9話 師匠と親友と銀騎士


 オルカ師匠から剣術を習い始めて数ヶ月が経ち、僕は14歳になった。
秘密基地の前で今朝採った山菜と猪肉のスープを煮込みながら、僕は今までの事を思い返していた。

 あの日に僕と師匠で倒した魔種は、師匠が回収して内密にキャラバンに運んでもらった。
それと師匠は、幻獣種『沼男』を倒したのがウィルだってこと。
魔種が現れてそれを討伐したこと。
類い稀な剣術の才能を持つ少年がいるのでその師として村に長期滞在すること。

 他にも色々あるみたいだけど、それらを辺境伯様に報告していた。
ウィルは師匠やキャラバンの人相手に幻獣種のことを隠してたみたいだけど、知らずに僕が師匠に言っちゃったせいでバレちゃった。

 師匠とウィルは僕が思ってたよりもずっと仲が良くて、いつも話をしてる気がする。
今となっては僕にとって、ウィルも師匠も大事な存在だから、仲が悪かったりしなくて良かったなあって思う。

 あ、あと剣術はまだまだ難しくて、師匠みたいにズバババー!って剣を振ることはできないけど、少しずつ上達してるのは実感できてるから、修行に励んでいこうかなって感じ。

「よし!良い感じにお昼ご飯ができた!」

 秘密基地の近くには新しく小さな木の家が建っている。
これは師匠が建てた物で、余所者が急に村の中に住み出すのはあまり良くはないでしょう、と言ってこの秘密基地の近くに簡易的な家を建てた。
初めて家を見た時はびっくりしたし、なんでも知ってて、剣術も凄いのに一晩でこんな家も建てれちゃうんだから、師匠って凄い。

 僕は師匠の家の扉を軽く叩いて開けた。

「師匠〜、お昼ご飯できましたよ!」

 師匠は椅子に座って机に向かって筆を走らせていた。
それなりの頻度で色んなところに手紙を書いて出しているみたいで、特に辺境伯様との手紙でのやりとりはすごく多い、週に1回は手紙を送り合ってる。

「ありがとうラム、もう少し待ってくれますか?
すぐに書き終わりますので、それから一緒に食べましょう。
……今日はウィルはいないのですか?」

 師匠は机に向かったまま、そう返事を返した。
僕は、ウィルはいないよ?って言おうとしたけど、閉めた扉が荒々しく開かれて、そのウィルが顔を出した。

「いや俺もいるぜ?ラム!俺の分もスープ作ってあるんだろ?果物が実ってたから採ってきたんだ、食べようぜ!」

「ウィル?いつも言っていますよね?
部屋に入る時は、まず扉を叩いて入ってもいいか確認しなければなりませんと教えたはずですが?いつになったら覚えられますか?」

「ああ悪い悪い、ラムが入ってるんだから俺も入っても良いと思ってさ、まさか!ダメなのか?」

「もちろんダメです。
私とラムの二人で話したい内容があった場合、どうするつもりですか?
私とラムは師弟ですので積もる話もありますからね。

それにこれから先の事を考えて今のうちからマナーは覚えておくべきですし、そもそも貴方は別にこちらで食べる必要もないのでは?草原から山の中腹までくるのは大変でしょう?草原で食事を済ませて終えばよいのでは?」

「おいおい、俺とラムは親友だぜ?
俺から親友との楽しい昼飯を取り上げようって言いたいのかよ、こりゃ酷い師匠もいたもんだぜ!
それによ、ラムと二人っきりになりたい理由は本当に師弟だからってだけか?
怪しいね〜、俺にはどうも違う理由がありそうに思えてならないが?」

「それは一体どんな理由ですか?私には見当もつきませんが?貴方の勘違いではないですか?
だいたいあなたは居たりいなかったりするくせに毎日ラムにご飯を作ってもらうなんて-----」



「………やっぱり二人とも仲良しだなあ。」

 師匠とウィルは会うたびにいつも話が止まらないんだ、楽しそうにしてるし、二人が仲が良いと僕も笑顔が込み上げてきちゃうね。
でもスープが冷めちゃうからそろそろ止めないと。

「師匠!ウィル!スープが冷めちゃうよ?話は一旦終わりにして早く食べよう!」

 それに僕のお腹の虫ももう待ちきれないって言ってるからね!

