだけど……。
でもウィルはやっぱり凄いよね!
あんなに大きな熊を前にしても一歩も引かないで、簡単に倒しちゃった!

ああ、お腹がぐぅぐぅと鳴いてる。

母さんと父さんはまだ寝てるみたいだし、家にすぐ食べれそうなご飯はなさそうだ。
今起こしてもいいけど、なんだか疲れた顔をしているから起こすのは気が引けた。
いやいや、うん!僕は英雄になるんだぞ!朝ご飯を親に頼ってたらいけないよね!
秘密基地には確かウサギの干し肉があったはずだから、ウィルよりも先に秘密基地に行って朝ご飯を作って食べて特訓を始めてようかな?
もっといっぱい特訓して、少しでも早くウィルみたいに強くならなくちゃ!

僕は家を出て秘密基地に向かって走り出した。
朝日がまだ少ししか出てないから、山はまだまだ薄暗くてちょっと肌寒い。
それでもお腹が干し肉を求めて鳴き続けてるから、そんなのは全然気にならないや。

秘密基地には色々置いてあるけど、まずはウサギの干し肉と道中で見つけたキノコをよーくお鍋で煮込もう。
川からお鍋に水を掬ってきて、火を起こして、ああ早く沸かないかな?お腹がもう待ちきれないって言ってるよお鍋さん!

…………沸いたー!!!!!!!



ごちそうさまでした!
僕は一人両手を合わせてお鍋に感謝した。
ありがとうお鍋さん、ありがとうウィル、干し肉美味しかったよ!

食べ終わったお鍋を片付けた僕は予備の木剣を取り出して正眼に構える。

思い起こすのは昨日、大熊に殴りかかられた時だ。
咄嗟に振るったあの一振りは、木剣を粉々にされちゃったけど、確かな手応えを感じてた。
思い出すんだ、あの時の研ぎ澄ました一振りを。
強くイメージする、目の前には左腕のない大熊がいる、大熊が右手を振りかぶって、合わせて僕は木剣を振る。繰り返す。何度も。

気づけば朝日が差していた。
うーん、まだまだ何かを掴めたような掴めてないような?
根を詰め過ぎても良くないって言うし、ちょっと休憩しようかな、
僕は転がっている丸太に座って目を瞑り、朝日を浴びる。
山が賑やかになってきた、朝日に合わせて動物たちが目覚めてきたんだろうなあ。
あ、人の足音がする……ウィルだ。

「やっぱりここだったか……。
ラム、身体は大丈夫なのか?大熊に襲われたばかりなのに一人で山に行くなよ、家に顔を見に行ったら居ないから心配したぜ。」

ウィルは呆れた顔をしながら僕の隣に座った。
勢いで飛び出してきちゃったけど、お母さん達も今頃心配してるかもしれない。

「朝起きたらなんか元気いっぱいでさ、動きたくて仕方なかったんだ。
でもたしかにお母さん達には悪いことしたかなあ、一言だけでも声を掛ければ良かったね」

お腹が空いて干し肉食べたさにここまで来たなんて正直に話したらウィルの呆れ顔がもっと凄いことになっちゃうかもしれない。
僕は心の中でウィルに謝った、ウィル嘘ついてごめんね!でも干し肉美味しかったよ!

「まあ俺はラムが元気ならそれで良いんだ、木剣の素振りをしてたのか?」

「うん、大熊に向かって振った剣の一振りを忘れたくなくって、思い出しながら素振りをしてたんだよ。」

「ああ、たしかに昨日の一撃はすごく良かった、あれがなかったらラムはもっと大怪我してただろうな。
じゃあこの後実践してみるか?少し大きな獣で…うーん、親狐か猪を探して狩ろう」

 ウィルは話をしながらどこか悩んでいるみたいだった。
僕はそれが少し気になったけど、今は特訓に集中するべきだと思ったから気にしないことにした。
うん、猪のお肉かあ……。あっ、ヨダレが。

「いいと思う!そうしようウィル!僕たちも村に蓄えを作らないとね!
ウィルのお父さんが毎日いっぱい狩ってるけど、僕たちも村に貢献しないとだよ!
さあ行こうすぐ行こう!」

