7話オルカ・レイディアン

 私の名前はオルカ・レイディアン。
レイディアン子爵家の次女として生まれ、幼い頃から勉学と剣術を叩き込まれ、公爵家や王族の護衛役になれるようにと躾けられた。
だが結果として、私が護衛役に選ばれることはなかった。
子爵家の当主である父は護衛役になれなかった私に大いに失望し、母は私を出来損ないと侮蔑した。
18歳の時に子爵家の名前だけは取らないでいてやるから出ていけと家を追い出され、行き場の無かった私は兵士に志願した。

それから5年、様々な事があって私は現在、国軍の小隊長として辺境伯領に派遣されていた。
小隊長といっても小隊は私の隊ではなく、辺境伯領に派遣されている国軍兵の指揮をあくまでも一時的に任されているだけの役職だ。
そもそも私が派遣される前に小隊長をしていた男が今も変わらず小隊の指揮、管理をしている。
私も一応は子爵家の貴族だから相応の役職を与えられている、ということだろう。
完全にお飾りである。


そんな私でも役職を与えられている以上、緊急の会議に呼ばれたので出席した。
会議の内容はめちゃくちゃだった、あの幻獣種が現れただとか、結局死んでましただとか、調べていけば恐らく何者かによって討ち倒されている。それも単独での討伐。
幻獣種を単独で、1時間以内の速さで討伐する人間がいる?そんな馬鹿な。
それではまるで……お伽噺の英雄アウリクスのようだ。
だが、もし本当にそんな人物がいたら?
会ってみたい。私の人生の何かが変わるかもしれない。
そう考えだしてから日を置かずに、私は小隊長としての役職を元の小隊長だった男に返して、長期休暇を申請した。
突然だったので向こうもかなり混乱していたが、私は絶対に申請を曲げなかった。
無理やりになってしまったのはいつか謝ろうと思っているが。

そうして私はキャラバンに随行したのだ、兵士を長期休暇中のただの旅人として。

キャラバンに随行して通った岩山や草原は酷いものだった。
特に草原は今もなお残る泥と原生生物の死骸だらけで凄惨な状態だ。
幻獣種『沼男』の死体も調べたが、恐らく自己再生能力があったのだろう、胴体に空いた穴以外に目立った傷はなく。
外傷からはどのような武器で倒されたか分からなかった、もしかすると魔法かもしれないが、魔法にしては属性痕が全くないので、武器による物理的な物であると考察した。
でもどうやったらこんな大穴が開くんだ。
全く見当もつかない………。

そうこうしている内に村にたどり着いた。
村はそれなりに大きな村で、この村は間違いなく幻獣種の脅威に晒されたはず。
私は村長に声をかけ、この村を守る役割の人間は誰かと問うと、狩人という役割を担う男がいることが分かった。
私は狩人を訪ねたが、そこにいたのは全身ズタボロの重症で寝たきりの男だった。

「すまない、狩人殿。私はキャラバンに随行している旅のものなのですが、いくつかお聞きしたいことがあるのです。
まず聞きたいのは草原に幻獣種がいたのはご存知で?」

私はいくつか質問をしたが、返答は適当だった。
幻獣種が居たのを知っているかを聞けば「村のみんな知っている」と言い、ではその幻獣種がどうなったか知っているかと聞けば、「村一番の狩人である俺様が倒した」「息子は俺様の代わりに狩人なんてできるわけないくせに偉そうに頑張ってやがる」だとか………。
事前に村長から、狩人殿は幻獣種にやられて村に帰ってきた、と聞いていたため妄言であるとすぐに分かった。
話相手をするのに酷く疲れて途中で話を切り上げ、溜息を吐きながら家を出た。
もう狩人殿に関わるのはよそう、たぶん何も知らないホラ吹き野郎に違いない。
重傷を負って寝たきりなのにあんなに態度のでかい人間とは初めて出会った。

