15話 行軍の足音

 僕が起きた時には師匠は既に王都に向かって辺境伯領を出てしまっていた。
寝付けなくて夜更かししてしまったせいで、早朝に見送ることが出来なかった僕は、悔やむ気持ちを抑えながら中庭で日課の剣の素振りをしていた。

「僕も連れて行ってくれたら良かったのに……」

 僕じゃ力不足なのかな?
そうモヤモヤした気持ちを抱えながら剣を振る僕にウィルが声をかけてきた。

「そうボヤくなよ。
今の王都は急がないとかなり不味い状況らしいし、オルカが1人で行って片付けた方が早いんだろ、仕方ないぜ。」

「むむむっ!」

「むむむってなあ……。
俺たちは元々帝国兵が攻めてくるかもしれねーから辺境伯領に待機してるんだろ?
みんなで王都に行ったら意味ないぜ?」

「で、でも辺境伯軍の人たちがいるよ!
僕やウィルが居ないからって簡単に負けちゃうなんて事ないでしょ?」

 ウィルは自分の認識の齟齬に気がついた。
ラムは自分の実力がどの程度の位置にあるのか分かっていないのだ。

「なあ、俺はもちろん強いぜ?辺境伯軍の兵士千人と戦っても余裕で俺が勝つね。
でもラムもかなり強くなってるんだぜ?それは自覚できてんのか?
今なら兵士百人と戦ってもきっとラムが勝つぞ、それは生まれ持った才能と今まで欠かさなかった努力と特別な師匠がいるからなんだが……。
この辺境伯領に俺とラムが居るか居ないかは全然違うぜ。」

えぇ、僕ってそんなに強いのかな?ウィルや師匠を見てるとそんな気がしないんだけどなあ……。

「そうかなあ?
そりゃウィルは強いって分かるけど……。」

「いや充分ラムも強くなってるさ!
それに、いざって時はラムがセレーネの事を守るんだろ?
王都に行ってちゃ守れないかもしれないぜ?」

「あ、そっか……。
うん!もちろん僕がセレーネを守るよ!約束したからね!」

「約束ね……セレーネも大変だな」

「?…ウィル今何か言った?」

「いいや、なんにも!俺はちょっと辺境伯軍司令官のゴザさんの所に近況を聞きに言ってくる!」

「あ、うん、いってらっしゃい!」

 ウィルは中庭から出て行った。
僕はその背中を見送った後、また素振りを再開した。

……僕ってそれなりに強くなれてるのかなあ?
うーん………。
 まあ、例えそうだとしても、目標はウィルの隣に立つ事なんだから、これからもやる事は変わらないよね!日々鍛錬!


───────。


 僕はまた夢を見ていた。
もう何度目か分からないけど、毎晩のように夢に現れる白亜の神殿と『銀装』と名乗るおじさん。
 現実ではウィルや師匠と戦って、時には1人で剣の修行もして、夢の中ではこのおじさんと戦っている。
僕ってもしかして凄い努力家なのかも?なんてね。
 僕は自然と剣を構えたけど、おじさんはただ佇んでいるだけ。
いつもなら僕が準備できてなくても無言のまま剣で斬りかかってくるのに、今日は違うみたいだった。

「少年よ………運命の時が来た、世界の分岐点とも呼ぶべき時が来た。」

「ふーん、運命?これから何が起きるの?それと分岐点ってなに?いつも思うけど話すことが難しいよおじさん。」

「何が起きるかは今言わずともすぐに分かる。少年の人生、世界の運命、この大陸の行く末が決まる重大な事象が迫っている。」

「な、なんだか壮大だね?……あっ、もしかして帝国との戦争のこと?」

「少年は……命を落とすかもしれない。」

「えー!嘘!?僕死んじゃうかもしれないの!?
いや大丈夫だよ!ウィルがいるからなんとかなるよ!…………え、ならないの!?」

「………。」

え?なんて言ったのおじさん!
あれ?声が出ない?

 白亜の神殿が消え、『銀装』の姿も霞んで見えなくなっていく。
やがて、ラムは夢から目を覚ました。
ベッドの上で身を起こしたラムは夢を覚えている事に気がついて首を傾げた。

