2章 5話 ウィリアム


「お母さん…お父さん…どこー!どこにいるの〜?」

あっ、これって夢だ。
私は唐突に気がついた。

村を歩く11歳の私の視点であの日が繰り返される。
村は至るところが燃えていて、村のみんなが倒れている。

この後で私は彼と出会ったんだ。

「だれか〜!ぐずっ…みんなどうしちゃったの?あ……」

村の中を裸足で彷徨う私の目の前に『鬼』が現れた。
一体じゃない、10、20、もっと沢山いて、『鬼』達が私を囲んで歪に笑っている。
2mはある大きな身体にゴツゴツとした大角、剥き出しの牙、手には棍棒や火のついた松明を持っていた。

「だ、だれか…たすけ…」

ぼろぼろと流れる涙は止まらず、引き攣る喉は掠れた声しか出せず。
小さな私は何もできずにしゃがみ込んだ。

そして

黄金の光の槍が雨のように降り注いだ。

『鬼』達はたちまちにやられていき、気づけば私の目の前には、両膝をついて私の頭を撫でる青年がいた。

「もう大丈夫だ、あ、いや…君だけしか助けられなかった…ごめんな……」

黄金の髪に黄金の瞳。
とっても綺麗な顔で背が高いお兄さん。
黄金の光の破片が無数に舞い散る中で、まるで宝石のような黄金の槍を地面に置き、悲しげな顔で私の頭をそっと撫でていた。

「おにいさん…だれ?」

「俺?俺はウィ…ん、ん〜…ウィリアムだ。君は?」

「わたしは…めいふぁん…。ねえ、わたしのお母さんとお父さんはどこにいっちゃったの?」

「それは…俺は、また、助けられなかった……」

泣きそうなお兄さんの顔を今でも覚えている。

「しんじゃったんだ……」

「ごめん……」

「い、いいよ、おにいさんはわるくないもんね……」

「メイファンは…強いんだな。」

お兄さんが私の涙を指で拭う。
その優しさに不思議と私の心は落ち着いていた。

「もう…行かなきゃ。もうすぐ騎士達がここに来て君を保護してくれるから、ここでじっとしてるんだよ。」

お兄さんが黄金の槍を持って立ち上がる。

「え、あ、あの!おにいさんは騎士さまですか?」

「えーと、まあ、そうかな?うん、俺は騎士のウィリアムだ。」

嘘つき、騎士じゃないって今なら分かるよ。

「じゃ、じゃあ、わたしがいつか騎士になれたら、また会えますか?」

「メイファンは、騎士になるのか?」

「うん、なる!お兄さんみたいになりたい!」

「…俺みたいに?あぁ、そっか…ありがとうな…。
じゃあ、いつか会う日まで君にこれを預けておくよ、これはね?君と一緒に成長していく力なんだ。」

お兄さんが差し出した手のひらには小さな白い光が浮かんでいて、私がそれに手を伸ばすと白い光は私の中に吸い込まれていった。

「これが、ちから…?」

「そうだよ、いいか?力を使う時は躊躇しないこと。
それから…無理はしないこと。分かった?」

「…うん、わかった。」

「よし、それじゃあ…またな!」

「うん!またね!」

ウィリアムさん、今はどこにいますか?
私は、騎士になったよ。

───────────。

ベッドから起きて目を覚ました私は窓から外を見た。
月が真上にあって、まだまだ真夜中みたい。

「夢……かぁ…。」

窓から吹く微風が心地よい。
私は少しだけ外に出ようと決めた。
真夜中の散歩ってちょっと特別な感じがするよね、なんて。

私はパジャマのまま上着を羽織って外に出て、夜風を感じながら町の中を歩き、今日を振り返ってみた。

私がウィリアムさんから貰った力はあくまでも貰い物だから頼ってばっかりになっちゃダメだって思ってたのに、結局使っちゃったなあ…。
でも使う時は絶対に躊躇しちゃダメって言われたもんね。きっと今日は使って正解だったんだ。

それで、昼間は魔種の巨大蟹を倒した後も魔女の捜索を行なっていたけど、結局見つからず仕舞いだったな…。
前回の猿よりも魔種達は強くなっているように感じたし、魔女が魔種を生み出しているのだとしたら次は更に強くて凶悪になっているのかな?
そう考えると少し不安だけど、オーフェンもイレイナも隊長もみんながいるから大丈夫だよね。

そう、イレイナといえば今日はずっと落ち込んでたんだった…。
私とオーフェンが二人で巨大蟹と戦っている間に、隊長とイレイナは子分の魔種の蟹に囲まれていて数は全部で8匹もいたらしいけど、全部隊長が倒したんだって。

イレイナは何もできなかったらしくて…
きっとそれが悔しいんだよね、何か声をかけてあげたかったけど、なんて声をかけたら良いか分からなくて結局声をかけられなかったな……。

「あ、」

「え?メイファン?どうしたのこんな時間に…」

「イ、イレイナこそ、どうして?ずっと外にいたら身体が冷えちゃうよ?」

気づけばみんなで借りている宿屋から町の広場まで歩いてきてしまったけど、広場のベンチには先客が座っていた。

「メイファンこそ!そんなパジャマに上着羽織っただけなんて絶対寒いでしょ!?
こっちにきて!マント貸してあげるから!」

「え、ええ、ううん!大丈夫だよ!私って昔から身体は暖かいから…。」

私はそう言いながらもイレイナの隣に座って肩を密着させた。

「あ…ほんとだ、あったかい…」

「ね?暖かいでしょ?なんて、えへへ…。」

「でも夜風にずっと当たってたら冷えるのは変わらないでしょ!一緒にマント使おうよ。」

「あ、うん!ありがとう」

二人でくっついてマントを肩から羽織りあって月を眺めた。
少しの間、決して嫌じゃない静けさに包まれて…私はなんとなく聞いてみた。

「ね、イレイナはどうしてここに居たの?」

「…ちょっと、気分が良くなくて眠れなかったから…夜風に当たってたら気分が晴れるかなって思って。」

「そ、それは…今日の任務で…上手く活躍できなかったから?」

「っ!やっぱり…メイファンもそう思う?
私、騎士になってから失敗ばっかりで…魔女は捕まえられずに気絶しちゃったし、魔種の岩蟹には手も足も出なかった…。
こんな頼りない仲間でごめんね…。」