「そうですね、食事にしましょうか。」

「そうだな、果物切り分けるぜ。」

 僕たちは椅子に座り、あれこれと話をしながら食事を始めた。
ウィルが採ってきてくれた果物がすごく甘くて師匠が驚いてたのが少しおかしくて笑っちゃった。

 食べ終わった食器を片付けていると師匠がわざとらしい咳払いをしてから話を切り出した。

「急な話になりますが、私は明日から領都マーズに行かなくてはなりません。
まだ用件は分かりませんが、辺境伯様から重大な依頼だと招集を受けていますので、断る訳にはいきません。

そこで、二人も一緒に領都に来てみませんか?
ラムに関しては私の弟子として辺境伯様に紹介しようと前々から思っていましたから、この機会に丁度良いと思いましてね。
どうでしょう?」

「領都マーズかあ……うん!僕行くよ!」

「もちろん俺も行くぜ!
最近はクソ親父もすっかり元通りになったからな、俺がいなくても問題ないはずだ。」

「決まりですね。
それでは午後からは身支度をして、明日の早朝には村を出立しますよ。
遅くても夜までには領都に着くでしょう、あ、ちゃんと家の方には領都に行くことを説明しておいてくださいね?」


 その日の晩。
いつもよりも早く寝た僕は不思議な夢を見た。
見たこともない厳かな神殿に僕はいて、どこか力強さを感じる老齢の男性の声が頭の中に語りかけてくる。

『少年よ、清き水、透き通った心を持つ少年よ。
過酷な運命、辛く苦しい使命、其方の道はどこまでも険しく、光が照らされることはないだろう。
しかし決して諦めるな、絶望するな、何が正しい事なのか常に忘れるな、考え続けるのだ。
少年よ、強く在れ。』

「な、何を言っているの?貴方は誰ですか?
これから先、僕に何があるって言うの?」

 ラムは誰もいない神殿の中で言葉を投げる。
いくら待っても言葉は返ってこない。
だが、いつからそこに居たのか、目の前には人が立っていた。

 その男は銀の全身鎧を身に纏い、顔はフルフェイスのヘルムで見ることができない。
銀の特大剣を片手に握っている。

気づけばラムの手にも自らの相棒である、片刃のロングソードがあった。

『少年よ、強く在れ。』

 男がそう言って銀の特大剣を構え、ラムに駆け迫る。
ラムは訳が分からないまま剣を構え、横薙ぎに振るわれる銀の特大剣を受け流した。

「急に何!?ていうか、ここどこ!?貴方は誰!?え、これって夢だよね!
あれでも夢って夢だって分かるんだっけ!?
おじさんはどう思いますか!?」

 銀の男は何も語らない。
再度、特大剣で斬りかかってくる、地面を擦るように低い下段の横薙ぎ、続けて上段の切り下ろし、クロスするかのような中段の2連撃。
ラムはその全てを必死に剣で受け流す。
剣の大きさが、長さが、重さが違う。
まともに打ち合えないと考えて受け流すことに専念したのは正解だった。

「流水の如く、流れのままに!
突風の如く、突き抜けるように!
落石の如く、力強く!
舞うように、軽やかに、されど鋭く!
レイディアン家の剣の術理は絶え間ない連撃にあり!」

 ラムは師匠に教わった剣術を声に出して思い出した。
男の振るう特大剣を刃先に滑らすように受け流し、2歩踏み込んで男の懐に迫る。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 一気呵成、片刃のロングソードは風になった。
吹き荒れる烈風の如き剣が男を襲うが、男はその長い特大剣を器用に持ち直し、ラムの連撃を弾き続ける。

 ラムの息が乱れ、集中が少し切れ、剣の刃先がほんの僅かにぶれた直後、男は特大剣を後ろに下げ体を反らした。
ラムの剣先が銀の鎧を微かになぞる、男は2歩引いて、引き伸ばされた弦を弾くように特大剣の神速の突きを放つ。
ラムの剣は弾かれ、男の拳が鳩尾を抉り抜く。

「うぐ……。」

 肺の酸素が全て抜け、衝撃が背中を通り抜ける。
意識が遠くなるような感覚を覚えながらもラムはなんとなく察していた。
この男は明らかに手加減をしていて、それはまるで弟子に戦い方を教える師匠のようだと。

『何が正しいか、常に考えることをやめるな。
決して間違えてはならない。
運命が待ち構えている。
少年よ、強く在れ。』

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 ラムは目が覚めた。
思い出せないけれど、何か、不思議な夢を見たのだということは覚えている。
早く強くならなくちゃいけない。
ぼんやりとそう考えながら、何故そう思うのか疑わずにラムは師匠の家に向かうことにした。

 今日、ラムはついに村を出て、初めての領都に向かうのだ。
自然と眠気は吹き飛び、心の奥からワクワクが湧き上がってくる。
じっとしていられない、ラムは走り出した。走りたくて仕方なかったから。
そうして……家の影から出てきた寝惚けたウィルに激突した。

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