「あ、そういえば僕、最近はちゃんと夢の内容覚えてる………。
前は思い出せなかったのになあ。」

 ドンドンと、ラムに与えられた部屋の扉が強く叩かれた。

「わわ!な、なにー?だれ?今開けるよ〜」

 ラムがベッドから飛び起きて扉を開けると、そこにいたのはウィルだった。

「悪いな!ちょっと急ぎの話があってよ、今は大丈夫か?」

「うん、大丈夫だけど、急にどうしたの?」

 ラムはウィルを自室に招き入れて扉を閉めた。
ウィルは何か急いでいる様な焦っている様子でラムに矢継ぎ早に話しかけてきた。

「いいか?急ぎで確認したいんだ、辺境伯軍の司令官はゴザで間違い無いよな?」

「え、うん、ゴザさんだよ。」

「国軍の小隊は今は辺境伯領に居ないよな?」

「国軍の兵士さん達は一ヶ月前に王都に戻ったでしょ?居ないよ?」

「そうだよな!一昨日から紅蓮の勇者も王都に向かって辺境伯領にはいないし、辺境伯軍の偵察隊が国境を3部隊で交代で監視し続けてるけど異常は何もないって話だもんな?」

「ど、どうしたの?ウィル、様子が変だよ」

「そうか?いや悪い悪い、お前と現状を確認したかったんだよ」

「………そう?それなら良いけどね。
あっ、水の交換しなきゃ。」

 ベッドの側の花瓶の水を交換しようと、ラムはウィルに背を向けた。

「ねえ、ウィル?僕に算数を教えてくれてるマイクさん知ってるよね?
明日は誕生日らしくて、何かプレゼントしたいんだ、何が良いかなあ?」

「?…………ああ、誕生日だったっけか?そうだなあ、じゃあ日常的に使いやすいペンとかどうだ?」

 ウィルは花瓶の水を交換するラムに近づいた。
ラムはウィルに背を向けたまま言葉を返す。

「わー、確かに!ペンならいいよね!
………ああでもマイクさんって人、僕もウィルも知らないけどねッ!!」

 ラムは振り向き様に握りしめた花瓶をウィルに叩きつけ、ベッドの側に立て掛けてあった剣を取った。
ラムは即座に剣を抜き、ウィルに斬り掛かる。

「アイスストーン!」

 ウィルはラムから飛び退いて手を突き出し魔術を唱えた。
氷の結晶体が5個、空中に生成されてから飛びかかってくる。

 ラムは一息に剣で斬って氷を全て破壊した。
小さな氷の粒が部屋中に飛散する。

「あなたは誰?ウィルじゃないよね?」

 ウィルは表情を歪めて憎々しげに吐き捨てる。

「くそっ、何も考えてなさそうなガキのくせに……なんで分かったんだ!?」

「こうも間抜けな人が多いと、帝国兵ってみんなそうなのかなって思っちゃうよ!
ウィルは僕のことはちゃんと名前で呼ぶし!師匠の事を「紅蓮の勇者」なんて呼ばない!
あなたは僕の名前も、紅蓮の勇者の名前も知らないんだ、そうでしょ?」

「寝起きのくせによお、頭の回るガキだな?聞きたいことは聞いた、死ね!パワーエンチャント!アームストロング!」

 偽ウィルは魔術を唱えながらラムに飛びかかり、偽ウィルの両腕は淡い青色に光っていて、その腕でラムを掴もうと手を伸ばした。
 ラムは呼吸を整えて剣を振った。
いつも通りの動作、毎日繰り返してきた素振りと同じように。

 偽物のウィルは胴体が真っ二つに斬り分かれて絶命した。
ラムは剣の血糊を振り払いながらチラリと男の顔を伺った。
そこにはウィルの顔ではなく、全く知らない男の顔があった。

「ふぅ、良かったぁ〜、これでまだウィルの顔だったら気味が悪いよ……。
魔術って本当になんでもありだよね、この人は何がしたかったんだろ?」

 続け様に突然、部屋の扉が蹴り破られてウィルが飛び込んでくる。

「大丈夫か!?!何があった!」

「うわー!!!またウィルが出てきたー!!!!」

ラムは油断なく剣を構えて叫んだ。

「僕の名前は!!?!?!」

「はあ?!ラムだろ?」

「じ、じゃあウィルのお母さんはなんて名前!?」

「トリシャ!」

「僕の師匠の名前は!?」

「オルカ!」

「え、えーと、じゃあ僕と大樹の前で誓ったよね!?」

「一緒に最高にかっこいい英雄になろうぜって話か?!」

「うわ〜!!!!ウィルだあ〜〜!!!!」

 ラムは剣を放ってウィルに抱きついた。

「どう見ても俺は俺だろうが!!さっきからどうしたんだ?」

 ラムは抱きついたまましばらく飛び跳ねていたが、やがて落ち着きを取り戻してウィルから離れた。

「ごめんねウィル、ここで死んじゃってる男の人が魔術でウィルに変装して部屋に入ってきたんだ。
勿論、僕にはウィルがウィルじゃないってすぐに分かったけど、なんだか色々確認したがってるみたいだったよ?」

 ウィルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを理解したようだった。

「なるほどな、これはしてやられたか……。
辺境伯軍に他人に変装できる帝国兵が紛れ込んでたなんて最悪だぜ、今すぐにでも辺境伯軍は部隊を編成して国境に向かうべきだ。
帝国軍がもう向かってきてるかもしれねえ。」

「え!どうして?辺境伯軍の偵察隊からは異常ないって……」

「偵察隊はもうずっと機能してないに違いない。
偵察隊の中身が帝国兵に入れ替わってる可能性が高いんだ、もしそうならこっちの情報は全部筒抜けだし、こっちはなんの情報も得られてない。
会議室に招集をかける、俺は先に行くからラムも支度を急げ!」

「わ、わかった!すぐ行くよ!」

 僕は急いで支度をした。
って言っても着替えて籠手とか付けて帯剣するだけなんだけどね!