そう言って僕はウィルの手を掴んで立ち上がった。

「お、おう、そうだな?ラムはやっぱり真面目だな。
よし!途中でウサギとかも見つけたら狩るぞ!」

僕たちは慎重に山を探し回って、ついに見つけた……親狐を。

「狐かあ…。」

「ラム?どうした?」

「ううん、なんでもないよ。
それで、狩の基本は風下からだよね?身を屈めて草木や土の匂いに混じって、少しずつ近づいて、ダッて走り寄って狩る!」

僕は前にウィルから教わった狩の仕方を思い出しながら言った。
初めて教わった時は最後の肝心なところがあやふやすぎるよって思ってたけど意外と間違ったことは言ってない。勝負は一瞬で、勢いよく飛び出して一撃で決めるのだ。

「そうだぜ、狙うのは首から上ならどこでもいい。
研いで刃を作ってあるから木剣でもしっかり斬れるはずだ、飛び出すタイミングを間違えるなよ」

その言葉に頷きながら僕は一人、ゆっくりと狐に近づいた。
邪念は一旦置いておこう、このあと猪にも出逢えるはず、まずはこの狐だ。

狐はこちらに気づいてない、ゆっくり、慎重に近づいていく、もう少し近づいても良いかな?狐の耳がぴくぴくと動いた。
今しかない!!!
僕はバッと茂みから飛び出し低姿勢で駆ける、木剣の刃は弧を描く様に地面から空へ。

「せいっ!!!」

やったあ!今日の昼ごはんは狐肉だ!!!!



僕たちは秘密基地に戻ってきていた、頭が綺麗に斬り落とされた狐はしっかりと血抜きされて、その殆どを干し肉にするために吊るして干されている。

「そろそろ良い感じだよウィル!」

僕は狐の背中の部位の肉を切って焼いていた。
うーん、塩って偉大だ、お肉がこんなにも美味しくなるんだから。
隣でウィルが山の木の実とキノコ、山菜を煮込んだスープを作っていた。

今日のお昼ご飯は、狐肉の塩焼きと山の幸の煮込みスープって感じかな?

「ごちそうさまでした。」

僕は手を合わせてそう言った。
隣でウィルが思い出した様に喋る。

「綺麗な剣筋だったと思うぜ、無駄な力のない流れる様な一撃だった。
あれを常に振れるならもう立派な剣士を名乗れるかもしれないぜー?ラムは間違いなく剣の才能があるな!」

我ながら確かに狐を斬った時は今までにないくらいの手応えを僕は感じていた。

「そうかな?でもまだまだだよ?ウィルに追いつくためにも、もっと頑張らなきゃね!休憩は終わりにしよう!次は猪だよ!……ウィル?どうしたの?」

ウィルは自分の掌を見つめていた。

「いや、なんでもない!そうだな、猪を狩って帰ればかなり村の備蓄も増えるだろうからな、今日中に探そう猪!」

僕は今日、時折いつもと様子の違うウィルが気になってはいたけど、ウィルはきっと自分から話をする、だから待とうと思った。

夕陽が顔を出してきた、昼から山を探して回っているけど、結局猪は見つけられなかった。
その間にウサギを4羽、狐を2匹狩っていて、もう秘密基地は干し肉の宝箱みたいになる未来が確定していた。

「うーん、いないね、猪」

「こうやって探すと中々見つけられないもんだなあ、猪って。たまに村の畑を荒らしていく癖によ」

たしかに、あの時は畑のおじいちゃんが一日中悔し泣いて大変だった。
でもそのあとウィルのお父さんが荒らした犯人であろう猪を狩って帰ってきたっけ。

「そうだねえ、今日はもう帰る?ん、ん?あ!」

猪を見つけた!
やっと見つけた猪は少し離れた所にいて、僕はその猪とばっちり目が合っていた。
少し可笑そうにウィルが言った。

「大変だ、あれは雌の猪だから、きっと子育てで気が立ってるタイプだ。
目を合わせるのは獣の世界じゃ威嚇行為だからなあラム、めちゃくちゃ敵意向けられてるぞ。」

そうだよね、僕も何となくあの猪に睨まれてる気がしていた。
木剣をぎゅっと握って徐に猪に向かって歩いていく。

「見ててねウィル」

ブモオオオオ!!!と鼻を鳴らしながら猪が走り出す、土埃を舞い上げながら僕に向かって一直線。
どんどん加速していく猪の突進は正面から受け止めればとんでもなく痛い目に合うだろう。
それでも僕は敢えて正面に立ち、正眼に木剣を構えた。
思い出すのは大熊の右腕、僕の木剣は粉々に砕かれ、僕自身も吹き飛ばされた。
猪の突進と大熊の攻撃はどちらの方が強いのかな?
突進する猪に向かって僕も走り出す、強く地面を踏み抜き、木剣を握りしめ、
思い出すんだ、あの瞬間を、もう吹き飛ばされたりなんてしない!
力強く、しかし羽が舞うようにふわりと振り抜いた剣先が猪の首を撫でる。