私は気持ちを切り替えて、村の人達と様々な他愛のない話を織り交ぜながら村を調べた。
すると2人の少年の話がいくつもでてきた、ラムとウィルという男の子だ。
どうも狩人殿の息子はウィルと言う名前で、同じ年に生まれた幼馴染のラムと2人仲良くしているのを村のみんなはよく話に出した。
そして村の人たちはウィルを特に褒めちぎった。
容姿端麗で背も高く、神童で、狩の天才で、賢くて礼儀正しい、彼がいれば村は安泰だと。
正直私はウィルという男の子には興味が湧かなかった、大体の話は聞けたし多くは山の獣を狩るのが得意という話だ。
村の者たちは贔屓目で見てしまっているのだろう、何よりあの狩人殿の息子と聞くとどうにも関わるのに気乗りしなかった。

ラムという少年は真面目で実直、純粋な人柄らしい。
狩人殿が寝ている間はその少年も狩りを頑張ると言って毎日朝早くに出て、夜遅くまで山に狩をしにいっているらしく、平凡な農夫の息子であるにも関わらず、それなりの成果を上げ続けて村の食糧の備蓄を少しずつ増やしているそうだ。
なんと健気なことか、ウィルとかいう持ち上げられてばかりのきっと偉そうにしているであろう少年とは大違いである。

私はすっかり王都で流行している推理小説、名探偵ペラーリンになった気でいた。
ここまで村を調べて、残るはラムとウィル、2人の少年だけになった。
………まずはラム少年に会いに行こう。
狩人殿の息子くんはそれからでも良いはずだ。

私は意気揚々と山に入ってから気がついた。
少年がどこにいるのか検討が付かないのに山に入っても見つけられず無駄骨になるのでは?と。
しかし、それでも少年に会えないと名探偵ペラーリンの推理考察が始まらないので仕方なくふらふらと山を散策した。
偶然出会えたりしないだろうかと考えていると、魚の焼けた匂いがほんの僅か、かすかに鼻先を掠めていった。

私はすぐさま一足跳びで近くの太い木に跳び乗り高所から辺りを見渡した。
煙が上がっている場所を見つけた、間違いなくそこで魚を焼いているはず、村の者で今現在、山に入っているのはラム少年だけらしいので間違いなくそこに少年がいる。
私は少年に気づかれないように川の下流に走り、下流で水面に近づいてきている魚を3匹ほど剣の鞘で叩き上げて捕まえた。

これを手土産にしよう、それと帯剣している剣を下流の特に目立つ岩場の側に隠しておいた。
真剣を装備している人間が現れたら警戒させてしまうかもしれないからだ。

そうして私は偶然を装いラム君と知り合った。
なんと純粋で可愛く微笑ましいことか。
王都にいる子供達はもっと捻くれている者ばかりだが、山で育つ子供はこんなにも違うものなのか?いやきっとラム君だけだろう、そうに違いない。
それにラム君は天稟の剣才を持っている、私が剣を教えてあげても良いのになんて。
いやいやそろそろ気持ちを切り替えないとダメだろう、私は名探偵ペラーリンに気持ちを切り替えた。
まずはそう、ラム君と仲良くなることだ、それからゆっくりラム君の陰にいる人物について調べていけばいい。

ラム君と一緒に村に戻った私は、キャラバンが広げている屋台や露店を案内した。

「これは飴というお菓子ですね。
口の中で舐めて食べる物です、甘くて美味しいですよ」

「わあー!これとっても甘いよ、オルカお姉さん!すごいや!」

可愛い。

「ここは小物屋です、例えばこの手袋なんかはどうでしょうか?
剣の握りがより強く滑りにくくなるはずですよ、素手よりはずっと良いはずです。」

「ふむふむ、なるほど…。
試しに木剣を握ったけど確かに全然違う!
すごくいいです!あ、でも、うーん、これ僕に似合ってますか?」

可愛い。

「これは安全祈願の御守りです、紐タイプの物だから手首や足首に結んだり、女性なら髪に結んだりします。
多くの場合は安全を祈願して特別な人に買って贈る物ですよ、王都で流行っていますね。」

「へー、あっ!そうだ、じゃあウィルに買って贈ってあげようかな〜。」

でた、噂の少年ウィル。
あの狩人殿の息子ならきっとラム君の教育に良くないから少し離れた方が良いんじゃないかな。
いやいや待て待て、別にラム君がウィル少年とどう仲良くしようと関係ないだろう私。