 会議室に着いた時にはもう既に色んな人が集まっていて、ウィルと司令官のゴザさんが中心になって話をしていた。

「魔種の群れだって?なんでこんなタイミングで……?いや、こんなタイミングだからか?」

「分からん……だが岩山の方面から魔種の群れが領都に向かって進行してきているのは事実だ。
信頼できる部下に国境の偵察に行かせたのだが、道中で魔種の群れを発見したらしく途中で折り返して来たのだ。
報告では群れの総数は約200体……。」

 魔種って僕が師匠と一緒に戦った紫電大熊の事?あれが200体!?
どこからそんなに湧いて来たの!?

「くそっ!どっから湧き出したんだ!それで?魔種の種族はなんだ?何の動物だ?」

「……昆虫種、蟻だ。」

「そ、そんな……領都はもう終わりだ……。」

 ゴザさんの言葉に、会議室に居る兵士さんたちが顔色を真っ青にして中には絶望した様子の兵士さんもいた。
 みんなどうしたんだろう?

「あ、あの、聞いても良いですか?
僕は魔種と戦った事があります!その魔種は大熊でした!
それで……えーと、昆虫種ってなんですか?」

僕の質問に、ゴザさんが答えてくれた。

「ああ、ラム君か……。
そもそも魔種って言うのはね、野生に存在する生き物が魔素による突然変異で強大化したり危険で凶暴な生命体になったものを魔種と呼ぶんだ。
それで……例えば魔種になった熊が居たとしよう、その魔種の熊と普通の熊は交尾をすることはない、そこで繁殖したりはしないんだよ。
でもね、魔種の雄熊と魔種の雌熊が偶然巡り合って繁殖することはできるんだ、過去に事例もある。」

ほえー!魔種って繁殖するの?あの紫電大熊もいつか子供ができたかもしれないのかな………。

「色んな魔種が居る、熊、狼、猪、猿、鳥、魚、そして虫。
まだ発見されてないだけで様々な生き物が魔種になる可能性がある。
特に魔種の中で最も危険なのが昆虫種なんだ。
何故か?今我々が直面している魔種の群れで分かるはずだ。
偶然、魔種の女王蟻と雄蟻が交尾して繁殖したんだろうな………その結果がこれだ、200体の魔種の群れだよ。
そして女王蟻は一度の交尾で10年間産卵し続ける、時間が経てば経つほど魔種の数は膨れ上がるんだ。
過去に魔種の群れによってどれだけの国や街が滅ぼされたか……。」

説明を聞いて僕は絶句した、これからも増え続ける?200体どころじゃなくなるかもしれないなんて想像が追いつかないよ。

「……その魔種の蟻さん達はどれくらいの大きさなんですか?」

「1匹1匹が全長1mだ、歯もデカいぞ、成人男性の胴体なんぞ簡単に噛みちぎられるだろうな」

 ゾッとしてきた僕は思わずウィルを見た。
するとウィルも僕を見ていた。

「……どうするの、ウィル。」

 聞いてみたけど僕はウィルの答えが分かってた。

「戦うさ、決まってるだろ?」

ウィルはニヤリと笑って見せた。

「やっぱりそうだよね!うん、僕も戦うよ!」

 そんな僕らを見てか1人の兵士が引き攣った声で叫んだ。

「はあ!?戦ってどうなるんだよ!?王都から応援は来ないんだろ!?どうせみんな死んじまう!!」

 ウィルはその兵士を見ながら徐ろに槍を掲げた。

「戦わなきゃこの街の人達がみんな死ぬぜ?どうするんだ?
お前らは兵士だ!俺たちは戦士だ!
守るために戦う者だ!
魔種の群れ?蟻?はっ!だからなんだ?大した事ねえなぁ!
弱音を吐く暇があるなら岩山方面に防衛線を作ってなんとしてでも街と街に住む人達を死守しろ!
その間に俺が女王蟻を潰して来てやる!
知ってるだろ?俺は強い!何も問題ない!」

 めちゃくちゃなウィルの鼓舞に僕は笑ってしまった、見ればゴザさんも笑っている。
そうだよ、僕たちにはウィルがいるんだ。
 会議室の中で兵士たちは握り拳を掲げた、魔種の群れとの戦いは厳しく苦しいものになるだろう、もしかしたら自分や今隣に立っている仲間は明日にはこの世に居ないかもしれない。
 それでも兵士たちは逃げなかった。14歳の少年らに任せて逃げだせるような大人はおらず、なによりもこの領都マーズを愛していたからだ。

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