「やったねウィル!今日の晩御飯は猪だよ!」

「………ラム、凄いな。」

急加速しながら突進してきた猪はラムとすれ違い様に、その頭が宙を飛び、胴体は突進の勢い止まらずごろごろと転がり木にぶつかった。

猪の頭がどんと音を立てて地面に落ちる。
ウィルは荒縄を取り出して自分の槍に猪を縛り付けて背に担いだ。

すっかり日は暮れていた。

「ふふーん、この猪を僕が狩ったって村のみんなに言ったら信じてくれるかな?驚くかな!?」

「え、あー、ああ、そうだな!猪だけじゃない、この狐だって、ラムが狩ったって言えば村のみんな驚くだろうしラムの母さん達もびっくりするぜ!畑のじっちゃんなんかひっくり返って転がっていくかもな!ハハハ」

ウィルは何かを悩んでるって僕にはすぐわかる。
ウィルはいつも真っ直ぐだから、その顔に影が差していればすぐに気づく。

「本当?まだまだこれから!ウィルみたいにもっとかっこよく強くなりたいな!
……僕ちゃんと背伸びるかな?僕の背が伸びてもウィルも一緒に大きくなってるから実感湧かないんだよね〜」

「いいや、ラムはもう立派な剣士だぜ。
ラムがいるなら村は安泰だな!ってじっちゃん言いそうじゃないか?ハハハ。

なあ、ラム……俺ってそんなに強いか?かっこいいか?」

「うん?うん!ウィルは凄い強いしかっこいいよ!村の近くにはウィルに敵うやつがいないから実感できてないの?
その昔、英雄アウリクスは古代のゴーレムと戦って倒した時に、自分が強い戦士であると気がついたって逸話があるじゃない?ウィルにもいつかそんな時がくるよ!
ウィルならもっと凄い魔獣や怪物だって倒せる!その時は僕もその隣に立てたらいいな!」

ウィルはどこか、遠くを見ていた。

「そっか、まあ俺はいつか英雄アウリクスのように最強の英雄になるからな!かっこよくて強いのは当たり前だ!
よし!村まで競争しようぜ、猪を背負ってる俺に勝てるかな!?」

そう言って、ウィルは村に向かって走り出した。
僕は慌ててその背中を追いかけた。

「えー!突然何!?待ってよウィル〜!いやウィル速っ!」

僕が村に着く前に、ウィルの背中は途中で全く見えなくなった。
猪を背負ってるのに速すぎだよウィル……。
広間にでかでかと猪が吊るされているのを見て、ウィルが先に村に帰ってきてるのを確認してから僕は家に帰った。

「ただいま!母さん父さん!聞いてよ!あの広間の猪は僕が狩ったんだよ!すごいでしょ!」

母さんと父さんは僕を見て驚いたような、辛い顔をした。

「ああ、ウィルから聞いたよ?ラムにそんな才能があったとは、父さん驚いてるよ。ラムはすごいな!」

父さんが笑顔で家に迎え入れてくれた。
母さんが口ごもりながら言う。

「ラム?あのね、村は昨日集会を開いてたの……。その…ウィルくんから何か集会の事は聞いた?」

帰ってきた村はどこか元気がなかった、久しぶりに開かれた集会は暗い内容だったのかな?

「ううん、ウィルからは何も聞いてないよ?集会はどんな内容だったの?」

母さんと父さんはお互いの顔を見合わせてから、僕に向き直った。

いい?よく聞くのよラム。
草原に怪物が──キャラバンが───
村が危なくって───ウィルくんのお父さんが草原に───。

僕は走っていた、狩人の家に、ウィルの家に向かって。

「こんばんは!!トリシャさん!ウィルはいますか!!!!」

心臓がバクバクと跳ねている。
じとりと嫌な汗が背中を伝う。

「あら、ラムくん?ううん、ウィルは朝に出て行ったきりまだ帰ってきてないわ。
一緒じゃなかったの?」

「いえ!夕方までは一緒に狩をしてました!分かりました!ごめんなさい、失礼しました!」

「え、ちょっとラムくん!?急いでどうしたの?」

僕はトリシャさんの声を後ろに聞きながら必死に走った────草原に向かって。

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