「お待たせしましたね、ここが剣を置いている商店です。どれが良いか私が見繕いましょうか?」

案内された露店は荷馬車がそのままお店のように開かれ大小様々な剣が置かれていた。
小太りの薄禿げた商人がニコニコと揉み手で話しかけてくる。

「おやまあ、オルカ様、どのような御用件で?
たしかオルカ様は立派な剣をお持ちだったはずでは?」

あ……岩場に忘れてきた。

「ごほん、いえ今回は私の剣ではなくラム君の剣を見繕いに来たのです。
ラム君、どれか気になる剣はありましたか?ラム君?」

ラム君は目をキラキラと輝かせながら夢中になって剣を見ていた。可愛い。

「はっ!?すごい!すごいよオルカお姉さん!たくさん剣がありますね!どれが良いのかなあ!あ!あれ!あの大きな剣は僕でも扱えますか!?」

大はしゃぎしているラム君がまず指差したのは、リーメル王国発祥のツヴァイハンダーと呼ばれる両手で持つ大型の両刃大剣だった。
リーメルの騎士達が標準装備として扱う大剣で、大剣の中でも特に長く大きく、そして重い。
将来的には分からないが、今のラム君にはとてもじゃないが扱えそうにはない。

「ふふ、ラム君?あれはツヴァイハンダーという大剣ですよ。
ツヴァイハンダーといえばリーメル騎士、と言えるほどリーメル騎士の代表的な武器ですが、少し今のラム君が扱うには難しいかもしれません。」

「うーん、どれもかっこよくて強そうで悩んじゃうなあ」 

「ラム君には、剣を教えてくれている師匠は居ないのですか?もし居るのならその方の扱っている剣などを参考にしてみるのも良いと思いますが。」

「ううん、剣術を教えてくれる師匠はいないよ、殆ど我流みたいな感じ!
だからどんな剣が自分に合うのか分からないんだ。
何が良いかなあ……。」

「そうでしたか。
でしたら私はこちらの片刃のロングソードがラム君には合っていると思いますよ。
他の剣よりも少し細く、他より少し長い刀身は今のラム君の小柄さをカバーしてくれると思います、どうでしょうか?」

黒い柄に短めの鍔、少し細長い刀身。
軽く扱いやすい部類で癖がない。
ラム君にはこれが似合いそうだ、何より私の持っている剣も片刃のロングソードだし、お揃いの方がいざ剣を教えるとなった時に教えやすいですからね。師匠は居ない様ですし。他意はないですよ?

その後、ラム君は少し悩んではいたけれど私の勧めたロングソードを鞘付きで購入した。

「一緒に見てくれてありがとう、僕大事にするよ!
この剣を早く手に馴染ませたいから今から山に行って素振りしてくるね!またね!オルカお姉さん!」

ラム君は大熊や牙狼の毛皮だったり、大鹿の角を換金しているみたいで意外と小金持ちだ。
もしお金に困ったのなら私がさりげなく出そうと思っていただけに少し残念。

あれ?ラム君?
気がつけば山に向かって走り出しているラム君の後ろ姿があった、うーん、可愛い。
ラム君は本当に純粋で、これといって何か隠している感じではない。

村の中にある木陰に座り名探偵ペラーリンの如く頭の中で推理考察をしていた私に、護衛隊の隊長テセウスが酒に酔っているのか赤ら顔で近づいてきた。

「よお、見てたぜ?あんな小さいガキに貢いでるなんてそういう趣味か?へっ、笑っちまうぜ〜!ぎゃはは!」

この男はどうして……実力者ではあるのにそれに人格面が伴っているようにはとても見えない。

「失礼な発言は控えてくださいテセウス殿。
ラム君は自ら狩りをして得た毛皮や角を換金し正当な報酬でキャラバンと取引をしていましたよ。
昼間から酒を飲むのは結構ですが、立場相応の振る舞いをしていただきたいですね。」

「ちっ、なんだよ、つまんねえな。
あ?お前、剣はどうしたんだ?それなりに良さげな剣だったと思うが」

「……ご忠告どうも。
しかし私とて常に帯剣している訳じゃありません。
はぁ、考え事があるので1人にしてもらえますか?」

小さく舌打ちをしてテセウスが離れていく。
すっかり剣のこと忘れてた、ラム君の後を追う訳じゃないけど、山に取りに行こうかな………。

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