「そ、そんなことない、イレイナはいつも胸を張ってて、本当は隊長がリーダーなんだけど、なんだかみんなのリーダーって感じがするもん、とってもかっこいいし、頼もしいよ!」

「…力もないのに胸だけ張ってても仕方ないでしょ?滑稽だよ…。」

「ううん、今日だって、巨大蟹が大岩に擬態してたのに最初に気付いたのはイレイナだったもん、イレイナが声をかけてくれなかったらオーフェンだって、咄嗟に動けなくて怪我をしてたかも…!」

「…私は騎士なんだよっ!オーフェンには魔剣があって、メイファンには今日見せた巨大蟹を一撃で倒せる力があった!……私には何もない、人よりは才能があると思っていた剣術だって…実際は全然だった…。
隊長に助けられて、魔種を相手に戦えなくて、こんなの騎士じゃないよ…。」

気づけばイレイナの頬には一筋の涙が伝っていた。
メイファンは見えていない振りをして星空を見上げ続けた。

「わ、私は…騎士って、戦うだけが全てじゃないと思う。
どんな形でも人々の為に頑張れるのが騎士だと思うの。
それに私の力は貰い物なんだ〜、自分の力じゃないから誇れないよ」

「…そうかな…。」

「オーフェンは、ちょっとだけ向こう見ずで、すぐに真っ直ぐ行っちゃうし。
私は口下手で、オーフェンの事を引っ張ったりしてあげられないし、大勢の人前じゃ話せなくなっちゃう…。
でもイレイナは声を上げてオーフェンを止められるし、どんな人を相手にしてもハッキリ話せるよね。
それって凄いこと!
剣だってこれからもっと成長するよ!
私はイレイナのこと、私とオーフェンのリーダーみたいだと思ってるんだよ、知ってた?」

「何言ってるの?リーダーは隊長でしょ?」

「隊長もずっと隊長でいてくれるわけじゃないよ、いつかこの04小隊も解散する時が来ると思う。
そしたら次はイレイナが隊長の下で騎士になりたいって、私思ってるの。」

「…私が?…私なんかでいいの?」

私は星空に向けていた顔をイレイナに向けて、目を合わせた。

「私はイレイナが良いの…だめ?」

そっと、目尻についた涙を指で拭った。

「…ありがとうメイファン、私…もっと頑張るよ!貴女のリーダーに相応しくなれるようにね!」

吹っ切れたような顔でイレイナが笑い、私もつられて笑みを溢した。

「え、えへへ、じ、じゃあ、まずはいっぱい笑ったほうが良いと思う!私はやっぱりイレイナの笑ってる顔が好きだから!」

「何よそれ、騎士に関係ある?」

「あるよ!笑ってる騎士の方が頼る方は安心するもん、明日からは笑顔で頑張ろ!」

「そっか、そうだね、うん!頑張る!もちろんメイファンも笑ってよね!」

イレイナが両手をメイファンの頬に当て、メイファンはその指先の冷たさにびっくりして笑った。

「ちょっと!冷たいよイレイナ」

「あはは、外にずっといたから冷えちゃった。」

「もう…宿に戻ろう?朝起きれなくなっちゃうよ」

「そうだね、戻ろっか!」

私たちは手を繋ぎながら来た道を引き返して宿に戻った。
星空を見ながら思う。
ウィリアムさん、私は騎士になって素敵な仲間が隣にいます。
同じ星空をどこかで見ていますか?


───────────────。

翌朝。
最後にオーフェンが起きてきて、全員が宿屋の前に集まった。

「隊長、おはようございます!」

「おはようオーフェン。」

「さて、我々04小隊はこれから海岸部を沿って進み、隣町のローフに向かう。
昨晩届いた報告書にはローフにて魔種が発生したと報告があり、魔女の姿は確認されていないが目撃情報があったここ港町シールからローフに向かったのだろうと推測されている。

発生している魔種は少しずつ凶悪になってきている、油断なく行くぞ!」

「「「了解!」」」

隊長が馬車に乗り込み、続いてメイファンが乗ろうとした時に背後でイレイナがオーフェンを呼び止めていた。

「なんだよイレイナ、俺今日はまだ何もしてないぞ?」

「まだって何よ…。
んん!一度しか言わないからよく聞きなさい!
…オーフェン、私は貴方には負けないから!メイファンは私の部下になるんだからね!」

「?????えっ?」

「以上!早く馬車に乗りなさいよ」

「はぁ……え?なに?どういうこと?」

訳がわからず首を傾げるオーフェンと少し頬が赤くなっているイレイナに、メイファンが馬車の中から声をかけた。

「イレイナ〜、あと笑顔だよ〜」

「っ〜〜!分かってる!もう!…あはは!」

「えへへ。」

笑い合うイレイナとメイファンを交互に見るもやはりオーフェンは何が何だか分からないでいた。

「二人ともなにがあったんだ?なあ!俺を置いてけぼりにするのはやめてくれよ!」

「女の子同士の秘密よ、それよりも早く馬車に乗ったら?オーフェン?」

「誰のせいだっ!!!」

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